魔女と王都と金色の猫

鈴宮(すずみや)

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【終章】王都に戻った魔女、幸せの意味を知る

魔女と魔操具

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 ルナリザーとサンソレイユの国境に沿うようにして広がる森は、大きくて深い。中に入ったものは二度と戻ってくることのないと噂のこの森は、通称『神の棲む森』と呼ばれていた。


「なんでも、この森に入った人間は、神隠しにあったみたいに、皆いなくなっちゃうのがその理由らしいよ」
「…………トネールみたいに、ですか?」
「そういうこと」


 トネールはそう言って悪戯っぽく笑う。ミシェルもつられて小さく笑った。


「実際はさ、変な道に入らなきゃ安全な森だったよ。ちょうどミシェルが住んでた森みたいな感じ。噂のせいで人が近づこうとしないってだけ」
「それで、どうしてトネールはこの森のことを知ったんですか?」
「情報屋と取引したんだ。凄腕の魔女を教えてほしいってお願いして、紹介されたのがここだった。半信半疑だったけど、思った以上に良い買い物だったよ」


 車窓をボンヤリと眺めながらトネールはそう話す。逸る心を抑えるため、ミシェルも同じように、そっと窓の外を眺めた。




『この国のはずれに、俺に魔操具を売ってくれた魔女が住んでるんだ』


 トネールと再会したあの日。ミシェルの耳元でそっと、トネールはそう囁いた。


『クリスと入れ替わってたあの男が言ってた魔女と、同じ人物かもしれない』


 そう聞いた瞬間、ミシェルは心臓が大きく高鳴った。


 魔操具は通常、扱うものの魔力に反応して効力を発揮する。つまり、魔力を持たない男性や一般人が扱えるものではない。

 にもかかわらず、ルカはあの事件の夜、クリスに成り代わっていた男から魔法を掛けられた。記憶を抜き取られ、本へ変えられた上、顔も身体もそっくりにコピーされたのだ。
 あとからルカに詳しい状況を尋ねてみたが、近くに魔女はいなかったらしい。


 そこからミシェルは、一つの仮説を導き出していた。
 即ち、あの男が使っていた魔操具は、造り手の魔力が内蔵されていて、その効力を魔女以外の人間でも自由に発動できる――――ということだ。


(そんなこと、本当に可能なのでしょうか)


 それは、魔女であるミシェルにとっても信じがたい話しだ。
 だからミシェルは、アランやディーナに頼んで、国外の文献を調べたり、実際に他の魔女へ話を聞いてみた。けれど、目ぼしい情報は見つからなかったのである。


 そんなタイミングで与えられたトネールからの情報は、ミシェルにとって一筋の光だった。


 ミシェルには無理でも、術者が既にこの世にいなくとも、魔操具の造り手ならば魔法の解き方がが分かるかもしれない。
 そういうわけで今、ミシェルは視察という名目で王都を旅立ち、トネールの話していた魔女の住む森へと向かっている、というわけだ。






「あの、トネールは自分で魔操具を使ってみたんですよね?」
「うん、そうだよ」


 躊躇うことなくそう答えるトネールに、ミシェルはゴクリと唾を呑む。


(きっと、とんでもなくややこしくて、面倒な発動方法に違いありません!)


 これほど調べても何の手がかりも無かったのだ。きっと造り手の魔女は、相当複雑な魔法を施して、不可能を可能にしているのだろう。


「どっ……どんな風に?」


 尋ねながら心臓がドキドキと鼓動を刻む。身を乗り出したミシェルに、トネールは小さく首を傾げて見せた。


「どんな風って……ただ単にポチッとボタンを押すだけ」
「…………ボタンをポチッと?」
「うん、ポチッと」


 思わず素っ頓狂な声で問いかけたミシェルに、トネールは笑って答える。


「たったそれだけなんですか?」
「うん。驚くほど簡単だった。でも、効果は凄かったよ。あっという間に猫になれたし、気づいたらミシェルの森に飛んでたし。あと爆発の威力を吸いこんだりとかさ」


 どうやらあの夜、ミシェルとルカが無事だったのも、魔操具のおかげらしい。ミシェルは思わず感嘆のため息を漏らした。


「前にさ、一緒に農村に行ったことあったじゃない?」
「はい」
「そこで魔操具の話をしていた時にさ、『あっ、もしかしたらこれ、普通じゃないかも』って気づいたんだよね」
「そうだったんですね」


 あの村でミシェルは、十年以上前に村を訪れたという魔女の残していった魔操具に出会った。あれは16年近く経っても残っていた魔力の欠片を頼りに、ミシェルが魔力を注ぐことで効力を発揮したのだが。


「私はあの時、魔操具というものをよく知らなかったので、そんなに違和感が無かったんです。でも、後から色々調べたら、相当珍しい技術だったみたいで驚きました」
「うん。普通、魔女が魔操具を使ったところで、その場限り。効果が持続しないって話だからね。多分あの農村で見た魔操具と、俺が使った魔操具の造り手は同じ人物で、十数年の時を経て、効果の発動すら魔女じゃなくても可能にしたんだと思う」


 ミシェルもトネールと同意見だった。コクリと頷きながらそっと胸を押さえる。
 もうすぐ森の入口へと差し掛かる頃だ。心臓が張り裂けそうに痛かった。


「トネールはその魔女に直接会ったのですか?」


 ミシェルは、ずっと気になっていたことを尋ねた。トネールはしばらく考えたのち、フルフルと首を横に振る。ミシェルは小さく肩を落とした。


「俺が会ったのは取次の子どもだけ。こっちの要望伝えたら、それを纏めて別の部屋にいる魔女に伝えに言ってくれる感じ。だから魔女がどんな人なのか分からない。けど――――」
「はい。もしも農村の魔操具を作った魔女と、トネールの言う魔女が同じ人物なら――――それはきっと、私の母……なんだと思います」


 それはトネールと再会した日からずっと、ミシェルが考えていたことだ。


 ミシェルの母親――――マリアは王室専属魔女だった。
 ミシェルの父親であり、現国王であるヘリオスの話によれば二人は、ちょうどミシェルとルカのように、共に農村へ視察へ行ったことがあったらしい。


(トムさんが言ってました……十六年前に村に来た人物も、私と、ルカ様にそっくりだったって)


 ならば、状況から考えてもそれは、ミシェルの母親と父親に間違いないだろう。


(お母さん……どんな人なんでしょう)


 ミシェルは人伝の母しか知らない。その多くは祖母から与えられたものであり、母の影響からミシェルは『心を持たぬよう』育てられた。

 人の心を変える魔法をと口にして、ミシェルを残して森を出た母親や、確かに心を喪ってしまったのかもしれない。けれど、父の話では元々母はとても感情豊かな人物だった。祖母は壊れる前の母のことを話してくれたことは無かったけれど、きっと父の語る人物像と同じなのだろうと思う。

 そして、ミシェルにとって何より大事なのは、母親が何を思って魔操具を作っていたのかだ。

 ルカは今回の件で、あの親子に地位も名誉も、存在すらも乗っ取られるところだった。クリスは未だ本に変えられたまま、元に戻ることが出来るのかもわからない。


(もしも、人を苦しめるために魔法を使っているのだとしたら――――)


 王室専属魔女として、ミシェルがすべきことは一つだ。


「そーーんな怖い顔しないの」


 トネールはミシェルの眉間に寄った皺をグリグリ伸ばしながら、ニッコリと笑った。


「他の人は分からないけど、俺はあの魔女に助けられたんだよ? だからさ、まずは話してみようよ。ね?」
「…………はい」


 ミシェルは困ったように笑いながら、段々と緑の深まっていく外の景色を眺めたのだった。
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