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【3章】黒幕と契約妃
38.死に戻り皇帝の契約后
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騎士たちの先導で応接室に赴くと、そこには懐かしい人がいた。
金色に輝く美しい髪の毛に、宝石みたいな緑色の瞳。年齢を重ねてもちっとも衰えない美しさで、彼女はソファに座っている――――元翠玉宮の妃、エスメラルダ様だ。
「ご無沙汰しております、ミーナ様」
エスメラルダ様は穏やかに目を細め、恭しく礼をする。
「本当に、お久しぶりです。最後にお会いしてから三年も経つなんて、なんだか嘘みたいですね」
言いながら、わたしはそっと微笑む。目を瞑れば、彼女と過ごした日々がまるで昨日のことのように思い出された。
「ええ。私も夫と同じことを話しておりました。初めてここに来た頃は、まさかこんな日が来るとは思っておりませんでしたが」
そう言ってエスメラルダ様は嬉しそうに目を細める。
アーネスト様が皇帝に即位して、十三年。
あれからわたしは、彼との間に六人の子を設けた。
初めての妊娠が分かったのは、アーネスト様と二人きりの結婚式を上げて、ひと月後のこと。生まれてきたのは男の子と女の子の双子で、今では二人とも十一歳だ。
家族との記憶も無ければ幼少期に教育を施されたことのないわたしは、子育てについて、随分とエスメラルダ様に助けられた。貴族の子女がどのように育てられるのか、わたしは母としてどう接すれば良いのか等、色々と教えていただいたのだ。
(そんな彼女に、まさかこんな言葉を掛けられる日が来るなんて)
物凄く、物凄く感慨深い。わたしはゆっくりと瞳を開けた。
「遅くなりましたが――――妊娠おめでとうございます、エスメラルダ様」
心からの祝福の言葉を贈り、わたしは微笑む。
「――――――ありがとうございます、ミーナ様」
そう言ってエスメラルダ様は涙ぐんだ。幸せそうな表情。こちらまで温かな気持ちになってくる。
エスメラルダ様は今日、第一子妊娠の報告をするため、わたしに会いに来てくださったのだ。
彼女が後宮を去ったのは今から三年前。
当時は、後宮存続の必要性が問われ始めていた時期だった。アーネスト様の子がたくさん生まれ、皇族の血が途絶える可能性が格段に減ったからだ。
そんな中、エスメラルダ様のお父上――公爵領が隣国から攻め入られた。公爵領は我が国にとって重要な肥沃の地。アーネスト様はすぐに兵を派遣した。その中に、エスメラルダ様の騎士――コルウス様の姿があった。
コルウス様はカミラの一件があった後、城の騎士たちと一緒に訓練を受けるようになっていた。これから先何があっても、エスメラルダ様を守り抜けるようにと――――アーネスト様がそう勧めたのである。
彼は剣の実力もさることながら、判断力と兵法に優れていた。実戦における彼の功績はとても大きい。彼の活躍の結果、我が国の損失を最小限に抑えた上、短期間で隣国の兵を一掃することに成功したのである。
かくして、コルウス様には爵位とともに、アーネスト様から直々に褒美を与えられることになった。
『俺の持っているものなら何でも――――ただし、本当に欲しいものを口にしなさい』
それが、アーネスト様が提示した、唯一の条件だった。
「コルウス様も喜んでいらっしゃるでしょう?」
尋ねながら、わたしは微笑む。
コルウス様が望むものなんて一つしかない。かくして、エスメラルダ様とコルウス様は結ばれたのだった。
「もちろん。本当に、陛下にはなんとお礼を申し上げたら良いか」
そう言ってエスメラルダ様は深々と頭を下げる。わたしは小さく首を横に振った。
あれはエスメラルダ様を契約妃から解放する、またとない機会だった。世論が後宮の解体に傾いていた上、コルウス様の功績による下賜という大義名分も立つ。
(唯一の心配は、エスメラルダ様の矜持を傷つけないかということだったのだけど)
こちらの心配を余所に、エスメラルダ様は本当に喜んでくれた。
そんなわけで三年前、長い歴史を誇る我が国の後宮は、解体されることになり。
わたしは皇妃から皇后になった。
その間、アーネスト様が新しい妃の入内を勧められたことは一度や二度じゃなかったし、今でも側妃を、との声が重臣たちから上がらないわけではない。
けれど、アーネスト様は一度も、それらの提案に頷かなかった。
ロキは今でもアーネスト様の側近として、彼を支え続けてくれている。後宮が解体されたこと、わたしにも公務が割り振られるようになってきたことで、彼と接する機会は格段に増えた。
けれど、アーネスト様はどうやら、そのことがあまりお気に召さないらしい。おまけに長女――惣領姫がロキを大層気に入っているものだから、最近は気が気じゃないようだ。
(以前ロキは『わたしとアーネスト様の子供が生まれたら、その子の騎士にして欲しい』なんて言っていたけど)
あの様子じゃ、とても認められそうにない。第一、アーネスト様にとって、ロキはなくてはならない存在だ。双方にとって、今の形が一番幸せなのだと思う。
(ロキにも久々に会いたいなぁ)
そんなことを考えていると、エスメラルダ様がそっと身を乗り出した。
「ところで、陛下は今度、新たな事業を始めるんだそうですね? なんでも、子どもたちのための事業だとか」
「……! ええ。実は、もう何年も前から準備をしていて。今も、とても楽しそうに準備を進めているんですよ」
答えつつ、わたしも思わず身を乗り出す。
アーネスト様は今、国内の各地に、身寄りのない子どもたちのための施設を作っている。その第一号が、わたしと彼が初めて出会った、あの教会だ。
子どもたちは、引き取り手が現れるのを待ちながら、ある程度大きくなるまでは施設で育てられる。その後は城の下働きや他の公共事業の紹介を行って、自分の力で生きていけるよう、世話をしていくんだそうだ。親が貧しく、食べるに困る子どもたちの世話も、施設が一手に引き受けるのだという。
『いつか、ミーナやロキみたいにお腹を空かせた子どもが、一人もいなくなる国にしたい』
それこそが、アーネスト様の仰っていた成し遂げたいこと――――彼の願いだった。
「ミーナ様のおかげですわね」
エスメラルダ様の言葉に、わたしはふと顔を上げる。彼女はまだ膨らんでいないお腹を撫でながら、穏やかな笑みを浮かべた。
「身分や育ちに関係なく、皆が幸せを求められる――――そんな国になったのは、ミーナ様のおかげですわ」
「そう……でしょうか?」
平民出身の后だから――――そんな后を愛した皇帝だからできることがある。
「もちろん。本当に、我が国の今後が楽しみですわ」
そう言ってエスメラルダ様は満面の笑みを浮かべた。
***
(幸せだなぁ)
心の中で呟きつつ、わたしは断頭台に立ったあの日のことを思い出す。あの時は本当に、こんな日が来るなんて思っていなかった。わたしの――アーネスト様の人生は終わったのだと、絶望に打ちひしがれていたことが嘘のようだ。
「一体、何を考えているの?」
アーネスト様が楽しそうにそう問い掛ける。嬉しそうな笑顔。見ているこちらまで温かい気分になる。
「――――多分、アーネスト様と同じことです」
言えば、アーネスト様は目を細め、わたしのことを抱き締める。そのまま鼻の頭を擦りつけて、ほんの少しだけ首を傾げた。
「俺のことが好き……って?」
「そうですよ。アーネスト様が大好きです」
答えながら、わたしは満面の笑みを浮かべる。
最近は躊躇いなく、アーネスト様への想いを口にできるようになった。愛情を乞われた位じゃ動揺しない。その程度には、わたしも成長している。
(だって紛うことなき本心だし)
やられっぱなしだった昔のわたしとは違う。へへ、と笑いながら、わたしはアーネスト様の瞳を覗き込んだ。
「俺は愛してるよ?」
大好きじゃ足りない――――そう言ってアーネスト様は、わたしの唇を塞いだ。
(あぁ……もう!)
それでも結局、アーネスト様にはとても敵いっこない。毎日毎日ドキドキさせられて、これでもかってぐらい幸せを貰っている。
「ミーナ」
アーネスト様がわたしを呼ぶ。何度も何度も、愛し気に。
ここにはもう、わたし以外の妃はいない。名実ともに、わたしはアーネスト様の唯一の后になった。彼と新たに結んだ契約は、生涯解消されることはないものだ。他の誰にも譲る気はない。
「――――これからも、ずっと一緒に居てください」
誓いの言葉を改めて口にし、わたし達は微笑み合うのだった。
金色に輝く美しい髪の毛に、宝石みたいな緑色の瞳。年齢を重ねてもちっとも衰えない美しさで、彼女はソファに座っている――――元翠玉宮の妃、エスメラルダ様だ。
「ご無沙汰しております、ミーナ様」
エスメラルダ様は穏やかに目を細め、恭しく礼をする。
「本当に、お久しぶりです。最後にお会いしてから三年も経つなんて、なんだか嘘みたいですね」
言いながら、わたしはそっと微笑む。目を瞑れば、彼女と過ごした日々がまるで昨日のことのように思い出された。
「ええ。私も夫と同じことを話しておりました。初めてここに来た頃は、まさかこんな日が来るとは思っておりませんでしたが」
そう言ってエスメラルダ様は嬉しそうに目を細める。
アーネスト様が皇帝に即位して、十三年。
あれからわたしは、彼との間に六人の子を設けた。
初めての妊娠が分かったのは、アーネスト様と二人きりの結婚式を上げて、ひと月後のこと。生まれてきたのは男の子と女の子の双子で、今では二人とも十一歳だ。
家族との記憶も無ければ幼少期に教育を施されたことのないわたしは、子育てについて、随分とエスメラルダ様に助けられた。貴族の子女がどのように育てられるのか、わたしは母としてどう接すれば良いのか等、色々と教えていただいたのだ。
(そんな彼女に、まさかこんな言葉を掛けられる日が来るなんて)
物凄く、物凄く感慨深い。わたしはゆっくりと瞳を開けた。
「遅くなりましたが――――妊娠おめでとうございます、エスメラルダ様」
心からの祝福の言葉を贈り、わたしは微笑む。
「――――――ありがとうございます、ミーナ様」
そう言ってエスメラルダ様は涙ぐんだ。幸せそうな表情。こちらまで温かな気持ちになってくる。
エスメラルダ様は今日、第一子妊娠の報告をするため、わたしに会いに来てくださったのだ。
彼女が後宮を去ったのは今から三年前。
当時は、後宮存続の必要性が問われ始めていた時期だった。アーネスト様の子がたくさん生まれ、皇族の血が途絶える可能性が格段に減ったからだ。
そんな中、エスメラルダ様のお父上――公爵領が隣国から攻め入られた。公爵領は我が国にとって重要な肥沃の地。アーネスト様はすぐに兵を派遣した。その中に、エスメラルダ様の騎士――コルウス様の姿があった。
コルウス様はカミラの一件があった後、城の騎士たちと一緒に訓練を受けるようになっていた。これから先何があっても、エスメラルダ様を守り抜けるようにと――――アーネスト様がそう勧めたのである。
彼は剣の実力もさることながら、判断力と兵法に優れていた。実戦における彼の功績はとても大きい。彼の活躍の結果、我が国の損失を最小限に抑えた上、短期間で隣国の兵を一掃することに成功したのである。
かくして、コルウス様には爵位とともに、アーネスト様から直々に褒美を与えられることになった。
『俺の持っているものなら何でも――――ただし、本当に欲しいものを口にしなさい』
それが、アーネスト様が提示した、唯一の条件だった。
「コルウス様も喜んでいらっしゃるでしょう?」
尋ねながら、わたしは微笑む。
コルウス様が望むものなんて一つしかない。かくして、エスメラルダ様とコルウス様は結ばれたのだった。
「もちろん。本当に、陛下にはなんとお礼を申し上げたら良いか」
そう言ってエスメラルダ様は深々と頭を下げる。わたしは小さく首を横に振った。
あれはエスメラルダ様を契約妃から解放する、またとない機会だった。世論が後宮の解体に傾いていた上、コルウス様の功績による下賜という大義名分も立つ。
(唯一の心配は、エスメラルダ様の矜持を傷つけないかということだったのだけど)
こちらの心配を余所に、エスメラルダ様は本当に喜んでくれた。
そんなわけで三年前、長い歴史を誇る我が国の後宮は、解体されることになり。
わたしは皇妃から皇后になった。
その間、アーネスト様が新しい妃の入内を勧められたことは一度や二度じゃなかったし、今でも側妃を、との声が重臣たちから上がらないわけではない。
けれど、アーネスト様は一度も、それらの提案に頷かなかった。
ロキは今でもアーネスト様の側近として、彼を支え続けてくれている。後宮が解体されたこと、わたしにも公務が割り振られるようになってきたことで、彼と接する機会は格段に増えた。
けれど、アーネスト様はどうやら、そのことがあまりお気に召さないらしい。おまけに長女――惣領姫がロキを大層気に入っているものだから、最近は気が気じゃないようだ。
(以前ロキは『わたしとアーネスト様の子供が生まれたら、その子の騎士にして欲しい』なんて言っていたけど)
あの様子じゃ、とても認められそうにない。第一、アーネスト様にとって、ロキはなくてはならない存在だ。双方にとって、今の形が一番幸せなのだと思う。
(ロキにも久々に会いたいなぁ)
そんなことを考えていると、エスメラルダ様がそっと身を乗り出した。
「ところで、陛下は今度、新たな事業を始めるんだそうですね? なんでも、子どもたちのための事業だとか」
「……! ええ。実は、もう何年も前から準備をしていて。今も、とても楽しそうに準備を進めているんですよ」
答えつつ、わたしも思わず身を乗り出す。
アーネスト様は今、国内の各地に、身寄りのない子どもたちのための施設を作っている。その第一号が、わたしと彼が初めて出会った、あの教会だ。
子どもたちは、引き取り手が現れるのを待ちながら、ある程度大きくなるまでは施設で育てられる。その後は城の下働きや他の公共事業の紹介を行って、自分の力で生きていけるよう、世話をしていくんだそうだ。親が貧しく、食べるに困る子どもたちの世話も、施設が一手に引き受けるのだという。
『いつか、ミーナやロキみたいにお腹を空かせた子どもが、一人もいなくなる国にしたい』
それこそが、アーネスト様の仰っていた成し遂げたいこと――――彼の願いだった。
「ミーナ様のおかげですわね」
エスメラルダ様の言葉に、わたしはふと顔を上げる。彼女はまだ膨らんでいないお腹を撫でながら、穏やかな笑みを浮かべた。
「身分や育ちに関係なく、皆が幸せを求められる――――そんな国になったのは、ミーナ様のおかげですわ」
「そう……でしょうか?」
平民出身の后だから――――そんな后を愛した皇帝だからできることがある。
「もちろん。本当に、我が国の今後が楽しみですわ」
そう言ってエスメラルダ様は満面の笑みを浮かべた。
***
(幸せだなぁ)
心の中で呟きつつ、わたしは断頭台に立ったあの日のことを思い出す。あの時は本当に、こんな日が来るなんて思っていなかった。わたしの――アーネスト様の人生は終わったのだと、絶望に打ちひしがれていたことが嘘のようだ。
「一体、何を考えているの?」
アーネスト様が楽しそうにそう問い掛ける。嬉しそうな笑顔。見ているこちらまで温かい気分になる。
「――――多分、アーネスト様と同じことです」
言えば、アーネスト様は目を細め、わたしのことを抱き締める。そのまま鼻の頭を擦りつけて、ほんの少しだけ首を傾げた。
「俺のことが好き……って?」
「そうですよ。アーネスト様が大好きです」
答えながら、わたしは満面の笑みを浮かべる。
最近は躊躇いなく、アーネスト様への想いを口にできるようになった。愛情を乞われた位じゃ動揺しない。その程度には、わたしも成長している。
(だって紛うことなき本心だし)
やられっぱなしだった昔のわたしとは違う。へへ、と笑いながら、わたしはアーネスト様の瞳を覗き込んだ。
「俺は愛してるよ?」
大好きじゃ足りない――――そう言ってアーネスト様は、わたしの唇を塞いだ。
(あぁ……もう!)
それでも結局、アーネスト様にはとても敵いっこない。毎日毎日ドキドキさせられて、これでもかってぐらい幸せを貰っている。
「ミーナ」
アーネスト様がわたしを呼ぶ。何度も何度も、愛し気に。
ここにはもう、わたし以外の妃はいない。名実ともに、わたしはアーネスト様の唯一の后になった。彼と新たに結んだ契約は、生涯解消されることはないものだ。他の誰にも譲る気はない。
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