座敷童様と俺

渡辺 佐倉

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 実際、それからしばらくは穏やかな日々が続いていたと思う。
 自分の心は子供のそれとまだそれほど乖離してはいなかったので、貰える菓子を少しかじって、庭で遊ぶ人間の子供を見てそれから可愛らしい絵の描いてある本を眺めた。

 子供の遊んでいる毬が気になれば片付けたそれを持ちだして一人で遊んだりもした。
 そんな事をしても誰も自分の事を怒らなかったし、時々「お礼です」とよく分からない事を感謝されておもちゃを贈られた。


 けれど、一番ありがたかったのは、字の読み書きができる様になったことだ。

 それが成長と呼ばれるものなのかは、自分自身もよく分からない。
 座敷童が子供のままだということは自分が一番よく知っている。

 けれど記憶が蓄積しないという事ではないと知った。

 きっかけはきっとあの山伏の恰好をした霊能力者だった。
 気まぐれか、それとも単に福をもたらす座敷童が喜ぶことをと思ったのかは分からない。
 そんなことはどうでもよかった。

 実際あの男にはあの後一回も会っていない。

 あの男が霊能力者としてずっとこの家に関わっていたら、もしかしてこのぬるま湯の様な世界がずっと続いていたのかもしれないとすら思う。

 子供らしからぬ考え方なのかもしれない。

 けれどもう子供ってやつがどういうものなのかもよく思い出せない。




 子供が大きくなって、その子が子供を産むのを見届けた頃だっただろうか。
 相変わらず俺のためにと菓子を貰っていたし本は勝手に拝借したものも含めて読み切れないほどだった。

 今の生活に満足はしていた。
 少なくとも人だったころよりずっと良い暮らしをしていた。

 奇跡のようなものだ。終わってしまうと思っていた先があったのだから。

 けれどこの家の人達はそうは思わなかった。

 その日は俺にとって、唐突に来た様に思える。

 妙に疲れる日が続いた様な気がしたけれど、この体になって初めて具合が悪くなった。
 目の前が揺れたみたいになって座敷で倒れる。

 こういう時はどうしていたっけ? と考えて横になって、なるべく丸くなってやり過ごすんだと思い出した。

 変な耳鳴りがした。
 昼間だっていうのに家が薄暗い様に見える。

 そうすると知らない男たちがずかずかと家に入ってくる。
 あの日の霊能力者の男と同じ山伏の恰好をした人間だった。

 けれどあの日の男らしき者はいない。

 とても、とても息苦しかった。

 男たちは、見える限り柱という柱、それから自分の倒れた部屋の天井の上に何かを描かれた紙を貼っていく。
 それは赤と黒のコントラストが綺麗なのに、それが自分にとってよく無いものだと本能的に分かる。

 一枚、一枚張られるごとに異様な圧迫感がある。

「やめろっ!!」

 思わず怒鳴ると山伏の中の一人はこちらを見下ろす。

「まだ、喋れるとは。これだけ力の強い座敷童を手放したくないと思うのは当然でしょうね」

 そう言うとこちらに一歩一歩近づいてくる。あの人にあった時には感じなかった嫌な感じが膨れ上がる。
 昔、石を投げつけられた時の感覚に近い。

 逃げなくちゃいけないと思う。
 玄関も勝手口も見つからないけれど、もうどこからでもいい。このうちから逃げ出さないといけない。

 必死にはって逃げようとするのに縁側の窓際には綱の様なものがあって触れるとはじかれてしまう。




 男の中の一人が自分の首根っこをつかむ。

「さあ、これで仕上げだ」

 項のあたりから何かを取り出された。
 体の力が抜ける。

「これで、妖はここから出ることはできません」

 自分の体から抜いた何かを箱に入れて紙をベタベタと貼りながら山伏たちは言う。

 話しかけた相手は、この家の現当主の男だ。

「ありがとうございます」

 頭をさげながら言う当主の男に、これがこの家の人々の望んだ事なのだと分かる。

 座敷童がいる家は栄える。
 座敷童が居続けさえすれば、この家は安泰だ。

 何を取り上げられたのかも分からないけれど自分を絶対に外に逃げ出せない様にした事だけは分かった。




「それにしてもこんな子だったとは」

 こちらを見た当主と初めて目があった。
 今まで一度も目が合った事は無い。

 見当違いの方向をみてお菓子を置きながらそう言っていた筈の当主はこちらを見て言う。
 それで、自分の事が見えてるのだということに気が付いた。

「そう、驚くこともないだろう? 座敷童っていうものは見えた方がご利益があるらしい」

 これからもよろしく頼むよ、座敷童様。
 そう言うと、当主の男も山伏の恰好をした男たちも部屋を出ていった。

 逃げ出そうと思ってもう一度縁側に行くが、外に出ようとした瞬間青白い火花が散って力を奪われてしまう。
 他に逃げるべきだと分かっているのに方法が分からなかった。
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