【番外編更新】死に戻り皇帝の契約妃〜契約妃の筈が溺愛されてます!?〜

鈴宮(すずみや)

文字の大きさ
9 / 44
【1章】夜会と秘密の共有者

9.手紙

しおりを挟む
 帝国の東部――――現在のセザーリン地方の辺りは、かつて小さな王国だった。大河の恩恵を受けたその地は、豊富な食糧、資源に溢れた豊かな土地だ。かの地が帝国に統合されたのは今から約200年前。海外からの侵略を逃れるため、強い軍事力を誇った帝国に救済を求めた形だ。


「うーーん、この間教えてもらった『同盟』って形じゃダメだったんでしょうか?」


 カミラの講義を聞きながら、わたしはふと浮かんだ疑問を口にする。


「そうですね……。私から申し上げられるのは、歴史というのはそれを語るもの、見るものの立場や価値観によって、その形を変えるということです」


 分厚い本をパタンと閉じつつ、カミラはそう言った。


(語るもの、見るものの立場?)


 教養がないためなのか、今のわたしにはイマイチよく理解できない。カミラは穏やかに目を細めつつ、わたしの顔を覗き込んだ。


「時が経てばミーナ様にもきっと、分かるようになりますわ。急がず、少しずつ進めてまいりましょう」

「そうね」


 今のわたしには、物事を判断するための基礎となる下地が圧倒的に足りない。分からなくても、まずは知識を増やしていくこと――――それが大事だとアーネスト様にもアドバイスを貰っていた。


「さて、今日も書き取りを始めましょうか」

「うっ……はぁい」


 ここ最近の朝のルーティーン。十五分程カミラから帝国の歴史を聞いて、それから読み書きの練習をする。
 この二ヶ月の間に読みの方は大分上達したものの、わたしは作文が破滅的に下手くそだった。
 30字弱しかない文字を組み合わせて文章にする――――そんな単純なことが上手くできない。単語や文章表現を覚えて、それを紙に書いていくわけだけど、ミミズの這った跡のような文字しか書けないし、そもそも言葉が上手く出てこない。だから、まずは児童向けの本をひたすら書き写す、というのがカミラから与えられた課題だった。


「話せるのに書けないってもどかしいなぁ」


 一心不乱に文字を書いていると、ついつい弱音が漏れてしまう。


「幼い頃から勉強していたら、全部を同時進行に覚えられますからね。苦労をした、という感覚は私にはあまり有りません。よくサボっていたせいか、姉は覚えが悪かったようですが」


 カミラはそう言って、わたしの正面で微笑む。


(羨ましいなぁ)


 わたしの子ども時代は生きるか死ぬか――――次にご飯を食べられるのはいつだろうと、そんな心配をするような生活だった。読み書きを習うだなんて、そんなこと、考える余裕もなかった。当たり前のように教育を受けられる『貴族』という人達を羨ましく思う。


(だけど、こうして今、ここにいられるだけで凄いことだもの)


 それもこれも、幼い頃にわたしを救い出してくれたアーネスト様のお蔭だ。そう思うと、目頭がグッと熱くなる。
 だから、苦手だとか、難しいとか、そんな弱音を吐いている場合じゃない。学ばなければ、知らない――分からないことがある。それがアーネスト様の命を守ることに直結するかもしれないんだもの。使えるものは全て使う――――わたし自身を含めて――――そう決めたんだ。


「あの……折角ですし、目標を決めたら如何でしょう?」

「目標?」

「はい。例えば、どなたかにお手紙をお書きになる、とか」


 カミラの言葉に、わたしは目を丸くする。


(手紙……手紙、か)


 これまでわたしの人生で、縁の無かったものだ。文字を読むことも書くこともできなかったのだから、当然だけど。


「そっか……良いかも」


 ただ、漠然と文字を書くより、これを基に何かをしようと思う方がずっと良い。練習にも身が入るというものだろう。そう思うと自然と笑みが零れた。


「誰に手紙を書くの?」

「うーーん……ベラ様、かなぁ」


 わたしのミミズみたいな字を受け入れてくれそうなのはベラ様――――百歩譲ってエスメラルダ様位だろう。というか、他に手紙のやり取りが出来そうな知り合いもいない。


「俺じゃなくて?」

「…………へ?」


 耳元でそんな言葉を囁かれ、わたしはビクリと身体を震わせる。急いで顔を上げると、そこにはアーネスト様がいた。


「アーネスト様! いつの間にこちらへ?」

「随分前からいたよ? ミーナは気づいていないみたいだったけど」


 アーネスト様はそう言って笑う。


「全然気づきませんでした」

「それだけ集中していたってことだよ。感心感心」


 アーネスト様は笑っているけど、わたしは複雑な気分だ。


(見られてしまった。よりにもよってアーネスト様に)


 一番見られたくない相手だった。こんな下手くそな字、絶対、見られたくなかったのに。


「どうしてそんな顔をするの? 褒めているのに」


 そう言ってアーネスト様はわたしの頭を撫でる。気づけばカミラは部屋から居なくなっていた。


「だって……こんな汚い文字だし」

「汚い? 丁寧に書けていると思うけど」

「丁寧に書いてはいます。だけど、何回書いてもヨタヨタした字しか書けなくて」


 どうせなら、もっと上達してから見てほしかった。そう思うと涙が出てくる。


「――――ごめん。ミーナがそんなに落ち込むと思わなかったんだ」


 アーネスト様はそう言ってわたしの頬をそっと撫でる。真っ白な手袋のサラサラとした触感がくすぐったい。思わず目を瞑ると、アーネスト様が小さく笑う気配がした。


「だけど、約束して。ミーナが初めて書く手紙は、俺宛にすること」

「どうしても……アーネスト様宛じゃなきゃダメですか?」

「うん、ダメだね」


 サラリと、アーネスト様は断言する。どうやら、この件については一歩も引く気がないらしい。


「分かりました」


 渋々そう返事をすると、アーネスト様は満足気に微笑む。


「出来れば毎日欲しいな。そっちの方がミーナの練習に繋がるし」

「毎日⁉ だけど、まだ全然上達していませんし……」

「だからこそ、だよ。俺ならミーナにアドバイスをしてあげられるし。最近、あんまり会えないから」


 その瞬間、胸がキュッと音を立てて軋む。
 ここ一ヶ月ほど、アーネスト様は殆ど金剛宮に来れていない。公務が忙しいらしいけど、翠玉宮や紅玉宮に通っているとの噂も聞いている。


「そう……ですね。調べたことを手紙でお知らせできるようになれば、アーネスト様にわざわざ来ていただく必要もなくなりますし」


 本当の意味で妃の元に通われるなら――――わたしというカモフラージュがいらないなら、それに越したことは無い。皇族がアーネスト様しかいないということは、帝国の存続に関わる由々しき問題だもの。アーネスト様の気が向いて良かったと、素直にそう喜ぶべきだ。


「調べたこと? そんなこと、手紙に書かなくても良いよ」

「……へ?」

「手紙にはミーナ自身のことを書いて欲しい。そうだな――――その日楽しかったことや嬉しかったこと、好きなモノや嫌いなモノ。そういうことを手紙に書いて教えてくれたら嬉しい」


 アーネスト様はそう言って穏やかに微笑む。


(わたし自身のこと?)


 そんなこと、知って何になるのだろう。そう思うけど、手紙を書くハードルはそちらの方が断然低い。


「分かりました」

「うん。俺もミーナに手紙を書いて良い? そしたら『読み』の勉強にもなるだろう?」

「――――皇帝陛下にそんな手間を取らせて、怒られませんか?」


 読みの勉強なら、本を用意してもらえば幾らでもできる。何もアーネスト様の手を煩わせることは無い。ギデオン様が嫌な顔をする様子が目に浮かんだ。


「俺が書きたいんだよ」


 けれど、アーネスト様はそう言って笑う。心臓がドキドキと鳴り響いた。


(早速、カミラに便せんや封筒を用意してもらわないと)


 アーネスト様の顔をまともに見られぬまま、わたしはそんなことを考える。「待ってるからね」と囁くアーネスト様の声に、心と身体が熱く震えた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

婚約破棄されたので隣国に逃げたら、溺愛公爵に囲い込まれました

鍛高譚
恋愛
婚約破棄の濡れ衣を着せられ、すべてを失った侯爵令嬢フェリシア。 絶望の果てに辿りついた隣国で、彼女の人生は思わぬ方向へ動き始める。 「君はもう一人じゃない。私の護る場所へおいで」 手を差し伸べたのは、冷徹と噂される隣国公爵――だがその本性は、驚くほど甘くて優しかった。 新天地での穏やかな日々、仲間との出会い、胸を焦がす恋。 そして、フェリシアを失った母国は、次第に自らの愚かさに気づいていく……。 過去に傷ついた令嬢が、 隣国で“執着系の溺愛”を浴びながら、本当の幸せと居場所を見つけていく物語。 ――「婚約破棄」は終わりではなく、始まりだった。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...