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【2章】約束と欲
24.何のために?
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それから数日間は、殆ど寝たきりの生活だった。口内が痺れているせいで、水分を摂るのもやっとのこと。侍女たちが数人がかりで身体を支えて飲ませてくれた。
そのメンバーにカミラはいない。どうしてか尋ねると、今回の件で取り調べを受けているからだという。
「カミラはきっと、犯人じゃありません」
夜、金剛宮を訪れたアーネスト様に、わたしはそう伝えた。
「取り調べのこと、聞いたんだね」
そう言ってアーネスト様はベッドの縁に座る。仕事がひと段落したと話していたのに、随分と疲れ切った表情だ。わたしのせいで余計な仕事を増やしたのではないかと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「――――また余計なこと考えてるだろう?」
わたしの気持ちを読み取ったのか、アーネスト様がそう尋ねる。唇が不服げに尖っていた。
「余計なことだなんて、そんなことは……」
「俺の心配は良いから。ミーナは今は、自分の身体を治すことを考えて。その方がずっと俺のためになる」
両頬を軽く摘まみ、アーネスト様は困ったように笑う。
「言っとくけど、ミーナが『来るな』って言っても、俺はここに来るし、大変だとか迷惑だとか全く思っていないよ。全部俺が勝手にしていることだ」
アーネスト様の言葉に胸がキュンと疼く。そんな風に言われると最早何も言えない。黙ってコクリと頷いた。
「――――顔色がまだ悪いね」
そう言ってアーネスト様はわたしの頭を撫でる。
浮腫みは徐々に引いてきたものの、顔色は未だ悪いらしい。侍女曰く『土気色』をしているのだそうで、怖くてまともに姿見を見られていない。そんな酷い顔をアーネスト様に見られていると思うと物凄く嫌なのだけど、言えば怒られてしまいそうなので、ずっと心に秘めている。
「カミラのことは近々釈放するよ」
「本当ですか?」
「うん。まだ調査中だけど、毒が仕込まれていたのはカップやお湯ではなくて茶葉の方だったらしい。カミラはその茶葉を『ある人』から貰ったというんだ」
アーネスト様はそう言って、静かに目を伏せる。聞かずとも、わたしには今回の件の黒幕が誰だか分かっていた。
「ソフィア様……ですね?」
「……あぁ。夜会での非礼を詫びるため、とそう言われて受け取ったらしい。ただ――――」
そう言ってアーネスト様は押し黙る。彼にしては珍しい。聞いたら教えてくれるだろうか。そう思って身を乗り出すと「こら」と、アーネスト様からベッドに押し戻されてしまった。
「ソフィアのことは必ず処罰する。現状、取り調べに対してしらを切っているようだが、あれは本人が思っているほど賢くはない。いつか必ずぼろを出す。確たる証拠を上げて適切に裁くから、今しばらく待って欲しい」
アーネスト様はそう言うと、わたしに向かって深々と頭を下げた。
「やっ……止めてください、アーネスト様! そんな」
「俺はね――――ソフィアが『自分は絶対罪に問われない』と思っていることが許せない。相手がミーナだから――――そう考えているのが分かるから」
そう言ってアーネスト様は声を震わせる。
「妃同士で毒を盛るとか……そういうこと、後宮では割とあることなんだ。けれど、処分されるのはいつも、主人から良いように使われた実行犯か、知らない間に犯罪の片棒を担がされた、罪のない人ばかりだ。ミーナが、俺を殺した容疑で断罪された時のように」
その時になって初めて、わたしはアーネスト様があの時のこと――――わたしがアーネスト様を殺した罪で処刑されたことを、酷く気に病んでいたのだと気づいた。
「……わたしのために怒ってくださるんですか?」
「当たり前だ。今回のことも、俺が死んだときのことも――――本気で怒っている。そういう国であることが恥ずかしくて堪らない。
だから、どんなことをしてでも、ソフィアには必ず罪を償ってもらう。皇帝アーネストの名に賭けて」
そう言ってアーネスト様は、わたしの隣にゴロンと横になった。鼓動が途端に早くなる。昨日も一昨日も、アーネスト様がいらっしゃった時には眠っていたから、こうして意識のある状態で隣に並んで眠るのはこれが初めてだ。
(唐突すぎて、心の準備ができてない!)
ものの数秒前まで、全然そんな雰囲気じゃなかったというのに、話が一段落ついた瞬間これだもの。ギャップにちっとも付いていけてない。
「ミーナ……緊張してる?」
アーネスト様は、悪戯っぽい笑みを浮かべてそう尋ねる。
バレていた。いや……寧ろ確信犯かもしれない。そう思うと、何だか居た堪れない気持ちになる。
「ダメ、ですか?」
布団から半分だけ顔を出して問えば、アーネスト様はクスクスと声を上げて笑う。
「ダメじゃないよ。寧ろもっとドキドキしてほしい」
そう言ってアーネスト様は、ご自分の腕にわたしの頭を乗せた。枕とは違う硬くて温かな感触。顔も身体も物凄く近い。冷え切ったわたしの身体をアーネスト様の体温が温めてくれる。アーネスト様の狙い通り、わたしの心臓は爆発寸前だった。
「さっ、さすがにちょっと……病身には刺激が強すぎやしませんか?」
「……ダメ?」
相変わらずアーネスト様はズルい。ダメかと聞かれたら『ダメじゃない』としか言えない。だって、ドキドキしているのは間違いないけど、すごく――――すごく嬉しいんだもの。
「少しずつ、慣れていってもらわないと」
そう言ってアーネスト様はわたしのことを抱き締める。
(何のために?)
そんな疑問が浮かんだけど、例によって『口にしない方が身のため』の愚問だろう。意識をアーネスト様から逸らしつつ、わたしはゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「ちゃんと、心の準備をしておいてね」
(だから、何のために⁉)
アーネスト様がわたしの耳元で笑う。最後まで、疑問は口に出さなかった。
そのメンバーにカミラはいない。どうしてか尋ねると、今回の件で取り調べを受けているからだという。
「カミラはきっと、犯人じゃありません」
夜、金剛宮を訪れたアーネスト様に、わたしはそう伝えた。
「取り調べのこと、聞いたんだね」
そう言ってアーネスト様はベッドの縁に座る。仕事がひと段落したと話していたのに、随分と疲れ切った表情だ。わたしのせいで余計な仕事を増やしたのではないかと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「――――また余計なこと考えてるだろう?」
わたしの気持ちを読み取ったのか、アーネスト様がそう尋ねる。唇が不服げに尖っていた。
「余計なことだなんて、そんなことは……」
「俺の心配は良いから。ミーナは今は、自分の身体を治すことを考えて。その方がずっと俺のためになる」
両頬を軽く摘まみ、アーネスト様は困ったように笑う。
「言っとくけど、ミーナが『来るな』って言っても、俺はここに来るし、大変だとか迷惑だとか全く思っていないよ。全部俺が勝手にしていることだ」
アーネスト様の言葉に胸がキュンと疼く。そんな風に言われると最早何も言えない。黙ってコクリと頷いた。
「――――顔色がまだ悪いね」
そう言ってアーネスト様はわたしの頭を撫でる。
浮腫みは徐々に引いてきたものの、顔色は未だ悪いらしい。侍女曰く『土気色』をしているのだそうで、怖くてまともに姿見を見られていない。そんな酷い顔をアーネスト様に見られていると思うと物凄く嫌なのだけど、言えば怒られてしまいそうなので、ずっと心に秘めている。
「カミラのことは近々釈放するよ」
「本当ですか?」
「うん。まだ調査中だけど、毒が仕込まれていたのはカップやお湯ではなくて茶葉の方だったらしい。カミラはその茶葉を『ある人』から貰ったというんだ」
アーネスト様はそう言って、静かに目を伏せる。聞かずとも、わたしには今回の件の黒幕が誰だか分かっていた。
「ソフィア様……ですね?」
「……あぁ。夜会での非礼を詫びるため、とそう言われて受け取ったらしい。ただ――――」
そう言ってアーネスト様は押し黙る。彼にしては珍しい。聞いたら教えてくれるだろうか。そう思って身を乗り出すと「こら」と、アーネスト様からベッドに押し戻されてしまった。
「ソフィアのことは必ず処罰する。現状、取り調べに対してしらを切っているようだが、あれは本人が思っているほど賢くはない。いつか必ずぼろを出す。確たる証拠を上げて適切に裁くから、今しばらく待って欲しい」
アーネスト様はそう言うと、わたしに向かって深々と頭を下げた。
「やっ……止めてください、アーネスト様! そんな」
「俺はね――――ソフィアが『自分は絶対罪に問われない』と思っていることが許せない。相手がミーナだから――――そう考えているのが分かるから」
そう言ってアーネスト様は声を震わせる。
「妃同士で毒を盛るとか……そういうこと、後宮では割とあることなんだ。けれど、処分されるのはいつも、主人から良いように使われた実行犯か、知らない間に犯罪の片棒を担がされた、罪のない人ばかりだ。ミーナが、俺を殺した容疑で断罪された時のように」
その時になって初めて、わたしはアーネスト様があの時のこと――――わたしがアーネスト様を殺した罪で処刑されたことを、酷く気に病んでいたのだと気づいた。
「……わたしのために怒ってくださるんですか?」
「当たり前だ。今回のことも、俺が死んだときのことも――――本気で怒っている。そういう国であることが恥ずかしくて堪らない。
だから、どんなことをしてでも、ソフィアには必ず罪を償ってもらう。皇帝アーネストの名に賭けて」
そう言ってアーネスト様は、わたしの隣にゴロンと横になった。鼓動が途端に早くなる。昨日も一昨日も、アーネスト様がいらっしゃった時には眠っていたから、こうして意識のある状態で隣に並んで眠るのはこれが初めてだ。
(唐突すぎて、心の準備ができてない!)
ものの数秒前まで、全然そんな雰囲気じゃなかったというのに、話が一段落ついた瞬間これだもの。ギャップにちっとも付いていけてない。
「ミーナ……緊張してる?」
アーネスト様は、悪戯っぽい笑みを浮かべてそう尋ねる。
バレていた。いや……寧ろ確信犯かもしれない。そう思うと、何だか居た堪れない気持ちになる。
「ダメ、ですか?」
布団から半分だけ顔を出して問えば、アーネスト様はクスクスと声を上げて笑う。
「ダメじゃないよ。寧ろもっとドキドキしてほしい」
そう言ってアーネスト様は、ご自分の腕にわたしの頭を乗せた。枕とは違う硬くて温かな感触。顔も身体も物凄く近い。冷え切ったわたしの身体をアーネスト様の体温が温めてくれる。アーネスト様の狙い通り、わたしの心臓は爆発寸前だった。
「さっ、さすがにちょっと……病身には刺激が強すぎやしませんか?」
「……ダメ?」
相変わらずアーネスト様はズルい。ダメかと聞かれたら『ダメじゃない』としか言えない。だって、ドキドキしているのは間違いないけど、すごく――――すごく嬉しいんだもの。
「少しずつ、慣れていってもらわないと」
そう言ってアーネスト様はわたしのことを抱き締める。
(何のために?)
そんな疑問が浮かんだけど、例によって『口にしない方が身のため』の愚問だろう。意識をアーネスト様から逸らしつつ、わたしはゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「ちゃんと、心の準備をしておいてね」
(だから、何のために⁉)
アーネスト様がわたしの耳元で笑う。最後まで、疑問は口に出さなかった。
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