【短編集】あなたのためを思って言っているのよ?

鈴宮(すずみや)

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4.あなたに拒否権はありません

2.

「あ、あの?」

「アレクシスです」

「え? アレクシスって……王弟殿下ですか?」


 アレクシスがコクリとうなずく。だとしたら、絶対に初対面だ。こんなふうに抱きしめられるような関係ではない。けれど、オロオロするカレンの耳元でアレクシスが「会いたかった」と何度も何度もささやいている。


「アレクシス殿下、もしかして見つかったのですか?」


 と、誰かが声をかけてきた。アレクシスは顔を上げないまま、何度もうなずく。その瞬間、ワッと小さな歓声が上がった。


「よかった……もうダメかと思った」

「まさか本当に見つかるとは」


 それらはすべて男性の声だったので王室関係者の声だとカレンは察する。


(一体なにが……)

「殿下から離れなさい、カレン」


 すると、ドーラがカレンに声をかけてきた。
 アレクシスはカレンを自分の腕に囲いつつ、ドーラへと向き合う。


「君は?」

「お初にお目にかかります、アレクシス殿下。わたくしはそちらの女性、カレンの妹のドーラと申します」

「なるほど、おまえが」


 アレクシスはそう言って静かにドーラを睨みつけた。その途端、会場にビリビリと緊張感が漂い、令嬢たちが恐怖で身をすくませる。初対面だというのに明確な敵意を向けられたドーラはというと、戸惑いつつもアレクシスににじり寄った。


「殿下はどうしてカレンをご存知なのでしょう? こういってはなんなのですが、姉は大層な引きこもりで、我が家の人間以外との接触が殆どありませんでした。大変恐れながら申し上げますと、人違いだと思いますの」


 ドーラはそう言って、そっとカレンの腕に触れ、自分のほうに引き寄せようとする。が、アレクシスはドーラを突き飛ばすと、ゆっくりと大きく息をついた。


「そんなこと、おまえには関係がないだろう」

「え? だって、その……」

「カレン様を虐げてきたのはおまえだな?」


 アレクシスはドーラの顎をグイッと掴み、氷のような瞳で見下ろす。


「そ、んな……虐げただなんて」

「カレン様は細すぎる。肌や髪の状況から鑑みても、きちんと食事ができていないのは明らかだ。それに、良家の子女だと言うのにまともなドレスも与えられていない。おまえのドレスは贅を尽くしたものだというのにおかしな話だ」

「それは、その……」


 ドーラの目が泳ぐ。アレクシスは手にギリリと力を込めた。


「許さない。よくもカレン様をそんな目に合わせたな」


 アレクシスの激しい怒りに、その場にいた人間が全員震え上がる。カレンはというと、アレクシスを見つめながら戸惑いを深めていた。


(一体どうしてアレクシス殿下はこんなに怒っているの?)


 確かにカレンは家族から虐げられているかもしれない。けれど、初めて会った女性のために、こんなにも激怒する男性はそういないだろう。というより、これ以上はドーラが可哀想だ。


「殿下、私は大丈夫ですから、もう……」

「大丈夫じゃありません!」


 アレクシスはそう言うと、立ち上がってカレンをギュッと抱きしめた。


「あなたはまったく……そうやっていつも自分を犠牲にしようとする。私がそれを、どれほど悔しく思っていたか」

「ええ? えっと、あの――」


 カレンが首を傾げる。幼少期から今までの記憶を必死で手繰り寄せてみたものの、やっぱりアレクシスと会った覚えはない。屋敷の使用人や客人たちに似たような男性がいなかったか考えてみても、絶対に違うと言いきれた。


「申し訳ございません。先程申し上げたとおり、私と殿下はこれが初対面だと思うのです」


 カレンの言葉にアレクシスがピタリと止まる。彼は瞳を潤ませつつ「いいんです」と言ったかと思うと、カレンを強く抱きしめ直した。


「覚えてなくても構いません。けれど私は、ずっとあなたに会いたかった。どうしても、カレン様の願いを叶えたかったんです。そのために生まれてきたんです」

「私の願い?」


 願い事なんて一度もしたことがないと首を傾げるカレンに小さく笑ったあと、アレクシスは真剣な表情を浮かべた。


「今の私には力がある。あなたが望まずとも――たとえあなたに「やめろ」と命令をされようとも、あなたを救うことができます。私はもう、あなたの命令には従いません。思うがまま行動させていただきます」


 アレクシスはそう言って、床にしゃがみこんだままのドーラのもとへと向かう。ドーラは「ヒッ」と声を上げながら後ずさった。


「カレン様に辛い思いをさせた報いは必ず受けてもらう。おまえも、おまえの両親も無事では済まない。覚悟しておくといい」

「あっ……あぁ……」


 ドーラが恐怖で泣き崩れると同時に、アレクシスがニコリと笑う。カレンはどう反応したらいいのかわからないまま、その場に立ち尽くした。



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