【番外編更新】死に戻り皇帝の契約妃〜契約妃の筈が溺愛されてます!?〜

鈴宮(すずみや)

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【3章】黒幕と契約妃

30.私利私欲

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 ロキを見送った後、先程とは別の使者がわたしを待っていた。


「陛下から、妃殿下へのお手紙をお預かりしております」


 何だろうと思いつつ、使者に促されるまま中身を読む。すると手紙には『一緒にお茶をしよう』と、そう書かれていた。


「陛下の執務室へとご案内いたします」


 予め手紙の内容を聞いていたのだろう、使者が恭しく頭を垂れる。またとない機会だし、喜んで付き従った。
 とはいえ、アーネスト様の執務室にまで、大勢で押し寄せるわけにはいかない。このため、侍女はカミラだけを残して先に帰すことにした。


(羽目を外さないと良いんだけど)


 娯楽の少ない後宮と比べて、内廷は誘惑――主に男性関係の――が多い。後宮内の者は、宮女に至るまで全て、アーネスト様のために存在しているので、その辺を弁えた行動を取ってくれるものと信じたい。


「失礼。皇妃ミーナ様でいらっしゃいますね?」


 そんなことを考えていると、わたしは一人の男性から呼び止められた。先導の文官や騎士たちが止めなかったあたり、彼等よりもずっと上役なのだろう。ゆっくりと歩を止め、わたしは男性のことを見上げた。


「如何にも――こちらの女性は皇妃ミーナ様でいらっしゃいますが、あなたは?」


 わたしの代わりにカミラがそう口にする。すると、男性はニッと目を細めて笑った。


「あぁ……急にお声掛けして申し訳ございません。私、クォンツと申します。陛下の下、外交の長を務めております。以後、お見知りおきを」


 クォンツは年の頃四十ぐらいの、でっぷりしたお腹が特徴的な男性だった。一見人懐っこい笑みだが、その瞳の奥にはほの黒い何かが見え隠れする。


(外交の長というからには、先の夜会にも参加していたんだろうなぁ)


 けれどわたしは、彼の顔に見覚えがない。それに、クォンツなんて特徴的な名前も聞いた覚えがなかった。恐らく彼はわたしに興味がなかったか、挨拶する価値もないと判断したのだと思う。


(そんな人が、わたしに何の用だろう?)


 感情をできるだけ表に出さぬよう注意しつつ、わたしは一歩前へと歩み出る。カミラは小さくお辞儀をしつつ、わたしの後ろへと下がった。


「して、ご用向きは? わたしは陛下とのお約束がございますので――――」

「まぁまぁ、そう仰らず。なぁに、そんなに長くは取らせませんよ。それにこれは、陛下にも大きく関わることなのです」


 押しの強い笑みを浮かべ、クォンツは揉み手をする。何だかとてつもなく嫌な感じだった。けれど、周りの様子から判断するに、話を拒否できる相手でもないらしく、仕方なしに先を促す。すると、クォンツは徐に口を開いた。


「妃殿下は、陛下から蒼玉宮の――新しい妃については聞き及んでいらっしゃるでしょうか?」


 その瞬間、心臓がドクンと大きく跳ねた。クォンツはニヤリと微笑み、そっとわたしの顔を覗き込む。


「いやぁ、私にはちょうど、年頃の娘がおりましてね? おっとりとした――――そう、丁度ミーナ様のような雰囲気の娘なのですよ。きっと陛下もお気に召すと思いまして、新しい妃にと、そう思っているのです。
ですが、どういうわけか、陛下が中々首を縦に振ってくださらない。恐らくですが、既に入内している妃方を慮っていらっしゃるのでしょうね……陛下はお優しい方ですから。まだまだお若いですし、きっと本音では新しい妃を迎えたいと思っておいででしょうに――――――お気の毒なことです」


 一気にそう捲し立て、クォンツははぁ、と大袈裟なため息を吐く。


「そこでです。ここは妃殿下から一つ、陛下へご進言いただけないでしょうか? 私の娘を新しい妃に迎えるべきだ、と」


 クォンツはそう言って、満面の笑みを浮かべた。膝がガクガク震える。平静を装いつつ、わたしは静かに目を伏せた。


「寵妃であるミーナ様が頼めば、陛下もきっと、お考えをお変えになるはずです。私の娘を妃に迎えることは、私という後ろ盾を得ること。即位間もなく、不安の渦中にいらっしゃるであろう陛下にとって、これ程力強いことはございません。
それに……ミーナ様とて今の状況は心苦しいでしょう? いや、分かりますよ。世継ぎを期待されることは、それはそれは重いプレッシャーでございましょう。半年以上も身籠っていらっしゃいませんし……ねぇ?」

「いえ……わたしは、そんな」


 答えつつ、わたしは唇を引き結ぶ。そもそもわたしは契約妃であって、アーネスト様との間に子ができることはない。だから、クォンツの言うようなプレッシャーなど感じようがないのだ。だけど――――。


「――――――まさかとは思いますが、妃ともあろう御方が『陛下を独り占めしたい』などと愚かな想いを抱いてはいらっしゃいませんよね?」


 その時、まるでわたしの心情を読んだかのように、クォンツは邪悪な笑みを浮かべた。


「いやぁ、私としたことが失敬失敬! そんなこと、あるわけがございませんよねぇ? 皇族が陛下一人というこの状況下で、妃の数が少ないメリットなど何一つございませんのに! 私利私欲を優先させるなんて、そんな愚かなことは……」

「私利私欲に塗れているのはおまえだろう」


 その瞬間、涙が零れ落ちそうになった。大きな手のひらが、わたしのことをギュッと抱き寄せる。全てを包み込まれる心地。わたしはゆっくりと振り返った。


「へっ……陛下…………」

「良い度胸だな、クォンツ。俺との約束があると知りながら、ミーナを呼び止めるなど……」


 アーネスト様はハッキリと、不快感を露にしていた。クォンツは見るからに青ざめ、ダラダラと油汗をかいている。わたしは二人のことを交互に眺めつつ、胸を押さえた。動悸が中々収まらない。そんなわたしの様子に気づいたのか、アーネスト様はわたしを彼の背後へと隠した。


「違うのです、陛下! 私は国の未来を思えばこそ、今、妃殿下にお話をせねばと思いまして――――」

「おまえの無駄話なら、俺が既に直接聞いた。ミーナの耳に入れるべきことは何もない」


 アーネスト様は取り付く島もない様子でそう言い放つ。踵を返し、これ以上クォンツの話を聞く気はないと明確に示した。


「しっ、しかしながら陛下! このままでは皇族が滅んでしまう可能性も十分にございます! 皇族が途絶えることは、国が滅びること! 私は陛下のためを思って……!」

「俺の即位から一年も経たぬというのにそのような――――まるで貴様自身が皇族の滅亡を望んでいるような口ぶりだな?」


 その瞬間、騎士達が静かにクォンツを取り囲んだ。アーネスト様の覇気が、ビリビリと身体を震わせる。クォンツは首を大きく横に振りながら、両の拳をギュッと握った。


「ちっ……ちが…………!」

「違うのなら、二度とそのような戯言を口にするな」


 そう言ってアーネスト様は、わたしの手を引きその場を後にする。胸がザワザワと音を立て、落ち着かなかった。
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