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20.一目惚れも、ここまでくれば
8.
月日の流れはあっという間で、殿下と異母姉さまは卒業の日を迎えようとしていた。
「婚約者として、一緒に夜会に出席してくれる?」
殿下からそう尋ねられた時、わたしは嬉しさ半分、悲しさ半分で頷いた。
(きっとこれが、わたしが殿下と過ごせる最後の日になる)
わたしに残された時間――――結婚まではあと二年。だけど、これ以上はとても耐えられそうにない。
今以上――――これ以上アイザック殿下を好きになって、その上で彼を殺すなんて、わたしには絶対出来ないから。あんな風に愛されて、優しくされて、わたしが本気になった後で別れるなんて、とても耐えられないから。
だから、彼とは今すぐ離れなくちゃいけない。
そのために必要な種はしっかりと蒔いてきた。あとはそれが収穫されるのを待つだけだ。
(さすがに今度ばかりは、アイザック殿下も放っておけないと思うけど)
それでも不安が完全に拭えたわけではない。殿下はいつも笑顔だから。いつだってわたしの想像を超えてくるから。だから、今回も彼に全てを見破られてしまうのではないか――――ついついそんなことを考えてしまう。
(ダメよ。このまま殿下と結婚したら、わたしは彼を殺さなきゃいけなくなるのよ)
母の呪縛は日に日に強くなっている。毎日毎日『あいつを殺せ』と言われて、正気を保っていられることが不思議なくらいだ。いつかわたしに乗り移ったあの女が、アイザック殿下を刺し殺すか分からない――――そう思う程、あの人の恨みは苛烈で恐ろしい。
「行こうか、ローラ」
美しい礼装に身を包んだアイザック殿下がわたしに微笑みかける。
「はい、殿下」
わたしは何よりもこの人の笑顔を護りたい。だから、この先自分に何が起ころうと、後悔は全くなかった。
「お待ちください、殿下! その女はやはり、殿下に相応しくありません!」
卒業パーティーの会場を目前に、わたしたちを呼び止めた声音。殿下と共に後を振り向いたわたしは思わず目を見開いた。
「異母姉さま……」
あれから異母姉は、わたしの企みには関わらせないようにしていた。関わらせたところで碌なことにならない。彼女を傷つけるだけだと知っているから。
「どうしてそんな風に思うんだい?」
殿下は穏やかに目を細め、異母姉さまのことを見つめている。
異母姉さまは身体を震わせつつ、ゆっくりと大きく深呼吸をしてからこちらへと向き直った。
「異母妹は殿下の他に、情を通わせている方が複数人いるんです。どれも平民の、つまらない男ばかりですわ!」
そう言って異母姉さまは殿下へ数枚の紙を手渡す。それは、わたしの行動を数か月分事細かに書き記した報告書に加え、密通相手の姿絵、密会の場所や頻度が書き記されたものだった。
「……すごいね。良くぞこんなに」
「そうでしょう? 本当に……殿下の妃になろうというものが、愚かなことです! 実の妹だというのに、情けなくて堪りませんわ……。
ですから殿下、いい加減目を覚ましてくださいっ! その女は殿下に相応しくありません! 婚約は今すぐ破棄するべきです!」
異母姉さまはそこまで一気に捲し立てると、真っ赤に染まった顔をわたしへと向けた。彼女の笑みからは、満足感と高揚感がうかがえる。
(思っていた形とは違うけれど)
これで異母姉さまは満足できたのだろうか――――そう思うと、何とも言えないほろ苦さが胸に広がっていく。
だけど、少なくともこれでわたしの望みは叶った。
これでわたし達の婚約は破棄される。今度こそ、全くのお咎めなしという訳にはいくまい。
どちらにせよ、わたしは母から死んだ方がマシだと思う仕打ちを受けるのだろうけど、そんなことは元々分かっていた。自分と殿下を天秤にかけて、わたしは殿下を選んだ――――ただそれだけのことだ。
「何とか言ったらどうなのよ!」
異母姉さまはそう言ってわたしのことを睨みつける。
わたしは殿下の腕に添えていた手を下ろし、彼の前にゆっくりと頭を垂れた。
「異母姉さまの言う通りでございます。わたしはあなたの妃に相応しくありません。どうか、わたし達の婚約を――――――」
破棄してください――――そう言おうとした。
だけど、言葉が上手く出てこない。何度口を開いても、それは音になってはくれなかった。
(わたし……わたしは…………)
「僕と結婚したい。
だけど、僕のことは殺したくない――――そうだよね、ローラ」
その時、アイザック殿下はそう言ってわたしの手を握った。ギュッと固く握られた手のひらから、殿下の温かさが感じられる。わたしは思わず息を呑んだ。
「婚約者として、一緒に夜会に出席してくれる?」
殿下からそう尋ねられた時、わたしは嬉しさ半分、悲しさ半分で頷いた。
(きっとこれが、わたしが殿下と過ごせる最後の日になる)
わたしに残された時間――――結婚まではあと二年。だけど、これ以上はとても耐えられそうにない。
今以上――――これ以上アイザック殿下を好きになって、その上で彼を殺すなんて、わたしには絶対出来ないから。あんな風に愛されて、優しくされて、わたしが本気になった後で別れるなんて、とても耐えられないから。
だから、彼とは今すぐ離れなくちゃいけない。
そのために必要な種はしっかりと蒔いてきた。あとはそれが収穫されるのを待つだけだ。
(さすがに今度ばかりは、アイザック殿下も放っておけないと思うけど)
それでも不安が完全に拭えたわけではない。殿下はいつも笑顔だから。いつだってわたしの想像を超えてくるから。だから、今回も彼に全てを見破られてしまうのではないか――――ついついそんなことを考えてしまう。
(ダメよ。このまま殿下と結婚したら、わたしは彼を殺さなきゃいけなくなるのよ)
母の呪縛は日に日に強くなっている。毎日毎日『あいつを殺せ』と言われて、正気を保っていられることが不思議なくらいだ。いつかわたしに乗り移ったあの女が、アイザック殿下を刺し殺すか分からない――――そう思う程、あの人の恨みは苛烈で恐ろしい。
「行こうか、ローラ」
美しい礼装に身を包んだアイザック殿下がわたしに微笑みかける。
「はい、殿下」
わたしは何よりもこの人の笑顔を護りたい。だから、この先自分に何が起ころうと、後悔は全くなかった。
「お待ちください、殿下! その女はやはり、殿下に相応しくありません!」
卒業パーティーの会場を目前に、わたしたちを呼び止めた声音。殿下と共に後を振り向いたわたしは思わず目を見開いた。
「異母姉さま……」
あれから異母姉は、わたしの企みには関わらせないようにしていた。関わらせたところで碌なことにならない。彼女を傷つけるだけだと知っているから。
「どうしてそんな風に思うんだい?」
殿下は穏やかに目を細め、異母姉さまのことを見つめている。
異母姉さまは身体を震わせつつ、ゆっくりと大きく深呼吸をしてからこちらへと向き直った。
「異母妹は殿下の他に、情を通わせている方が複数人いるんです。どれも平民の、つまらない男ばかりですわ!」
そう言って異母姉さまは殿下へ数枚の紙を手渡す。それは、わたしの行動を数か月分事細かに書き記した報告書に加え、密通相手の姿絵、密会の場所や頻度が書き記されたものだった。
「……すごいね。良くぞこんなに」
「そうでしょう? 本当に……殿下の妃になろうというものが、愚かなことです! 実の妹だというのに、情けなくて堪りませんわ……。
ですから殿下、いい加減目を覚ましてくださいっ! その女は殿下に相応しくありません! 婚約は今すぐ破棄するべきです!」
異母姉さまはそこまで一気に捲し立てると、真っ赤に染まった顔をわたしへと向けた。彼女の笑みからは、満足感と高揚感がうかがえる。
(思っていた形とは違うけれど)
これで異母姉さまは満足できたのだろうか――――そう思うと、何とも言えないほろ苦さが胸に広がっていく。
だけど、少なくともこれでわたしの望みは叶った。
これでわたし達の婚約は破棄される。今度こそ、全くのお咎めなしという訳にはいくまい。
どちらにせよ、わたしは母から死んだ方がマシだと思う仕打ちを受けるのだろうけど、そんなことは元々分かっていた。自分と殿下を天秤にかけて、わたしは殿下を選んだ――――ただそれだけのことだ。
「何とか言ったらどうなのよ!」
異母姉さまはそう言ってわたしのことを睨みつける。
わたしは殿下の腕に添えていた手を下ろし、彼の前にゆっくりと頭を垂れた。
「異母姉さまの言う通りでございます。わたしはあなたの妃に相応しくありません。どうか、わたし達の婚約を――――――」
破棄してください――――そう言おうとした。
だけど、言葉が上手く出てこない。何度口を開いても、それは音になってはくれなかった。
(わたし……わたしは…………)
「僕と結婚したい。
だけど、僕のことは殺したくない――――そうだよね、ローラ」
その時、アイザック殿下はそう言ってわたしの手を握った。ギュッと固く握られた手のひらから、殿下の温かさが感じられる。わたしは思わず息を呑んだ。
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