【番外編更新】死に戻り皇帝の契約妃〜契約妃の筈が溺愛されてます!?〜

鈴宮(すずみや)

文字の大きさ
31 / 44
【3章】黒幕と契約妃

31.どうしてですか?

しおりを挟む
 アーネスト様はギデオン様にカミラをもてなすよう伝えると、わたしを連れて執務室に入った。初めての執務室。けれど、部屋を見回す間もなく、わたしはアーネスト様の腕に包まれた。湯浴みをしていないせいか、いつもよりも色濃くアーネスト様の香りを感じる。
 さっきのクォンツとのやり取りが未だ尾を引いているため、頭の中はグチャグチャだった。


(どうしよう……)


 息もまともにできないまま、必死に考えを巡らせる。

 エスメラルダ様とベラ様とお茶をして、数日が経つ。けれどわたしは、アーネスト様にエスメラルダ様やベラ様の元に通うよう、お伝えすることができなかった。新しい妃のことも――――知っている癖に、何も言えなかった。


(本当は『良いお話ですね』ってお伝えすべきだったのに)


 分かっていながら、クォンツの言う通り、わたしは自分の感情を、欲を優先した。言わなければ、アーネスト様はわたしのところに来てくれるから。妃の癖に――――契約妃の癖に――――そう罵られて当然だって、本当はわたし自身が思っている。


(アーネスト様は『わたしの耳に入れるべきことは何もない』って仰っていたけど)


 彼が本当の所、どう思っているのかは分からない。


(怖い)


 本当はずっと、怖くて怖くて堪らなかった。呆れられたらどうしよう。要らないと――――契約が済んだら用済みなのだと、アーネスト様の口からハッキリそう言われることが怖くて堪らなかった。


「――――いつから知っていたの?」


 その時、アーネスト様が徐に口を開いた。反応すまいと思っていても、身体がビクリと大きく跳ねる。わたしの顔を上向けて、アーネスト様が覗き込むと、心臓が変な音を立てて鳴り響いた。


「俺が新しい妃を勧められているって……ミーナは知っていたんだろう?」


 やっぱりというか、アーネスト様にはバレてしまっていた。膝がガクガクと震える。今にも崩れ落ちそうなわたしを、アーネスト様がしっかりと支えてくれていた。


(だけど、もしも事実を話してしまったら)


 この腕は二度と、わたしを抱き締めてくれなくなるかもしれない。聞き分けの悪い妃など――――自分の欲を優先する人間など要らないと、そう吐き捨てられるかもしれない。


「ミーナ」


 そう言ってアーネスト様は、わたしの額にそっと口づけた。心臓が震えて、涙が零れ落ちる。そんなわたしを抱き締めながら、アーネスト様は困った表情で笑った。


「大丈夫だから。本当のことを教えて?」


 優しい声音。アーネスト様の手のひらが、わたしの背中をポンポンと撫でる。縋りついていられる何かが欲しくて、わたしはアーネスト様の背に手を伸ばした。


「数日前……エスメラルダ様とベラ様と一緒に、お茶会をしたんです」

「うん、覚えてるよ。楽しかったって言っていたよね。……それで?」

「それで…………その時にエスメラルダ様から、アーネスト様に新しいお妃様の話が上がってるって教えていただいて……」


 アーネスト様は絶えずわたしの背中を優しく撫でる。これではまるで幼子だ。けれど、どうにも制御できなくて、わたしはポロポロと涙を流し続けた。


「本当は分かっていたんです。『良かったですね』って言わなきゃいけないって……だって、皇族は今、アーネスト様お一人しかいなくて。周りからもお世継ぎを求められていて。
アーネスト様がエスメラルダ様やベラ様の元にあまり通えないのは、前回の――――アーネスト様を殺した犯人が分からないからだって。
その点、新しいお妃様候補は、前回アーネスト様が殺された時にはいらっしゃらなかったから、命を狙われる心配もない。だからこれは、喜ばしいお話だって……ちゃんと頭では分かっていたんです。だけど――――」


 だけど、どうしても言い出せなかった。だから知らない振りをした。そうしたらアーネスト様は、わたしの元に来てくれる。少なくとも、新しい妃が入内するまで、彼を独り占めできるって――――そんな愚かなことを考えた。


「ミーナ」


 アーネスト様がわたしを呼ぶ。顎をクイっと持ち上げられ、無理やり顔を上げさせられた。涙でぐちゃぐちゃになった醜い顔なんて見られたくないのに、アーネスト様はわたしの両頬をガシッと固定する。


「ミーナ……ちゃんと、俺を見て?」


 縋るような声でアーネスト様がそう言う。怖い。ギュッと瞑った瞳をほんの少しだけ開ける。涙で視界がぼやけてよく見えない。目尻に溜まった涙をアーネスト様が拭った。


「ミーナ」


 優しい声音がわたしを呼ぶ。それでもやっぱり、怖いものは怖い。けれど、わたしは意を決してアーネスト様を見上げた。


「…………え?」


 アーネスト様は笑っていた。とても――――とても嬉しそうに。今にも泣きだしそうな、そんな表情にも見える。まるで、それまでの不安や恐怖が溶け出すかのように、涙が数筋流れ落ちた。


「呆れて……いないんですか?」

「これがそんな表情に見える?」


 アーネスト様はわたしの質問に質問で答える。フルフルと首を横に振ると、アーネスト様はわたしの頬にゆっくりと口づけた。心が震える。どうしようもない程、熱くなる。


(どうして?)


 妃ですらないわたしが、こんな愚かな想いを吐露したというのに、アーネスト様は未だ嬉しそうに笑っている。その理由を考えると、胸が疼く。自分に都合の良いように解釈をして、期待してしまう。


「ミーナ……分かっていて言い出せなかったのは、どうして?」


 アーネスト様はそう言ってわたしの瞳を覗き込んだ。


『ミーナは俺のことが好きだよね?』


 言葉は全然違うのに、アーネスト様の姿があの日――彼に愛を乞われた夜会の夜――と重なって見える。あの時のわたしは、ただひたすらに苦しかった。アーネスト様がわたしの心を求めるのは、彼自身にわたしを想う心があるから――――そう思いたくなったから。
 そんなこと、あり得ない。アーネスト様がわたしの想いに応えてくれる筈がないって、そう思っていた。
 だけど――――。


「さっきの――――クォンツが言う通りなんです」


 ゆっくりと、噛みしめるように言葉にする。アーネスト様はわたしから目を逸らさない。わたしも真っ直ぐに彼のことを見つめた。


「わたしは――――アーネスト様を独り占めしたかったんです。アーネスト様が他の妃の所に通うのを見たくなかった。契約が終わってからもずっと、わたしを側に置いて欲しかったんです。だから――――」

「俺がミーナを手放すわけないだろう?」


 そう言ってアーネスト様はわたしのことを抱き上げた。心臓がドキドキと鳴り響く。地に足がついていないせいか、頭の中までフワフワと舞い上がってしまっている。


「絶対、何があっても手放さない。ミーナが泣いて嫌がっても、俺の側に置くつもりだった。俺はミーナじゃないとダメだから」


 アーネスト様の声が耳元で響く。


(顔が見たい)


 そう思って、わたしはアーネスト様の頬にそっと手を伸ばす。彼がいつも『俺を見て』と言う理由が、何だか分かった気がした。


「それは……どうしてですか?」


 いつもアーネスト様がわたしに投げ掛ける質問を、今度はわたしがアーネスト様にする。
 アーネスト様がわたしを手放せない理由。
 新しい妃を断った理由。
 わたしが『アーネスト様を独占したいと思うこと』を喜ぶ理由。
 彼がわたしの心を求めるその理由――――。
 今なら聞いても許される。そう思った。


「そんなの、答えは一つしかないだろう?」


 そう言ってアーネスト様は、こつんと額を重ね合わせる。視線が交わり吐息が重なる。わたしと同じぐらい熱くなったアーネスト様の手のひらが、そっとわたしの頬を撫でる。
 ずっとずっと、一方通行だと思っていた。だけど本当は違ってた。わたしがアーネスト様の想いを真正面から受け止められる日が来るまで、彼はずっとずっと、待っていてくれたんだと思う。


「好きだよ、ミーナ。ずっとずっと、ミーナのことが好きだった」


 涙が零れ落ちたその瞬間、わたし達の唇が重なった。今にも止まってしまいそうな程、心臓が大きく鼓動を刻み続ける。だけど、それはわたしだけじゃない。アーネスト様も同じだった。互いの気持ちを探り合うみたいに、たどたどしい口付けを交わして、わたし達はそっと微笑み合う。


「――――――それで、俺の子はミーナが産んでくれるってことで良いんだよね?」

「…………へっ?」


 思わず素っ頓狂な声が漏れた。アーネスト様が悪戯っぽい笑みを浮かべる。それから彼は、わたしを抱えたまま、ソファに向かって歩き始めた。アーネスト様はどうしても、わたしのことをドキドキさせないと気が済まないらしい。


(そんなこと、これまで考えたことが無かったから分かりません!)


 そう答えたいのに、喉のあたりが焼け付くみたいに熱くて声が出ない。自分じゃ見えないけど、わたしの顔はきっと、形容しがたい程、真っ赤に染まっているに違いない。
 すると次の瞬間、アーネスト様はクックッと声を上げて笑い始めた。アーネスト様のせいで、わたしの身体まで小刻みに震える。


(相変わらずひどいっ)


 思わず口のへの字に曲げると、堪えきれなくなったのか、アーネスト様は今度はお腹を抱えて笑い声を上げる。目尻には涙まで浮かんでいた。


「アッ……アーネスト様!」

「ごめんごめん。ミーナがあまりにも可愛いから、つい」


 そう言ってアーネスト様はわたしの頬にキスをする。アーネスト様の唇は、柔らかくて温かい。たった一日で距離がぐっと近づいたような気がした。


(アーネスト様はわたしを揶揄いたかったんだろうけど)


 きっと、それだけが理由では無いのだろう。そう思うと心臓がまたバクバクと鳴り響く。大きく深呼吸をし、わたしはゴクリと唾を呑んだ。


「あ、あの……」

「ん?」

「お手柔らかに……お願いできますでしょうか?」


 何をとは言わず、わたしはアーネスト様のことをじっと見つめる。
 すると、アーネスト様は顔を真っ赤に染めて、ご自分の口元を手のひらで隠した。眉間に皺を寄せ、困ったような表情を浮かべるアーネスト様は、何だかとっても可愛くて、堪らなく愛しい。


「ミーナ……それ、反則」


 そう言ってアーネスト様はわたしをギュッと抱き締める。それから悩まし気なため息を吐いたアーネスト様を見て、今度はわたしが声を上げて笑うのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

婚約破棄されたので隣国に逃げたら、溺愛公爵に囲い込まれました

鍛高譚
恋愛
婚約破棄の濡れ衣を着せられ、すべてを失った侯爵令嬢フェリシア。 絶望の果てに辿りついた隣国で、彼女の人生は思わぬ方向へ動き始める。 「君はもう一人じゃない。私の護る場所へおいで」 手を差し伸べたのは、冷徹と噂される隣国公爵――だがその本性は、驚くほど甘くて優しかった。 新天地での穏やかな日々、仲間との出会い、胸を焦がす恋。 そして、フェリシアを失った母国は、次第に自らの愚かさに気づいていく……。 過去に傷ついた令嬢が、 隣国で“執着系の溺愛”を浴びながら、本当の幸せと居場所を見つけていく物語。 ――「婚約破棄」は終わりではなく、始まりだった。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...