7 / 88
1.そのままの君が好きだよ
4.君は何も悪くない(1)
しおりを挟む
サムエレ殿下とわたくしは、街の入り口で馬車を降りた。
(うわぁ……)
たくさんの人が行き交う中、わたくしの胸は興奮で高鳴る。街をこんな風に歩くのは生まれて初めてだった。街歩きに限らず、ジャンルカ殿下にはわたくしと出掛けるという発想自体がなかったようだし、わたくしは屋敷に籠って勉強ばかりしていたから。
「お腹空いただろ? まずはご飯にしようか」
そう言ってサムエレ殿下がニコリと微笑む。その瞬間、お腹がぐぅと大きな音を立てた。恥ずかしさに頬を染めれば、殿下はクスクスと笑い声をあげる。
「そっ……そこは聞こえなかったフリをしてくださっても良いと思いますわ!」
「ごめん。ディアーナにしては珍しいなぁと。すごい……可愛いなぁって」
(可愛いっ⁉)
そんなこと、生まれてこの方言われた記憶がなかった。綺麗だとか、美しいといった社交辞令を貰うことは多々あれど、『可愛い』はわたくしにとって、あまり身近な誉め言葉ではない。
(だけど不思議。全然嫌な気がしない)
寧ろ凄く……物凄く嬉しい。
お腹の音を聴かれるなんて、本来恥ずべきことだ。けれども、殿下はそのことを珍しいと――――可愛いと言ってくれた。
両親ですらも『ジャンルカ殿下の婚約者に選ばれた』だとか、『学業で良い成績を修めた』といった、結果でしかわたくしを評価してくれなかった。どんな形であれ、わたくし自身を受け入れてもらえることが嬉しい。今のわたくしにとって、大きな救いだった。
「ディアーナは嫌いなものはある?」
「ありませんわ」
「じゃあ、好きなものは?」
「それも特に……」
街をブラブラと歩きながら、サムエレ殿下は質問を重ねる。
「だったら俺の好きな食べ物にするね」と言って、殿下はお店を選んだ。わたくしが普段食べているものとは見た目も味も異なる料理。けれど、それがあまりにも美味しい。
(家でも是非、こういう料理を食べたいわ……!)
食べながら自然と笑みが零れた。瑞々しいトマトの赤色とバジルの緑色が美しく、こんがりと焼けたチーズが食欲を誘う。口内から全身に幸せが広がっていく感覚は生まれて初めてだった。
(多分、普段食べているお料理の方が高価だし、手も掛かっているんだろうけど)
それが全てではないのだと実感する。幸福な気づきだった。
「気に入ってもらえた?」
「えぇ、もちろん!」
「だと思った。実は、さっきの料理を包み焼きにしたやつがあってさ。お土産に買っていこうよ。街歩きしながら食べれるんだ」
そう言ってサムエレ殿下は嬉しそうに笑う。わたくしは嬉しさのあまり、何度も頷きながら笑った。
(うわぁ……)
たくさんの人が行き交う中、わたくしの胸は興奮で高鳴る。街をこんな風に歩くのは生まれて初めてだった。街歩きに限らず、ジャンルカ殿下にはわたくしと出掛けるという発想自体がなかったようだし、わたくしは屋敷に籠って勉強ばかりしていたから。
「お腹空いただろ? まずはご飯にしようか」
そう言ってサムエレ殿下がニコリと微笑む。その瞬間、お腹がぐぅと大きな音を立てた。恥ずかしさに頬を染めれば、殿下はクスクスと笑い声をあげる。
「そっ……そこは聞こえなかったフリをしてくださっても良いと思いますわ!」
「ごめん。ディアーナにしては珍しいなぁと。すごい……可愛いなぁって」
(可愛いっ⁉)
そんなこと、生まれてこの方言われた記憶がなかった。綺麗だとか、美しいといった社交辞令を貰うことは多々あれど、『可愛い』はわたくしにとって、あまり身近な誉め言葉ではない。
(だけど不思議。全然嫌な気がしない)
寧ろ凄く……物凄く嬉しい。
お腹の音を聴かれるなんて、本来恥ずべきことだ。けれども、殿下はそのことを珍しいと――――可愛いと言ってくれた。
両親ですらも『ジャンルカ殿下の婚約者に選ばれた』だとか、『学業で良い成績を修めた』といった、結果でしかわたくしを評価してくれなかった。どんな形であれ、わたくし自身を受け入れてもらえることが嬉しい。今のわたくしにとって、大きな救いだった。
「ディアーナは嫌いなものはある?」
「ありませんわ」
「じゃあ、好きなものは?」
「それも特に……」
街をブラブラと歩きながら、サムエレ殿下は質問を重ねる。
「だったら俺の好きな食べ物にするね」と言って、殿下はお店を選んだ。わたくしが普段食べているものとは見た目も味も異なる料理。けれど、それがあまりにも美味しい。
(家でも是非、こういう料理を食べたいわ……!)
食べながら自然と笑みが零れた。瑞々しいトマトの赤色とバジルの緑色が美しく、こんがりと焼けたチーズが食欲を誘う。口内から全身に幸せが広がっていく感覚は生まれて初めてだった。
(多分、普段食べているお料理の方が高価だし、手も掛かっているんだろうけど)
それが全てではないのだと実感する。幸福な気づきだった。
「気に入ってもらえた?」
「えぇ、もちろん!」
「だと思った。実は、さっきの料理を包み焼きにしたやつがあってさ。お土産に買っていこうよ。街歩きしながら食べれるんだ」
そう言ってサムエレ殿下は嬉しそうに笑う。わたくしは嬉しさのあまり、何度も頷きながら笑った。
2
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
4人の女
猫枕
恋愛
カトリーヌ・スタール侯爵令嬢、セリーヌ・ラルミナ伯爵令嬢、イネス・フーリエ伯爵令嬢、ミレーユ・リオンヌ子爵令息夫人。
うららかな春の日の午後、4人の見目麗しき女性達の優雅なティータイム。
このご婦人方には共通点がある。
かつて4人共が、ある一人の男性の妻であった。
『氷の貴公子』の異名を持つ男。
ジルベール・タレーラン公爵令息。
絶対的権力と富を有するタレーラン公爵家の唯一の後継者で絶世の美貌を持つ男。
しかしてその本性は冷酷無慈悲の女嫌い。
この国きっての選りすぐりの4人のご令嬢達は揃いも揃ってタレーラン家を叩き出された仲間なのだ。
こうやって集まるのはこれで2回目なのだが、やはり、話は自然と共通の話題、あの男のことになるわけで・・・。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました
樹里
恋愛
社交界デビューの日。
訳も分からずいきなり第一王子、エルベルト・フォンテーヌ殿下に挨拶を拒絶された子爵令嬢のロザンヌ・ダングルベール。
後日、謝罪をしたいとのことで王宮へと出向いたが、そこで知らされた殿下の秘密。
それによって、し・か・た・な・く彼の掃除婦として就いたことから始まるラブファンタジー。
マジメにやってよ!王子様
猫枕
恋愛
伯爵令嬢ローズ・ターナー(12)はエリック第一王子(12)主宰のお茶会に参加する。
エリックのイタズラで危うく命を落としそうになったローズ。
生死をさまよったローズが意識を取り戻すと、エリックが責任を取る形で両家の間に婚約が成立していた。
その後のエリックとの日々は馬鹿らしくも楽しい毎日ではあったが、お年頃になったローズは周りのご令嬢達のようにステキな恋がしたい。
ふざけてばかりのエリックに不満をもつローズだったが。
「私は王子のサンドバッグ」
のエリックとローズの別世界バージョン。
登場人物の立ち位置は少しずつ違っています。
【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。
なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。
追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。
優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。
誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、
リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。
全てを知り、死を考えた彼女であったが、
とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。
後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる