【短編集】あなたのためを思って言っているのよ?

鈴宮(すずみや)

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4.あなたに拒否権はありません

1.

 カレンは静かにため息をついた。


(今回の嫌がらせは長いわね)


 いつもなら食事の時間だが、今夜――というか、ここ二日ほどカレンの分は用意されていない。妹のドーラがそうするように命じたからだ。


 カレンは妹の存在を知らないまま、八歳までの幼児期を伯爵令嬢として幸せに過ごした。けれど、母親が亡くなり、父親がすぐに新しい母親と妹を連れてきた。
 妹のドーラは父親にそっくりの少女で、年齢は自分と一つしか変わらないという。カレンはすぐに自分と母親が父親に裏切られていたことを悟った。


「お父様、あたし欲しいものがあるの」


 ドーラが来たことで、カレンの生活は一変した。
 日当たりのいい大きな部屋も、ドレスも、靴も、侍女たちもみんなドーラに奪われてしまったし、まるで召使のような生活を強いられるようになった。下働きの人間たちと同じ仕事をするよう強要され、家族とともに食事をとることも許されなかったし、食事の量もこれまでの半分以下に減らされてしまった。当然、淑女としての教育も受けることができず、外との関わりも遮断され、使用人とすら会話が許されないため、生きているのか死んでいるのか自分でもよくわからない有り様だ。


 そんな中、数日前にカレンの幼馴染が屋敷を訪れた。母親同士が友人のため、幼い頃に交流があった男性だ。
 彼はカレンの境遇を知ってひどく同情し、援助を申し出てくれた。自分がなんとかするから、と。

 けれど、それがドーラの逆鱗に触れてしまった。ドーラはカレンが不幸でなければ許せないらしい。
 そうしてカレンはこの二日間食事を抜かれている、というわけだ。


 けれど、カレンは不思議と辛いとは思わなかった。世の中にはもっと辛い人がいるのだから、と。


(どうせこの生活ももうすぐ終わるわ)


 カレンはこれから自分に待ち受ける運命を知っていた。
 父親はカレンを金持ちな老人の後妻として差し出すつもりだ。そうすれば、カレンが幸せになることはなく、ドーラが喜び、伯爵家の資産が潤う。――それでいい、とカレンは思っていた。


***


 それから数日後のこと、カレンはドレスを着て馬車に揺られていた。


「お姉様を同行させるなんて、本当に信じられないわ。お父様ったら、王命なんて無視しちゃえばいいのに」


 向かいの席でドーラがブツブツと文句を言っている。


 今夜は三年に一度開かれる王家主催の夜会だ。参加者は十六歳から十八歳までの貴族の令嬢と決まっており、他の参加者は王室関係者のみという奇妙な夜会で、今年で四回目の開催となる。


「でもまあ、お姉様がアレクシス殿下の結婚相手に選ばれることなんて絶対にありえないもの。お父様も一瞬だけ会場に入ればそれでいいって話していたし、仕方ないわよね」


 ドーラが唇を尖らせながらつぶやいた。

 この夜会は王弟のために開かれているともっぱらの噂だ。
 王弟アレクシスは二十五歳だが独身で、これまで婚約者はおろか、浮いた噂すら立ったことがなかった。王家は彼に結婚をさせるため、こうして定期的に夜会を開催し、花嫁探しに躍起になっているらしい。

 しかも、この国では夜会とは別に、十六歳になるまでに婚約を希望する令嬢は、事前にアレクシスと面会をしなければならないという謎のルールまで存在していた。


「世間知らずのお姉様は知らないでしょうけど、アレクシス様ってとんでもなく美しい男性なんですって。その上どんな女性にも冷たく接するから、難攻不落、絶対零度のアレクシスなんて呼ばれているのよ」

「そう……」

「そんな男性を射止められたら最高よね。まあ、お姉様には関係ない話だけどっ」


 ドーラはそう言ってふふっと笑う。残念ながらカレンも同意見だった。
 なにせ、カレンのドレスはドーラのお下がりでブカブカ、色や雰囲気もまったく似合っていないし、化粧も髪型も申し訳程度に整えただけである。こんな姿を見られたら伯爵家の恥――なのだが『王命に従い夜会に参加をした』という大義名分が欲しいだけなので、これで十分と判断したようだ。


(本当に、私には関係のない話だわ)

 カレンは心のなかで静かに笑った。


 城に到着するとすぐに、二人は会場へと案内された。きらびやかな会場に数十人の少女が集まっている。事前情報どおり、十六歳から十八歳の貴族の令嬢しか招待されていないらしい。


(どうしてこんなことをするのかしら?)


 アレクシスが本当に結婚をしたくないのなら、こんなふうに令嬢を集める必要はないだろう。全力で拒否をするか、お飾りの妻を得ればいいだけの話だ。
 けれど彼は、王命を下してまで年頃の令嬢全員と会うきっかけを作っている。なにか理由があってのことなのだろうが――


「カレン様」


 と、誰かがカレンを呼ぶ。
 振り返ると、ひとりの男性が静かに涙を流していた。


(綺麗な人)


 高い位置で結ばれた長い黒髪に、神秘的な光を纏う銀色の瞳、彫りの深い顔立ちに、スラリとした長身の持ち主。男神もかくや、という美しさとオーラを持つ男性だとカレンは感じた。


「あの、どうして私の名前をご存知なのですか?」


 こんな男性、一度会ったら忘れられないだろう。けれど、残念ながらカレンの記憶に彼はいない。覚えていないことに謝罪をしながら、カレンは男性に向かって頭を下げる。


「――会いたかった」

「え?」


 その瞬間、カレンは男性から思いきり抱きしめられていた。当然、周囲は騒然となり、カレン自身も驚き戸惑ってしまう。


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