妹と人生を入れ替えました〜皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです〜

鈴宮(すずみや)

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9.華凛のお願い(2)

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 妹が言い出したのは思いもよらないことだった。わたしは目を丸くしながら、大きく身を乗り出す。


「外に出たいって、華凛……」

「ビックリさせてごめんなさい。でもわたくし、後宮があまりに退屈で。外の世界が恋しくなってしまって……」


 華凛はそう言って悲し気に目を細めた。


(そりゃあそうだよなぁ)


 望んで後宮入りしたとはいえ、夫である憂炎が来ないのでは後宮にいる意味がない。
 おまけに全ての自由を奪われているのだ。少しぐらい外で羽を伸ばしたくなるのも頷ける。


「もちろん、ずっとだなんて申しません。ほんの2~3日の間で構わないのです。入れ替わっている間、姉さまがしてくださっている憂炎とのお仕事は、当然わたくしが引き継ぎますわ。宮殿の地図と、簡単な引き継ぎさえあれば何とかなると思いますの」

「――――そうね。わたしの仕事の方は大丈夫だと思う。大したことを任されていないし。でも……」

(入れ替わっている間に、万が一憂炎が訪ねてきたらどうしよう)


 ふとそんな考えが頭を過る。

 後宮の外で憂炎と会うのとは訳が違う。
 あいつが後宮を訪れること――――それは即ち、わたしが妃としての務めを求められることを意味する。


(無理だ……あいつとどうこうなんて考えられない)


 わたしにとって憂炎は、何処まで行っても従兄弟――――親友だ。受け入れられる筈がない。


「――――姉さま、きっと憂炎は参りませんわ。
どうして彼が姉さまの入内を望んだかはわかりませんが、こうして2ヶ月の間、わたくしたちの間には何もなかったんですもの。それなのに、わたくし達が入れ替わっているたった2~3日の間にどうこうなるなんて考えられませんわ」

「そうね……確かにそうかも」


 まるで独り言のように、わたしは小さく相槌を打つ。

 華凛が言うことはもっともだ。
 大丈夫――――憂炎はここには来ない。
 来やしない。

 だけどわたしの頭の中には、わたしを妃に望んだあの日の憂炎の姿が鮮明に残っていた。


『俺はずっと、凛風しかいないと思って生きてきた』


 憂炎の言葉が、眼差しが胸を焦がす。

 入内した『凛風』の元に通わないくせに。
 『凛風』でなく『華凛』を溺愛しているくせに――――。

 そう思うけど、心のどこかに引っかかってしまうのだ。
 


「――――分かった」


 気づけばわたしはそう口にしていた。
 自分の返答に驚きつつ『やっぱなし』と口を開きかけたわたしの手を、華凛はギュッと握りしめた。


「本当ですか⁉ 嬉しい……ありがとうございます、姉さま」


 華凛はそう言って満面の笑みを浮かべる。この子がこんな風に喜ぶのは珍しい。余程慣れない後宮生活が堪えたのだろう。


(そうだよな……3日間ぐらい交代してやらないとな)


 わたしが華凛なら2か月間も耐えきれなかったと思う。そう思うと、このぐらいの罪滅ぼしして然るべきだろう。


(それにしても、『凛風』の元に憂炎が通っていないなら、いよいよ『華凛』を妃にするべく動かないと)


 憂炎があの調子なら、華凛が一言『妃にしてほしい』とか『憂炎が好き』と囁くだけで目的を達成できそうだ。


(どうせなら入れ替わっている間に、華凛自身に動いて欲しいところけど)


 嬉しそうな華凛に水を差すのは忍びない。この計画を打ち明けるのはもう一度華凛と入れ替わる時でも遅くはないし、わたしが頑張ればいいだけだ。




 それから数時間後、華凛は上機嫌で後宮を出ていった。


(頭重っ)


 慣れない服装、髪型、化粧の香りに戸惑いつつ、わたしは心の中で悪態を吐く。
 簪なんて一本で十分。なんなら着ける必要がない。

 別に何処に出掛けるでも、誰に会うわけでもないのに。妃というのはこんなにも着飾らなければならない生き物なのだろうか――――そう思うと、入れ替わってたった数分間だというのにげんなりしてしまう。

 とはいえ、『凛風』は『華凛』みたいにいつもおりこうさんでいる必要はない。肩をポキポキ鳴らそうが、だらけてようが当たり前で、誰も文句を言わないもの。
 久しぶりに姿勢を崩して寛げることがわたしは心から嬉しかった。


(さぁーーて、これから3日間、めちゃくちゃ暇だろうなぁ)


 後宮の醍醐味は他の妃とのバトルだろうが、憂炎の妃は現状『凛風』しか存在しない。現皇帝の妃たちから茶会に招かれることも無かろうし、一人でお茶をしたところで、長い一日の一瞬しか時間は潰せない。退屈に決まっている。



(後宮の探索とかしちゃダメかな? あとは宦官たちに手合わせしてもらうとか)


 今のわたしは凛風なのだし、よく考えたら誰に遠慮する必要もない。そちらの方が憂炎から離縁される日も早まりそうだし、案外楽しめそうだ――――そう思いつつ、わたしは小さく笑みを漏らす。


「凛風さま、大変です!」


 だけどその時、侍女の一人が血相を変えて部屋に飛び込んで来た。この子がこんなに取り乱しているのは珍しい。わたしは小さく首を傾げた。


「一体どうしたの?」

「失礼をして申し訳ございません! それが……憂炎さまが」

「――――憂炎? 憂炎がどうしたの?」


 わたしの問い掛けに、侍女は息を切らし興奮した面持ちでわたしのことを見上げる。


「東宮さまがただ今、こちらに向かっていらっしゃいるそうなんです!」

「――――はぁ⁉」


 その瞬間、わたしは思わず声を荒げた。
 恐れていた事態の実現。驚きのあまり、頭がくらくらしてきた。


(憂炎がここに来る⁉ 何かの冗談だろう⁉)


 信じられない――――信じたくない。

 そんな気持ちのまま急いで窓の外を覗くと、遠くの方で数人分の灯りが揺れ動いているのが見える。
 わたしは気が遠くなるような心地がした。
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