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4.華凛の出仕
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けれど、楽しかったのはほんの束の間。
華凛としてのわたしの平穏な日々は、ある日唐突に終わりを迎えた。
「一体どうなさいましたの?」
宮廷から帰宅した父様に、わたしは呼び出された。
改まった雰囲気。何となくだけど嫌な予感が胸を過る。
それは『憂炎から凛風に対して入内の打診が来ていると告げられた時』と、とてもよく似た状況だった。
「華凛――――おまえに東宮様の補佐をするよう、打診が来ている」
「憂炎の補佐⁉」
「こら! 東宮さま、だろう?」
父様に指摘され、わたしは思わず唇を押さえた。
(いかん。驚きのあまり、ついつい素が出てしまった。危ない危ない)
華凛らしくない反応を返してしまったものの、幸い父様はそこまで気にしていないらしい。ホッと胸を撫でおろしつつ、わたしは父様を見つめた。
「父様、一体どういうことですの?」
「うむ……東宮さまは初めての公務に戸惑っていらっしゃるらしい。優秀な方ではあるが、宮廷から離れて家臣の元で育てられたのだ。実際に政務に携わるのはこれがはじめてだし、帝王学を学ぶのだってこれからのこと。さもありなん、というところだが」
父様はしたり顔でそんなことを口にする。
だけど、わたしが聞きたいのはそういうことじゃない。
『どうして憂炎が『華凛』を補佐として指名してきたのか』
その一点だけだ。
内心イライラしつつも、わたしは華凛らしい微笑みを浮かべて、小さく首を傾げた。
「ですが、宮廷にはたくさんの優秀な人材がおりますでしょう? 補佐が必要な理由は分かりますが、わざわざ未経験者のわたくしを指名しなくとも良いのではありませんか?」
「そこはそれ、気心の知れた人間が良いらしい。
東宮さまは生まれも育ちも特殊でいらっしゃる。皇后さまが何を仕掛けてくるか分からないし、家臣からの信頼もまだ得られていない。だから、しばらくの間、側近は身内で固めたいという御意向なのだろう」
父様はうんうん頷きながら、そんなことを言った。
(なるほどねぇ……分からなくはない、かなぁ)
ついこの間まで、わたしとともに野を駆けずり回っていた男だ。堅苦しい宮殿でいきなり皇太子として仕事をしろっていうのは難しい話だし、環境を整えたいと思うのも無理はない。
(アイツの話が本当なら、いつ後からグサッと刺されてもおかしくなさそうだもんな)
憂炎なら刺客にも対応できるとは思うが、全く知らない人間をいきなり登用するのも抵抗があるのだろう。わたしは少しだけ憂炎に同情した。
「それに、おまえの能力を以てすれば、東宮さまの補佐など簡単だろう?」
父様はそう言うと、ニカッと笑いながらわたしの瞳を覗き込んだ。
「そ……れは…………どうでしょう? 買い被りすぎな気が致しますわ」
答えつつ、わたしは笑顔を引き攣らせる。父様は「そうか?」なんて言いながら呑気に首を傾げていたけど、正直わたしは気が気じゃなかった。
華凛はわたしと違って、大層頭の良い娘だった。
知識が豊富なだけじゃなくて、論述や判断力に優れている。
その癖『女の幸せは結婚にある』といったタイプなので、科挙試験こそ受けていないものの、その実力は合格は間違いないと謳われたほどだ。
対するわたしは、勉強方面はからっきし。本を開いても五分でギブアップしてしまうし、そもそも椅子に座ってジッとしていること自体が難しい。
(まぁ……その代わりに憂炎と一緒に武術を習っていたわけだけど)
そのツケがこんなところで回ってくるとは夢にも思わなかった。
武に秀でたわたしと、文に秀でた妹。
わたしたちは足して二で割ったぐらいが丁度よい姉妹だった。
(無理だ……わたしには憂炎の補佐を出来るほどの能力はない)
そう思うのに、わたしにはもう切れるカードがない。皇族からの打診――――当然今回も、断るという選択肢は存在しないだろう。
「それで――――お勤めはいつからでしょうか?」
「そこなんだが、東宮さまはかなり急いでいらっしゃるらしい。明日からでも、という話だ。すぐに準備を進めなさい」
父様はそう言って、ゆっくりと大きく頷いた。
(マジか……本当に急だな)
ため息を吐きたいのに、それすら許されない――――そんな華凛としての自分が恨めしい。
(もう二度と、関わることはないと思っていたんだがなぁ)
どう足掻いても、憂炎からは離れられない運命なのかもしれない。そんなことを考えつつ、わたしは小さく首を縦に振る。
「承知しました」
返答しながら、わたしは心の中でガックリと肩を落とした。
華凛としてのわたしの平穏な日々は、ある日唐突に終わりを迎えた。
「一体どうなさいましたの?」
宮廷から帰宅した父様に、わたしは呼び出された。
改まった雰囲気。何となくだけど嫌な予感が胸を過る。
それは『憂炎から凛風に対して入内の打診が来ていると告げられた時』と、とてもよく似た状況だった。
「華凛――――おまえに東宮様の補佐をするよう、打診が来ている」
「憂炎の補佐⁉」
「こら! 東宮さま、だろう?」
父様に指摘され、わたしは思わず唇を押さえた。
(いかん。驚きのあまり、ついつい素が出てしまった。危ない危ない)
華凛らしくない反応を返してしまったものの、幸い父様はそこまで気にしていないらしい。ホッと胸を撫でおろしつつ、わたしは父様を見つめた。
「父様、一体どういうことですの?」
「うむ……東宮さまは初めての公務に戸惑っていらっしゃるらしい。優秀な方ではあるが、宮廷から離れて家臣の元で育てられたのだ。実際に政務に携わるのはこれがはじめてだし、帝王学を学ぶのだってこれからのこと。さもありなん、というところだが」
父様はしたり顔でそんなことを口にする。
だけど、わたしが聞きたいのはそういうことじゃない。
『どうして憂炎が『華凛』を補佐として指名してきたのか』
その一点だけだ。
内心イライラしつつも、わたしは華凛らしい微笑みを浮かべて、小さく首を傾げた。
「ですが、宮廷にはたくさんの優秀な人材がおりますでしょう? 補佐が必要な理由は分かりますが、わざわざ未経験者のわたくしを指名しなくとも良いのではありませんか?」
「そこはそれ、気心の知れた人間が良いらしい。
東宮さまは生まれも育ちも特殊でいらっしゃる。皇后さまが何を仕掛けてくるか分からないし、家臣からの信頼もまだ得られていない。だから、しばらくの間、側近は身内で固めたいという御意向なのだろう」
父様はうんうん頷きながら、そんなことを言った。
(なるほどねぇ……分からなくはない、かなぁ)
ついこの間まで、わたしとともに野を駆けずり回っていた男だ。堅苦しい宮殿でいきなり皇太子として仕事をしろっていうのは難しい話だし、環境を整えたいと思うのも無理はない。
(アイツの話が本当なら、いつ後からグサッと刺されてもおかしくなさそうだもんな)
憂炎なら刺客にも対応できるとは思うが、全く知らない人間をいきなり登用するのも抵抗があるのだろう。わたしは少しだけ憂炎に同情した。
「それに、おまえの能力を以てすれば、東宮さまの補佐など簡単だろう?」
父様はそう言うと、ニカッと笑いながらわたしの瞳を覗き込んだ。
「そ……れは…………どうでしょう? 買い被りすぎな気が致しますわ」
答えつつ、わたしは笑顔を引き攣らせる。父様は「そうか?」なんて言いながら呑気に首を傾げていたけど、正直わたしは気が気じゃなかった。
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その癖『女の幸せは結婚にある』といったタイプなので、科挙試験こそ受けていないものの、その実力は合格は間違いないと謳われたほどだ。
対するわたしは、勉強方面はからっきし。本を開いても五分でギブアップしてしまうし、そもそも椅子に座ってジッとしていること自体が難しい。
(まぁ……その代わりに憂炎と一緒に武術を習っていたわけだけど)
そのツケがこんなところで回ってくるとは夢にも思わなかった。
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(マジか……本当に急だな)
ため息を吐きたいのに、それすら許されない――――そんな華凛としての自分が恨めしい。
(もう二度と、関わることはないと思っていたんだがなぁ)
どう足掻いても、憂炎からは離れられない運命なのかもしれない。そんなことを考えつつ、わたしは小さく首を縦に振る。
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返答しながら、わたしは心の中でガックリと肩を落とした。
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