好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。

鈴宮(すずみや)

文字の大きさ
27 / 36
【3章】伯爵家侍女メアリーの場合

5.見送りと約束と

しおりを挟む
 それからさらに、三年が過ぎた。
 二人はともに15歳。

 ジェラルドは益々たくましく、美しい青年に育った。文武両道、使用人たちにも気遣いができ、明るくてとても優しい。領民たちからの評判も上々で、彼のことを悪く言うものは一人も存在しなかった。

 そんな中、ジェラルドはアカデミーに合格し、王都で寮生活を送ることになった。
 アカデミーには三年間在籍し、みっちりと教育を受ける必要がある。領地に帰ってくるのは年に一度か二度。長期休暇の折だけになるのだという。


「ジェラルド様が居なくなると、寂しくなるわね」

「……そうだね」


 母親とともに寂しさを共有しながら、メアリーは小さく息を吐く。


(だけど、良い機会だったのかも)


 メアリーがどれだけ距離を置いても、ジェラルドはしつこく追いすがってくる。彼の好意は恋愛感情と言うより家族に対する親愛の情なのだが、それでも侍女たちのやっかみは以前よりも強くなっていく。
 メアリーだけを特別扱いをするのはズルい。気に食わない、というのがその理由だ。


 だから、この辺りで物理的に距離を取るのも悪くない。もちろん、寂しくはあるけれど、仕方のないことだと思った。


 出発の朝、旅立つジェラルドを他の使用人たちとともに見送りつつ、メアリーは胸が痛くなる。


(ずっと一緒に居たはずなのにな)


 ジェラルドは段々遠くに離れていく。メアリーの手の届かない人になっていく。

 王都に移り住み、同年代の貴族たちと交流をし、たくさんのことを学んでいく中で、メアリーのことなどきっと忘れてしまうだろう。

 そして、貴族と平民との差を――――二人の間に越えられない壁があることを嫌でも実感するだろう。

 そうなれば、たとえジェラルドが伯爵家に帰ってきたとしても、メアリーとの関係がもとに戻ることはない。

 物理的な距離だけでなく、ほんとうの意味で、彼との別れのときが近づいていることをメアリーは実感してしまった。


「おいメアリー、どうしてすみっこにいるんだよ? 俺のこと、見送ってくれないの?」

「ジェラルド様……」


 けれどそのとき、他の使用人たちから離れたところに控えていたメアリーに、ジェラルドが声をかけてきた。彼は拗ねたような表情を浮かべ、メアリーの頬をそっと撫でる。メアリーの胸がドキッと跳ねた。


「中々会えなくなるんだぞ? メアリーは寂しくないの?」

「そりゃ……もちろん寂しいよ。だけどそう思っているのはわたしだけじゃない。使用人みんなが同じ想いだし、わたし一人がジェラルド様の時間をもらうわけにはいかないかなぁって」

「俺にとって、メアリーは特別な人なのに?」


 ジェラルドがそう言って、メアリーの手をギュッと握る。その瞬間、メアリーの身体がカッと熱くなった。


(特別って、そんな……)


 頭の中でジェラルドの言葉を反芻しつつ、メアリーは周囲をちらりと見遣る。幸いなことに、二人の会話は他の人間に聞こえていない様子だが、視線はしっかりとこちらに注がれていた。


「手紙書くよ。たくさん、たくさん書く。メアリーからの返事、待ってるから」


 ジェラルドの声音が切なく響く。先ほどから、彼の顔が真っ直ぐに見れない。熱い眼差し。握られたままの手のひらに力がこもる。


「……うん、分かった」

「なにかあったら言えよ。すぐに飛んで帰るから」

「そんなこと、絶対ないから大丈夫だよ」


 メアリーはただの使用人だ。ジェラルドの手をわずらわせるようなことがあってはならない。というより、そんな約束をできるはずがないのだ。


「俺のこと、忘れるなよ。……っていうか、他に好きな男とか、恋人とか、作るなよ?」

「なっ、何言ってるの! そんなこと、あるわけないじゃない」


 これではまるで、恋人同士の会話だ。恥ずかしさのあまりメアリーの頬が真っ赤に染まる。

 ジェラルドはそっと瞳を細めつつ、メアリーの頬をそっと撫でる。それから彼は、メアリーの頬に唇を寄せた。

 一瞬触れただけのかすかなぬくもり。メアリーは目を見開きつつ、呆然とジェラルドのことを見上げる。


「なっ……え?」

「――――ホント、相変わらず鈍いやつ」


 ジェラルドの頬は真っ赤だった。瞳がほんのりと潤んでいて熱っぽい。
 メアリーはキョロキョロと周囲を見回しつつ、バクバクとやかましい胸をそっと押さえた。


「本当は俺、今すぐお前のことを抱き締めたい」


 ジェラルドの言葉が、眼差しが、メアリーの身体を抱き締める。まるで本当に抱き締められているかのように、メアリーの身体が熱くなった。


「寂しいし、片時だって離れたくない。メアリーは?」

「わ、たしは……」


 なんと応えるべきなのだろう? 
 メアリーは空気に流されたくなってしまう。ついつい「わたしも」と言いたくなる。
 けれど、侍女が主人に対してそんな感情を抱くなど分不相応だろう。逡巡しつつ、メアリーはそっと視線を下げる。


「わたしはあくまで使用人の一人だもの。そんなふうに言ってもらう資格はないかなぁって……」

「だから! 俺にとってお前は特別だって言っただろう? メアリーのことを使用人だなんて、俺は思ってないよ」


 ジェラルドは一瞬――――本当に一瞬だけ、メアリーのことを抱き締めた。
 悲しくもないのに涙が出る。喉のあたりが熱く、言葉では言い表せない何かがせり上がってくるような感覚がした。


「ジェラルド様、わたしは……」

「待ってて。絶対、メアリーのことを迎えに来るから」


 あまりにも力強い言葉。イエス以外の返事が存在しない――――そんなふうに感じてしまうほどに。


(だけど、ここで頷くわけにはいかないわ)


 ジェラルドを待つなんてこと、メアリーには許されていない。迎えに来られたところで、二人の行きつく先は存在しないのだ。そうと分かっていながら、無責任に頷くことなどできない。メアリーはそっと俯いた。


「それじゃ、行ってくる」


 ジェラルドはメアリーの返事を待たず、彼女の頭を優しく撫でる。それから、満面の笑みを浮かべつつ大きく手を振ってきた。


「……行ってらっしゃい」


 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

【短編】クリスマスに元妻とバッタリ

月下花音
恋愛
【完結済み・全5話】 クリスマスイブの六本木。 四十五歳のあつこと田中さん(47歳)に、最悪の偶然が襲いかかる。 現れたのは田中さんの元妻—— ・カシミヤの白いコート ・完璧な美貌 ・成功者の現夫 対する私たちは: ・ユニクロのダウン ・背中と腰にカイロ ・慰謝料で困窮する現実 「お似合いよ」 元妻の一言が、格差という現実を突きつける。 高級フレンチから路地裏のたこ焼きへ。 プライドはズタズタでも、二人で食べるたこ焼きは温かかった。 ★こんな人におすすめ★ ・離婚経験がある ・経済的に苦労している ・格差社会に疲れている ・それでも希望を見つけたい 「勝ち組になれなくても、幸せにはなれる」 底辺からの愛の物語。 # 注意事項 ※離婚、慰謝料、経済格差などの重いテーマが含まれます ※社会的弱者の描写がありますが、希望のある結末です

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

処理中です...