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そこは、ごく普通の寺だった。
特に同じような怪し気な札は貼られていないし、裏には墓地が整然と並んでいる。
普通に檀家のいる普通の寺に見える。
「済みません」
アポイントは取っていなかった。
彦三郎の元に来ると言われても困るからだ。
黒に近い灰色の屋根を見上げてそれから、声をかけた。
手入れの行き届いた本堂だから、人はいるはずだ。
出てきた人は袈裟を着ていて、もしかしたら間違いだったかもと思う。
けれど確かめなければならなかった。
「門脇の者ですが――」
そこまで言った時点で、目の前の男の表情ががらりと変わる。
ここがちゃんとした目的地だということを確認できた。
追い返されても困るし、彦三郎が外に出れないように札を強化されるのも困る。
何から話を聞けばいいのか分からなかったという感じが正直なところだ。
「今、彦三郎様にお使えしております。
それで色々教えていただきたい事がありまして、今日は突然ですがこちらにきました」
結局、いくつか事前に考えていたプランの中でより良く彦三郎のお世話をするためのアドバイスをまず求めてみるという形をとることにした。
彼をあの部屋にいさせることの逆を知りたいのだけれど、教えてくれるとは思えなかったためだ。
「座敷童様に末永く、門脇に幸福をもたらしてもらうために、僕にできることは何でもしたいと思っております」
自分でもよくそんなウソが言えたと思う。
けれど、進んで福を逃して、不幸になりたい人間がいるとは思えなかったのだろう。この寺の住職だと名乗った男は俺の言葉を信じた様だ。
「一度彦三郎様を怒らせてしまって、家鳴りがとまらなかったことがありました」
実際は一度ではないが、殊更酷いことをしてしまったかのように話す。
彼があのまま家の中を嵐の様にしたら札の力が弱まるのではという期待もあった。
だから、ミスをしてしまってもうこういうことをおこしたくないのだと訴える。
「もう、あの座敷童の力は衰えていますから」
だから、家鳴りは気にする必要はありません。そう住職は言った。
彼を怒らせても意味は無いということは少なくとも分かった。
ならば、札を剥がす方法だ。
「結界の中に長く居た影響でしょうな。
彼の力は弱まっていて、早晩消滅するでしょう」
その言葉に衝撃を受ける。
思い当たる節はあった。悪霊になる様な話も彦三郎自身がしていた。
「消滅……」
「ああ、勿論それまでにあと数十年はかかるでしょうから」
住職は俺をはげますために言ったのだろう。
けれど、それはあまり意味のあることでは無かった。
「消滅させない方法は!!」
食い気味に言ってしまう。
けれど、福を得たいという切実な願いだと受け止めたのだろう。
「閉じ込め続けた弊害でしょうな。
外からのエネルギーを結界が遮断してしまっているので、どうしても徐々によわってしまいますね」
普通の人間向けの説明だった。説明し慣れてるのかもしれないと思う。
それは、彦三郎以外にも似た境遇の妖怪がいるのだろうということを想起させて嫌だった。
結界というのが札の事だろうと分かる。
囲んでいるのか包んでいるのか、この場合そういうことをするために使う言葉だ。
「例えば、一度その結界とやらを解いて、体力が戻った後もう一度あの場所にということは不可能なのですか?」
自分の声が震えていることに気が付く。
けれど、それは彼に逃げられたくはないという意味での震えだと思われた様だった。
「そのままでは座敷童の体力が持たないでしょうな」
住職曰く、あの札は座敷童を閉じ込めると同時に外との緩衝をおさえているらしい。
結界を解けば、弱っている彦三郎は外との力の流れで消耗してしまうという事だった。
「そうですか。
では結界を解かぬよう、注意すべきことはありますか?」
俺が聞くと住職は少し考えた後言った。
それは今日一番聞きたかった内容だった。
「あの札は特別な力が込められてますゆえ、通常は結界は崩れません」
「掃除するとき不安でしたが、大丈夫なんですね」
調子を合わせて、先を促す。
「雨漏りと、それから今時無いとは思いますが煙は駄目ですよ」
優しい口調で住職が言う。
「まあ、普通に暮らしていればありえない事だから、過度に心配しなくてもいいでしょう」
ニコニコと笑いながら言われて、下手くそな作り笑いを返す。
頭の中ではどうすれば家の中で雨漏りを作れるかと、煙を出すかでいっぱいだった。
「少しだったら大丈夫ですから。煙と言ったって毎日火鉢を使った程度で崩れる様なものでは無いですから」
そんな煙の中で普通の人間は暮らせませんよ、と言われる。
事実上不可能だから言ったのかもしれない。
それに、彦三郎が弱ってる状態で結界が壊れるのもよく無いらしい。
一体どの程度が彦三郎が弱っている状態なのか、どの位煙を当てればあの札が効力を発揮しなくなるのか、何も分からない。
それでも、ここへ来る前の何も分からない状況よりマシだ。
けれど、どう話かけても住職はそれ以上の事は教えてはくれなかった。
あまりにも強く聞きすぎても不審がられて親戚に連絡をとられてしまう。
「ありがとうございました」
一旦は帰るしかない。
お礼を言って、これからも頑張りますと伝えて寺を後にした。
そこは、ごく普通の寺だった。
特に同じような怪し気な札は貼られていないし、裏には墓地が整然と並んでいる。
普通に檀家のいる普通の寺に見える。
「済みません」
アポイントは取っていなかった。
彦三郎の元に来ると言われても困るからだ。
黒に近い灰色の屋根を見上げてそれから、声をかけた。
手入れの行き届いた本堂だから、人はいるはずだ。
出てきた人は袈裟を着ていて、もしかしたら間違いだったかもと思う。
けれど確かめなければならなかった。
「門脇の者ですが――」
そこまで言った時点で、目の前の男の表情ががらりと変わる。
ここがちゃんとした目的地だということを確認できた。
追い返されても困るし、彦三郎が外に出れないように札を強化されるのも困る。
何から話を聞けばいいのか分からなかったという感じが正直なところだ。
「今、彦三郎様にお使えしております。
それで色々教えていただきたい事がありまして、今日は突然ですがこちらにきました」
結局、いくつか事前に考えていたプランの中でより良く彦三郎のお世話をするためのアドバイスをまず求めてみるという形をとることにした。
彼をあの部屋にいさせることの逆を知りたいのだけれど、教えてくれるとは思えなかったためだ。
「座敷童様に末永く、門脇に幸福をもたらしてもらうために、僕にできることは何でもしたいと思っております」
自分でもよくそんなウソが言えたと思う。
けれど、進んで福を逃して、不幸になりたい人間がいるとは思えなかったのだろう。この寺の住職だと名乗った男は俺の言葉を信じた様だ。
「一度彦三郎様を怒らせてしまって、家鳴りがとまらなかったことがありました」
実際は一度ではないが、殊更酷いことをしてしまったかのように話す。
彼があのまま家の中を嵐の様にしたら札の力が弱まるのではという期待もあった。
だから、ミスをしてしまってもうこういうことをおこしたくないのだと訴える。
「もう、あの座敷童の力は衰えていますから」
だから、家鳴りは気にする必要はありません。そう住職は言った。
彼を怒らせても意味は無いということは少なくとも分かった。
ならば、札を剥がす方法だ。
「結界の中に長く居た影響でしょうな。
彼の力は弱まっていて、早晩消滅するでしょう」
その言葉に衝撃を受ける。
思い当たる節はあった。悪霊になる様な話も彦三郎自身がしていた。
「消滅……」
「ああ、勿論それまでにあと数十年はかかるでしょうから」
住職は俺をはげますために言ったのだろう。
けれど、それはあまり意味のあることでは無かった。
「消滅させない方法は!!」
食い気味に言ってしまう。
けれど、福を得たいという切実な願いだと受け止めたのだろう。
「閉じ込め続けた弊害でしょうな。
外からのエネルギーを結界が遮断してしまっているので、どうしても徐々によわってしまいますね」
普通の人間向けの説明だった。説明し慣れてるのかもしれないと思う。
それは、彦三郎以外にも似た境遇の妖怪がいるのだろうということを想起させて嫌だった。
結界というのが札の事だろうと分かる。
囲んでいるのか包んでいるのか、この場合そういうことをするために使う言葉だ。
「例えば、一度その結界とやらを解いて、体力が戻った後もう一度あの場所にということは不可能なのですか?」
自分の声が震えていることに気が付く。
けれど、それは彼に逃げられたくはないという意味での震えだと思われた様だった。
「そのままでは座敷童の体力が持たないでしょうな」
住職曰く、あの札は座敷童を閉じ込めると同時に外との緩衝をおさえているらしい。
結界を解けば、弱っている彦三郎は外との力の流れで消耗してしまうという事だった。
「そうですか。
では結界を解かぬよう、注意すべきことはありますか?」
俺が聞くと住職は少し考えた後言った。
それは今日一番聞きたかった内容だった。
「あの札は特別な力が込められてますゆえ、通常は結界は崩れません」
「掃除するとき不安でしたが、大丈夫なんですね」
調子を合わせて、先を促す。
「雨漏りと、それから今時無いとは思いますが煙は駄目ですよ」
優しい口調で住職が言う。
「まあ、普通に暮らしていればありえない事だから、過度に心配しなくてもいいでしょう」
ニコニコと笑いながら言われて、下手くそな作り笑いを返す。
頭の中ではどうすれば家の中で雨漏りを作れるかと、煙を出すかでいっぱいだった。
「少しだったら大丈夫ですから。煙と言ったって毎日火鉢を使った程度で崩れる様なものでは無いですから」
そんな煙の中で普通の人間は暮らせませんよ、と言われる。
事実上不可能だから言ったのかもしれない。
それに、彦三郎が弱ってる状態で結界が壊れるのもよく無いらしい。
一体どの程度が彦三郎が弱っている状態なのか、どの位煙を当てればあの札が効力を発揮しなくなるのか、何も分からない。
それでも、ここへ来る前の何も分からない状況よりマシだ。
けれど、どう話かけても住職はそれ以上の事は教えてはくれなかった。
あまりにも強く聞きすぎても不審がられて親戚に連絡をとられてしまう。
「ありがとうございました」
一旦は帰るしかない。
お礼を言って、これからも頑張りますと伝えて寺を後にした。
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