【番外編更新】死に戻り皇帝の契約妃〜契約妃の筈が溺愛されてます!?〜

【１章】夜会と秘密の共有者

10．教養

「まぁ……それで陛下と文通をしていらっしゃるんですか？」


　その日、金剛宮には珍しくお客様が来ていた。
　宝石みたいに美しく優しいお妃様――エスメラルダ様だ。エスメラルダ様は入内から三ヶ月が経った今も、わたしが後宮で過ごしやすいようにと、度々お茶の機会を作ってくださっている。今日なんて、以前エスメラルダ様が読んでいらっしゃった本をお持ちくださったのだから、本当に頭が上がらない。


「えぇ。文通と呼べるほどの内容ではないのですけど」


　恥ずかしさに頬を染めつつ、わたしは答える。
　あれから毎日、アーネスト様に何かしらの文章を認めて送るようにしている。正直言って『書きたい』と思うことをまだうまく表現が出来ないので、送る内容といえば『空が綺麗』だとか、『デザートが美味しかった』だとか、そんな簡単な文章だ。それでもアーネスト様はわたしが書いた倍ぐらいの長さのお手紙を返してくれる。読むのに時間は掛かるけれど、わたしの一生の宝物だ。


「初めは簡単な文章で良いと思いますわ。是非お続けになって？　それから、私にも手紙を下さると嬉しいわ」


　エスメラルダ様はそう言って朗らかに微笑む。相変わらずビックリするぐらいお美しい。コクコク頷きつつ見惚れていたら、コルウス様に軽く睨まれた。相変わらず鋭い視線だ。


「あっ……あの、お茶は如何でしょうか？　わたしはまだまだそういう知識が乏しくて。カミラに選んでもらった茶葉を使っているのですが」


　気まずさも相まって、わたしは急いで話題を逸らす。誰かを茶会に招くなんて初めての経験だ。ちゃんとおもてなしが出来ているのか、ついつい不安になってしまう。


（本当はこういうことを聞くのもマナー違反なのかもしれないけど）


　相手がどう思っているかは聴かなきゃ分からないし、どうせなら今のうちに正しい作法を学んだ方が良いもの。エスメラルダ様の広い懐をお借りするつもりで、わたしは尋ねる。


「心配なさらなくても、とっても美味しく戴いてますわ。お庭もとっても素敵ですし、居心地の良い宮殿だと思います。陛下が足繁く通われる理由が良く分かりますわ」


　そう言ってエスメラルダ様は穏やかに微笑む。わたしはホッと胸を撫でおろした。


（正直、陛下がここに多く通うのは居心地云々が理由ではないけど）


　こんなに素敵なエスメラルダ様も、陛下を暗殺した容疑者の一人だ。残念だけど、本当のことを打ち明けるわけにはいかない。


「ところで、ミーナ様は三か月後の夜会で、どんなドレスをお召しになります？」

「夜会……ですか？」


　思わぬ話題に、わたしは小さく首を傾げる。


「えぇ。陛下が主催される夜会は滅多にありませんから、私達も妃として早くから準備を進めないと、と思いまして」


　エスメラルダ様は小さく頷きつつ、わたしのことを真っ直ぐに見つめている。


（知らない――――そんなの、聞いていない）


　素直にそう言うべきだって分かっているけど、どう答えたらよいのか分からない。エスメラルダ様を困らせたくないし、かといって知ったかぶりするわけにもいかない。


（そもそもアーネスト様は――――）

「陛下はミーナ様を夜会に出す気が無いんじゃありませんこと？」


　その時、わたしとエスメラルダ様以外の女性の声が、金剛宮の庭園に響き渡った。愉悦に満ちた金切声。振り返れば、蒼玉宮の妃ソフィア様が満面の笑みを浮かべていた。


「ソフィア様」


　言いながら、エスメラルダ様が眉間に小さく皺を寄せる。こんな不快感を露にしたエスメラルダ様は初めて見た。だって、いつだって穏やかで楽しそうな笑顔を浮かべていらっしゃるんだもの。主人の様子に合わせるが如く、コルウス様がスッと身構えるのが分かった。


「失礼――――あまりにも楽しそうな話題が耳に入ったものですから」


　そう言ってソフィア様はウットリと目を細め、空いていた椅子へと優雅に腰掛ける。エスメラルダ様はソフィア様を睨んだまま、扇でそっと口元を隠す。わたしはと言えば、無礼を咎めるでも、睨みを利かせるでもなく、ただ二人を交互に見遣ることしかできない。


「それで、夜会のことですけど――――きっと陛下は、ミーナ様が出席するのは『無理だ』と判断されたのでしょう。
国外からも多くお客様をお招きするのですもの。粗相があっては我が国の恥ですわ。けれど、陛下はお優しいから、そんなことミーナ様に直接言えないでしょう？　ですから、夜会の存在自体をミーナ様に知らせまいとお決めになったのよ、きっと」


　ペラペラと、息つく間もなくソフィア様がそう捲し立てた。エスメラルダ様は扇を開いたり閉じたりしながら、ソフィア様のことを睨んでいる。


（そうよね……わたしも多分、そうだと思う）


　密かにソフィア様に同意しつつ、わたしはそっとため息を吐く。口に出せばきっと、エスメラルダ様を傷つけてしまう。彼女は悪気なく、わたしのことを思って話題を振ってくれたのだもの。それが、たまたま悪い形で作用しただけで、エスメラルダ様は何も悪くない。ソフィア様がニヤリと口角を上げた。


「いくら陛下の寵愛が厚くとも、恥ずかしくて外には出せない妃――――っていうのは問題ですわよねぇ。教養や美貌なんてものは、陛下の妃として、持っていて当たり前のものですもの。社交や外交で役に立たないなら、妃の役割とは一体何なのでしょうねぇ？」

「――――ソフィア様。どうかその辺でお止めになってください。あなたのその無礼な物言い――それで本当に教養が備わっているとお思いなのですか？」


　いよいよ我慢ならなくなったのだろう。エスメラルダ様はそう言って静かに立ち上がる。コルウス様も彼女の背後で凄みを利かせていた。


「なっ……！　あっ、当たり前でしょう？　エスメラルダ様こそ、随分失礼なことを――――」

「本来、妃は一人の女性だけが得られる地位でした。だからこそ、妃となる女性に求められる要素、能力はあまりにも高かったと聞いています。
けれど今、陛下の妃は一人ではございません。ですから私は、各々の妃が、各々の得意なことを担当し、互いを補い合えば良いと思うのです。
教養が求められる場では私を。美貌が求められる場ではベラ様を。陛下を癒し、子を成すのはミーナ様を――――それぞれが陛下のためにできることをする――――それがこの後宮のあるべき姿なのではございませんか？」


　ソフィア様は顔を真っ赤に染めて踵を返す。ぐうの音も出ない、とはこのことを言うのだろう。いくらか溜飲が下がる心地がしたものの、完全に、というわけにはいかない。


（アーネスト様は、わたしじゃダメだと思ったのかなぁ）


　そう思うと、ここ最近の努力が、どれも虚しく感じてしまう。
　その日わたしは、どうしてもアーネスト様に手紙を書くことができなかった。