魔女と王都と金色の猫

鈴宮(すずみや)

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【終章】王都に戻った魔女、幸せの意味を知る

トネールの交渉

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 森の入り口から歩くこと1時間程度、ミシェルとトネールは今、森の中の小さな一軒家の前にいた。
 こじんまりとした木造建てのその家は、シンプルだが可愛らしい装いで、ミシェルは面食らってしまう。とても、あの恐ろしい魔法を発動させる魔操具を取り扱っている場所には見えなかった。


「トネール、本当にここなのですか?」
「うん、そうだよ」


 トネールはコクリと頷くと、躊躇うことなくドアをノックした。


「あぁ!」


 心の準備がまだ整っていないというのに、止める間すら与えられなかったミシェルは、バクバクと飛び出しそうな心臓を押さえ、大きく深呼吸をする。


(取次の子どもってトネールは言ってましたけど、いったいどんな子が出てくるのでしょう)


 そんなことを考えていると、ややしてドアがゆっくりと開いた。


「――――お客様でしょうか?」


 中から出てきたのは、青味がかった銀色の髪の毛に、雪のように真っ白な肌が特徴的な、小さな女の子だった。感情の伴わない声は、機械的で冷たく感じられる。


「そうそう。だから中に入れてくれる?」


 トネールはニコニコと屈託のない笑みを浮かべながら、女の子の目を覗き込む。見れば光りの伴わない青い瞳は、トネールやミシェルを映してはいないようだ。
 少女はコクリと頷きながら、二人を家の中へと誘った。
 入ってすぐに用意された商談用スペース。案内されたソファに座ると、早速少女はメモを片手に身を乗り出した。


「それで、今日はどのようなものをお求めですか?」
「えっと、それは……その」


 最初から魔女が出てくるわけではないと分かっていたのに、どうやって会うためのキッカケを作るのか。その辺の打ち合わせを全くしていなかったことをミシェルは激しく後悔する。


(この子、中々に手強そうですし)


 事情を話し、情に訴えかけて主人に会わせてもらう――――そういった方法が通用するタイプには見えない。せっかくここまで来たというのに、下手をすれば、魔女に会えることなく、すごすごと城に戻らなければならない可能性だってある。


「人の姿をそっくり真似できる魔法と、記憶を奪う魔法が欲しいんだ」


 ミシェルの苦悩もどこへやら、トネールはサラリとそう口にする。
 少女は軽く目を伏せ、しばらくの間、何事かを考えているような表情を浮かべた。三人の間に沈黙が漂う。ややして顔を上げた少女は、真っすぐにトネールを見つめた。


「……人の姿を真似する魔法は既にご用意があります。けれど、記憶を奪う魔法は、私の知る限りまだございません。主に尋ねてみませんと」
「あっ、ちょっと待った!」


 立ち上がり奥の間へと向かいかけた少女を呼び止め、トネールはニコリと微笑む。


「良かったら、君のご主人様に直接会わせてもらえないかな? 以前購入させてもらった魔法へのお礼もしたいし、これからお願いしたい魔法のイメージを詳しく伝えたいんだよね」


 王子という身分のためだろうか。トネールの発言は存外推しが強い。けれど少女は怯むことなく踵を返した。


「お礼の言葉は私から主にお伝えします。魔法のイメージも私から主に伝えれば事足ります。まずは該当するような魔操具が既にないか、主に確認してまいりますので」


 失礼しますと頭を下げて、少女は奥の間へと消えていった。


「ん~~~~~~やっぱりすんなりとは会わせてもらえないか」


 トネールは大きく伸びをしながら、声を上げた。


「っていうか、魔女に直接会いたいなんて言う客いなかっただろうし、もう少し驚くとか反応見せてくれるかなって思ってたのに、全然だったね」
「え? そういうものですか?」
「うん。だって、ここに来る人の目的は魔法を貰うことであって、魔女に会うことじゃないからね。ミシェルだってお気に入りのパン屋さんに行ってパンを買っても、職人さんに会わせてほしいとは言わなかったでしょ?」
「確かにその通りです」


 ミシェル達の目的が魔女に会うことだから、先程トネールがしたような会話になる。けれど、通常店に訪れる人は、目的のものが普通に手に入れば、生産者のことまで気を配る必要はないのだ。


「多分ね、もう一押しだと思うんだよ。人嫌いって線もあるけど、それならもう少し奥まったところに店を作るとか、店と家は別々にするとかすると思うんだよね。店番はあの子に頼めばいいわけだし。だから、多分魔女が出てこないことに大した理由はない。きっと会わせてもらえると思うんだ」
「そうですね……そうだと良いのですが」


 祖母が見た母の最後の様子のままでは、人前に出づらいことは間違いない。変な目で見られ、気味悪がられ、嫌煙されるだろうから。それで止む無く自分の代理となるものを『作った』と考える方がミシェルには自然に感じられた。


「お待たせいたしました」


 振り返ると、少女が何かを手にこちらへと戻ってくる。


「やはり人の記憶を奪う魔法は存在しないとのことでした。姿を変える魔法はこちらに。使用するにあたっては、身体に魔法を刻む必要がございますが」
「そっかそっか。なるほどねぇ。身体に魔法を刻むなんてことができるんだ」
「はい。刻むと言っても痛みはございませんし、ものの数分で終わります。その分お値段はこんな感じになりますが」


 少女は無表情のまま淡々と説明をしながらそろばんを弾いていく。提示された料金は、平民の3ヶ月分の生活費に相当する金額だった。


「全然大丈夫! 俺、やんごとなき身の上って奴だからさ!」
「お買い上げ、ありがとうございます」
「でもさ、俺の本命はこっちじゃなくて、もう片方の方なんだよね」
「――――人の記憶を奪う魔法、ですか」


 トネールは不敵な笑みを浮かべながら、そっと身を乗り出した。ミシェルもゴクリと唾を飲み、高鳴る心臓を押さえつける。荷物の中からそっとクリス――――分厚い本を取り出し、胸に抱いた。


「魔女に会わせてよ。どうせ一から作ってもらうなら、俺のイメージ通りに作ってほしいし。いちいち君を通してたらまどろっこしくて日が暮れちゃう。会えない理由もないんでしょう? だったら」
「しかし――――」
「あなた達が私に会いたいって言うお客さん?」


 その時、奥の間へ続く扉の隙間から声が聞こえた。まるで少女のような高さをした、明るい声音だった。
 ミシェルの心臓がドキドキとうるさく鳴り響く。


「初めまして。私がこの店の主です」


 やがて開かれたドアの向こうに立っていたのは、紅毛の美しい、妙齢の魔女だった。
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