実はわたし、お姫様でした!~平民王女ライラの婿選び~

鈴宮(すずみや)

文字の大きさ
51 / 59
【2章】婿選び編

ゼルリダ様のお茶会(後編)

しおりを挟む
 笑みが飛ぶ。世辞が飛ぶ。
 当たり障りないようでいて、実際はかなり際どい会話が繰り広げられている。薄氷の上に成り立っている平和とでもいおうか。あるものは回り道をして回避し、またある者は敢えて踏み抜き、己自身のスタンスを示す。

 傍から見れば、どちらも笑顔。好意を抱き合っている者同士に見える。
 だけどその実態は、互いを牽制し合い、ともすれば敵意さえ抱いている。貴族の社交というものは、危ういバランスの上に成り立っているのだと、身を以て実感した。


 ゼルリダ様はさすが、王太子妃でいらっしゃった。お茶会の参加者皆に個別に声を掛け、服装や趣味、特技や家族について褒めまくり、会話の相手を気分よくさせている。それが、相手のことを何も知らなくてもできるような当たり障りのない内容じゃなく、以前ふと交わした会話の内容だったり、他の人から漏れ聞いたという話だったりするものだから、わたしは感心してしまった。
 多分だけど、今日ここに来ている参加者だけじゃなくて、かなり沢山の貴族の情報が頭の中にインプットされてるんだと思う。やっぱり、妃が自分を気に掛けてくれているというだけで、大抵の人は嬉しいもんね。わたしも頑張らなきゃだ。

 どうやら、ゼルリダ様がわたしやおじいちゃんにする棘のある物言いは、身内限定のものらしい。表情や言動ってこうやって使い分けるんだなぁと、とても参考になる。元が社交的なシルビアとは一味違う大人ならではの対応、社交術だと感じた。


「――――そういえば、オパール様の領地では、ここ最近麦が豊作でいらっしゃるとか」


 そう口にしたのは、王都の近くに領地を持つ侯爵夫人だった。同じく領地持ちのご婦人を相手に、脈略もなくそんな話題を切り出す。


「ええ。おかげさまで天候に恵まれ、良い麦が育っております」


 日に焼けた肌、恰幅の良いご婦人は、そう言ってニコリと微笑む。
 話を振った方の夫人は、相手の返答が不満だったのだろうか。ほんの少しだけ眉毛を動かしつつ、ゆっくりと周囲を見回した。


「わたくしも恩恵にあずかっておりますのよ。品質も素晴らしく、羨ましい限りですわ。
天候ももちろん大事でしょうが、やはり作物を育む土壌こそが、一番大事ではございませんこと? 種だけでは実は育ちませんものね。妃殿下もそう思いません?」


 夫人はそう言って、ゼルリダ様に向かって微笑む。


(んん、これは……!)


 流石は貴族。厭味ったらしいったらありゃしない。
 土壌だとか種だとか作物だとか言ってるけど、とどのつまり彼女は、子どもを産むことのできなかったゼルリダ様を遠回しに批判したかったのだろう。


「本当に羨ましいわあ。わたくしも領地を交換出来たら或いは……いいえ、こんなことを考えるのは野暮ね。どんなに願ったところで、詮無き事。既に『種』は無いのですし」

「……っ!」


 あったまきた! なんて下品な人なの!
 唇を尖らせると、ゼルリダ様は無言のまま、扇子でわたしの膝を叩いた。黙っていろと言いたいらしい。

 だけど、お父さんが亡くなったこと、子どもが出来なかったことをこんな風に言われて、ゼルリダ様は悔しくないんだろうか?


(確かこの人、お父さんの妃候補だったのよね)


 事前に目を通した資料を頭の中で思い浮かべながら、わたしは静かに目を瞑る。
 ゼルリダ様に負けたから。自分が妃になれなかったから、こうして嫌味を言うことで鬱憤を晴らしているのだろう。


「あら、無い物ねだりをするのは勿体ないように思いますわ」


 黙ってろって言われたけど、やっぱりわたしには無理。若く無知に見えるからこそ出来る仕返しってあるし、ゼルリダ様がしないなら、わたしがやらなきゃ。


「夫人の領地では、織物が盛んでございましょう? 職人たちも素晴らしいと聞き及んでおりますもの。他の領地を羨むなんて、勿体ないことですわ」


 そう言って微笑めば、周囲はホッとした表情を浮かべる。
 けれど、相手はそれじゃ怯まなかった。困ったように首を傾げながら、ふふんと底意地の悪い笑みを浮かべる。


「未だ若い姫様には分かられないかもしれませんが、より良い領地を求めるのは女として当然のこと。そして、自分に任された役目を果たせぬのなら、身を引くのも当然ですわ」


 呆れた。折角良い気持ちのまま会話を終わらせてあげようと思ったのに。わたしのことまで馬鹿にするし、自分で自分の首を――――夫の首をも絞めているのが分からないのかしら。


「まぁ……! 役目とは一体何のことですの? どうして身を引かねばなりませんの?」


 無垢な振りをしながら、少々大袈裟に首を傾げる。
 こういう嫌味は、本人に説明を促すに限る。それだけで多少は頭が冷えるだろうし、浅はかな自分を思い知ってもらえるもの。


「それは……その…………」

「教えてください。与えられた場所、環境で全力を尽くして何が悪いのです? 当事者がそれを認めていて、尚且つ望んでいるのでしょう? そもそも、その場所だって己の力で勝ち取った物――――或いは敗れ、得ることの出来なかった物ではありませんか」

「姫様の仰る通りですわ!」


 その瞬間、他の参加者たちが身を乗り出す。心からわたしに賛同している人も居れば、未来の王太女であるわたしに取り入りたい人まで様々だけど、理由なんて今はどうでも良かった。表面上でも賛同を得ることの方が大事だからだ。


「けれど姫様! その……もしも妃殿下が身を引いていれば、姫様はこうして城に連れてこられることもございませんでしたのよ? 姫様はここでの生活を嫌っていらっしゃるようですし」

「あら、そんな話、一体誰に聞いたの?」


 言いながら、わたしは今日一番のとびきりの笑みを浮かべる。無邪気なようで、含みのある――――そんな表情に見えるよう、細心の注意を払いながら。

 ゆっくりと立ち上がり、夫人の前まで足を進める。ヒュッと息を呑む音が聞こえたところで、わたしはそっと首を傾げた。


「ねえ、夫人にとってはわたし自身の言葉よりも、新聞や雑誌、噂話の方が重たいの? 貴女にとってわたしは、そんなにも軽い存在なのかしら?」

「い、いいえ、姫様……そんなつもりでは!」

「それにね。今さら父にわたし以外の子が出来なかったことを嘆かれるだなんて……まるでわたしは要らない子だと言われているみたい。何だかとても残念だわ」

「ちがっ! 滅相もございません」


 何が滅相もございません、よ。さっきまで明らかにわたしのことを侮っていたじゃない。
 平民上がりの形だけの王太女。公務や政治は配偶者に任せるに違いないって思っていたんでしょうけど、おあいにく様。そんな風になるつもりはないんだから。


「ああ、そうそう。貴女は今の領地じゃ満足できないのでしょう? だったら、もう必要ないわよね?」

「……え?」


 夫人は呆然と口を開き、わたしのことを見上げている。


「遠い昔に先代の陛下が授けた土地だと聞いているけれど、貴女にとっては何の価値も無いようだし、勿体ないじゃない?」

「それは……! それだけはどうかご勘弁を」

「え? だけど先程、より良い領地を求めるのは当然って言っていたし、何なら交換したいとまで言っていたでしょう? だけど残念。無い物ねだりするような貴族に相応しい土地なんて、わたしには思い浮かばないから、交換じゃなくて貰い受けることになってしまうけれど……」

「申し訳ございません、姫様――――いえ、殿下! 戯れが過ぎました。本当に、反省しております」

「そう、良かった。じゃあ、この話はお終いね」


 ニコリと無邪気に微笑めば、夫人は生気を抜かれたかの如く天を仰ぐ。こんな小娘が――――そう言いたい所だろうけど、わたしはこれでも未来の王太女。若かろうが女だろうが、王位を継ぐものなんだって覚えてもらわないとね。


「余計なことを」


 わたしだけに聞こえるような小声。ふと隣を見れば、ゼルリダ様が呆れたように眉根を寄せている。
 だけど、その表情はやっぱり優しい。厳しさの中に温かさが見え隠れしていて、何だか嬉しくなってくる。


 このお茶会が終わったら、ゼルリダ様と話をしよう。
 わたしは密かにそう決心するのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

義妹がやらかして申し訳ありません!

荒瀬ヤヒロ
恋愛
公爵令息エリオットはある日、男爵家の義姉妹の会話を耳にする。 何かを企んでいるらしい義妹。義妹をたしなめる義姉。 何をやらかすつもりか知らないが、泳がせてみて楽しもうと考えるが、男爵家の義妹は誰も予想できなかった行動に出て――― 義妹の脅迫!義姉の土下座!そして冴え渡るタックル! 果たしてエリオットは王太子とその婚約者、そして義妹を諫めようとする男爵令嬢を守ることができるのか?

婚約者の命令により魔法で醜くなっていた私は、婚約破棄を言い渡されたので魔法を解きました

天宮有
恋愛
「貴様のような醜い者とは婚約を破棄する!」  婚約者バハムスにそんなことを言われて、侯爵令嬢の私ルーミエは唖然としていた。  婚約が決まった際に、バハムスは「お前の見た目は弱々しい。なんとかしろ」と私に言っていた。  私は独自に作成した魔法により太ることで解決したのに、その後バハムスは婚約破棄を言い渡してくる。  もう太る魔法を使い続ける必要はないと考えた私は――魔法を解くことにしていた。

【完結】亡くなった婚約者の弟と婚約させられたけど⋯⋯【正しい婚約破棄計画】

との
恋愛
「彼が亡くなった?」 突然の悲報に青褪めたライラは婚約者の葬儀の直後、彼の弟と婚約させられてしまった。 「あり得ないわ⋯⋯あんな粗野で自分勝手な奴と婚約だなんて! 家の為だからと言われても、優しかった婚約者の面影が消えないうちに決めるなんて耐えられない」 次々に変わる恋人を腕に抱いて暴言を吐く新婚約者に苛立ちが募っていく。 家と会社の不正、生徒会での横領事件。 「わたくしは⋯⋯完全なる婚約破棄を準備致します!」 『彼』がいるから、そして『彼』がいたから⋯⋯ずっと前を向いていられる。 人が亡くなるシーンの描写がちょっとあります。グロくはないと思います⋯⋯。 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結迄予約投稿済。 R15は念の為・・

王太子様お願いです。今はただの毒草オタク、過去の私は忘れて下さい

シンさん
恋愛
ミリオン侯爵の娘エリザベスには秘密がある。それは本当の侯爵令嬢ではないという事。 お花や薬草を売って生活していた、貧困階級の私を子供のいない侯爵が養子に迎えてくれた。 ずっと毒草と共に目立たず生きていくはずが、王太子の婚約者候補に…。 雑草メンタルの毒草オタク侯爵令嬢と 王太子の恋愛ストーリー ☆ストーリーに必要な部分で、残酷に感じる方もいるかと思います。ご注意下さい。 ☆毒草名は作者が勝手につけたものです。 表紙 Bee様に描いていただきました

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
※完結しました。 離婚約――それは離婚を約束した結婚のこと。 王太子アルバートの婚約披露パーティーで目にあまる行動をした、社交界でも噂の毒女クラリスは、辺境伯ユージーンと結婚するようにと国王から命じられる。 アルバートの側にいたかったクラリスであるが、国王からの命令である以上、この結婚は断れない。 断れないのはユージーンも同じだったようで、二人は二年後の離婚を前提として結婚を受け入れた――はずなのだが。 毒女令嬢クラリスと女に縁のない辺境伯ユージーンの、離婚前提の結婚による空回り恋愛物語。 ※以前、短編で書いたものを長編にしたものです。 ※蛇が出てきますので、苦手な方はお気をつけください。

元お助けキャラ、死んだと思ったら何故か孫娘で悪役令嬢に憑依しました!?

冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界にお助けキャラとして転生したリリアン。 無事ヒロインを王太子とくっつけ、自身も幼馴染と結婚。子供や孫にも恵まれて幸せな生涯を閉じた……はずなのに。 目覚めると、何故か孫娘マリアンヌの中にいた。 マリアンヌは続編ゲームの悪役令嬢で第二王子の婚約者。 婚約者と仲の悪かったマリアンヌは、学園の階段から落ちたという。 その婚約者は中身がリリアンに変わった事に大喜びで……?!

処理中です...