【短編集】恋人になってくれませんか?※追加更新終了

鈴宮(すずみや)

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6.ポンコツ魔女の惚れ薬が予想外に効果を発揮した件について

1.

「好きだよ、ハナ」

「……え?」


 思わぬことに、わたしは目を見開いた。
 目の前にいる男性は、ずっとずっと密かに想いを寄せてきた魔法騎士、キース様。彼の真っ白な肌がほんのりと紅く染まって、サファイアみたいに綺麗な瞳が熱っぽく潤んでいる。仄かに薫る薔薇の香りは、普段彼が付けている香水とは違う。


(わたしが……わたしの魔法が、効いた…………?)

「ハナ?」


 キース様は、愕然とするわたしの顔をそっと覗き込んだ。太陽の光を直接分け与えられたみたいにキラキラ輝く髪の毛も、めちゃくちゃ高い鼻も、綺麗に弧を描いた桃色の唇も、全部全部浮世離れしている。


(夢? 夢なのかなぁ?)


 自他ともに認めるポンコツ魔女であるわたしの魔法が成功する確立は、限りなく低い。こんなタイミング、こんな形で実を結ぶなんて、とてもじゃないけど信じられない。


「返事を聞かせてくれないの?」


 キース様は低く、少し掠れた声でそんなことを言った。心臓を直撃する甘くて魅惑的な声音に、身体中の血液が沸騰する。このまま死んじゃうんじゃないかって錯覚するぐらい心臓がバクバク鳴り響くし、身体が熱くて堪らなかった。


「わたし……わたしは…………」


 キース様のことが好きだ。もう何か月も前からずっと片思いをしている。この片思いがほんの一瞬でも叶ったら……なんて馬鹿なことを考えて、惚れ薬をこさえるぐらいに、好きだ。
 だけど、効果があるなんて思ってなかった。絶対、絶対失敗するって思っていたから、つい先ほど、めちゃくちゃ軽い気持ちで、出来立てほやほやの惚れ薬をキース様に向かって吹きかけた。その結果がこれだ。正直頭の中がパニくってて、どうしたら良いか、全然分かんない。


「俺はハナが好きだよ」


 キース様はそう言って、わたしの指先にそっと唇を寄せた。チュッて音がすると同時に、身体中の毛穴がぶわって一気に開き、中心に熱が集まる。


「わたしも、キース様が好きです」


 偽りなのに。キース様の本心じゃないって分かっているのに、ズルいわたしはそう口にして手を伸ばす。彼の真っ白な騎士装束を掴んで引寄せて、それから必死に顔を上げた。何も知らないキース様は、優しい笑顔を浮かべてわたしを見つめている。嬉しさと罪悪感で、涙が一気にこみ上げた。


 そうしてわたしは、キース様の恋人の座を手に入れた。
 ただ、薬の効果っていうのは長続きしない。
 わたしが参考にした著書『誰でも作れる惚れ薬』によれば、惚れ薬の効果が持続するのは24時間。それを過ぎれば、相手は正気を取り戻し、薬を使っていた時に感じていた恋慕も、薬によって吐かされた言葉も忘れてしまう。


(そんなの、嫌)


 魔女って言うのは欲深い生き物だ。初めは一瞬、一時でも良いから、キース様の心が欲しいと思っていたはずのわたしは、気づけば毎日、キース様に惚れ薬を吹き付けていた。
 見習い魔女であるわたしが通う宮殿と、キース様が通う騎士団の詰め所は結構な距離がある。けれどわたしは、足繁くキース様の元に通っては、惚れ薬を使い、彼の笑顔と愛の言葉を独り占めにしていた。


「今日は俺が会いに行くって言ったのに」


 キース様はそう言って、わたしの真っ黒な髪の毛に指を絡ませる。わたしたちの間には拳一つ分の距離すらない。キース様の腕に抱かれて、わたしは夢見心地のまま首を横に振った。


「一秒でも、早く会いたくて」


 だって、前回薬を使って24時間を一秒でも過ぎてしまったら、惚れ薬の効果は消えてしまう。だからわたしは、前日よりも絶対、早い時間にキース様に会う必要があった。


「それは俺も同じだよ」


 キース様はそう言ってわたしの頬を撫でた。大きくてゴツゴツした手のひらが、わたしを宝物みたいに愛でる。鼻先が触れ合って、吐息も重なるほどに近くて、わたしの瞳はキース様の唇に釘付けになってしまう。


「キース様」

「うん」

「好きって言ってください」


 薬を使い始めて今日で五日目。効果のほどを確信したわたしは、そんな大胆なことを口にするに至る。心臓がドキドキ鳴り響いて、顔が真っ赤に染まっていても、キース様はわたしを受け止めてくれる。昼休みを邪魔しても、こんなにズルいことをしている人間であっても、咎めることはない。


「好きだよ、ハナ」


 そう言ってキース様は綺麗に、穏やかに笑ってくれた。だけどその瞬間、わたしの心がズキッと音を立てて痛む。その瞳に映っているのはわたしなのに、わたしのはずなのに、キース様は何だか別の場所を見ている気がした。


「ハナは? 俺のことが好き?」


 キース様はそう言ってわたしの唇をなぞる。


「好きです」


 心臓が飛び出しそうだった。何だか無性に苦しくて、息もまともにできなくなる。


「良かった。同じ気持ちだね」


 そう言って微笑むキース様の顔がわたしには見れなかった。


(ごめんなさい)


 心の中でそっとキース様に謝罪する。わたしの想いは本物だけど、キース様のその気持ちは、わたしが作り上げた偽物だから。そう、ちゃんと分かっているから。
 だって彼には。キース様にはちゃんと――――婚約者がいるのに。


「キース様」

「うん?」

「キス、してくれませんか?」


 この偽りの関係には終わりがある。
 ポンコツ魔女のわたしが、もう一度同じ惚れ薬を作れるとは到底思えない。
 小瓶の中に入っている薬はあと25日分。それだって、一日でも使用し損なったらそこで終わる。だって、正気になったキース様がわたしに近づくことなんて、きっとあり得ないもの。


(だったら、我慢なんてしたら勿体ない)


 わたしはグッと唇を突き出して、そのままギュッて目を瞑る。キース様の吐息が肌を擽って、心臓がザワザワと撫でられる。彼がどんな表情をしているのか、どんなことを思っているのか分からない。


(でも、今だけはわたしのことを好きでいてくれてるのは間違いないから)

「ごめんね」


 けれど、次に彼の唇から紡がれたのは、そんな言葉だった。
 ショックで。頭の中で「ガーーンッ」て音が鳴り響いて、わたしは思わず目を開ける。目の前には困ったように笑うキース様。気を抜いたら涙が零れ落ちそうだったけど、わたしは必死で唇を引き結んだ。


(やっぱり……偽りの恋だから?)


 彼の中では、本心と薬で作り上げられた恋心が戦っているのだろうか。言葉では「好き」と言えても、行動に移すことはできないのかもしれない。そう思うと、胸がズキズキと痛んだ。


「今はこれで許して」


 キース様はそう言って、わたしの頬にそっと触れるだけの口付けをした。嬉しいのに悲しい。そんな複雑な気持ちで、わたしは薬の入った小瓶をギュッと握りしめる。


(薬なんて作らなきゃ良かった)


 一瞬だけ、そんなことを思った。
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