繋がる指先

渡辺 佐倉

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ヘリオトロープに愛を込めて

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明日、あの人は卒業する。
早々に進学先は決まっていたが、生徒会の引継ぎのため卒業ギリギリまで学園にとどまっていた小西先輩は明日、卒業する。
新生活の準備が忙しいだろうにギリギリまで後輩たちのために過ごすのはあの人らしかった。

それも完全に終わったらしく、久しぶりに彼の自室に呼ばれた。
あの部屋に行くのも今日で最後だ。
小西先輩の卒業と同時にこの部屋は改装工事の準備に入る。
生徒会のメンバーは概ね良家の子息だ。
生徒会入りが決定した時点で通常内装をいじる。
防犯上の理由があってのことだと聞いた。

そのため、部屋は1年交代で使うことになっている。
次の生徒会が決まるまで小西先輩の部屋は空くことになる。

エレベーターに小西先輩からもらったカードキーを通す。
こうやってするのも最後だ。

週に何度も彼と会って話をして食事をして、朝まで共に過ごすのは今日で最後だ。
嫌なことを考えそうになって首を振る。

今日別れようなんて言われないかもしれない。
でも、いつかは言われるんだと覚悟はしている部分がある。
指から伸びる糸が何も意味がないことが、大学生になって色々な人と出会えばきっと分かる。

大人になって、糸にこだわらなくてもいいんだって心からあの人が思ってしまったら自分が選ばれ続けるなんて思えなかった。

陰鬱な気持ちのまま小西先輩の部屋の前についた。
インターフォンを押すとすぐに出迎えてくれた。

こうやって出迎えてくれるのも今日で最後なんだ。
顔を合わせたばかりなのに涙が出そうになる。

「遅かったね。
出前取ったから一緒に食べよう。」

調理器具はもうしまっちゃったんだと言いながら二人でダイニングへ向かう。
小西先輩の言う通り部屋はきれいさっぱり片付いていて段ボールが積み上げられている。
後は大物の家具だけがぽつんと置いてあるのみだ。

もう、小西先輩の部屋の面影を残さない場所になってしまったことが寂しい。
ダイニングの椅子に座るとすでに食事が並んでいた。

「サンドイッチ好きでしょ?
勝手に頼んだけど良かったかな。」

俺がいつも座る場所におかれていたのはクラブハウスサンドだった。

「ありがとうございます。」

二人でこの学園で取る最後の食事になる。きっと味は碌に分からないだろう。それでも一口一口かみしめる。

「春休みだけどさ。俺のところ出てくるんだしせっかくだからどっか行こうと思ってるんだけど、希望ある?」

自分の分のとんかつ定食を食べながら聞かれる。
何を言われてるのか分からなくて思わず目を見開く。

「ああ、やっぱり……。」

困ったみたいにあの人は笑った。

「俊介はこれっきりにするつもりだった?」

特殊な環境の高校だけの付き合いという事を言外に滲ませながらあの人は言う。

「そ、んなこと……。」

少なくとも俺はそんなつもりは無かった。

「それとも俺が信頼されてないのかなあ。」

あの人の声は力なく感じた。

「ちがっ……。」

小西先輩のことを信頼できないのではない。駄目なのは俺の方なのだ。

「俺はできることならずっと俊介と恋人でいたいよ。」

それは、この学園内が特殊ってことが理由じゃないし、糸の先にいるのが俊介だからでもない。
そうはっきりと言われて、力が抜けた。

「だから、春休みには遊びに来るものだと思ってたし、ゴールデンウィークは二人で旅行にでも行こうかと思っていたよ。
……まあ、俊介のことだから勝手に後ろ向きに考えてるかもとは思ってたけど。」


ため息をつかれ、申し訳ない気持ちになる。
せっかくの最後の日を滅茶苦茶空気を悪くしてしまってどうしたらいいのか分からない。

「取り合えずご飯食べようか。
それからこれからの話をしよう。」

小西先輩は俺が思っている以上に大人なのかもしれない。
慌ててサンドイッチを食べると、ソファーに行こうかと言われた。

小西先輩の後に続いて隣にあるソファーの前まで来ると先に座った。それから自分の太ももをポンポンと2回軽く叩いて「俊介はここね」と言ってのける。

俺は小西先輩の顔と太ももを数回見比べてから、溜息をつく。
こうなると、あの人は俺が言うことを聞くまで絶対に折れない。

俺があの人にすっぽりと抱きこまれるみたいにソファーに座ると、あの人は服のポケットから何かを取り出して、しゅっと俺の首筋に何かをかけた。

ふわり、と小西先輩の匂いがした。

「はい、これあげる。」

手に乗せられたのは香水のアトマイザー。
小西先輩がいつも使っているものの様だった。

「俺のこと忘れないように毎日使ってね。匂いだけでも思い出してよ。
後でボトルもあげるから。」

それから俺の首筋を確認するみたいに撫でた。
そうやるともっと匂いが強くなった気がしてその香りが俺からしているのかそれともあの人からしているのかよく分からない。

「俺の気持ちが、そんな生易しいものだと思っていて欲しくないから。」

そうはっきり言われ顔を見上げると、あの人の瞳は笑ってはいるものの力強い意思がこもっていた。
その目に見つめられて動けなくなる。

また、鼻孔にあの人の香りがする。
抱きしめられた時、キスをした時、セックスをした時、ずっと感じていた匂いがする。

「忘れられる訳無いじゃないですか……。」


俺が言うと小西先輩はまるで知ってると言うみたいにキスを落とした。

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