好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。

鈴宮(すずみや)

文字の大きさ
3 / 36
【1章】男爵令嬢メリンダの場合

3.メリンダと素敵な想像

しおりを挟む
(どうしよう……)


 布団を引っ被り、メリンダは一人、悶々としていた。

 あの後、どうやってステファンと別れたのか、どうやって寮まで帰ってきたのか、メリンダはまったく覚えていない。完全にパニック状態だった。


 妄想の中でしか起こり得ないことが起きてしまった。いや、本当は夢だったのかもしれない――――そう思いたくなるほどのことが立て続けに起こった。


 ずっと恋い焦がれていたステファンの視界に入った。彼に声をかけられた。
 彼はメリンダの名前を知ってくれていた。呼んでくれた。
 彼はメリンダを想っていると口にした。メリンダにも同じ気持ちを求めた。
 挙句の果てに、ステファンはメリンダに口づけたのだ。
 
 とてもじゃないが、メリンダには未だに信じられない。寧ろ、嘘だと言ってほしかった。
 胸がモヤモヤとしてしまい、スッキリとしない。心の整理が全くできなかった。


「メリンダ、大丈夫? さっきからうなされてるみたいだけど……」


 そのとき、反対側のベッドから躊躇いがちに声をかけられた。ルームメイトで同僚のサルビアだ。
 メリンダよりも身分の高い伯爵令嬢だが、気さくで優しく頼れる姉御肌である。


「サルビア……ごめんなさい、起こしちゃったのね」

「良いけど。どうしたの? 悩みがあるなら聞くわよ?」

「え? そ、れは……」


 ステファンのことを誰かに相談したい――――けれど、正直に話すことも躊躇われる。
 相手はなんと言ってもこの国の王太子で、下手をすれば首が飛びかねない相手だ。サルビアを巻き込むのは忍びない。

 第一、言ったところで信じては貰えないだろう。ステファンは公爵令嬢との婚約が決まったばかり。こんなタイミングで別の女性にうつつを抜かすだなんてありえない。メリンダ自身、未だに現実を受け止められないというのに。


「ねえ、もしも――――もしもよ? ステファン殿下にいきなりキスされたら、サルビアならどうする?」

「え? ステファン殿下に? ふふっ……それってとても素敵な想像ね」


 メリンダが尋ねた瞬間、サルビアは楽しそうに笑い声を上げた。あまりにも荒唐無稽な夢物語だと受け取ったのだろう。笑ってくれてよかったと、メリンダは心の底から安心する。


「そうねぇ。私がもしステファン殿下にキスをされたら――――浮かれちゃうでしょうねぇ。殿下に見初められた! って周りに自慢したくなるかも。
それから、殿下の気持ちを確かめて――――『僕の妃になってくれ!』なんて言われちゃったりして! 『僕はリズベットじゃなく、君が良いんだ』なんて言われたら最高よね」

「え? そ……そうかな」


 完全に夢見る乙女の表情になったサルビアは、次から次に妄想を膨らませていく。彼女はキラキラと瞳を輝かせ、メリンダの手をギュッと握った。


「それでそれで、もしも殿下にプロポーズされたら、今の婚約者との婚約を破棄しなきゃいけないでしょう? きっと揉めるでしょうねぇ……両親や彼がどんな反応をするか想像するとドキドキしちゃう。
それからステファン様側の婚約者問題もあるわよね。私とリズベット様と、どっちを取るのか。どっちも取るとして、どちらが側妃扱いなのか――――まあ、身分を考えたら十中八九私のほうだろうけど! そういうことをハッキリさせなくちゃならないし。
あとは妃教育が大変そうだなぁって心配をするかしら? ものすごく厳しいって噂だもの。
まあでも『困った、どうしよう』って言いながら、本当はとても楽しいし嬉しい――――そんな感じだと思うわ」


 破滅への道のりを朧気に思い描いていたメリンダとは異なり、サルビアの想像はとことん前向きだった。伯爵令嬢と男爵令嬢の違いもあるのだろうが、根本的な考え方が違うようだ。メリンダは感心しつつ、サルビアの方を見つめる。


「な……なるほど。よく分かったわ、ありがとう。
だけど、今の婚約者は捨てる前提なの?」

「そりゃあ王族と貴族を天秤にかけたら、基本は王族を取らなきゃって思うでしょう? 下手すりゃ一族まとめて憂き目に合わされる可能性だってあるし、本気で乞われて断れるような相手じゃないしね。
でもそれは、あくまで妄想だからそう思うだけで、そもそもそういう事態に陥らないようにするかな。これでも婚約者のことを大切に想っているからね。家族のことも困らせたくないし」


 サルビアの話は夢物語のようであり、とても現実的だった。彼女の話を聞きながら、メリンダは段々と地に足が付いたようにな心地がしてくる。


 これまでメリンダが思い描いてきたステファンとの関係は、ただ互いを想い、想われ、愛を囁き合うという程度だった。その先のことなど、ちっとも考えたことがなかったことにはじめて気づく。


(わたしとサルビアのおかれた状況は違う。そもそもわたしはしがない男爵令嬢で、ステファン殿下の手を取れるような立場にはない。サルビアみたいに殿下との未来を想像することだって全くできない)


 つまり今、『どうしよう』を考えたところで意味はなく『どうすることもできない』状態というのが正しい。


「ありがとう、サルビア。なんだか眠れる気がしてきた」

「あらそう? 良かった。お役に立てたなら光栄だわ」


 サルビアはニコリと笑うと、しっかりと布団を被り直す。メリンダはそんなサルビアの様子を見つめつつ、ゆっくりと深呼吸をし、それから静かに目を瞑った。


『メリンダ』


 頭の中でステファンの声が優しく響く。唇にしっとりとした温もりが押し当てられ、頬を愛しげに撫でられ、抱きしめられたときの驚きと幸福感がありありと蘇ってくる。


(――――ああ、なんて幸福な夢なの)


 ステファンはメリンダの願望を叶えてくれた。
 たった一度だけ。もう二度と同じことは起こらないだろう。

 だとしたら、今後どうしたら良いかを考えるのは不毛な努力だ。そんなことに気力を使うぐらいなら、この幸せな経験を覚えておくことに全力を注いだほうがよほど良い。


(それにしても、ステファン様はどうしてあんなことをなさったんだろう?)


 彼は『メリンダを想っている』と言っていた。その気持がどこまで本当なのか、メリンダには知る由もない。

 ただ、あのとき、あの瞬間のステファンは、メリンダだけのものだった―――――メリンダはそんなふうに思いたかった。

 彼に心から愛されていたのだと想像し、この記憶を甘いだけのもので終わらせたかった。


(――――わたしも、ステファン殿下のことが好きです)


 昼間、言えずに飲み込んだ言葉を心のなかで呟いて、メリンダはそっと涙を流す。

 もしも素直にそう言えたなら、一体どんな未来が待っていただろう――――いつもならば幸せな妄想のはずなのに、今夜はそうは思えない。
 自嘲気味に笑いつつ、メリンダはようやく眠りについた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

処理中です...