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4.『王太子の耳』だけど、黙ってばかりじゃいられません!
3.報告書(2)
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「それと、良かったらこれ、読ませていただけます?」
「えっ……? ええ、どうぞ」
アルヴィア様は未だ帰る気はないらしい。報告書を一枚手に取り、向かい側にある相談者用の椅子へと腰掛ける。
(なんだか緊張するなぁ)
自分が書いたものを人に読まれるのは、少々気恥ずかしい。所長が目を通しているのを見たことが無いし、情報共有はすれども、同僚同士で報告書を読み合う機会も滅多にない。
唯一、読んでいるとすれば、この部署を作った王太子本人ってことになるけど、フィードバックが来たことは無いし、多分、絶対読んでいない。
めちゃくちゃ多忙らしいし、ここを作ったのだってきっと国民へのパフォーマンスって奴だろう。本当の意味で耳を傾ける気なんて無いに違いない。
「――――とても丁寧に書かれていますね」
アルヴィア様はポツリとそう口にした。
「丁寧でとても分かりやすいです。相談者の主張だけじゃなく、客観的な状況がきちんと書かれている。リュシーさんの主観が入っていないし、報告書としての完成度が高い。あなたがどれだけ相談者に真摯に寄り添っていたのか、よく分かります」
「そっ……そうでしょうか?」
(罵倒されるのは慣れてるのにな)
こんな風に褒められたことは、今まで一度だってない。頬が勝手に真っ赤に染まっていく。照れくささに目尻を拭いつつ、わたしはそっと微笑んだ。
「だけどリュシーさん、一件一件こんなに丁寧に書いていたら疲れませんか?」
「そっ……れはそうですけど、アルヴィア様がそんなこと言っちゃって良いんですか?」
そんなことを言われると、隠していた本音がついつい飛び出てしまう。チラリと顔を見上げれば、彼は小さく首を傾げた。
「別に構いませんよ。誰だって全ての仕事に同じだけのウェイトは掛けられない。この部署を作った殿下ですらそうだと、俺の兄が言っていました。
例えばこれ……見てください。この相談者なんて何回も同じ相談を繰り返している人ですし、『前回同様』で片付けて良いと思います。違う所が有れば、そこだけ書き足せば事足りますし。それだけで負担が相当軽減されるでしょう?」
報告書の山から常連さんのものを抜き出し、アルヴィア様が口にする。
「え? あ……なるほど。そうですね。確かに、そうかもしれません」
手を抜いている感じがして気が引けるけど、どうせ誰にも読まれない書類だ。そうした所で誰も困りはしない。
これまでそういうことを教えてくれる人が居なかったので、目から鱗が落ちたって感じだ。
(……あれ? でも、この人昨日は来てなかったし、常連さんだって言ったっけ?)
報告書を改めて読み返しつつ、わたしは小さく首を傾げる。
「えっ……? ええ、どうぞ」
アルヴィア様は未だ帰る気はないらしい。報告書を一枚手に取り、向かい側にある相談者用の椅子へと腰掛ける。
(なんだか緊張するなぁ)
自分が書いたものを人に読まれるのは、少々気恥ずかしい。所長が目を通しているのを見たことが無いし、情報共有はすれども、同僚同士で報告書を読み合う機会も滅多にない。
唯一、読んでいるとすれば、この部署を作った王太子本人ってことになるけど、フィードバックが来たことは無いし、多分、絶対読んでいない。
めちゃくちゃ多忙らしいし、ここを作ったのだってきっと国民へのパフォーマンスって奴だろう。本当の意味で耳を傾ける気なんて無いに違いない。
「――――とても丁寧に書かれていますね」
アルヴィア様はポツリとそう口にした。
「丁寧でとても分かりやすいです。相談者の主張だけじゃなく、客観的な状況がきちんと書かれている。リュシーさんの主観が入っていないし、報告書としての完成度が高い。あなたがどれだけ相談者に真摯に寄り添っていたのか、よく分かります」
「そっ……そうでしょうか?」
(罵倒されるのは慣れてるのにな)
こんな風に褒められたことは、今まで一度だってない。頬が勝手に真っ赤に染まっていく。照れくささに目尻を拭いつつ、わたしはそっと微笑んだ。
「だけどリュシーさん、一件一件こんなに丁寧に書いていたら疲れませんか?」
「そっ……れはそうですけど、アルヴィア様がそんなこと言っちゃって良いんですか?」
そんなことを言われると、隠していた本音がついつい飛び出てしまう。チラリと顔を見上げれば、彼は小さく首を傾げた。
「別に構いませんよ。誰だって全ての仕事に同じだけのウェイトは掛けられない。この部署を作った殿下ですらそうだと、俺の兄が言っていました。
例えばこれ……見てください。この相談者なんて何回も同じ相談を繰り返している人ですし、『前回同様』で片付けて良いと思います。違う所が有れば、そこだけ書き足せば事足りますし。それだけで負担が相当軽減されるでしょう?」
報告書の山から常連さんのものを抜き出し、アルヴィア様が口にする。
「え? あ……なるほど。そうですね。確かに、そうかもしれません」
手を抜いている感じがして気が引けるけど、どうせ誰にも読まれない書類だ。そうした所で誰も困りはしない。
これまでそういうことを教えてくれる人が居なかったので、目から鱗が落ちたって感じだ。
(……あれ? でも、この人昨日は来てなかったし、常連さんだって言ったっけ?)
報告書を改めて読み返しつつ、わたしは小さく首を傾げる。
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