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【3章】伯爵家侍女メアリーの場合
4.侍女たちの最重要課題
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あっという間に4年が経ち、二人は共に12歳になった。
これまでずっとメアリーのほうが身長が高かったというのに、気づけばジェラルドに追い抜かれてしまっている。
武術を学んでいる影響だろうか? 丸っこかった頬がシュッと引き締まり、体の至るところに筋肉が付いていて、なんだかすっかり見違えてしまった。
(人って変われば変わるものねぇ)
ジェラルドもメアリーも子供の頃のまま、変わることはないと思っていた。それなのに、彼等を取り巻く環境は刻一刻と変わっていく。
貴族であるジェラルドは、社交界に出るための準備を本格的にはじめていた。アカデミーの受験も控えているし、嫡男として、いつか爵位を継ぐための経験も積んでいるのだという。
かくいうメアリーも、ようやく雇用契約を結べる年齢になったことから、正式に侍女として雇われることになった。
これまではお手伝いの延長だったが、これから先は大きな責任を伴うし、給金をもらえるようになる。メアリーは身の引き締まる思いがした。
「メアリー、ちょっと」
けれど、二人の関係は存外変わらず。
ジェラルドは相変わらず気安い口調でメアリーに声をかけてくる。
「どうしたの、ジェラルド?」
「これ。メアリーの分をくすねておいたんだ。仕事終わりにおふくろさんと食べてよ」
彼はそう言って、クッキーやマドレーヌがたっぷり入った包みをメアリーに渡した。
「わぁ……良いの? 美味しそう。ありがとう! だけど、こんなに残してジェラルドはお腹空かなかった?」
「全然。最近、前よりは甘いものが苦手になってきたしお茶もお菓子も、毎日は要らないよ」
8歳の頃とは違い、メアリーはジェラルドの部屋に一人で入ることはできない。お茶を淹れに行くことはあっても、他の侍女とペアを組む。どちらも年頃になったことがその理由だ。
「えぇ? わたしが行ってた頃は『お茶は毎日飲むもの』なんて言ってたじゃない? お菓子も美味しいって食べてたくせに」
メアリーがクスクス笑う。
「……鈍いやつ」
ジェラルドはほんのりと頬を染めつつ、ふいと顔を背けた。
***
12歳ともなれば、女の子はとことんマセる。
最近入ってきた年上の後輩侍女たちの話題といえば、もっぱら恋バナだった。
「恋をするならやっぱり相手は年上が一番。この間デートした彼は優しくてお金持ってるし、とても素敵だったわ」
「分かる~~。同い年の男性って子供っぽくて、恋愛対象に向かないわよね。お金も持っていないし」
侍女というのは年をとってもできる仕事だが、殆どの女性がより良い男性と結婚をし、以降は働かずに悠々自適の生活を送ることを望んでいる。
だからこそ、侍女たちは本気で恋愛をする。将来の結婚相手を必死で探す。
それは彼女たちにとって最重要課題だった。
しかし、侍女たちの会話に、恋愛初心者のメアリーは全くついていけない。そもそも男性を年齢や収入ではかるという価値観が合わないのだ。
それでも、ある程度話に加わっておかなければ、仕事に支障が出ることもある。適当に相槌を打ちつつ、メアリーはほぅとため息を吐いた。
(そっか。同い年の男性って、恋愛相手に向かないんだ)
そんなこと、これまで考えたこともなかった。そもそもメアリーが伯爵邸から出ることは殆ど無いし、屋敷以外の男性とは関わる機会が存在しない。ジェラルドや彼の弟以外の男性がどんな感じか、全く想像がつかなかった。
「ねえ、メアリーはこの屋敷にずっと住んでいるんでしょう?」
「ええ。母がジェラルド様の乳母だったから」
「そっか。それであんなに仲が良いのね。羨ましい~~」
「……そう? 羨ましいってどういうところが?」
どうしてここで羨ましがられるのか、メアリーには理解ができない。首を横にかしげていると、後輩侍女たちはクスクスと笑い声を上げた。
「だって、このままいけば玉の輿じゃない! 伯爵夫人なんて、夢よね、夢!」
「玉の輿……? 伯爵夫人? 一体誰が?」
「またまた! 鈍いふりなんてしなくて良いわよ。ジェラルド様の態度を見てたら誰だって分かるもの。メアリーのことが大好き~~っていつも目で訴えてるものね」
「……へ⁉」
それはあまりにも思いがけないことだった。メアリーは大きく目を見開き、両手をパッと頬に当てる。恥ずかしさのあまり全身が燃えるように熱くなり、彼女は首を横に振った。
「まさか! そんなこと、あるはずないでしょう?」
「えーー、どうして? 絶対に不可能ってわけじゃないでしょう?」
「不可能よ! 貴族と平民が結婚するなんて、世間が――――旦那様が認めっこないわ。わたし自身、そんなこと考えたことないし」
「あんなに好かれてるのに? ジェラルド様ったら気の毒~~」
明るく軽快な口調ではあるが、なんとなく、みんながメアリーを快く思っているわけでないことが伝わってくる。
権力者に好かれることは良いことばかりではない。周囲から要らぬやっかみを受けることだってあるのだ。
(そっか……これからはジェラルドともう少し距離を置かなきゃ、かな)
不要なトラブルは避けるに限る。
分かっていても、メアリーの胸が小さく軋んだ。
これまでずっとメアリーのほうが身長が高かったというのに、気づけばジェラルドに追い抜かれてしまっている。
武術を学んでいる影響だろうか? 丸っこかった頬がシュッと引き締まり、体の至るところに筋肉が付いていて、なんだかすっかり見違えてしまった。
(人って変われば変わるものねぇ)
ジェラルドもメアリーも子供の頃のまま、変わることはないと思っていた。それなのに、彼等を取り巻く環境は刻一刻と変わっていく。
貴族であるジェラルドは、社交界に出るための準備を本格的にはじめていた。アカデミーの受験も控えているし、嫡男として、いつか爵位を継ぐための経験も積んでいるのだという。
かくいうメアリーも、ようやく雇用契約を結べる年齢になったことから、正式に侍女として雇われることになった。
これまではお手伝いの延長だったが、これから先は大きな責任を伴うし、給金をもらえるようになる。メアリーは身の引き締まる思いがした。
「メアリー、ちょっと」
けれど、二人の関係は存外変わらず。
ジェラルドは相変わらず気安い口調でメアリーに声をかけてくる。
「どうしたの、ジェラルド?」
「これ。メアリーの分をくすねておいたんだ。仕事終わりにおふくろさんと食べてよ」
彼はそう言って、クッキーやマドレーヌがたっぷり入った包みをメアリーに渡した。
「わぁ……良いの? 美味しそう。ありがとう! だけど、こんなに残してジェラルドはお腹空かなかった?」
「全然。最近、前よりは甘いものが苦手になってきたしお茶もお菓子も、毎日は要らないよ」
8歳の頃とは違い、メアリーはジェラルドの部屋に一人で入ることはできない。お茶を淹れに行くことはあっても、他の侍女とペアを組む。どちらも年頃になったことがその理由だ。
「えぇ? わたしが行ってた頃は『お茶は毎日飲むもの』なんて言ってたじゃない? お菓子も美味しいって食べてたくせに」
メアリーがクスクス笑う。
「……鈍いやつ」
ジェラルドはほんのりと頬を染めつつ、ふいと顔を背けた。
***
12歳ともなれば、女の子はとことんマセる。
最近入ってきた年上の後輩侍女たちの話題といえば、もっぱら恋バナだった。
「恋をするならやっぱり相手は年上が一番。この間デートした彼は優しくてお金持ってるし、とても素敵だったわ」
「分かる~~。同い年の男性って子供っぽくて、恋愛対象に向かないわよね。お金も持っていないし」
侍女というのは年をとってもできる仕事だが、殆どの女性がより良い男性と結婚をし、以降は働かずに悠々自適の生活を送ることを望んでいる。
だからこそ、侍女たちは本気で恋愛をする。将来の結婚相手を必死で探す。
それは彼女たちにとって最重要課題だった。
しかし、侍女たちの会話に、恋愛初心者のメアリーは全くついていけない。そもそも男性を年齢や収入ではかるという価値観が合わないのだ。
それでも、ある程度話に加わっておかなければ、仕事に支障が出ることもある。適当に相槌を打ちつつ、メアリーはほぅとため息を吐いた。
(そっか。同い年の男性って、恋愛相手に向かないんだ)
そんなこと、これまで考えたこともなかった。そもそもメアリーが伯爵邸から出ることは殆ど無いし、屋敷以外の男性とは関わる機会が存在しない。ジェラルドや彼の弟以外の男性がどんな感じか、全く想像がつかなかった。
「ねえ、メアリーはこの屋敷にずっと住んでいるんでしょう?」
「ええ。母がジェラルド様の乳母だったから」
「そっか。それであんなに仲が良いのね。羨ましい~~」
「……そう? 羨ましいってどういうところが?」
どうしてここで羨ましがられるのか、メアリーには理解ができない。首を横にかしげていると、後輩侍女たちはクスクスと笑い声を上げた。
「だって、このままいけば玉の輿じゃない! 伯爵夫人なんて、夢よね、夢!」
「玉の輿……? 伯爵夫人? 一体誰が?」
「またまた! 鈍いふりなんてしなくて良いわよ。ジェラルド様の態度を見てたら誰だって分かるもの。メアリーのことが大好き~~っていつも目で訴えてるものね」
「……へ⁉」
それはあまりにも思いがけないことだった。メアリーは大きく目を見開き、両手をパッと頬に当てる。恥ずかしさのあまり全身が燃えるように熱くなり、彼女は首を横に振った。
「まさか! そんなこと、あるはずないでしょう?」
「えーー、どうして? 絶対に不可能ってわけじゃないでしょう?」
「不可能よ! 貴族と平民が結婚するなんて、世間が――――旦那様が認めっこないわ。わたし自身、そんなこと考えたことないし」
「あんなに好かれてるのに? ジェラルド様ったら気の毒~~」
明るく軽快な口調ではあるが、なんとなく、みんながメアリーを快く思っているわけでないことが伝わってくる。
権力者に好かれることは良いことばかりではない。周囲から要らぬやっかみを受けることだってあるのだ。
(そっか……これからはジェラルドともう少し距離を置かなきゃ、かな)
不要なトラブルは避けるに限る。
分かっていても、メアリーの胸が小さく軋んだ。
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