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19.皇后からの贈り物
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ややして、わたしは宴の席へと案内された。
末端の席。
わたしが着席したあとで、美しい女性陣がずらりと入場してきた。
(現皇帝の妃たち、か)
ジロジロ見てやりたいところだけど、さすがにお行儀が悪い。
反対側の席には、憂炎や国の重鎮たちが勢ぞろいしているし、わたしの評判が悪いと、父様に迷惑がかかる。
わたしは瞳だけを動かして、妃たちの様子を観察していた。
と、そのとき、背筋をビリビリとした緊張感が走った。
振り返ることは決して許されない。
けれど、そこに存在する確かな威圧感――――皇后だ。
チラリと見えた皇后の姿は、年の頃、母と同じ位。
しっかりと施された化粧。真っ赤な紅が、余計に年齢を感じさせる。
ほんのりと丸みを帯びた艶やかな――――と言えば聞こえは良いけど、ようは締まりなく年老いた――――身体を豪奢な衣装で包み隠し、幾つもの宝玉で全身を華やかに彩っている。
片や、彼女に全てを吸い取られたかの如く、他の妃達は実に落ち着いた出で立ちだった。
目立てば最後。狭く逃げ場のない後宮で、徹底的にいびり抜かれるのだろう。
(そんなに睨むなってんの。こっちは睨み返せないんだから)
こっちは格下の東宮妃。当然だけど下座に座っている。
偶々目が合った、なんてシチュエーションは存在しないのだから、やるなら意図的に――――喧嘩を売るという形になってしまう。
(売らないけどね)
売ったところでメリットがない。
ああいう輩とは関わらないのが一番だ。
それから程なくして、宴が始まり、豪勢な食事が振る舞われはじめた。
毒見役が『毒がない』と確認したあとで、わたしたち妃ははじめて料理を口にする。そういうしきたりだ。
もちろん、こんな衆人環視の中で、事件を起こそうなんていうバカはそうそう居ない。
宴はつつがなく、進んでいく――――筈だった。
「失礼いたします、東宮妃さま」
宦官の一人が、わたしに声を掛けてきた。
以前、皇后の手紙を届けてくれた人物だ。
彼女のお気に入り――いびり対象という意味での――なのか、今日も遣いに寄越されたらしい。顔が青ざめ、ブルブルと震えている。
「皇后さまから贈り物を賜っております」
そう言って彼は毒々しい色合いをした茶菓子を差し出してきた。微かな目配せ。静かに振り返れば、至極凶悪な微笑みが、こちらをそっと見つめていた。
「東方由来の一つしか存在しない貴重なものなれど、他ならぬ東宮妃さまに召し上がっていただきたい、との思し召しです」
(ふぅん……なるほど)
一通り食事を終えたこのタイミングで、相手はひと戦仕掛けてきたらしい。
ご丁寧に『一つしか存在しない』『わたしに召し上がっていただきたい』なんて警戒心を煽りつつ、こちらが慌てる様子を楽しみたいらしい。
(さて、どうしたものかな)
他ならぬ皇后からの贈り物だ。毒見を挟むだなんて無粋な真似をすれば、不敬だ云々と騒ぎ立てるに違いない。衆人環視の中、食べるふりをするというのも難しそうだ。正直言って、わたしに食べる以外の選択肢はない。
「凛風」
遠く離れた反対側の席で、憂炎が立ち上がっているのが見える。どうやら動揺しているらしい。心配そうな表情で、こちらの様子を窺っている。
(馬鹿)
睨みつけ、口だけ動かして憂炎を席に座らせる。
動揺を見せるな。
付け入る隙を与えるな。
皇后が一番恨んでいるのは他でもない、憂炎だ。
小さなことで、皇太子に相応しくないだとか因縁をつけられ、排除されてしまいかねない。
それは、憂炎の妃であるわたしの失態もまた同じ――――。
「ありがたく頂戴いたします」
そう口にして、わたしは差し出された茶菓子を口に運んだ。
周囲が静かに息を呑む音がする。
背後に感じる強い圧。
躊躇わず、咀嚼し、飲み下す。
「とても、おいしゅうございます」
満面の笑みを浮かべ、柄にもない口調で礼を言う。
すると、方々から安堵のため息が聞こえてきた。
(こんな状況下だもの。贈り主がこんなにハッキリしているのに毒を仕込むなんて真似、出来っこないもんね?)
だけど、そうと分かっていても、ビビってしまうのが人の性。
そして、そこに付け入るのが、この皇后のやり方なのだろう。
きっと今頃は、微笑みを貼り付けたその下で、めちゃくちゃ悔しがっているに違いない。
心の中であっかんべーをしながら、わたしは小さく息を吐いた。
末端の席。
わたしが着席したあとで、美しい女性陣がずらりと入場してきた。
(現皇帝の妃たち、か)
ジロジロ見てやりたいところだけど、さすがにお行儀が悪い。
反対側の席には、憂炎や国の重鎮たちが勢ぞろいしているし、わたしの評判が悪いと、父様に迷惑がかかる。
わたしは瞳だけを動かして、妃たちの様子を観察していた。
と、そのとき、背筋をビリビリとした緊張感が走った。
振り返ることは決して許されない。
けれど、そこに存在する確かな威圧感――――皇后だ。
チラリと見えた皇后の姿は、年の頃、母と同じ位。
しっかりと施された化粧。真っ赤な紅が、余計に年齢を感じさせる。
ほんのりと丸みを帯びた艶やかな――――と言えば聞こえは良いけど、ようは締まりなく年老いた――――身体を豪奢な衣装で包み隠し、幾つもの宝玉で全身を華やかに彩っている。
片や、彼女に全てを吸い取られたかの如く、他の妃達は実に落ち着いた出で立ちだった。
目立てば最後。狭く逃げ場のない後宮で、徹底的にいびり抜かれるのだろう。
(そんなに睨むなってんの。こっちは睨み返せないんだから)
こっちは格下の東宮妃。当然だけど下座に座っている。
偶々目が合った、なんてシチュエーションは存在しないのだから、やるなら意図的に――――喧嘩を売るという形になってしまう。
(売らないけどね)
売ったところでメリットがない。
ああいう輩とは関わらないのが一番だ。
それから程なくして、宴が始まり、豪勢な食事が振る舞われはじめた。
毒見役が『毒がない』と確認したあとで、わたしたち妃ははじめて料理を口にする。そういうしきたりだ。
もちろん、こんな衆人環視の中で、事件を起こそうなんていうバカはそうそう居ない。
宴はつつがなく、進んでいく――――筈だった。
「失礼いたします、東宮妃さま」
宦官の一人が、わたしに声を掛けてきた。
以前、皇后の手紙を届けてくれた人物だ。
彼女のお気に入り――いびり対象という意味での――なのか、今日も遣いに寄越されたらしい。顔が青ざめ、ブルブルと震えている。
「皇后さまから贈り物を賜っております」
そう言って彼は毒々しい色合いをした茶菓子を差し出してきた。微かな目配せ。静かに振り返れば、至極凶悪な微笑みが、こちらをそっと見つめていた。
「東方由来の一つしか存在しない貴重なものなれど、他ならぬ東宮妃さまに召し上がっていただきたい、との思し召しです」
(ふぅん……なるほど)
一通り食事を終えたこのタイミングで、相手はひと戦仕掛けてきたらしい。
ご丁寧に『一つしか存在しない』『わたしに召し上がっていただきたい』なんて警戒心を煽りつつ、こちらが慌てる様子を楽しみたいらしい。
(さて、どうしたものかな)
他ならぬ皇后からの贈り物だ。毒見を挟むだなんて無粋な真似をすれば、不敬だ云々と騒ぎ立てるに違いない。衆人環視の中、食べるふりをするというのも難しそうだ。正直言って、わたしに食べる以外の選択肢はない。
「凛風」
遠く離れた反対側の席で、憂炎が立ち上がっているのが見える。どうやら動揺しているらしい。心配そうな表情で、こちらの様子を窺っている。
(馬鹿)
睨みつけ、口だけ動かして憂炎を席に座らせる。
動揺を見せるな。
付け入る隙を与えるな。
皇后が一番恨んでいるのは他でもない、憂炎だ。
小さなことで、皇太子に相応しくないだとか因縁をつけられ、排除されてしまいかねない。
それは、憂炎の妃であるわたしの失態もまた同じ――――。
「ありがたく頂戴いたします」
そう口にして、わたしは差し出された茶菓子を口に運んだ。
周囲が静かに息を呑む音がする。
背後に感じる強い圧。
躊躇わず、咀嚼し、飲み下す。
「とても、おいしゅうございます」
満面の笑みを浮かべ、柄にもない口調で礼を言う。
すると、方々から安堵のため息が聞こえてきた。
(こんな状況下だもの。贈り主がこんなにハッキリしているのに毒を仕込むなんて真似、出来っこないもんね?)
だけど、そうと分かっていても、ビビってしまうのが人の性。
そして、そこに付け入るのが、この皇后のやり方なのだろう。
きっと今頃は、微笑みを貼り付けたその下で、めちゃくちゃ悔しがっているに違いない。
心の中であっかんべーをしながら、わたしは小さく息を吐いた。
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