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23.呪われ公爵は愛せない
6.
「ハルリーさんがつれないんだ」
それから数日後のこと。二人きりの書斎の中、リヒャルトがそんなことを口にする。
「おまえに対してはあんなに健気で素直なのにさ、俺に対してはどこか素っ気ないっていうか」
「……だからどうした?」
休暇中のリヒャルトはともかく、アンブラは絶賛仕事中だ。鬱陶しさに顔を顰めれば、リヒャルトは小さく笑う。
「なぁ……おまえ、最近鏡見た?」
「鏡? 何を意味不明なことを」
不機嫌な声音。すぐに手鏡が目の前に差し出される。その瞬間、アンブラは小さく息を呑んだ。
「見てみ? 『嬉しい』って顔に書いてある。ハルリーさんを前にしたおまえ、いっつもそんな顔してるぞ」
(そんなこと――――――)
アンブラは何度か口を開き、それから閉じる。
(否定ができない)
締まりのない唇。紅く染まった頬。顔は口ほどにモノを言う。これと同じ表情を、ハルリーに向けている自覚があった。
「認めてしまえよ。おまえはもう、ハルリーさんのことが好きなんだって」
「……いや、それはあり得ない」
好きになってはいけない。愛するなど論外だ。そんなことをすれば、彼女のあの笑顔が失われてしまう。
「素直になれよ。呪いなんて馬鹿げたもんに惑わされるな。自分の心に嘘を吐いて、それで幸せだって胸張って言えるのか? おまえ自身の幸せを――――」
「――――離婚、しようと思っている」
「は?」
自然と口を吐いた言葉。けれどそれは、心の奥底に隠していた本音だ。
(このまま結婚生活を継続できる自信がない)
ハルリーと共に居れば、心がポカポカと温かくなる。陽だまりの中、優しく抱き締められたかのような心地良さに、涙がじわりと溢れてくる。
彼女を拒むことが苦しい。日が経てばたつほど、苦しくなっている。
ハルリーはアンブラに『愛さなくて良い』と言ってくれた。何度『愛さない』と伝えても、ハルリーはあっけらかんとした顔で笑う。けれど彼女はいつだって、ありったけの愛情をくれるのだ。
(愛しい)
どれだけ否定しようとも込み上げてくる感情。
あの、折れそうな程に華奢な身体を抱き締めたい。触れて、キスして、想いを囁けたら良いのに――――そう、何度願ったことだろう。
けれど、その度にどす黒い靄のようなものが湧き上がり、ハルリーの身体を蝕むのが見える。
(彼女を危険に晒したくはない)
そのためには、ハルリーを手放さなければならない。そう分かっているというのに。
ガタン、と大きな物音が鳴る。扉の向こう。急いで向かえば、そこにはハルリーが立っていた。
「おまえ……」
「失礼いたしました。少し、よろけてしまって。お二人にお茶を勧めに参ったのですが……」
彼女の後ろには準備に駆り出された侍女達が並んでいる。けれど、表情から察するに、どうやら会話の内容が聞こえたのはハルリーだけらしい。
「わたくし、少し具合が悪くなってしまって……後をお願いできますか?」
そう言ってハルリーは、いつもの様にニコリと微笑む。けれど、彼女の瞳には、薄っすらと涙が溜まっていた。
「ハルリー……?」
どれだけ邪険にされても、決して流すことのなかった涙。これまで、冷たい言葉を浴びせられても、一度も動揺を見せたことのなかったというのに。
「追えよ」
呆然と立ち尽くしたアンブラに、リヒャルトが言う。侍女達も気づかわし気にハルリーの方を振り返っている。
「…………いや」
これで良いと――――そう思えたらどれだけ良いだろう。
(俺がハルリーを泣かせた)
ドクンドクンと嫌な音を立てて胸が鳴る。悲し気な彼女の顔が脳裏にこびり付いて離れない。
けれど、これでハルリーはアンブラと距離を置くようになるだろう。いずれは彼を嫌いになり、寄り付きもしなくなる。優しく微笑んでくれることだって――――
「…………っ!」
気づいたら、アンブラは勢いよく走り出していた。
それから数日後のこと。二人きりの書斎の中、リヒャルトがそんなことを口にする。
「おまえに対してはあんなに健気で素直なのにさ、俺に対してはどこか素っ気ないっていうか」
「……だからどうした?」
休暇中のリヒャルトはともかく、アンブラは絶賛仕事中だ。鬱陶しさに顔を顰めれば、リヒャルトは小さく笑う。
「なぁ……おまえ、最近鏡見た?」
「鏡? 何を意味不明なことを」
不機嫌な声音。すぐに手鏡が目の前に差し出される。その瞬間、アンブラは小さく息を呑んだ。
「見てみ? 『嬉しい』って顔に書いてある。ハルリーさんを前にしたおまえ、いっつもそんな顔してるぞ」
(そんなこと――――――)
アンブラは何度か口を開き、それから閉じる。
(否定ができない)
締まりのない唇。紅く染まった頬。顔は口ほどにモノを言う。これと同じ表情を、ハルリーに向けている自覚があった。
「認めてしまえよ。おまえはもう、ハルリーさんのことが好きなんだって」
「……いや、それはあり得ない」
好きになってはいけない。愛するなど論外だ。そんなことをすれば、彼女のあの笑顔が失われてしまう。
「素直になれよ。呪いなんて馬鹿げたもんに惑わされるな。自分の心に嘘を吐いて、それで幸せだって胸張って言えるのか? おまえ自身の幸せを――――」
「――――離婚、しようと思っている」
「は?」
自然と口を吐いた言葉。けれどそれは、心の奥底に隠していた本音だ。
(このまま結婚生活を継続できる自信がない)
ハルリーと共に居れば、心がポカポカと温かくなる。陽だまりの中、優しく抱き締められたかのような心地良さに、涙がじわりと溢れてくる。
彼女を拒むことが苦しい。日が経てばたつほど、苦しくなっている。
ハルリーはアンブラに『愛さなくて良い』と言ってくれた。何度『愛さない』と伝えても、ハルリーはあっけらかんとした顔で笑う。けれど彼女はいつだって、ありったけの愛情をくれるのだ。
(愛しい)
どれだけ否定しようとも込み上げてくる感情。
あの、折れそうな程に華奢な身体を抱き締めたい。触れて、キスして、想いを囁けたら良いのに――――そう、何度願ったことだろう。
けれど、その度にどす黒い靄のようなものが湧き上がり、ハルリーの身体を蝕むのが見える。
(彼女を危険に晒したくはない)
そのためには、ハルリーを手放さなければならない。そう分かっているというのに。
ガタン、と大きな物音が鳴る。扉の向こう。急いで向かえば、そこにはハルリーが立っていた。
「おまえ……」
「失礼いたしました。少し、よろけてしまって。お二人にお茶を勧めに参ったのですが……」
彼女の後ろには準備に駆り出された侍女達が並んでいる。けれど、表情から察するに、どうやら会話の内容が聞こえたのはハルリーだけらしい。
「わたくし、少し具合が悪くなってしまって……後をお願いできますか?」
そう言ってハルリーは、いつもの様にニコリと微笑む。けれど、彼女の瞳には、薄っすらと涙が溜まっていた。
「ハルリー……?」
どれだけ邪険にされても、決して流すことのなかった涙。これまで、冷たい言葉を浴びせられても、一度も動揺を見せたことのなかったというのに。
「追えよ」
呆然と立ち尽くしたアンブラに、リヒャルトが言う。侍女達も気づかわし気にハルリーの方を振り返っている。
「…………いや」
これで良いと――――そう思えたらどれだけ良いだろう。
(俺がハルリーを泣かせた)
ドクンドクンと嫌な音を立てて胸が鳴る。悲し気な彼女の顔が脳裏にこびり付いて離れない。
けれど、これでハルリーはアンブラと距離を置くようになるだろう。いずれは彼を嫌いになり、寄り付きもしなくなる。優しく微笑んでくれることだって――――
「…………っ!」
気づいたら、アンブラは勢いよく走り出していた。
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