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彦三郎と一緒に住んでいた家は、嵐でめちゃくちゃになってしまった。
あの後、俺は実家の近くにアパートを借りて一人暮らしを始めた。
「この、凍ってるレモンの部分が美味いんだよな」
彦三郎の周りには乱雑に漫画が置いてある。
「なんで、わざわざここに来て散らかすんだよ!」
俺が言うと彦三郎は「えー。だって、門脇で祠だかは作ってくれるらしいけどまだまだ時間がかかりそうだし」と言って笑った。
彦三郎はもうどこにでも行ける。
だけど、門脇の大人たちの話を聞いてかは知らないけれど、門脇家の敷地内に作られる祠で暮らすことを決めたらしい。
その選択を少しだけ馬鹿だなあとは思うものの、俺だってそれほど人生上手くやれてはいない。
「だからって態々俺んちにこなくたっていいだろ」
「引きこもり生活が長すぎて外にいると落ち着かないしなあ」
彦三郎はそんなことを言う。
体つきは完全に大人だ。それが、子供姿の時と同じようにかき氷を食べながら俺の部屋にいる。
「きっと、この家にも福がくるぞ」
ニヤリと笑って彦三郎は言う。それは相変わらず人間っぽくない不思議な笑みだ。
「その前にこのままだと部屋がゴミだめになるだろ!!」
コンビニのレジ袋を片付けながら俺が言う。
少し前までの二人だけの生活とあまり変わらないやり取りだ。
だから彦三郎の見た目が違う事への違和感も大分薄れた。
「そんな事よりご利益《りやく》だろ。
さあ、俺のことを敬いたまえ、崇めたまえ」
ちょっとだけ神様になったというのは本当の事らしく、時々こんなことを言う。
「ハイハイ。じゃあ、今日の夕飯はカレーにしようか」
再就職を果たして、平日は会社勤めをしている。
どちらにせよ土日は作り置きの料理を作る日だ。
だから、それが彦三郎の好物でもそうでなくてもどちらでもいい。
「カレーか!!」
途端に声が弾む彦三郎は相変わらず子供の様な気もする。
福というのが何だかは、良く知らない。
本当に彦三郎がそれを運んでくるのかにも、正直あまり興味がない。
けれど、今日もうちの神様が穏やかに暮らせてるなら、もうそれでいい気もする。
二人で、単身者用の狭いキッチンに並んでカレーの支度をする。
「やっぱり、兄さんの手の跡目立つな」
彦三郎が俺の手を見て言う。
彼に食べられてしまった箇所は、あの後病院に行って治療してもらった。
避難中にひっかけてしまった。詳しい事は何も覚えていない。
そう言い張ったところすんなりと治療をしてもらえた。
けれど、跡は残ってしまった。
別に痛みが残ってるとか手を動かしにくいなんてことはない。
ただ、手の甲に少し白っぽい跡がついてしまっているだけの事だ。
あの時、彦三郎を置いていくことと比較すれば些末なことだ。
正直、麻酔の注射を手に打たれた時は痛みで顔をしかめたけれど、今は何とも思っていない。
彦三郎はニンジンの皮むきの手を止めてこちらを見る。
視線が俺より少し上からなのはやっぱり少し慣れない。
だからという訳でも無いが、兎に角話の方向を逸らしたくて「そういえばこの近所で今度夏祭りがあるんだってさ」と話しかける。
「ほら、彦三郎、ワタアメ食べたいって言ってだろ?」
俺が言うと彦三郎は少しだけ目を見開いて「よく兄さんそんな事覚えてるな」と言う。
「ワタアメを食べながら、花火を見るのは楽しいぞ」
そういう俺もここ数年夏祭りも花火も縁がない。
彦三郎はニンジンを置いて、それから俺の方を見た。
茶色い髪の毛がサラリと揺れる。
「ありがとうな。晴泰」
普段はあまり呼ばれない名前を呼ばれた。
彼が何に対してのお礼を言ったのかは俺にもはっきりとは分からない。
気恥しい様な、照れくさい様な、妙な気分になる。
「俺こそ、ありがとう、だよ」
だけど、彦三郎と同じ気持ちなのだ。
突然やってきた俺と一年一緒に彼は過ごしてくれたのだ。
彦三郎も照れたみたいに視線をそらして、それからもう一度ニンジンの皮をむき始めた。
俺もその隣で玉ねぎの皮をむく。
友人と呼べるほど年も近くないし、そもそも彦三郎は人ではない。
けれど多分、彼は友の様な存在で、だけどお互いにそんなことは口には出さない。
時々我が物顔で俺の部屋を占拠する座敷童様はこれからもずっと俺の近くにいるのだろう。
「夏祭り楽しみだな」
彦三郎が笑顔を浮かべる。
「そういえば、あいかわらず彦三郎は門脇の人間以外には見えないのか」
「いや? それはもう神様みたいなもんだからどうとでもなるさ」
だから、焼き鳥もイカ焼きもチョコバナナも自分で買えるからな!と楽しみそうに彦三郎は言う。
「それは、楽しみだな」
穏やかな生活をこれから友人と楽しめそうなことを喜びながら、カレー作りを再開した。
了
あの後、俺は実家の近くにアパートを借りて一人暮らしを始めた。
「この、凍ってるレモンの部分が美味いんだよな」
彦三郎の周りには乱雑に漫画が置いてある。
「なんで、わざわざここに来て散らかすんだよ!」
俺が言うと彦三郎は「えー。だって、門脇で祠だかは作ってくれるらしいけどまだまだ時間がかかりそうだし」と言って笑った。
彦三郎はもうどこにでも行ける。
だけど、門脇の大人たちの話を聞いてかは知らないけれど、門脇家の敷地内に作られる祠で暮らすことを決めたらしい。
その選択を少しだけ馬鹿だなあとは思うものの、俺だってそれほど人生上手くやれてはいない。
「だからって態々俺んちにこなくたっていいだろ」
「引きこもり生活が長すぎて外にいると落ち着かないしなあ」
彦三郎はそんなことを言う。
体つきは完全に大人だ。それが、子供姿の時と同じようにかき氷を食べながら俺の部屋にいる。
「きっと、この家にも福がくるぞ」
ニヤリと笑って彦三郎は言う。それは相変わらず人間っぽくない不思議な笑みだ。
「その前にこのままだと部屋がゴミだめになるだろ!!」
コンビニのレジ袋を片付けながら俺が言う。
少し前までの二人だけの生活とあまり変わらないやり取りだ。
だから彦三郎の見た目が違う事への違和感も大分薄れた。
「そんな事よりご利益《りやく》だろ。
さあ、俺のことを敬いたまえ、崇めたまえ」
ちょっとだけ神様になったというのは本当の事らしく、時々こんなことを言う。
「ハイハイ。じゃあ、今日の夕飯はカレーにしようか」
再就職を果たして、平日は会社勤めをしている。
どちらにせよ土日は作り置きの料理を作る日だ。
だから、それが彦三郎の好物でもそうでなくてもどちらでもいい。
「カレーか!!」
途端に声が弾む彦三郎は相変わらず子供の様な気もする。
福というのが何だかは、良く知らない。
本当に彦三郎がそれを運んでくるのかにも、正直あまり興味がない。
けれど、今日もうちの神様が穏やかに暮らせてるなら、もうそれでいい気もする。
二人で、単身者用の狭いキッチンに並んでカレーの支度をする。
「やっぱり、兄さんの手の跡目立つな」
彦三郎が俺の手を見て言う。
彼に食べられてしまった箇所は、あの後病院に行って治療してもらった。
避難中にひっかけてしまった。詳しい事は何も覚えていない。
そう言い張ったところすんなりと治療をしてもらえた。
けれど、跡は残ってしまった。
別に痛みが残ってるとか手を動かしにくいなんてことはない。
ただ、手の甲に少し白っぽい跡がついてしまっているだけの事だ。
あの時、彦三郎を置いていくことと比較すれば些末なことだ。
正直、麻酔の注射を手に打たれた時は痛みで顔をしかめたけれど、今は何とも思っていない。
彦三郎はニンジンの皮むきの手を止めてこちらを見る。
視線が俺より少し上からなのはやっぱり少し慣れない。
だからという訳でも無いが、兎に角話の方向を逸らしたくて「そういえばこの近所で今度夏祭りがあるんだってさ」と話しかける。
「ほら、彦三郎、ワタアメ食べたいって言ってだろ?」
俺が言うと彦三郎は少しだけ目を見開いて「よく兄さんそんな事覚えてるな」と言う。
「ワタアメを食べながら、花火を見るのは楽しいぞ」
そういう俺もここ数年夏祭りも花火も縁がない。
彦三郎はニンジンを置いて、それから俺の方を見た。
茶色い髪の毛がサラリと揺れる。
「ありがとうな。晴泰」
普段はあまり呼ばれない名前を呼ばれた。
彼が何に対してのお礼を言ったのかは俺にもはっきりとは分からない。
気恥しい様な、照れくさい様な、妙な気分になる。
「俺こそ、ありがとう、だよ」
だけど、彦三郎と同じ気持ちなのだ。
突然やってきた俺と一年一緒に彼は過ごしてくれたのだ。
彦三郎も照れたみたいに視線をそらして、それからもう一度ニンジンの皮をむき始めた。
俺もその隣で玉ねぎの皮をむく。
友人と呼べるほど年も近くないし、そもそも彦三郎は人ではない。
けれど多分、彼は友の様な存在で、だけどお互いにそんなことは口には出さない。
時々我が物顔で俺の部屋を占拠する座敷童様はこれからもずっと俺の近くにいるのだろう。
「夏祭り楽しみだな」
彦三郎が笑顔を浮かべる。
「そういえば、あいかわらず彦三郎は門脇の人間以外には見えないのか」
「いや? それはもう神様みたいなもんだからどうとでもなるさ」
だから、焼き鳥もイカ焼きもチョコバナナも自分で買えるからな!と楽しみそうに彦三郎は言う。
「それは、楽しみだな」
穏やかな生活をこれから友人と楽しめそうなことを喜びながら、カレー作りを再開した。
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