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20.『凛風』との別れ
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宴が終わり、人々の往来が激しくなった頃合いのこと、ふと女官用の衣装が目についた。
質素な服だけれど、着る人が着れば、それは極上の一枚になり得る。
ピンと伸びた背筋。流れるような所作。
儚げ且つ凛とした雰囲気を纏う一人の少女を、わたしは急いで呼び止めた。
「華凛! 待って、華凛! 華凛、よね?」
「まあ――――お久しぶりです、姉さま」
「華凛! 華凛、華凛、華凛~~~~!」
それは、念願だった華凛との再会がようやく実現した瞬間だった。
(長かった……! ものすごく長かった!)
宴に参加してから数時間、華凛は中々見つからなかった。
これだけ沢山の人が溢れているんだもの。華凛は仕事をしているんだし、仕方がないって分かっている。
だけどこっちは二ヶ月もあの子のことを待ち続けていたわけで。
今日という日を逃すわけにはいかない。
他の妃への挨拶と称して侍女たちを引き連れ、あちこちを探し回て、なんとか見つけ出したのだ。
「会いたかったわ、華凛!」
傍から見れば感動の再会。侍女たちは微笑ましく、わたし達の様子を見守っている。
「姉さまったら……ほんの二ヶ月ぶりですのに」
「ほんの? またまた! ほんとうだったらわたしたち、三日で会えるはずだったのよ?」
「あっ……と、そうでしたわね」
忙しさのせいか、華凛は当初の約束を忘れていたらしい。
まったくもって酷い話だ。
おかげでこっちは大変な目に遭ったというのに――――そう思うと、口の端がひくひくと引き攣る。
「仕事は? もう終わりよね? 憂炎もさっきお偉方への挨拶に立っていたし」
「ええ、まぁそうですわね。だけど姉さま……わたくし、まだ片づけが残っていて…………」
「そんなのはあと。妃命令よ! 今はわたしを優先して!」
滅茶苦茶なことを言っている自覚はあるけど、二ヶ月も我慢したんだもん。
このぐらいは許してほしい。
華凛は躊躇いがちに視線を彷徨わせつつ、やがて小さくため息を吐いた。
持っていた盆をわたしの侍女へと託し、わたしのために用意された天幕へと戻る。
それからしっかりと人払いをし、わたしたちは二人きりになった。
「華凛……良かった。もう会えないかと思ってた」
華凛をギュッと抱き締めながら、わたしの目からポロポロと涙が零れ落ちる。
久しぶりに会う華凛は、頭のてっぺんからつま先迄、わたしが知ってる華凛そのもので。
安心したし、すごく嬉しかった。
「すみません、姉さま。まさか、こんなにお待たせすることになるとは思わなくて」
華凛は心底すまなそうに眉を八の字に曲げる。
「良いの、良いの! ――――ううん、良くはない。けど! こうしてまた入れ替われるんだもの! 結果オーライだわ」
そう言って笑えば、華凛は少しだけ困惑した様子で息を呑んだ。
「姉さま……まさか、本気でもう一度、入れ替わるおつもりなのですか?」
「当然でしょ!」
重たい宝飾品を外しながら、勢いよくそう答える。
人払いをしているとはいえ、一体いつ人が来るか分からない。
化粧だって変えなきゃならないし、入れ替わりは時間との勝負だ。立ち止まっている時間はない。
「だけど姉さま――――あれから憂炎は、姉さまの元に通っていらっしゃるのでしょう?」
「――――憂炎から聞いたの?」
憂炎の話をするのは少し気まずい。
ついつい顔を背けてしまう。
華凛は躊躇いがちにわたしを見つめ、「ええ」と答えた。
「……姉さま、わたくしたちが最初に入れ替わったときと、今とでは状況が全く異なりますわ。
今や姉さまは名実ともに憂炎の妃。
それなのに、わたくしと入れ替わって、本当に良いのでしょうか?」
心に直接訴えかけるような声音。
ほんの少しだけ胸が痛む。
「華凛――――後宮に戻りたくなくなったの?」
「いいえ。わたくしというより、姉さまと憂炎の問題ですわ」
華凛は大きく首を横に振りながら、わたしを真っ直ぐに見つめている。
「わたしは戻りたい。自由な生活に戻りたいの」
目頭が熱い。
瞳から涙がポロポロとこぼれ落ちる。
わたしはただ、当たり前の日常を取り戻したいだけ。
好きな場所に行けて、好きなことができて、誰に縛られることも無く、なんにだってなれる。
そんな自由な生活が、恋しくて恋しくて堪らなかった。
豪華な食事も、衣装も、気の利く侍女や宦官達も、美しい妃達とのやり取りだって、何も要らない。
欲しくなんてない。
何より、これ以上訳の分からない感情に振り回されたくなかった。
あんな風に憂炎に見つめられるのも、触れられるのもごめんだ。
心臓がいくつあっても足りない程、ざわざわ騒いで、苦しく、熱くなって――――そんなの、馬鹿みたいじゃないか。
「そうですか」
華凛はもう、何も言わなかった。
わたしと同じように服を脱ぎ、『凛風』に戻るための準備を始める。
式典のために複雑に結われた髪を解き、ドレスを脱ぎ捨てたところで、わたしは右腕に輝くブレスレットに気づいた。
今朝、憂炎に貰ったばかりのものだ。
(わたしは『華凛』になるんだもんな)
必要ない。
華凛が持っていたらおかしい。
外そうと手を掛けて――――何故か躊躇われて、それから静かに目を背けた。
髪を結い直し、化粧を落としてから、女官用の服を身に纏う。
この瞬間からわたしはもう『凛風』じゃない――――『華凛』だ。
「ありがとうね、華凛」
最後にもう一度華凛を抱き締めてから、わたしは天幕に手を掛ける。すると、服の裾からチラリとブレスレットが目に入った。
『凛風が持っていてくれ』
頭の中で、憂炎の切実な声音が響く。
本当なら、これは華凛に渡すべきものだ。
今なら返しに戻ることだってできる。
だけど、何故だろう。
わたしはそうしたくなかった。
(憂炎に見られないようにしないとな)
紅と白に輝くブレスレットを胸元に大事に仕舞いこみ、わたしは再び『凛風』に別れを告げたのだった。
質素な服だけれど、着る人が着れば、それは極上の一枚になり得る。
ピンと伸びた背筋。流れるような所作。
儚げ且つ凛とした雰囲気を纏う一人の少女を、わたしは急いで呼び止めた。
「華凛! 待って、華凛! 華凛、よね?」
「まあ――――お久しぶりです、姉さま」
「華凛! 華凛、華凛、華凛~~~~!」
それは、念願だった華凛との再会がようやく実現した瞬間だった。
(長かった……! ものすごく長かった!)
宴に参加してから数時間、華凛は中々見つからなかった。
これだけ沢山の人が溢れているんだもの。華凛は仕事をしているんだし、仕方がないって分かっている。
だけどこっちは二ヶ月もあの子のことを待ち続けていたわけで。
今日という日を逃すわけにはいかない。
他の妃への挨拶と称して侍女たちを引き連れ、あちこちを探し回て、なんとか見つけ出したのだ。
「会いたかったわ、華凛!」
傍から見れば感動の再会。侍女たちは微笑ましく、わたし達の様子を見守っている。
「姉さまったら……ほんの二ヶ月ぶりですのに」
「ほんの? またまた! ほんとうだったらわたしたち、三日で会えるはずだったのよ?」
「あっ……と、そうでしたわね」
忙しさのせいか、華凛は当初の約束を忘れていたらしい。
まったくもって酷い話だ。
おかげでこっちは大変な目に遭ったというのに――――そう思うと、口の端がひくひくと引き攣る。
「仕事は? もう終わりよね? 憂炎もさっきお偉方への挨拶に立っていたし」
「ええ、まぁそうですわね。だけど姉さま……わたくし、まだ片づけが残っていて…………」
「そんなのはあと。妃命令よ! 今はわたしを優先して!」
滅茶苦茶なことを言っている自覚はあるけど、二ヶ月も我慢したんだもん。
このぐらいは許してほしい。
華凛は躊躇いがちに視線を彷徨わせつつ、やがて小さくため息を吐いた。
持っていた盆をわたしの侍女へと託し、わたしのために用意された天幕へと戻る。
それからしっかりと人払いをし、わたしたちは二人きりになった。
「華凛……良かった。もう会えないかと思ってた」
華凛をギュッと抱き締めながら、わたしの目からポロポロと涙が零れ落ちる。
久しぶりに会う華凛は、頭のてっぺんからつま先迄、わたしが知ってる華凛そのもので。
安心したし、すごく嬉しかった。
「すみません、姉さま。まさか、こんなにお待たせすることになるとは思わなくて」
華凛は心底すまなそうに眉を八の字に曲げる。
「良いの、良いの! ――――ううん、良くはない。けど! こうしてまた入れ替われるんだもの! 結果オーライだわ」
そう言って笑えば、華凛は少しだけ困惑した様子で息を呑んだ。
「姉さま……まさか、本気でもう一度、入れ替わるおつもりなのですか?」
「当然でしょ!」
重たい宝飾品を外しながら、勢いよくそう答える。
人払いをしているとはいえ、一体いつ人が来るか分からない。
化粧だって変えなきゃならないし、入れ替わりは時間との勝負だ。立ち止まっている時間はない。
「だけど姉さま――――あれから憂炎は、姉さまの元に通っていらっしゃるのでしょう?」
「――――憂炎から聞いたの?」
憂炎の話をするのは少し気まずい。
ついつい顔を背けてしまう。
華凛は躊躇いがちにわたしを見つめ、「ええ」と答えた。
「……姉さま、わたくしたちが最初に入れ替わったときと、今とでは状況が全く異なりますわ。
今や姉さまは名実ともに憂炎の妃。
それなのに、わたくしと入れ替わって、本当に良いのでしょうか?」
心に直接訴えかけるような声音。
ほんの少しだけ胸が痛む。
「華凛――――後宮に戻りたくなくなったの?」
「いいえ。わたくしというより、姉さまと憂炎の問題ですわ」
華凛は大きく首を横に振りながら、わたしを真っ直ぐに見つめている。
「わたしは戻りたい。自由な生活に戻りたいの」
目頭が熱い。
瞳から涙がポロポロとこぼれ落ちる。
わたしはただ、当たり前の日常を取り戻したいだけ。
好きな場所に行けて、好きなことができて、誰に縛られることも無く、なんにだってなれる。
そんな自由な生活が、恋しくて恋しくて堪らなかった。
豪華な食事も、衣装も、気の利く侍女や宦官達も、美しい妃達とのやり取りだって、何も要らない。
欲しくなんてない。
何より、これ以上訳の分からない感情に振り回されたくなかった。
あんな風に憂炎に見つめられるのも、触れられるのもごめんだ。
心臓がいくつあっても足りない程、ざわざわ騒いで、苦しく、熱くなって――――そんなの、馬鹿みたいじゃないか。
「そうですか」
華凛はもう、何も言わなかった。
わたしと同じように服を脱ぎ、『凛風』に戻るための準備を始める。
式典のために複雑に結われた髪を解き、ドレスを脱ぎ捨てたところで、わたしは右腕に輝くブレスレットに気づいた。
今朝、憂炎に貰ったばかりのものだ。
(わたしは『華凛』になるんだもんな)
必要ない。
華凛が持っていたらおかしい。
外そうと手を掛けて――――何故か躊躇われて、それから静かに目を背けた。
髪を結い直し、化粧を落としてから、女官用の服を身に纏う。
この瞬間からわたしはもう『凛風』じゃない――――『華凛』だ。
「ありがとうね、華凛」
最後にもう一度華凛を抱き締めてから、わたしは天幕に手を掛ける。すると、服の裾からチラリとブレスレットが目に入った。
『凛風が持っていてくれ』
頭の中で、憂炎の切実な声音が響く。
本当なら、これは華凛に渡すべきものだ。
今なら返しに戻ることだってできる。
だけど、何故だろう。
わたしはそうしたくなかった。
(憂炎に見られないようにしないとな)
紅と白に輝くブレスレットを胸元に大事に仕舞いこみ、わたしは再び『凛風』に別れを告げたのだった。
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