【番外編更新】死に戻り皇帝の契約妃〜契約妃の筈が溺愛されてます!?〜

鈴宮(すずみや)

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【2章】約束と欲

25.わたくしはなにも悪くない

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 十日ほど経った頃には、わたしの体調はすっかり元通りになっていた。寝たきり生活から解放され、痛みや不快感も殆ど残っていない。
 先日、取り調べのために内廷へ連行されたカミラも無事に侍女に復帰した。金剛宮に戻って以降、彼女はこれまで以上に意欲的に働いてくれている。


「ミーナ様のおかげです。陛下に私の無実を訴えて下さったと、そうお聞きしました。本当に、ありがとうございます」


 そう言ってカミラは瞳を潤ませた。余程怖い思いをしたのだろう。身体が小刻みに震えている。


「わたしは当たり前のことを言っただけよ。だって、カミラがそんなことする筈ないもの」

「ミーナ様……! 私、これからより一層、心を込めてお仕えしますわ」


 そう言ってカミラは深々と頭を下げる。こんな風に感謝してほしかった訳じゃないけれど、好意を返されるとやっぱり嬉しいもので。「これからもよろしくね」と伝えて、わたしは笑った。


 体調が良くなったとはいえ、二週間近く臥せっていた影響は大きい。体力が随分落ちていたので、宮殿の外に散歩に出かけることにした。
 あんなことがあった後だ。お供がカミラ一人では危ないからと、侍女たちを複数連れての移動になる。少々仰々しい気がするけれど、アーネスト様からの言いつけだから守らなければならない。


(風が冷たい)


 いつの間にか草木が色づいて、木枯らしが吹く季節になっていた。秋の香りが薄れて、冬へと向かっている感じがする。


(のどかだなぁ……)


 そう思ったその瞬間、「ふざけないで!」と耳をつんざくような声が聞こえてきた。


「何かしら?」


 怪訝に思いつつ、侍女達と共に声がした方向に向かうと、そこには顔を真っ赤に染めたソフィア様がいた。数人の騎士たちが、彼女の周りを取り囲むようにして、にじり寄っている。


「いい加減、大人しくなさってください」

「大人しく? するわけないじゃない! わたくしを一体誰だと思っているの⁉ あなた達如きが指図の出来る人間ではないのよ!」


 そう言ってソフィア様は挑発的な笑みを浮かべる。
 わたし達がいる反対側、少し離れた所にソフィア様の侍女たちが見えた。全員、青ざめて震えている。


「ソフィア嬢――――私は今ここに、陛下の名代で来ている」


 騎士たちの間を縫うようにして現れたのは、アーネスト様の側近、ギデオン様だった。鋭い目つきは、それだけで見ている者を威圧する迫力がある。少しばかり距離のあるこちらにまでビリビリとした緊張感が伝わってきて、わたしは思わず背筋を伸ばした。


「不敬な! わたくしは妃よ! 家臣如きに名前で呼ばれるなんて、屈辱だわ。絶対に許さな――――」

「生憎、本日を以て、あなたは蒼玉宮の妃を解任された」

「なっ……何ですって⁉」


 ギデオン様は手にした書状をドンとソフィア様に突きつける。


「それから、あなたには金剛宮の妃及び陛下に対する傷害の嫌疑が掛かっている。我々と一緒に来ていただこう」

「なっ……なにを! わたくしが、そんな真似をする筈がないでしょう! これまでも散々、この件にわたくしは無関係だとお話したはずよ。第一、毒に倒れたのはミーナとかいう身分卑しい女だけでしょう? 何故陛下への傷害まで……」

「もしも先に茶を飲んだのが陛下だったら、陛下が服毒していた。つまり、あなたが害した相手は金剛宮の妃だけではない」


 そう言ってギデオン様は眉間に皺を寄せる。凄まじい気迫だった。侍女たちを見れば、皆余りのことに呆気にとられている。この件に無関係ではないカミラなど、目を潤ませて立ち尽くしていた。


「しょっ……証拠は? わたくしがやったという証拠! そんなもの、何もないわよね? ある筈がないわ! だって、わたくし、金剛宮にお渡ししたお詫びの品に触れてすらいないんですもの。それなのにわたくしを犯人扱い? 笑えますわ」

「――――直接手を下していないだけだろう? つくづく浅はかな女だな」


 ギデオン様はそう言って部下へと目配せをする。すると、彼等の背後から二人の人物が現れた。ボロボロになった宮女服を身に纏った年若い少女と、でっぷりとした腹の商人らしき男だ。二人を目の前に、ソフィア様は一気に青ざめる。


「あ……あなた! 一体どこでこの娘を……!」

「夜盗に襲われている所を保護した」

「そっ……そんな! あり得ない……報告では、この娘は『確かに始末した』と、そう聞いたというのに――――――」


 その瞬間、宮女はガクガクと膝を突いて蹲り、ワッと大声を上げて泣きだした。


「聞けばこの娘、ある日突然宮殿の主人に追い出されたと言うではないか。大金を握らされ、あることを固く口止めされて。
あれはそう――――陛下がとある通達を出した日だった。金剛宮の妃が毒を盛られた件について、知っていることを包み隠さず話すようにと。話せば、『指示を受けただけの人間は決して罰しない』『寧ろ報酬を与える』と」


 ギデオンの鋭い眼差しから逃げるように、ソフィア様は顔を大きく背ける。顔面蒼白、眉間に皺を寄せている。けれど次の瞬間、ソフィア様が目を丸くした。こちらの――――わたしの存在に気づいたのだ。


「あ……あぁ…………」


 ソフィア様の瞳が真っ赤に染まる。地を這うようなしわがれた声。あまりの恐怖に身体が竦んで動けなくなる。


「ぜんぶ……全部あの女が悪いのよ」


 そう言ってソフィア様はわたしを指さす。それから大きな呻き声と共に、こちらへ向かって何かを投げつけてきた。
 侍女たちが逃げまどい、大きな声を上げる。だけどわたしは、驚きのあまり声すら出ないし、手も足も動かない。日光が降り注ぎ、投げつけられたものの輪郭がキラリと光る。


(ナイフだ)


 そう思ったその時には、切っ先がもう目の前に迫っていて――――。


(避けられない)


 ギュッと目を瞑ったその瞬間、ガキン、と大きな音を立てて、それはわたしに当たらなかった。本当に、一瞬のことだった。恐る恐る目を開ければ、剣を振り下ろしたロキが目の前にいる。


「間一髪でしたね、ミーナ様」

「あ……ロキッ…………!」


 言いながらわたしは、ヘナヘナと地面に座り込む。そこから数センチ先に、ロキが防いでくれたナイフが落ちていた。涙がポロポロと零れ落ちる。
 見ればソフィア様は今度こそ、騎士たちの手でがっちりと拘束されていた。疑いの余地が一切ない現行犯だからか、遠慮が一切ない。


「離しなさい! ――――放せと言っているの! わたくしは、なにも、悪くない! わたくしは何も間違っていないのにっ!」


 断末魔のようなソフィア様の叫び声が、広い皇城に響き渡る。

 きっと彼女に会うのはこれが最後だろう。だけど、最後の最後までどうしても――――この人だけは好きになれなかった。
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