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5.殿下は殿下の心のままになさってください
2.
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「先ほどはすまなかった、マチルダ。不快な思いをさせただろう?」
教室で授業がはじまるのを待っていたら、ヴァージル殿下はわたしに謝ってきた。
(悪いと思うなら最初からするなよ)
わたしは深々とため息を吐きつつ、ヴァージル殿下をちらりと見遣る。
「さっきの令嬢は? 同じクラスじゃないんですか?」
「え? ……ああ。彼女は隣のクラスらしい。もっと成績が良ければ、と残念がっていたよ」
「……そういえば、そんな話でしたね」
この学園のクラス分けは成績順になっている。ヒロインはもともと中の中ぐらいの成績で。そこからヴァージルのために努力して、最終的には同じクラスに上がれるっていう話の流れだった。
(まあ、努力家なのは結構だけど)
性格がほわほわしているうえ、知識までないんじゃ、妃なんてとても務まらないだろうしね。
「――――怒っていないのか?」
「怒る?」
わたしの反応が意外だったらしい。バージル殿下は首を傾げつつ、そんなことを尋ねてくる。
「別に。怒る要素が見当たりませんけど」
殿下に対して思うところはなにもない。
二年ぐらい前に親から婚約するように言われて、数回顔を合わせただけ。
顔は綺麗に整っているけど、わたしの好みじゃないし。
どうせ婚約破棄は確定事項だろうから、これからはさらに距離を置くのが正解だろう。
(お妃教育が始まるのは一年後って話だしね)
ゲームと展開が変わっちゃうけど、できたらこの一年の間に婚約を破棄されてしまいたい。面倒なことは嫌いだし、無駄金だもん。国にとって良いことはなにもないしね。
「わたしのことはどうぞお構いなく。殿下は殿下の心のままに。好きなようになさればいいと思います」
恋愛も結婚も面倒だ。心を動かすだけ時間の無駄だし、そんな価値はないと思う。
おそらくだけど、殿下に婚約を破棄されたら、わたしと婚約したいっていう人は現れないだろう。わたし自身はそれで構わない。
どうしても結婚させたいなら、親が頑張ってくれるだろう。前世みたいに自由恋愛ってわけじゃなく、政略結婚がほとんどだから、その点についてはこっちのほうが楽だ。
(乙女ゲームを参考に性格を改めろ、恋愛しろなんてことも言われないだろうし)
小さく笑うわたしをよそに、殿下は先ほどよりも大きく首を傾げた。
***
その後、ヒロインのカトレアとヴァージル殿下は順調に交流を続けているようだった。
(たしか裏庭にある秘密の場所で逢瀬を重ねながら、王太子としての重責を打ち明ける、とかって感じだったっけ)
誰からも同情、共感してもらえないヴァージル殿下にとって、ヒロインの存在は癒やしらしい。愚痴に対して「わかります」って返事をしたら、ヴァージル殿下にめちゃくちゃ嬉しそうに微笑まれて、ヒロインがときめくっていうありきたりな展開が書かれていた覚えがある。
まあ、本人に交流状況を聞いたわけじゃないし、確認しに行ったわけじゃないから、実際のところはよく分かんないんだけど。
(たしか、原作ではマチルダが二人の逢引現場に乗り込んで邪魔をするし、ふたりきりで会うのを禁止するし、国王陛下や王妃様に言いつけて結構おおごとにしてたんだよね)
当たり前の行動っちゃ行動だと思う――――けど、相手を思っていないわたしには絶対にできない。妃の位に対してだって、なんの思い入れもないし。わざわざ足を運ぶのも、怒るのも疲れるし。
「どうして殿下をお止めにならないんですか、マチルダ様!」
とそのとき、背後から唐突に声をかけられた。
愛らしくて甲高い女性の声。振り返ったら、そこにはヒロイン――――カトレアの姿があった。
「止めるって……なにをですか?」
「そんなの当然決まってます! ヴァージル殿下と私が裏庭で会っていること、ご存知なんでしょう?」
「はぁ……」
なんだそりゃ。ツッコミどころが満載過ぎる。
何故わたしが二人を止めなきゃならないのか。
止められるべきことだと分かっていて、何故逢瀬を続けるのか。
どうして逢瀬を止められたいと思うのか。
(意味わからん。会いたいなら会えばいいじゃない。わたしは止めないし)
非難がましい瞳でわたしを見つめてくるカトレアに、わたしは盛大なため息を吐いた。
「どうでも良いから、です」
端的に、問われたことだけに答える。それから踵を返したら、ぐいっと腕を引っ張られた。
「痛っ……」
なにすんだ、この女。痛いし、そもそも失礼だろう。
「どうでも良いってなんですか! 殿下のこと、好きなんでしょう?」
ムッと唇を尖らせ、カトレアがわたしの道を塞ぐ。なんでか怒っているらしく、顔が真っ赤だ。
「いや、別に好きじゃありませんけど。普通に政略結婚――――婚約しているだけですし」
どうしてわたしの気持ちを勝手に決めつけるのだろう? 面倒だし、鬱陶しいし、色々と嫌になってくる。
「そんな……ひどい。殿下が可哀想だわ! こんな冷たい人が婚約者だなんて……私が殿下の婚約者なら、もっと殿下のことを気にかけますのに」
(どうぞどうぞ。さっさと婚約すればいいと思ってますけど)
えぐえぐと涙を流すカトレアを見ていたら、段々イライラが募ってきた。
だけど、男ってこういう女がタイプなのよね。だからこそ、参考にしろ、プレーしろって勧められたわけだし。
(無理だわ)
わたしとは相容れない。The・女子って感じ。昔からそういうタイプは苦手だったけど、この子は別格かも。
「カトレア!」
とそのとき、どこからともなく殿下の声が聞こえてきた。
なるほどね。悪役令嬢っていうのはこういう感じで形作られていくものらしい。この状況を見たら、誰だってわたしが悪いと思うもん。さすが、ヒロイン様って感じ。
「マチルダ、カトレアになにを言ったんだ!」
ヴァージル殿下が睨んでくる。
ホントばかみたい。おかしくって笑えてくる。
「大したことはなにも。わたしはただ、殿下と仲良くなさってくださいと申し上げたかっただけです」
「なにっ?」
殿下が律儀に驚いている。さっさと話を切り上げたくて、わたしは頭をフル回転させた。
「裏庭だろうが、お城だろうが、お好きな場所でお会いになったら良いと思います。わたしは一向に構いませんよ。それで殿下の心が安らぐなら、それが一番でしょう」
「マチルダ……」
カトレアをちらりと見遣りつつ、殿下は瞳を輝かせる。ヒロインと違い、ヒーローは存外素直らしい。
「何事も、殿下のしたいようになさればいいと思います」
泣きじゃくるカトレアを押し付け、わたしはようやく開放された。
教室で授業がはじまるのを待っていたら、ヴァージル殿下はわたしに謝ってきた。
(悪いと思うなら最初からするなよ)
わたしは深々とため息を吐きつつ、ヴァージル殿下をちらりと見遣る。
「さっきの令嬢は? 同じクラスじゃないんですか?」
「え? ……ああ。彼女は隣のクラスらしい。もっと成績が良ければ、と残念がっていたよ」
「……そういえば、そんな話でしたね」
この学園のクラス分けは成績順になっている。ヒロインはもともと中の中ぐらいの成績で。そこからヴァージルのために努力して、最終的には同じクラスに上がれるっていう話の流れだった。
(まあ、努力家なのは結構だけど)
性格がほわほわしているうえ、知識までないんじゃ、妃なんてとても務まらないだろうしね。
「――――怒っていないのか?」
「怒る?」
わたしの反応が意外だったらしい。バージル殿下は首を傾げつつ、そんなことを尋ねてくる。
「別に。怒る要素が見当たりませんけど」
殿下に対して思うところはなにもない。
二年ぐらい前に親から婚約するように言われて、数回顔を合わせただけ。
顔は綺麗に整っているけど、わたしの好みじゃないし。
どうせ婚約破棄は確定事項だろうから、これからはさらに距離を置くのが正解だろう。
(お妃教育が始まるのは一年後って話だしね)
ゲームと展開が変わっちゃうけど、できたらこの一年の間に婚約を破棄されてしまいたい。面倒なことは嫌いだし、無駄金だもん。国にとって良いことはなにもないしね。
「わたしのことはどうぞお構いなく。殿下は殿下の心のままに。好きなようになさればいいと思います」
恋愛も結婚も面倒だ。心を動かすだけ時間の無駄だし、そんな価値はないと思う。
おそらくだけど、殿下に婚約を破棄されたら、わたしと婚約したいっていう人は現れないだろう。わたし自身はそれで構わない。
どうしても結婚させたいなら、親が頑張ってくれるだろう。前世みたいに自由恋愛ってわけじゃなく、政略結婚がほとんどだから、その点についてはこっちのほうが楽だ。
(乙女ゲームを参考に性格を改めろ、恋愛しろなんてことも言われないだろうし)
小さく笑うわたしをよそに、殿下は先ほどよりも大きく首を傾げた。
***
その後、ヒロインのカトレアとヴァージル殿下は順調に交流を続けているようだった。
(たしか裏庭にある秘密の場所で逢瀬を重ねながら、王太子としての重責を打ち明ける、とかって感じだったっけ)
誰からも同情、共感してもらえないヴァージル殿下にとって、ヒロインの存在は癒やしらしい。愚痴に対して「わかります」って返事をしたら、ヴァージル殿下にめちゃくちゃ嬉しそうに微笑まれて、ヒロインがときめくっていうありきたりな展開が書かれていた覚えがある。
まあ、本人に交流状況を聞いたわけじゃないし、確認しに行ったわけじゃないから、実際のところはよく分かんないんだけど。
(たしか、原作ではマチルダが二人の逢引現場に乗り込んで邪魔をするし、ふたりきりで会うのを禁止するし、国王陛下や王妃様に言いつけて結構おおごとにしてたんだよね)
当たり前の行動っちゃ行動だと思う――――けど、相手を思っていないわたしには絶対にできない。妃の位に対してだって、なんの思い入れもないし。わざわざ足を運ぶのも、怒るのも疲れるし。
「どうして殿下をお止めにならないんですか、マチルダ様!」
とそのとき、背後から唐突に声をかけられた。
愛らしくて甲高い女性の声。振り返ったら、そこにはヒロイン――――カトレアの姿があった。
「止めるって……なにをですか?」
「そんなの当然決まってます! ヴァージル殿下と私が裏庭で会っていること、ご存知なんでしょう?」
「はぁ……」
なんだそりゃ。ツッコミどころが満載過ぎる。
何故わたしが二人を止めなきゃならないのか。
止められるべきことだと分かっていて、何故逢瀬を続けるのか。
どうして逢瀬を止められたいと思うのか。
(意味わからん。会いたいなら会えばいいじゃない。わたしは止めないし)
非難がましい瞳でわたしを見つめてくるカトレアに、わたしは盛大なため息を吐いた。
「どうでも良いから、です」
端的に、問われたことだけに答える。それから踵を返したら、ぐいっと腕を引っ張られた。
「痛っ……」
なにすんだ、この女。痛いし、そもそも失礼だろう。
「どうでも良いってなんですか! 殿下のこと、好きなんでしょう?」
ムッと唇を尖らせ、カトレアがわたしの道を塞ぐ。なんでか怒っているらしく、顔が真っ赤だ。
「いや、別に好きじゃありませんけど。普通に政略結婚――――婚約しているだけですし」
どうしてわたしの気持ちを勝手に決めつけるのだろう? 面倒だし、鬱陶しいし、色々と嫌になってくる。
「そんな……ひどい。殿下が可哀想だわ! こんな冷たい人が婚約者だなんて……私が殿下の婚約者なら、もっと殿下のことを気にかけますのに」
(どうぞどうぞ。さっさと婚約すればいいと思ってますけど)
えぐえぐと涙を流すカトレアを見ていたら、段々イライラが募ってきた。
だけど、男ってこういう女がタイプなのよね。だからこそ、参考にしろ、プレーしろって勧められたわけだし。
(無理だわ)
わたしとは相容れない。The・女子って感じ。昔からそういうタイプは苦手だったけど、この子は別格かも。
「カトレア!」
とそのとき、どこからともなく殿下の声が聞こえてきた。
なるほどね。悪役令嬢っていうのはこういう感じで形作られていくものらしい。この状況を見たら、誰だってわたしが悪いと思うもん。さすが、ヒロイン様って感じ。
「マチルダ、カトレアになにを言ったんだ!」
ヴァージル殿下が睨んでくる。
ホントばかみたい。おかしくって笑えてくる。
「大したことはなにも。わたしはただ、殿下と仲良くなさってくださいと申し上げたかっただけです」
「なにっ?」
殿下が律儀に驚いている。さっさと話を切り上げたくて、わたしは頭をフル回転させた。
「裏庭だろうが、お城だろうが、お好きな場所でお会いになったら良いと思います。わたしは一向に構いませんよ。それで殿下の心が安らぐなら、それが一番でしょう」
「マチルダ……」
カトレアをちらりと見遣りつつ、殿下は瞳を輝かせる。ヒロインと違い、ヒーローは存外素直らしい。
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泣きじゃくるカトレアを押し付け、わたしはようやく開放された。
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