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5.華凛と憂炎(1)
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翌日、わたしは父様と一緒に宮廷へと向かった。
(相変わらずバカデカい建物だなぁ)
鮮やかな色彩の荘厳な建物。国の中心に鎮座した城は、至極立派で近寄りがたい。
とはいえ、子どもの頃は無鉄砲だったから、探検と称して憂炎と一緒によく遊びに来ていた。
(結局、中に入ることは一度も無かったけど)
あの時憂炎はどんな想いで宮廷を見上げていたのだろう――――そう思うと、胸が痞えるような心地がした。
「さすがのおまえでも緊張するのか?」
わたしの顔を見ながら、父様がそんなことを尋ねる。か弱い見た目をしているが、華凛は柳のようにしなやかで強かな娘だ。珍しいと受け取られたのだろう。
「もちろんですわ」
答えながら、ブルりと武者震いがした。
(考えてみたら、悪いことばかりではない)
妃とは違って、官女は自由が利く。
どこに出掛けても構わないし、皇帝にも東宮にも操を立てる必要はない。
お給金も貰えるし、仕事中は華凛の侍女達に入れ替わりがバレるんじゃないかとビクビクする必要もない。
元々、スローライフを楽しむなんて柄じゃないし、人生は刺激的な方が楽しいと思う。こんな形で仕事を得られたのは、結構ラッキーなことなのかもしれない。
それに、下手すりゃ二度と会えないと思っていた憂炎と会えることだって嬉しいことだ。妃とか、妻として接しなくて済むのならそれで良い。わたしにとってあいつは、一番の親友だったのだから。
(まぁ、言いたいことをポンポン言えない息苦しさはあるかもしれないけど)
それは華凛と入れ替わった以上仕方がないことだ。
これから数年を掛けて、『華凛』をわたし色に染めていく。それまでの間は、妹の考え方、立ち居振る舞いをなぞって生きていかなければならない。
「さぁ、着いたぞ」
父様が案内してくれたのは、宮殿の東に位置する棟にある一室だった。護衛の武官たちが数人、父様を見て、恭しく頭を下げる。父様は彼等を一瞥しつつ、わたしの肩をポンと叩いた。
「ここから先は一人で大丈夫だな」
「ええ。東宮さまはわたくしの従兄弟――――いえ、幼馴染でございますから」
わたしの言葉に、父様は満足そうに微笑みながら、その場を後にした。
(さて、と)
大丈夫とは言ったものの、心の準備は必要だ。重苦しい大きな扉からは、部屋の中の様子は窺えない。
(……本当に、憂炎がここに居るのだろうか)
ここに来てなお、わたしはあいつが皇太子になったことを受け入れられずにいるらしい。
何度も深呼吸を繰り返し、ドクドクと騒がしい心臓を落ち着かせてから、わたしは部屋の戸を軽くノックした。
「誰だ?」
そう尋ねたのは、憂炎ではない男のものだった。凛とした低い声で、既にこの場にいない父様にまで聞こえるのではないかという程によく響く。
「張 高宗が娘、華凛にございます」
わたしはそう口にし、扉の前で頭を下げた。
どれぐらい経っただろうか。扉が開く音が聞こえる。
ゆっくりと顔を上げると、そこには声の主ではなく憂炎が立っていた。
「待っていたぞ、よく来たな!」
そう言って憂炎は勢いよくわたしのことを抱き締める。
思わぬことに、わたしは目を見開いた。
(えっ……何してんの、憂炎の奴⁉ 憂炎と華凛ってこんな距離感だったっけ⁉ 一体どういうこと⁉)
頭に浮かぶいくつもの疑問をわたしは必死で呑み込む。
本当は思った通りの言葉を口にしたいけど、今の憂炎の反応が、華凛にとって慣れ親しんだものかもしれないから、驚くわけにはいかないのだ。
「東宮さま、お久しぶりです」
憂炎をそっと押し返しながら、わたしは微笑んだ。
憂炎はわたしの頭を撫でながら、満面の笑みを浮かべている。まるで目に入れても痛くないとでも言いたげな愛し気な表情だ。
(なんなのよ、その表情は)
凛風の時には向けられたことのない表情に、わたしは戸惑いを禁じ得ない。
けれど、これが憂炎と華凛が二人きりの時の距離感ならば、そうと悟られるわけにもいかない。いつの間にか握られていた手のひらにドギマギしながら、わたしは必死に深呼吸を繰り返した。
「すまないな、急に呼び立ててしまって」
「いいえ……とんでもないことでございます。東宮さまのお仕事を補佐できるなんて、光栄ですわ」
言いながら、わたしは密かに口の端を引き攣らせる。
(憂炎の奴……わたしに『妃になれ』って言ってきたときは、そんなふうに気遣ってくれなかったくせに)
華凛に対しては違うのか――――そう思うと、妙に腹立たしかった。
「さぁ、中に入ってくれ。侍女に茶を用意させよう」
そう言って憂炎はわたしの腰を抱き寄せる。
「まあ、嬉しい。ありがとうございます」
心とは正反対の言葉を口にして、わたしはニコリと微笑んだ。
(相変わらずバカデカい建物だなぁ)
鮮やかな色彩の荘厳な建物。国の中心に鎮座した城は、至極立派で近寄りがたい。
とはいえ、子どもの頃は無鉄砲だったから、探検と称して憂炎と一緒によく遊びに来ていた。
(結局、中に入ることは一度も無かったけど)
あの時憂炎はどんな想いで宮廷を見上げていたのだろう――――そう思うと、胸が痞えるような心地がした。
「さすがのおまえでも緊張するのか?」
わたしの顔を見ながら、父様がそんなことを尋ねる。か弱い見た目をしているが、華凛は柳のようにしなやかで強かな娘だ。珍しいと受け取られたのだろう。
「もちろんですわ」
答えながら、ブルりと武者震いがした。
(考えてみたら、悪いことばかりではない)
妃とは違って、官女は自由が利く。
どこに出掛けても構わないし、皇帝にも東宮にも操を立てる必要はない。
お給金も貰えるし、仕事中は華凛の侍女達に入れ替わりがバレるんじゃないかとビクビクする必要もない。
元々、スローライフを楽しむなんて柄じゃないし、人生は刺激的な方が楽しいと思う。こんな形で仕事を得られたのは、結構ラッキーなことなのかもしれない。
それに、下手すりゃ二度と会えないと思っていた憂炎と会えることだって嬉しいことだ。妃とか、妻として接しなくて済むのならそれで良い。わたしにとってあいつは、一番の親友だったのだから。
(まぁ、言いたいことをポンポン言えない息苦しさはあるかもしれないけど)
それは華凛と入れ替わった以上仕方がないことだ。
これから数年を掛けて、『華凛』をわたし色に染めていく。それまでの間は、妹の考え方、立ち居振る舞いをなぞって生きていかなければならない。
「さぁ、着いたぞ」
父様が案内してくれたのは、宮殿の東に位置する棟にある一室だった。護衛の武官たちが数人、父様を見て、恭しく頭を下げる。父様は彼等を一瞥しつつ、わたしの肩をポンと叩いた。
「ここから先は一人で大丈夫だな」
「ええ。東宮さまはわたくしの従兄弟――――いえ、幼馴染でございますから」
わたしの言葉に、父様は満足そうに微笑みながら、その場を後にした。
(さて、と)
大丈夫とは言ったものの、心の準備は必要だ。重苦しい大きな扉からは、部屋の中の様子は窺えない。
(……本当に、憂炎がここに居るのだろうか)
ここに来てなお、わたしはあいつが皇太子になったことを受け入れられずにいるらしい。
何度も深呼吸を繰り返し、ドクドクと騒がしい心臓を落ち着かせてから、わたしは部屋の戸を軽くノックした。
「誰だ?」
そう尋ねたのは、憂炎ではない男のものだった。凛とした低い声で、既にこの場にいない父様にまで聞こえるのではないかという程によく響く。
「張 高宗が娘、華凛にございます」
わたしはそう口にし、扉の前で頭を下げた。
どれぐらい経っただろうか。扉が開く音が聞こえる。
ゆっくりと顔を上げると、そこには声の主ではなく憂炎が立っていた。
「待っていたぞ、よく来たな!」
そう言って憂炎は勢いよくわたしのことを抱き締める。
思わぬことに、わたしは目を見開いた。
(えっ……何してんの、憂炎の奴⁉ 憂炎と華凛ってこんな距離感だったっけ⁉ 一体どういうこと⁉)
頭に浮かぶいくつもの疑問をわたしは必死で呑み込む。
本当は思った通りの言葉を口にしたいけど、今の憂炎の反応が、華凛にとって慣れ親しんだものかもしれないから、驚くわけにはいかないのだ。
「東宮さま、お久しぶりです」
憂炎をそっと押し返しながら、わたしは微笑んだ。
憂炎はわたしの頭を撫でながら、満面の笑みを浮かべている。まるで目に入れても痛くないとでも言いたげな愛し気な表情だ。
(なんなのよ、その表情は)
凛風の時には向けられたことのない表情に、わたしは戸惑いを禁じ得ない。
けれど、これが憂炎と華凛が二人きりの時の距離感ならば、そうと悟られるわけにもいかない。いつの間にか握られていた手のひらにドギマギしながら、わたしは必死に深呼吸を繰り返した。
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「いいえ……とんでもないことでございます。東宮さまのお仕事を補佐できるなんて、光栄ですわ」
言いながら、わたしは密かに口の端を引き攣らせる。
(憂炎の奴……わたしに『妃になれ』って言ってきたときは、そんなふうに気遣ってくれなかったくせに)
華凛に対しては違うのか――――そう思うと、妙に腹立たしかった。
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