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【3章】黒幕と契約妃
31.どうしてですか?
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アーネスト様はギデオン様にカミラをもてなすよう伝えると、わたしを連れて執務室に入った。初めての執務室。けれど、部屋を見回す間もなく、わたしはアーネスト様の腕に包まれた。湯浴みをしていないせいか、いつもよりも色濃くアーネスト様の香りを感じる。
さっきのクォンツとのやり取りが未だ尾を引いているため、頭の中はグチャグチャだった。
(どうしよう……)
息もまともにできないまま、必死に考えを巡らせる。
エスメラルダ様とベラ様とお茶をして、数日が経つ。けれどわたしは、アーネスト様にエスメラルダ様やベラ様の元に通うよう、お伝えすることができなかった。新しい妃のことも――――知っている癖に、何も言えなかった。
(本当は『良いお話ですね』ってお伝えすべきだったのに)
分かっていながら、クォンツの言う通り、わたしは自分の感情を、欲を優先した。言わなければ、アーネスト様はわたしのところに来てくれるから。妃の癖に――――契約妃の癖に――――そう罵られて当然だって、本当はわたし自身が思っている。
(アーネスト様は『わたしの耳に入れるべきことは何もない』って仰っていたけど)
彼が本当の所、どう思っているのかは分からない。
(怖い)
本当はずっと、怖くて怖くて堪らなかった。呆れられたらどうしよう。要らないと――――契約が済んだら用済みなのだと、アーネスト様の口からハッキリそう言われることが怖くて堪らなかった。
「――――いつから知っていたの?」
その時、アーネスト様が徐に口を開いた。反応すまいと思っていても、身体がビクリと大きく跳ねる。わたしの顔を上向けて、アーネスト様が覗き込むと、心臓が変な音を立てて鳴り響いた。
「俺が新しい妃を勧められているって……ミーナは知っていたんだろう?」
やっぱりというか、アーネスト様にはバレてしまっていた。膝がガクガクと震える。今にも崩れ落ちそうなわたしを、アーネスト様がしっかりと支えてくれていた。
(だけど、もしも事実を話してしまったら)
この腕は二度と、わたしを抱き締めてくれなくなるかもしれない。聞き分けの悪い妃など――――自分の欲を優先する人間など要らないと、そう吐き捨てられるかもしれない。
「ミーナ」
そう言ってアーネスト様は、わたしの額にそっと口づけた。心臓が震えて、涙が零れ落ちる。そんなわたしを抱き締めながら、アーネスト様は困った表情で笑った。
「大丈夫だから。本当のことを教えて?」
優しい声音。アーネスト様の手のひらが、わたしの背中をポンポンと撫でる。縋りついていられる何かが欲しくて、わたしはアーネスト様の背に手を伸ばした。
「数日前……エスメラルダ様とベラ様と一緒に、お茶会をしたんです」
「うん、覚えてるよ。楽しかったって言っていたよね。……それで?」
「それで…………その時にエスメラルダ様から、アーネスト様に新しいお妃様の話が上がってるって教えていただいて……」
アーネスト様は絶えずわたしの背中を優しく撫でる。これではまるで幼子だ。けれど、どうにも制御できなくて、わたしはポロポロと涙を流し続けた。
「本当は分かっていたんです。『良かったですね』って言わなきゃいけないって……だって、皇族は今、アーネスト様お一人しかいなくて。周りからもお世継ぎを求められていて。
アーネスト様がエスメラルダ様やベラ様の元にあまり通えないのは、前回の――――アーネスト様を殺した犯人が分からないからだって。
その点、新しいお妃様候補は、前回アーネスト様が殺された時にはいらっしゃらなかったから、命を狙われる心配もない。だからこれは、喜ばしいお話だって……ちゃんと頭では分かっていたんです。だけど――――」
だけど、どうしても言い出せなかった。だから知らない振りをした。そうしたらアーネスト様は、わたしの元に来てくれる。少なくとも、新しい妃が入内するまで、彼を独り占めできるって――――そんな愚かなことを考えた。
「ミーナ」
アーネスト様がわたしを呼ぶ。顎をクイっと持ち上げられ、無理やり顔を上げさせられた。涙でぐちゃぐちゃになった醜い顔なんて見られたくないのに、アーネスト様はわたしの両頬をガシッと固定する。
「ミーナ……ちゃんと、俺を見て?」
縋るような声でアーネスト様がそう言う。怖い。ギュッと瞑った瞳をほんの少しだけ開ける。涙で視界がぼやけてよく見えない。目尻に溜まった涙をアーネスト様が拭った。
「ミーナ」
優しい声音がわたしを呼ぶ。それでもやっぱり、怖いものは怖い。けれど、わたしは意を決してアーネスト様を見上げた。
「…………え?」
アーネスト様は笑っていた。とても――――とても嬉しそうに。今にも泣きだしそうな、そんな表情にも見える。まるで、それまでの不安や恐怖が溶け出すかのように、涙が数筋流れ落ちた。
「呆れて……いないんですか?」
「これがそんな表情に見える?」
アーネスト様はわたしの質問に質問で答える。フルフルと首を横に振ると、アーネスト様はわたしの頬にゆっくりと口づけた。心が震える。どうしようもない程、熱くなる。
(どうして?)
妃ですらないわたしが、こんな愚かな想いを吐露したというのに、アーネスト様は未だ嬉しそうに笑っている。その理由を考えると、胸が疼く。自分に都合の良いように解釈をして、期待してしまう。
「ミーナ……分かっていて言い出せなかったのは、どうして?」
アーネスト様はそう言ってわたしの瞳を覗き込んだ。
『ミーナは俺のことが好きだよね?』
言葉は全然違うのに、アーネスト様の姿があの日――彼に愛を乞われた夜会の夜――と重なって見える。あの時のわたしは、ただひたすらに苦しかった。アーネスト様がわたしの心を求めるのは、彼自身にわたしを想う心があるから――――そう思いたくなったから。
そんなこと、あり得ない。アーネスト様がわたしの想いに応えてくれる筈がないって、そう思っていた。
だけど――――。
「さっきの――――クォンツが言う通りなんです」
ゆっくりと、噛みしめるように言葉にする。アーネスト様はわたしから目を逸らさない。わたしも真っ直ぐに彼のことを見つめた。
「わたしは――――アーネスト様を独り占めしたかったんです。アーネスト様が他の妃の所に通うのを見たくなかった。契約が終わってからもずっと、わたしを側に置いて欲しかったんです。だから――――」
「俺がミーナを手放すわけないだろう?」
そう言ってアーネスト様はわたしのことを抱き上げた。心臓がドキドキと鳴り響く。地に足がついていないせいか、頭の中までフワフワと舞い上がってしまっている。
「絶対、何があっても手放さない。ミーナが泣いて嫌がっても、俺の側に置くつもりだった。俺はミーナじゃないとダメだから」
アーネスト様の声が耳元で響く。
(顔が見たい)
そう思って、わたしはアーネスト様の頬にそっと手を伸ばす。彼がいつも『俺を見て』と言う理由が、何だか分かった気がした。
「それは……どうしてですか?」
いつもアーネスト様がわたしに投げ掛ける質問を、今度はわたしがアーネスト様にする。
アーネスト様がわたしを手放せない理由。
新しい妃を断った理由。
わたしが『アーネスト様を独占したいと思うこと』を喜ぶ理由。
彼がわたしの心を求めるその理由――――。
今なら聞いても許される。そう思った。
「そんなの、答えは一つしかないだろう?」
そう言ってアーネスト様は、こつんと額を重ね合わせる。視線が交わり吐息が重なる。わたしと同じぐらい熱くなったアーネスト様の手のひらが、そっとわたしの頬を撫でる。
ずっとずっと、一方通行だと思っていた。だけど本当は違ってた。わたしがアーネスト様の想いを真正面から受け止められる日が来るまで、彼はずっとずっと、待っていてくれたんだと思う。
「好きだよ、ミーナ。ずっとずっと、ミーナのことが好きだった」
涙が零れ落ちたその瞬間、わたし達の唇が重なった。今にも止まってしまいそうな程、心臓が大きく鼓動を刻み続ける。だけど、それはわたしだけじゃない。アーネスト様も同じだった。互いの気持ちを探り合うみたいに、たどたどしい口付けを交わして、わたし達はそっと微笑み合う。
「――――――それで、俺の子はミーナが産んでくれるってことで良いんだよね?」
「…………へっ?」
思わず素っ頓狂な声が漏れた。アーネスト様が悪戯っぽい笑みを浮かべる。それから彼は、わたしを抱えたまま、ソファに向かって歩き始めた。アーネスト様はどうしても、わたしのことをドキドキさせないと気が済まないらしい。
(そんなこと、これまで考えたことが無かったから分かりません!)
そう答えたいのに、喉のあたりが焼け付くみたいに熱くて声が出ない。自分じゃ見えないけど、わたしの顔はきっと、形容しがたい程、真っ赤に染まっているに違いない。
すると次の瞬間、アーネスト様はクックッと声を上げて笑い始めた。アーネスト様のせいで、わたしの身体まで小刻みに震える。
(相変わらずひどいっ)
思わず口のへの字に曲げると、堪えきれなくなったのか、アーネスト様は今度はお腹を抱えて笑い声を上げる。目尻には涙まで浮かんでいた。
「アッ……アーネスト様!」
「ごめんごめん。ミーナがあまりにも可愛いから、つい」
そう言ってアーネスト様はわたしの頬にキスをする。アーネスト様の唇は、柔らかくて温かい。たった一日で距離がぐっと近づいたような気がした。
(アーネスト様はわたしを揶揄いたかったんだろうけど)
きっと、それだけが理由では無いのだろう。そう思うと心臓がまたバクバクと鳴り響く。大きく深呼吸をし、わたしはゴクリと唾を呑んだ。
「あ、あの……」
「ん?」
「お手柔らかに……お願いできますでしょうか?」
何をとは言わず、わたしはアーネスト様のことをじっと見つめる。
すると、アーネスト様は顔を真っ赤に染めて、ご自分の口元を手のひらで隠した。眉間に皺を寄せ、困ったような表情を浮かべるアーネスト様は、何だかとっても可愛くて、堪らなく愛しい。
「ミーナ……それ、反則」
そう言ってアーネスト様はわたしをギュッと抱き締める。それから悩まし気なため息を吐いたアーネスト様を見て、今度はわたしが声を上げて笑うのだった。
さっきのクォンツとのやり取りが未だ尾を引いているため、頭の中はグチャグチャだった。
(どうしよう……)
息もまともにできないまま、必死に考えを巡らせる。
エスメラルダ様とベラ様とお茶をして、数日が経つ。けれどわたしは、アーネスト様にエスメラルダ様やベラ様の元に通うよう、お伝えすることができなかった。新しい妃のことも――――知っている癖に、何も言えなかった。
(本当は『良いお話ですね』ってお伝えすべきだったのに)
分かっていながら、クォンツの言う通り、わたしは自分の感情を、欲を優先した。言わなければ、アーネスト様はわたしのところに来てくれるから。妃の癖に――――契約妃の癖に――――そう罵られて当然だって、本当はわたし自身が思っている。
(アーネスト様は『わたしの耳に入れるべきことは何もない』って仰っていたけど)
彼が本当の所、どう思っているのかは分からない。
(怖い)
本当はずっと、怖くて怖くて堪らなかった。呆れられたらどうしよう。要らないと――――契約が済んだら用済みなのだと、アーネスト様の口からハッキリそう言われることが怖くて堪らなかった。
「――――いつから知っていたの?」
その時、アーネスト様が徐に口を開いた。反応すまいと思っていても、身体がビクリと大きく跳ねる。わたしの顔を上向けて、アーネスト様が覗き込むと、心臓が変な音を立てて鳴り響いた。
「俺が新しい妃を勧められているって……ミーナは知っていたんだろう?」
やっぱりというか、アーネスト様にはバレてしまっていた。膝がガクガクと震える。今にも崩れ落ちそうなわたしを、アーネスト様がしっかりと支えてくれていた。
(だけど、もしも事実を話してしまったら)
この腕は二度と、わたしを抱き締めてくれなくなるかもしれない。聞き分けの悪い妃など――――自分の欲を優先する人間など要らないと、そう吐き捨てられるかもしれない。
「ミーナ」
そう言ってアーネスト様は、わたしの額にそっと口づけた。心臓が震えて、涙が零れ落ちる。そんなわたしを抱き締めながら、アーネスト様は困った表情で笑った。
「大丈夫だから。本当のことを教えて?」
優しい声音。アーネスト様の手のひらが、わたしの背中をポンポンと撫でる。縋りついていられる何かが欲しくて、わたしはアーネスト様の背に手を伸ばした。
「数日前……エスメラルダ様とベラ様と一緒に、お茶会をしたんです」
「うん、覚えてるよ。楽しかったって言っていたよね。……それで?」
「それで…………その時にエスメラルダ様から、アーネスト様に新しいお妃様の話が上がってるって教えていただいて……」
アーネスト様は絶えずわたしの背中を優しく撫でる。これではまるで幼子だ。けれど、どうにも制御できなくて、わたしはポロポロと涙を流し続けた。
「本当は分かっていたんです。『良かったですね』って言わなきゃいけないって……だって、皇族は今、アーネスト様お一人しかいなくて。周りからもお世継ぎを求められていて。
アーネスト様がエスメラルダ様やベラ様の元にあまり通えないのは、前回の――――アーネスト様を殺した犯人が分からないからだって。
その点、新しいお妃様候補は、前回アーネスト様が殺された時にはいらっしゃらなかったから、命を狙われる心配もない。だからこれは、喜ばしいお話だって……ちゃんと頭では分かっていたんです。だけど――――」
だけど、どうしても言い出せなかった。だから知らない振りをした。そうしたらアーネスト様は、わたしの元に来てくれる。少なくとも、新しい妃が入内するまで、彼を独り占めできるって――――そんな愚かなことを考えた。
「ミーナ」
アーネスト様がわたしを呼ぶ。顎をクイっと持ち上げられ、無理やり顔を上げさせられた。涙でぐちゃぐちゃになった醜い顔なんて見られたくないのに、アーネスト様はわたしの両頬をガシッと固定する。
「ミーナ……ちゃんと、俺を見て?」
縋るような声でアーネスト様がそう言う。怖い。ギュッと瞑った瞳をほんの少しだけ開ける。涙で視界がぼやけてよく見えない。目尻に溜まった涙をアーネスト様が拭った。
「ミーナ」
優しい声音がわたしを呼ぶ。それでもやっぱり、怖いものは怖い。けれど、わたしは意を決してアーネスト様を見上げた。
「…………え?」
アーネスト様は笑っていた。とても――――とても嬉しそうに。今にも泣きだしそうな、そんな表情にも見える。まるで、それまでの不安や恐怖が溶け出すかのように、涙が数筋流れ落ちた。
「呆れて……いないんですか?」
「これがそんな表情に見える?」
アーネスト様はわたしの質問に質問で答える。フルフルと首を横に振ると、アーネスト様はわたしの頬にゆっくりと口づけた。心が震える。どうしようもない程、熱くなる。
(どうして?)
妃ですらないわたしが、こんな愚かな想いを吐露したというのに、アーネスト様は未だ嬉しそうに笑っている。その理由を考えると、胸が疼く。自分に都合の良いように解釈をして、期待してしまう。
「ミーナ……分かっていて言い出せなかったのは、どうして?」
アーネスト様はそう言ってわたしの瞳を覗き込んだ。
『ミーナは俺のことが好きだよね?』
言葉は全然違うのに、アーネスト様の姿があの日――彼に愛を乞われた夜会の夜――と重なって見える。あの時のわたしは、ただひたすらに苦しかった。アーネスト様がわたしの心を求めるのは、彼自身にわたしを想う心があるから――――そう思いたくなったから。
そんなこと、あり得ない。アーネスト様がわたしの想いに応えてくれる筈がないって、そう思っていた。
だけど――――。
「さっきの――――クォンツが言う通りなんです」
ゆっくりと、噛みしめるように言葉にする。アーネスト様はわたしから目を逸らさない。わたしも真っ直ぐに彼のことを見つめた。
「わたしは――――アーネスト様を独り占めしたかったんです。アーネスト様が他の妃の所に通うのを見たくなかった。契約が終わってからもずっと、わたしを側に置いて欲しかったんです。だから――――」
「俺がミーナを手放すわけないだろう?」
そう言ってアーネスト様はわたしのことを抱き上げた。心臓がドキドキと鳴り響く。地に足がついていないせいか、頭の中までフワフワと舞い上がってしまっている。
「絶対、何があっても手放さない。ミーナが泣いて嫌がっても、俺の側に置くつもりだった。俺はミーナじゃないとダメだから」
アーネスト様の声が耳元で響く。
(顔が見たい)
そう思って、わたしはアーネスト様の頬にそっと手を伸ばす。彼がいつも『俺を見て』と言う理由が、何だか分かった気がした。
「それは……どうしてですか?」
いつもアーネスト様がわたしに投げ掛ける質問を、今度はわたしがアーネスト様にする。
アーネスト様がわたしを手放せない理由。
新しい妃を断った理由。
わたしが『アーネスト様を独占したいと思うこと』を喜ぶ理由。
彼がわたしの心を求めるその理由――――。
今なら聞いても許される。そう思った。
「そんなの、答えは一つしかないだろう?」
そう言ってアーネスト様は、こつんと額を重ね合わせる。視線が交わり吐息が重なる。わたしと同じぐらい熱くなったアーネスト様の手のひらが、そっとわたしの頬を撫でる。
ずっとずっと、一方通行だと思っていた。だけど本当は違ってた。わたしがアーネスト様の想いを真正面から受け止められる日が来るまで、彼はずっとずっと、待っていてくれたんだと思う。
「好きだよ、ミーナ。ずっとずっと、ミーナのことが好きだった」
涙が零れ落ちたその瞬間、わたし達の唇が重なった。今にも止まってしまいそうな程、心臓が大きく鼓動を刻み続ける。だけど、それはわたしだけじゃない。アーネスト様も同じだった。互いの気持ちを探り合うみたいに、たどたどしい口付けを交わして、わたし達はそっと微笑み合う。
「――――――それで、俺の子はミーナが産んでくれるってことで良いんだよね?」
「…………へっ?」
思わず素っ頓狂な声が漏れた。アーネスト様が悪戯っぽい笑みを浮かべる。それから彼は、わたしを抱えたまま、ソファに向かって歩き始めた。アーネスト様はどうしても、わたしのことをドキドキさせないと気が済まないらしい。
(そんなこと、これまで考えたことが無かったから分かりません!)
そう答えたいのに、喉のあたりが焼け付くみたいに熱くて声が出ない。自分じゃ見えないけど、わたしの顔はきっと、形容しがたい程、真っ赤に染まっているに違いない。
すると次の瞬間、アーネスト様はクックッと声を上げて笑い始めた。アーネスト様のせいで、わたしの身体まで小刻みに震える。
(相変わらずひどいっ)
思わず口のへの字に曲げると、堪えきれなくなったのか、アーネスト様は今度はお腹を抱えて笑い声を上げる。目尻には涙まで浮かんでいた。
「アッ……アーネスト様!」
「ごめんごめん。ミーナがあまりにも可愛いから、つい」
そう言ってアーネスト様はわたしの頬にキスをする。アーネスト様の唇は、柔らかくて温かい。たった一日で距離がぐっと近づいたような気がした。
(アーネスト様はわたしを揶揄いたかったんだろうけど)
きっと、それだけが理由では無いのだろう。そう思うと心臓がまたバクバクと鳴り響く。大きく深呼吸をし、わたしはゴクリと唾を呑んだ。
「あ、あの……」
「ん?」
「お手柔らかに……お願いできますでしょうか?」
何をとは言わず、わたしはアーネスト様のことをじっと見つめる。
すると、アーネスト様は顔を真っ赤に染めて、ご自分の口元を手のひらで隠した。眉間に皺を寄せ、困ったような表情を浮かべるアーネスト様は、何だかとっても可愛くて、堪らなく愛しい。
「ミーナ……それ、反則」
そう言ってアーネスト様はわたしをギュッと抱き締める。それから悩まし気なため息を吐いたアーネスト様を見て、今度はわたしが声を上げて笑うのだった。
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