【番外編更新】死に戻り皇帝の契約妃〜契約妃の筈が溺愛されてます!?〜

鈴宮(すずみや)

文字の大きさ
37 / 44
【3章】黒幕と契約妃

37.新たな契約

しおりを挟む
「ミーナと一緒に行きたいところがあるんだ」


 アーネスト様からそう言われたのは、麗らかな春のある日のことだった。真っ白な美しいドレスを着せられ、誘われるがまま、わたしは彼の後に続く。驚くことに、そこには一台の馬車があった。てっきり、城内のどこかに連れていかれると思っていたのだ。


「乗って、ミーナ」


 アーネスト様の手を取り、わたしは馬車へと乗り込む。


「一体、どこへ行くのですか?」


 尋ねると、アーネスト様は人差し指をそっと立てて微笑む。内緒、ということらしい。聞いても教えてくれそうにないので、諦めて入内以来の外出を楽しむことにした。


「もしかしてこれ、お忍びって奴ですか?」


 皇帝が乗るにしては随分質素な馬車に、お供はほんの数人だけ。精鋭揃いではあるけど、公式なお出掛けにしては警備が軽すぎる。


「そうだよ」


 アーネスト様はそう言って穏やかに笑う。


「良いんですか? こんな風に城を抜け出して」


 答えの代わりに、アーネスト様はわたしの頬に優しく口づけた。別に、明確な答えを求めていたわけじゃないけど、何だか色々と誤魔化されている気がする。言えば、アーネスト様は声を上げて笑った。



 二時間程馬車に揺られて辿り着いたのは、小さな街の中にある、これまた小さな教会だった。古い建物で、所々壁のペンキが剥がれ落ちているが、敷地内には草花が綺麗に咲き誇っている。
 アーネスト様は躊躇うことなく扉を開いた。中は比較的綺麗に整備され、ステンドグラスから色とりどりの光が射し込む。


(あれ……?)


 何でだろう。わたしはこの光景に見覚えがあった。首を傾げて眺めていると、アーネスト様がわたしの手をギュッと握る。彼は穏やかに目を細めながら、わたしを見つめた。


「ミーナ、俺達が初めて出会った場所だよ」


 言われて、わたしは驚きに目を見開く。


(そっか……)


 幼い頃、街で食べ物が何も見つからない時に、わたしはこの教会に来ていた。運が良ければ司祭様に食べ物を分けてもらえる。
 だけど、碌に整備されていない古い教会だし、街には困っている人が溢れていたから、毎回貰えるというわけではない。
 初めて出会ったあの日、極限までお腹を空かせていたわたしを、アーネスト様が救ってくれたのだ。


「アーネスト様は……わたしのことを覚えていて下さったんですね」


 言いながら、瞳にジワリと涙が滲む。
 死に戻り、初めて会話を交わしたときに、アーネスト様はわたしの名前を尋ねた。だからきっと、彼はわたしのことを覚えていないのだろうと、そう思っていたのだけど。


(アーネスト様は頻りに『約束』とそう口にしていたから)


 もしかしたらと、淡い期待を抱いていたのだ。


「絶対に忘れないでねってお願いしたのは、俺の方だよ?」


 そう言ってアーネスト様はわたしのことを抱き締める。途端に胸に熱いものが込み上げてきた。

 毒にうなされながら見た、アーネスト様と交わした約束の光景。あれは正真正銘、わたし自身の記憶だったのだ。


「だけど、どうして? 覚えていたなら、どうして再会したあの時、わたしの名前をお尋ねになったんですか?」


 そう尋ねると、アーネスト様は少しだけバツの悪い表情を浮かべる。


「ミーナが……俺がつけた名前を今でも大事にしてくれていると良いなぁって――――そう確かめたかったから」

「――――そんなの、当然じゃありませんか。わたしは……アーネスト様がつけてくださったこの名前は、わたしの心の拠り所だったんですから」


 言いながらわたしは苦笑を漏らした。
 アーネスト様とわたしを繋ぐ、確かなもの。それは、彼がつけてくれた『ミーナ』という名前だった。
 どんなに離れていても、自分の名前を口にするだけで、アーネスト様の存在を感じられる。「頑張れ」って言っていただけたことを思い出して、ここまで生きてこれたのだ。


(どうしよう……)


 嬉しすぎて涙が出てくる。こんなことがあって良いのだろうか――――アーネスト様と再会してからずっと、わたしはそんなことを思っている気がする。

 彼のために働けるだけで、幸せだと思っていた。顔を見られずとも、それで構わないって思っていた。それなのに、気が付けばアーネスト様は、こんなにもわたしの近くに居る。


「約束だよ、ミーナ」


 そう言ってアーネスト様は目を細めて笑い、夜会の夜に下さった金剛石のティアラを、そっとわたしの頭の上に載せた。真っ白な美しいドレスと金剛石が、教会のステンドグラスに照らされて、キラキラと綺麗に輝きを放っている。

 アーネスト様は跪き、それからわたしをじっと見上げた。息が止まってしまいそうな程、心臓がドキドキと鳴り響いている。繋がれた手のひらから、アーネスト様の想いが伝わってくるような心地がした。


「俺のお嫁さんになってくれる?」


 アーネスト様はそう言って、満面の笑みを浮かべる。


「――――わたしはもう、アーネスト様の妃なのに」


 言いながら、ポロポロ涙が零れた。わたし達を縛る契約事項はもう存在しない。彼は無事だし、他の妃の元に通っていると見せ掛ける必要も、もうない。
 けれどわたしは、これから先も妃として、アーネスト様の側に居ると、既にそう誓った。


(こんな風に求めていただけるだなんて、思ってなかった)


 幸せで――――幸せ過ぎて、笑みが零れる。アーネスト様は穏やかに微笑むと、わたしの両手をしっかり繋いだ。


「今の俺達は皇帝でも妃でもないよ。一人の男性として、俺はミーナと結婚したい。ミーナを幸せにしたい」


 真剣な眼差しがわたしを見つめる。

 妃というのは役職だ。当然、皇帝にとっての配偶者ではあるけれど、それはアーネスト様にとっての『お嫁さん』の定義とは違うのだろう。


(だからアーネスト様は、わたしを城から連れ出してくれたんだ)


 本当の意味でわたしをアーネスト様のお嫁さんにするために――――そう思うと、心が喜びに打ち震える。


「お嫁さんは――――アーネスト様とずっと一緒に居られるんですよね?」


 あの日アーネスト様から聞いた『お嫁さん』の定義を、わたしは言葉にして確認する。


「うん。ずっとずっと、一緒だよ」


 アーネスト様はそう言って、泣きそうな表情で笑った。わたしは跪いたままのアーネスト様の胸に飛び込み、力いっぱい彼のことを抱き締める。アーネスト様はそんなわたしを、しっかりと受け止めてくれた。

 春の風が草花の香りをそっと運ぶ。温かな香りだった。世界中の幸せを凝縮したような、そんな感覚がわたしを包む。

 承諾の意を以て交わされた口付け――――それは、わたしたちが結んだ、新たな契約の証だ。


「愛してるよ、ミーナ」


 幼いあの日とは少しばかり異なる愛の言葉を口にして、アーネスト様は笑う。その表情は、本当にビックリするぐらい幸せそうで。
 わたしも、彼に呼応するように、満面の笑みを浮かべたのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

婚約破棄されたので隣国に逃げたら、溺愛公爵に囲い込まれました

鍛高譚
恋愛
婚約破棄の濡れ衣を着せられ、すべてを失った侯爵令嬢フェリシア。 絶望の果てに辿りついた隣国で、彼女の人生は思わぬ方向へ動き始める。 「君はもう一人じゃない。私の護る場所へおいで」 手を差し伸べたのは、冷徹と噂される隣国公爵――だがその本性は、驚くほど甘くて優しかった。 新天地での穏やかな日々、仲間との出会い、胸を焦がす恋。 そして、フェリシアを失った母国は、次第に自らの愚かさに気づいていく……。 過去に傷ついた令嬢が、 隣国で“執着系の溺愛”を浴びながら、本当の幸せと居場所を見つけていく物語。 ――「婚約破棄」は終わりではなく、始まりだった。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...