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5.溺愛する契約妻との離婚を回避するため、口下手侯爵が記憶喪失のフリをしたところ
4.(END)
***
あっという間に契約の履行期限――リーマスの誕生日が来てしまった。
その日は僕もメリルも朝から準備に奔走し、ようやく会えたのは夕方のこと。夜会の準備が整った後のことだった。
「ウォルター様」
プラチナシルバーのドレスに身を包んだメリルが、笑顔で僕のことを出迎えてくれる。
「メリル、綺麗だ」
本当に、涙が出そうなほど美しい。
メリルはクスクス笑いながら「ありがとうございます」と返事をした。
「新しいドレスや宝飾品をありがとうございます。どれもとても素敵で、すごく気に入ってしまいました」
「それはよかった」
メリルに僕を覚えていてほしい――そんな気持ちを込めて、僕は今夜のドレスを選んだ。僕の髪と同じ色のドレスに、瞳の色の宝石。そんなものにはなんの意味もないかもしれないけれど、それでも。
「ウォルター様、わたくしたちは二人でたくさんの夜会に出席したんですよ。ウォルター様は夜会が大好きで」
(違うよ)
僕が好きなのは夜会じゃない。メリルだ。
夫婦として夜会に出席すれば、思う存分着飾ったメリルを堪能できる。ずっとメリルの隣りにいられる。ダンスを踊れば、メリルに触れること、見つめ合うことができる。周囲に『夫婦』だと見てもらえる。
だから僕はできるだけ夜会に出席してきた。ただただ、メリルと一緒にいたかったから。それが僕の願いだったからだ。
「行こうか」
「はい」
いつものように、メリルが僕の腕を取る。泣き出しそうになるのを必死でこらえながら、僕は夜会会場へと向かった。
会場はお祝いムードに包まれており、たくさんの人々がリーマスの元に集まっていた。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます、フィッツロイ侯爵」
飛び交う祝福の言葉。笑顔を浮かべるリーマスのことを、メリルが微笑みながら見つめている。
(リーマスはもう、メリルに想いを伝えたのだろうか?)
考えながら、胸がチクチクと痛む。
僕だって記憶を失ったと嘘を吐いたあの日から、ずいぶんと自分の気持ちをメリルに伝えられるようになった。
かわいい。
綺麗だ。
嬉しい。
楽しい。
幸せだ。
けれど、本当に言うべきことはずっと、胸の奥にしまい込んだまま。言葉にできないままでいる。
(メリル、君を愛している)
どうしようもないほど、君が愛しい。
そう伝えられたなら、どれだけよかっただろう?
ずっと側にいたいと――いてほしいと、そんなシンプルで短い言葉を、僕は口にすることができない。
もどかしくて、情けない。
けれど、これが僕という人間だ。
『記憶を失った』と嘘を吐いて、少しだけ変われた気がしていたけれど、根本的な部分については微動だにしていない。周囲の人間は騙せても、自分自身を騙すことはできない。
招待客と挨拶を交わしながら、僕は必死で自分の気持ちに嘘を吐いた。
苦しくない、辛くない、すべてはメリルのためだ。彼女が幸せになれるなら――
「ウォルター様、踊りませんか?」
と、メリルが僕に声をかけてきた。
これが最後になるかもしれない。もう少しメリルと一緒にいられる時間を引き伸ばしたい――そう思いながらも「そうだね」と僕はこたえる。
僕たちはダンスホールの隅へと移動をした。
手を取り合い、見つめ合い、音楽が鳴りはじめるときを待つ。いつもならば無言の――けれど、とてつもなく幸せなひととき。だが、今夜はメリルがおもむろに口を開いた。
「先ほど『ウォルター様は夜会が大好きだ』ってお伝えしましたけど……本当は違うんです」
「え?」
どういうことだろう? 僕はまじまじとメリルを見つめる。
「わたくしなんです。わたくしのほうがずっと、夜会が大好きだったんです」
メリルはそう言って僕を見上げると、今にも泣き出しそうな顔で笑った。
「だって、夜会の日は、思う存分ウォルター様のことをひとりじめできるから。ずっと見つめ合うことができるから。手を握ってもらえて、抱き寄せてもらうことができるから。だから、いつもすごく嬉しくて……特別だったんです」
「メリル……」
夢だろうか? メリルがそんなことを考えてくれていただなんて、にわかには信じられない。
メリルは意を決したような表情を浮かべると、ぎゅっと僕を抱きしめた。
「だからわたくしは、今日が最後だなんて嫌です。絶対、嫌です。だって、ウォルター様もわたくしのことを愛してくださっているでしょう?」
メリルが顔を埋めたあたりが、じわりと温かくなっていく。僕の瞳にも涙が滲んだ。
「ウォルター様はずっと、行動でわたくしへの愛情を示してくださっていましたもの。いつだってわたくしのことをたくさん考えて、心からの贈り物をしてくださいました。ずっとずっと、わたくしのことを忘れてしまったと嘘を吐かれるもっと前から、愛されていると感じていましたもの。今更『違う』と言われても困ります」
「……! どうして嘘だと……」
驚きのあまり、僕は思わず『嘘』を肯定してしまう。メリルは少しだけ笑いながら顔を上げると、僕のことをじっと見つめた。
「デートのあと、部屋の前で『おやすみ』と挨拶を交わしたでしょう? あのときに確信したんです。だって、普段わたくしたちが夜をどう過ごしているか、一切お尋ねにならなかったんですもの。もちろん、その前から『嘘』だろうって思っておりましたけど」
「メリル……」
「わたくしは――ウォルター様のお部屋に入ってみたかったのに」
泣きぬれた瞳に赤く染まった頬で、そんなことを言われた日にはたまらない。
「メリル、それは反則だろう……!」
今すぐ夜会会場から抜け出したくなってしまう。心のなかで苦悶の叫びをあげる僕をよそに、メリルは意地悪く微笑んだ。
「反則上等です。これから先もウォルター様と一緒にいるためなら、なんだってします」
これから先も一緒にいたい――そう思っているのは僕だけじゃなかった。そのことがあまりにも嬉しい。けれど――
「メリル、僕は今日を境に地位も名誉も財産も失ってしまうし、君を縛り付ける契約だってなくなってしまう。おまけにとんでもない口下手で、君への想いを半分も伝えきれないようなどうしようもない愚か者だ。……それでも、僕と一緒にいたいと思ってくれる?」
本当に、僕でいいのだろうか? 後悔はしないだろうか?
不安と期待を胸にそう尋ねれば、メリルは満面の笑みを浮かべた。
「もちろん! わたくしはそんなウォルター様が大好きなんです」
一番伝えたかった言葉が――五年間温めてきた想いが溢れ出す。嘘を吐いてもなお、言葉にできなかった大事な大事な想い。僕はメリルの額にそっと口付ける。
「メリル、僕は君を愛している」
あっという間に契約の履行期限――リーマスの誕生日が来てしまった。
その日は僕もメリルも朝から準備に奔走し、ようやく会えたのは夕方のこと。夜会の準備が整った後のことだった。
「ウォルター様」
プラチナシルバーのドレスに身を包んだメリルが、笑顔で僕のことを出迎えてくれる。
「メリル、綺麗だ」
本当に、涙が出そうなほど美しい。
メリルはクスクス笑いながら「ありがとうございます」と返事をした。
「新しいドレスや宝飾品をありがとうございます。どれもとても素敵で、すごく気に入ってしまいました」
「それはよかった」
メリルに僕を覚えていてほしい――そんな気持ちを込めて、僕は今夜のドレスを選んだ。僕の髪と同じ色のドレスに、瞳の色の宝石。そんなものにはなんの意味もないかもしれないけれど、それでも。
「ウォルター様、わたくしたちは二人でたくさんの夜会に出席したんですよ。ウォルター様は夜会が大好きで」
(違うよ)
僕が好きなのは夜会じゃない。メリルだ。
夫婦として夜会に出席すれば、思う存分着飾ったメリルを堪能できる。ずっとメリルの隣りにいられる。ダンスを踊れば、メリルに触れること、見つめ合うことができる。周囲に『夫婦』だと見てもらえる。
だから僕はできるだけ夜会に出席してきた。ただただ、メリルと一緒にいたかったから。それが僕の願いだったからだ。
「行こうか」
「はい」
いつものように、メリルが僕の腕を取る。泣き出しそうになるのを必死でこらえながら、僕は夜会会場へと向かった。
会場はお祝いムードに包まれており、たくさんの人々がリーマスの元に集まっていた。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます、フィッツロイ侯爵」
飛び交う祝福の言葉。笑顔を浮かべるリーマスのことを、メリルが微笑みながら見つめている。
(リーマスはもう、メリルに想いを伝えたのだろうか?)
考えながら、胸がチクチクと痛む。
僕だって記憶を失ったと嘘を吐いたあの日から、ずいぶんと自分の気持ちをメリルに伝えられるようになった。
かわいい。
綺麗だ。
嬉しい。
楽しい。
幸せだ。
けれど、本当に言うべきことはずっと、胸の奥にしまい込んだまま。言葉にできないままでいる。
(メリル、君を愛している)
どうしようもないほど、君が愛しい。
そう伝えられたなら、どれだけよかっただろう?
ずっと側にいたいと――いてほしいと、そんなシンプルで短い言葉を、僕は口にすることができない。
もどかしくて、情けない。
けれど、これが僕という人間だ。
『記憶を失った』と嘘を吐いて、少しだけ変われた気がしていたけれど、根本的な部分については微動だにしていない。周囲の人間は騙せても、自分自身を騙すことはできない。
招待客と挨拶を交わしながら、僕は必死で自分の気持ちに嘘を吐いた。
苦しくない、辛くない、すべてはメリルのためだ。彼女が幸せになれるなら――
「ウォルター様、踊りませんか?」
と、メリルが僕に声をかけてきた。
これが最後になるかもしれない。もう少しメリルと一緒にいられる時間を引き伸ばしたい――そう思いながらも「そうだね」と僕はこたえる。
僕たちはダンスホールの隅へと移動をした。
手を取り合い、見つめ合い、音楽が鳴りはじめるときを待つ。いつもならば無言の――けれど、とてつもなく幸せなひととき。だが、今夜はメリルがおもむろに口を開いた。
「先ほど『ウォルター様は夜会が大好きだ』ってお伝えしましたけど……本当は違うんです」
「え?」
どういうことだろう? 僕はまじまじとメリルを見つめる。
「わたくしなんです。わたくしのほうがずっと、夜会が大好きだったんです」
メリルはそう言って僕を見上げると、今にも泣き出しそうな顔で笑った。
「だって、夜会の日は、思う存分ウォルター様のことをひとりじめできるから。ずっと見つめ合うことができるから。手を握ってもらえて、抱き寄せてもらうことができるから。だから、いつもすごく嬉しくて……特別だったんです」
「メリル……」
夢だろうか? メリルがそんなことを考えてくれていただなんて、にわかには信じられない。
メリルは意を決したような表情を浮かべると、ぎゅっと僕を抱きしめた。
「だからわたくしは、今日が最後だなんて嫌です。絶対、嫌です。だって、ウォルター様もわたくしのことを愛してくださっているでしょう?」
メリルが顔を埋めたあたりが、じわりと温かくなっていく。僕の瞳にも涙が滲んだ。
「ウォルター様はずっと、行動でわたくしへの愛情を示してくださっていましたもの。いつだってわたくしのことをたくさん考えて、心からの贈り物をしてくださいました。ずっとずっと、わたくしのことを忘れてしまったと嘘を吐かれるもっと前から、愛されていると感じていましたもの。今更『違う』と言われても困ります」
「……! どうして嘘だと……」
驚きのあまり、僕は思わず『嘘』を肯定してしまう。メリルは少しだけ笑いながら顔を上げると、僕のことをじっと見つめた。
「デートのあと、部屋の前で『おやすみ』と挨拶を交わしたでしょう? あのときに確信したんです。だって、普段わたくしたちが夜をどう過ごしているか、一切お尋ねにならなかったんですもの。もちろん、その前から『嘘』だろうって思っておりましたけど」
「メリル……」
「わたくしは――ウォルター様のお部屋に入ってみたかったのに」
泣きぬれた瞳に赤く染まった頬で、そんなことを言われた日にはたまらない。
「メリル、それは反則だろう……!」
今すぐ夜会会場から抜け出したくなってしまう。心のなかで苦悶の叫びをあげる僕をよそに、メリルは意地悪く微笑んだ。
「反則上等です。これから先もウォルター様と一緒にいるためなら、なんだってします」
これから先も一緒にいたい――そう思っているのは僕だけじゃなかった。そのことがあまりにも嬉しい。けれど――
「メリル、僕は今日を境に地位も名誉も財産も失ってしまうし、君を縛り付ける契約だってなくなってしまう。おまけにとんでもない口下手で、君への想いを半分も伝えきれないようなどうしようもない愚か者だ。……それでも、僕と一緒にいたいと思ってくれる?」
本当に、僕でいいのだろうか? 後悔はしないだろうか?
不安と期待を胸にそう尋ねれば、メリルは満面の笑みを浮かべた。
「もちろん! わたくしはそんなウォルター様が大好きなんです」
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