断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)

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1.なるほど――――覚えておこう

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 その日、公爵令嬢モニカ・ロべーヌは胸を躍らせていた。


(お城の中ってこんな風になっているのね……!)


 外観はよく見知っているが、こうして中に入るのははじめてのこと。宰相である父親の後に続き、彼女は静かに息を呑む。


「美しい城だろう? 数百年も前から建っているだなんて、信じられないほどに」

「ええ! 本当に素晴らしいです。ようやく念願が叶いました」


 嬉しそうなモニカの様子。宰相は思わず苦笑を漏らす。


「お前を城に連れてくるのは、王室主催の夜会の夜が最初になるだろうと踏んでいたのだがな。まさか、私の仕事の手伝いをさせることになるとは……」

「わたくしは夜会に出るより、国政に携わりたいのです。お父様の子供ですもの。自分にもなにか出来ることを、と思うのは当然でしょう?」


 モニカは女官志望だ。宰相である父親の背中を見て育ったため、自然と同じ志を抱くようになった。
 もちろん、男性と同じ仕事を任せてもらえるわけではないが、逆に言えば、女性にしかできない仕事も存在する。モニカの瞳は希望に満ちていた。


「今更止めはせんよ。だが、本当に良いのかい? 婚期を逃してしまうかも知れないのに」

「それこそ今更ですわ。周りの令嬢には既に婚約者がいらっしゃいますもの」


 モニカは十七歳。同年代の令嬢の殆どが婚約を結んでいる年齢である。


「――――父親として、娘の夢を壊すわけにはいかんからな。無理に婚約を結ばせようとは思わんよ。
だが、それはさておき、私はモニカに幸せになって欲しいと願っている」


 もちろん、宰相の娘であるモニカに縁談が来なかったわけではない。けれど、モニカの夢のためにと、これまで婚約を断ってきたのである。


「ありがとうございます、お父様。わたくしのわがままを聞いてくださったこと、心から感謝しております。
今日から数カ月間、精一杯勤めさせていただきます」


 女官として働けるのは十八歳から。
 それまでの間、モニカは父親の小間使いとして城で働くことを許されたのである。


「……! モニカ、こちらに移動しなさい」


 宰相が言う。モニカが視線を上げれば、誰かがこちらに向かってくるのが見えた。宰相且つ公爵である父親が道を譲るということは、目上の者――――王族なのだろう。
 モニカは急いで宰相の後に続き、ゆっくりと静かに頭を下げる。


「おはよう、ロべーヌ」

「おはようございます、エルネスト殿下」


 頭上で挨拶が交わされる。
 相手はこの国の王太子であるエルネストらしい。


(王族って、もっと近寄りがたい存在だと思っていたけど)


 明るく気さくな雰囲気。顔は見えないが、モニカはすぐに好印象を抱く。
 父親の小間使いであるモニカがエルネストと接する機会は殆ど無いだろうが。


「ところで、お前が女性を連れているなんて、はじめてじゃないか? こんなところで浮気など、愛妻家の名が泣くぞ?」


 けれどその時、エルネストがモニカの存在に言及した。揶揄するような声音。モニカは思わずドキリとする。


「ハハ、そんなまさか。こちらは私の娘でございます。
さあ、モニカ。ご挨拶を」


 父親に促され、モニカは恐る恐る顔を上げる。
 その途端、彼女は静かに息を呑んだ。


(綺麗な人……)


 眩い金の髪に、宝石のように美しい紫色の瞳。彫刻のように整った顔立ちに、引き締まった体躯。それから彼の柔らかな笑みに、モニカは一瞬で魅了されてしまう。エルネストはまさに乙女の理想を具現化した男性だった。


(いけない)


 いくら美しくとも、王族をまじまじと見つめるなんて失礼だ。
 モニカは気を取り直し、深く膝を折って頭を下げる。


「はじめまして。モニカ・ロべーヌと申します」

「――――モニカというのか」


 どのぐらい経っただろう。エルネストから声を掛けられ、モニカは静かに顔を上げる。
 けれど、次の瞬間、それまで柔和だった彼の表情が一転。酷く冷ややかなものへと変わっていた。
 

(え? ど、どうしましょう? わたくし、殿下の気分を害してしまった……⁉)


 先程まじまじと見つめてしまったことが原因だろうか。それとも、挨拶の仕方が悪かったのだろうか。
 モニカは声には出さぬまま、密かにパニックに陥る。


「娘は女官志望でして。十八歳になるまでもう少し時間がございますので、今日から私の小間使いとして、こちらで仕事をさせることになっております」


 宰相はエルネストの表情をうかがいつつも、モニカがどうしてここに居るのかを説明する。


「女官志望……」


 エルネストはそう言ってモニカを見つめる。モニカの心臓が早鐘を打った。

 ほんのりと寄せられた眉間のシワ。険しい表情。彼がモニカを快く思っていないことはあまりにも明白で。けれど、視線を逸らすわけにもいかない。今度こそ不敬で罰せられてしまうかも知れない。


「なるほど――――覚えておこう」


 そう言ってエルネストは踵を返す。
 彼の後ろ姿を見送りながら、モニカは静かに安堵のため息を吐いた。
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