【短編集】あなたのためを思って言っているのよ?

鈴宮(すずみや)

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4.あなたに拒否権はありません

3.

***


 夜会の後、カレンはアレクシスから半ば強引に城内へと連れて行かれた。


「あの、ここは?」

「カレン様のお部屋です。ずっと前からあなたに会える日を夢見て準備をしておりました」


 アレクシスはそう言ってニコニコと笑う。
 案内されたのはとても広く、丁寧に手入れをされた部屋だった。上品で落ち着いた色合いの調度類に、ふかふかのソファとベッド。壁面には鏡台や本で埋め尽くされた棚が揃っており、すでに住人がいるとしか思えないほどに充実している。


「素敵……だけど」

「ダメです」


 まだなにも言っていないのに、アレクシスはカレンの主張を封殺する。それからカレンを抱きしめた。


「あなたは私と結婚をしてここで暮らすんです。ひたすら幸せに、毎日笑って生きるんです」


 カレンの手のひらに口付けながら、アレクシスが懇願する。カレンは思わずドキッとした。


「あの、そろそろ教えてくださいませんか? どうして私のことを知っているんです? どうして私に親切にしてくださるんですか?」


 カレンが尋ねると、アレクシスがゆっくりと深呼吸をする。それから彼は徐ろに口を開いた。


◆◇◆

 アレクシスには前世の記憶がある。今より数百年前に生きた記憶だ。
 当時、国々は領土を巡って激しく争っており、アレクシスが生まれた国も不安定な情勢の中にあった。
 そんな中、安寧を求めて隣国と同盟を結ぶことになり、両国の関係を深めるために末姫が隣国へ向かうことになった。


「これが前世のカレン様です」

「私が王女?」


 カレンが尋ねると、アレクシスが大きくうなずいた。


「両国の関係を深めるため、というのは建前です。カレン様はただの人質でした」


 でしょうね、とカレンは思う。アレクシスは苦しそうに表情を歪めた。


「隣国がカレン様に用意したのは塔の中にあるとても小さな一室でした。日が当たらない落ち窪んだ部屋で、侍女もおらず、満足に食事もとれず、ドレスも――祖国が贈ってきたものはすべて取り上げられ、カレン様は非常に寂しい生活を送っていました」


 当時を思い出しているのだろう。アレクシスは薄っすらと涙ぐんだ。


「けれど、あなたはそんな境遇に泣き言一つ言わず、すべてを淡々と受け入れていらっしゃいました。たった一人で。――この同盟がいつか破棄されるとわかっていたのに」


 アレクシスはカレンの手をギュッと握る。カレンは胸が苦しくなった。


「あの、アレクシス殿下は?」

「私はカレン様のお父様が密かに付けた影でした。有事の際に動けるように、側でじっと見守ることが私の仕事です。けれど、私はどうしてもカレン様が見ていられなくて……何度もここから逃げましょうと伝えました。食事も、ドレスも、あなたに必要なものは何でも用意をしました。けれど、カレン様は私の提案にうなずくことも、受け取ることもしてくれませんでした。それどころか『自分に構うな』と命令をなさったんです」


 アレクシスが声を震わせる。カレンは「そう……」とつぶやいた。


「――そんなカレン様が、最後に一つだけ私に願い事をしてくださいました」


 アレクシスが静かに目をつぶる。彼は大きく深呼吸をした。


『姫様、同盟は破棄されました! 塔にも火が放たれ、すぐにこの部屋にも火の手が回るでしょう』

『そう……』

『今ならまだ間に合います。私と一緒に逃げましょう』

『ダメよ』


 カレンの父親である国王はカレンを見捨てることを選んだ。間違いなくカレンが殺されるとわかっていて、それでも同盟を破棄した。だから、自分は助かろうとは思わない――前世のカレンは頑なにアレクシスの手を拒んだ。


『あなたは逃げて』

『嫌です』

『逃げなさい。これは命令よ』

『私はあなたの命令には従いません』


 アレクシスもまた、頑固だった。カレンがどれだけ命令しても絶対にその場を動こうとしなかった。カレンは泣いた。それでも、逃げないという自分の決断を変えようとはしなかった。


『アレクシスにお願いがあるの。……聞いてくれる?』

『内容によります』


 一人で逃げろと言われても聞く気はない――そんなアレクシスの主張に、カレンはこんな時だというのに笑ってしまう。


『違うわ。私のお願い事はもっと利己的で、愚かなものなの』

『一体どんな願い事なんですか? 食事も、ドレスも、なにも受け取ってくださらなかったあなただというのに』


 アレクシスが不服そうに唇を尖らせる。カレンは微笑むと、アレクシスの手をそっと握った。


『――もしも生まれ変わったら、私をあなたのお嫁さんにしてほしいの』


 その瞬間、アレクシスは静かに目を見開く。カレンは涙を流しながら笑顔を浮かべた。


『私、あなたのことが好きだったの。知らなかったでしょう?』


 アレクシスは信じられない気持ちのまま、カレンのことを抱きしめる。カレンはそっと目を細めた。


「本当はね、ずっとずっとあなたの手を取りたかったの。あなたが差し出してくれる優しさを、想いを、全部受け取って抱きしめたかった。けれど、今世の私にはそれが許されなかったから』

『叶えます』


 アレクシスが言う。カレンはうなずきながら、ゆっくりと目をつぶった。


『待っていてください。私は絶対、なにがあってもカレン様を見つけ出します』

『ええ』

『約束ですよ。今度会えたら、あなたがどれだけ拒否しようと、私はもう止まりません』

『いいわよ』


 クスクス、とカレンが笑う。二人は抱きしめあったまま、燃え盛る炎の中に消えていった。


◆◇◆


「そ、れは、その……」


 作り話じゃないのですか?という言葉を必死で飲み込み、カレンはアレクシスを見つめる。アレクシスはニコリと微笑んだ。


「信じられないという気持ちはわかります。これまでこの話を聞いた全員が『嘘だろう』という表情を浮かべました」


 アレクシスは王弟なので、表立ってなにかを言える人間はほとんどいないのだろう。カレンは両手でそっと口元を隠した。


「けれど、私にとってはとても大切で譲れない記憶――約束なんです。誰にどう思われても構いませんでした」


 アレクシスはそう言いながら、カレンの頭をそっと撫でる。カレンは思わずドキッとした。


「物心がつくと同時に前世の記憶を思い出し、自分が王子に生まれたと気づいたときは、本当に嬉しく思いました。ありとあらゆる方法で、思う存分カレン様を探すことができますし、なにがあっても守ることができますから」


 カレンはアレクシスの熱視線を感じつつ、うつむいたまま虚空を見つめる。


「だから殿下は、これまで誰とも結婚をしなかったんですか?」

「そうですよ。私にはカレン様以外の女性は考えられませんから」


 アレクシスは微笑みながらカレンを抱きしめる。カレンの心臓が高鳴った。


「あなたに会いたくて、夜会を開く以外にも、色んな方法を試したんですよ? 国内の領地はすべて自分の足で回りました。孤児院や貧民街も、ありとあらゆる場所を。もしかしたらカレン様がいるんじゃないかと思って」

「そう……」


 もしもアレクシスが王命による絶対参加の夜会を開いていなかったら、ドーラに幽閉されたカレンとは絶対に会えなかっただろう。アレクシスが婚約前の令嬢に面会を要求していた理由も、万が一カレンが別の人間と結婚してしまうのを防ぐためだったのだ。


「そういうわけですから、カレン様に拒否権はございません。あなたには私と結婚していただきます」


 アレクシスがカレンの左手薬指に口付ける。カレンはなにも言うことができなかった。


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