妹と人生を入れ替えました〜皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです〜

鈴宮(すずみや)

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11.紅い瞳に囚われて

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 憂炎が居座ることが確定したため、わたしは奴と共に夕食をとった。

 だけど、折角の豪華な食事も、残念ながら全く味がしない。
 対する憂炎は厭味ったらしいほどに食事を楽しんでいたから腹立たしい限りだ。

 食事の後も、侍女達から風呂でしこたま身体を磨き上げられたせいで、寧ろ疲れた。花びらをたくさん浮かべた良い香りのするお湯だったのに、ちっとも堪能できなかった。


(それもこれも、全部憂炎のせいだ)


 薄暗い室内。
 でっかい寝台の縁に腰掛け、わたしは一人、項垂れる。


 本当だったらわたしは今頃、このふかふかの寝台で眠っていた。数日だけなら華凛と入れ替わる生活も悪くないかもしれないなんて笑いながら、今日という一日を穏やかに終えるはずだったんだ。


 それなのに、今のわたしはまるで、死刑執行を待つ罪人のような気分だった。
 憂炎の馬鹿が来たから――――ここに泊まるだなんて言うから。


(くそっ)


 こんな筈じゃなかったのに――――そんな風に思ったところでもう遅い。


(こっそり抜け出す……のはやっぱり無理そうだなぁ)


 部屋の外には侍女や宦官が控えていて、わたしのことを監視している。
 正直、彼等を物理的に落とすのは簡単だけど、父を巻き込んだ大問題に発展してしまうのは間違いない。『妃が夜伽を拒否して逃げ出した』なんて、本気で数人の首が飛ぶ事案だ。
 だからこそ、憂炎には自発的にお引き取り願いたかったんだけど。


(――――華凛のお願いなんて聞くんじゃなかった)


 そんなふうに考えるべきじゃないってことは分かっている。
 だけど、どうしたって後悔してしまう。


 もちろん、華凛に申し訳ないことをしている自覚はある。
 だけど、『凛風』として入内することは、華凛自身も望んでいたことだ。別にわたしだけが悪いわけじゃない。

 だけど、もしも今日、わたしたちが入れ替わっていなかったら、華凛の退屈な日々は終わるはずだった。
 憂炎の妃として、名実ともに立てる筈だったのに。


(本当に、なんでこのタイミングなんだよ)


 これが昨日か、三日後であれば何の問題も無かった。
 己の不運を――――いや、全ての元凶である憂炎を呪わずにはいられない。


 その時、微かに戸の開く音が聞こえた。
 部屋に入ってくるのは間違いない――――憂炎だ。

 途端、わたしの心臓は恐ろしいほどに早鐘を打つ。ブルりと身の毛がよだち、ソワソワとして落ち着かない。


(どうしよう……どうするのが正解なの⁉)


 窓の外を眺める――――のは何だか気取ってる感じがして嫌だし。
 部屋の中を歩く――――のも落ち着かないのがバレそうで嫌だし。
 布団の上で三つ指を――――とか論外! 絶対無理!


(かくなる上は)


 わたしは急いで布団の中に潜り込むと、ギュッと目を瞑った。ついでにスースーと穏やかな寝息の演出を付け加える。


 それからすぐに寝室の扉が静かに開いた。
 しばしの沈黙。わたしは密かに息を呑む。

 ややして、衣擦れの音と共に足音が聞こえだした。
 シンと静まり返った寝室の中、それはやけに大きく聞こえる。その数秒後――――わたしにとっては永遠の如く感じられる数秒間だったけど――――寝台の前でピタリと足音が止まった。


「…………」


 鋭い視線と無言の圧を感じながら、わたしはスースーと息を立てる。


(わたしは寝ている! 寝ているったら寝ているんだ!)


 うるさいほどの脈動。身体中の毛穴が開いているんじゃないかって程、ダラダラと汗が流れ出し、物凄く落ち着かない。


 やがて、憂炎は小さくため息を吐き、わたしの隣に潜り込んだ。
 シーツが擦れる音、敷布が沈む感覚、背中に感じる風、全てが大袈裟に感じられる。


(憂炎、寝ろ! このまま寝てしまえ)


 心の中で強く念じる。心臓が口から飛び出しそうだった。憂炎に起きてると悟られないよう、息を殺し身体を縮こまらせ、目をギュっと瞑り続ける。


「――――凛風、起きてるんだろう?」


 だけど、悲しいことにわたしの願いは憂炎に届かなかった。

 首筋に感じる熱い吐息。次いで腰のあたりをギュッと抱き寄せられて、上手く息ができない。
 憂炎の唇がわたしの肌を撫でる。身体の奥底から熱を引っ張り出されるような感覚に、思わず唾を呑んだ。


「凛風」

(やめろ、憂炎。そんな風にわたしを呼ぶな)


 熱っぽく紡がれた自分の名が、心臓の辺りに潜り込み、何度も何度も暴れている。キュッと締め付けられるような感覚が広がって、苦しくてたまらない。


「凛風」


 身体をくるりと仰向けにされる。
 間近に憂炎の視線を感じる。

 あまりの熱さ。思わず目を開けてしまったのが、わたしの運の尽きだった。


「おまえは――――おまえだけが俺の妃だ」


 視線が絡む。
 憂炎がわたしの唇を塞ぐ。


 月明かりに照らされた憂炎の瞳がゆらゆらと揺れ動く。

 何度も、何度も。
 まるで炎みたいに。
 熱く、わたしだけを見つめる。

 囲われて、暴かれて、がんじがらめにされて、動けなくなる。


 その夜、わたしは憂炎の紅い瞳に一晩中囚われ続けたのだった。
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