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5.殿下は殿下の心のままになさってください
5.(END)
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「どうして! どうしてわたくしの邪魔ばかりするのよ!」
それから数日後のこと、わたしはカトレアから呼び出しを受け、裏庭に連れ出されていた。
「邪魔って、何が?」
いい加減色々面倒くさい。わたしは深々とため息を吐いた。
「貴女も、このゲームをプレイしたんでしょう! 見てたら分かるわ。わたくしのことをいつも忌々しそうな目で見ているし」
「忌々しいというよりは迷惑です。面倒です。ヴァージル殿下と結ばれたいなら、どうぞ勝手になさってください。わたしは止めませんから。
大体、わたしに絡まなくたって、ヴァージル殿下のことは攻略できるでしょう?」
「それじゃ、ちっとも楽しくないじゃありませんか!」
「…………はぁ?」
カトレアが言い放ったのは、これまでで一番訳のわからないセリフだった。
彼女は顔を真っ赤に染め、唇をグッと引き結んでいる。
「悪役令嬢のマチルダが嫉妬をするから! 妨害をしてくるからこそ、ヒロインは罪悪感を抱くし、それを凌駕するほどの優越感に浸れるんでしょう? 誰にも羨ましがられない恋愛なんて楽しくないもの。意味がないのよ!」
なるほど――――そんなふうに思う人もいるのか。
っていうか『わたくしの邪魔をするな』と言いつつ『妨害をしてこないのはおかしい』って言うのは大分矛盾している気がする。
わたしは半ば呆然としながら、カトレアのことをまじまじと見つめた。
「えぇっと……大丈夫じゃありませんか? ヴァージル殿下は王太子で、財力も権力もあるわけだから、これからきっと色んな人に羨ましがられますよ」
「それも大事だけど! 恋が叶うまでの過程が大事なんです! 当事者である貴女がどうでも良いなんて言ってたら、ホントに全然楽しくない! こんなことなら、貴女のお兄さんとか、別のキャラを攻略したら良かった!」
「へ? はぁ……」
なんでもいいけど、これ以上わたしを巻き込まないで。どうか勝手にしてほしい。
「なんなのよ、貴女! 一体何がしたいわけ? どうして自分の婚約者を奪われないようにしようと思わないんですか?」
「わたしは――――恋愛とか、よく分からないし。心を揺さぶられるのも嫌いで、平穏に生きていたいと思うタイプだし。
だから――――好きな人がいるのって素敵なことだなぁって。本当に好きな人がいるなら、その人と結ばれるべきだって思ったの」
前世で、誰かを好きになるための努力はした。
けれど、無理やり恋をしたところで、心はちっともときめかない。
男性が好む可愛げのある女になるのもわたしには無理だった。
だから、素直に恋愛ができる人が羨ましい――――好きな人がいるのなら、その想いを叶えるのが一番だと思った。
「――――だったら、マチルダは僕と結ばれなきゃ、だね」
思いがけない言葉。背中を覆う温もり。
振り返れば、ヴァージル殿下が優しく微笑んでいた。
「なっ……殿下? 一体いつからそこに?」
尋ねたのはカトレアだった。彼女はワナワナと唇を震わせつつ、呆然とこちらを見つめている。
「最初から。あのへんで隠れて話を聞いていたんだ。
マチルダが君に呼び出されたって聞いたからね。危ない目にあったらいけないだろう?」
「……そうでしたか」
呼び出しを受けたことは誰にも伝えていない。おそらく、わたしに対して密かに護衛をつけていたのだろう。
「ところでカトレア。さっきから聞いていたら、随分な言い様だったね。罪悪感がどうとか、優越感がどうとか、楽しくないとか、色々」
「あ……それは、その…………」
「残念だけど、僕は君の優越感を満たすための道具になるつもりはないよ。君にはとても王妃は務まらないしね。
そもそも、僕が好きなのはマチルダであって、君じゃない。これから先も、君を好きになることはないよ」
はっきりと、きっぱりと、ヴァージル殿下がカトレアに向かって言い放つ。彼女は真っ赤に顔を染め、脱兎のごとくその場から逃げ出していった。
***
「あの……すみませんでした」
ふたりきりになった裏庭、花壇の縁に腰掛け、わたしは殿下と隣り合う。
「何が?」
「殿下に嘘を吐かせてしまったことです。わたしを守るために『好き』だなんて嘘を仰ったのでしょう?」
言葉にしながら、申し訳無さが胸を突く。
こんな性格のキツい女、誰からも好かれることはない。可愛げもないし、頭でっかちだし、好かれる要素が皆無なのだから。
「え? 僕はマチルダのことが好きだよ」
本当に、と付け加え、ヴァージル殿下が首を傾げる。わたしは思わず目を瞬いた。
「そんな、馬鹿な……」
「馬鹿と言われたところで、それが事実だ。
はじめはマチルダに興味を持ってもらえないのが悔しくて。単にこちらを振り向かせたいだけだった。
だけど、君は優秀で、自分をしっかりと持っていて、何事にも一生懸命なんだってことに気づいたんだ。リアリストで、ふわふわと夢見がちじゃなく、どこまでも自分の足で歩いていける――――そういう強さが好ましい。僕も君に負けないように頑張らなければと思ったし、マチルダが安心して頼れるような――――甘えられるような存在になりたいと思った。本当だ」
身体中の血液が沸騰したみたいに熱くなる。心臓がバクバクと鳴り響き、上手く息ができなくなる。
(こんなわたしを好きになってくれる人がいるなんて……)
にわかには信じがたい――――けれど、嘘とも思えない。
ヴァージル殿下はわたしの手を握ると、触れるだけのキスをする。ゴクリとつばを飲みながら、わたしは視線をうろつかせた。
「今はまだ恋にならなくても良い。いつかきっと、君を本気にさせるから」
「で、でも……」
「殿下は殿下の心のままに、だろう?」
いつぞやのわたしのセリフを口にして、殿下はニコリといたずらっぽく笑う。
「……そうですね」
恋愛のことは未だによく分からない。
だけど、殿下のことはほんの少し分かった気がするし、これから先も知っていきたい――――そんなことを密かに思う。
わたしたちは顔を見合わせつつ、声を上げて笑うのだった。
それから数日後のこと、わたしはカトレアから呼び出しを受け、裏庭に連れ出されていた。
「邪魔って、何が?」
いい加減色々面倒くさい。わたしは深々とため息を吐いた。
「貴女も、このゲームをプレイしたんでしょう! 見てたら分かるわ。わたくしのことをいつも忌々しそうな目で見ているし」
「忌々しいというよりは迷惑です。面倒です。ヴァージル殿下と結ばれたいなら、どうぞ勝手になさってください。わたしは止めませんから。
大体、わたしに絡まなくたって、ヴァージル殿下のことは攻略できるでしょう?」
「それじゃ、ちっとも楽しくないじゃありませんか!」
「…………はぁ?」
カトレアが言い放ったのは、これまでで一番訳のわからないセリフだった。
彼女は顔を真っ赤に染め、唇をグッと引き結んでいる。
「悪役令嬢のマチルダが嫉妬をするから! 妨害をしてくるからこそ、ヒロインは罪悪感を抱くし、それを凌駕するほどの優越感に浸れるんでしょう? 誰にも羨ましがられない恋愛なんて楽しくないもの。意味がないのよ!」
なるほど――――そんなふうに思う人もいるのか。
っていうか『わたくしの邪魔をするな』と言いつつ『妨害をしてこないのはおかしい』って言うのは大分矛盾している気がする。
わたしは半ば呆然としながら、カトレアのことをまじまじと見つめた。
「えぇっと……大丈夫じゃありませんか? ヴァージル殿下は王太子で、財力も権力もあるわけだから、これからきっと色んな人に羨ましがられますよ」
「それも大事だけど! 恋が叶うまでの過程が大事なんです! 当事者である貴女がどうでも良いなんて言ってたら、ホントに全然楽しくない! こんなことなら、貴女のお兄さんとか、別のキャラを攻略したら良かった!」
「へ? はぁ……」
なんでもいいけど、これ以上わたしを巻き込まないで。どうか勝手にしてほしい。
「なんなのよ、貴女! 一体何がしたいわけ? どうして自分の婚約者を奪われないようにしようと思わないんですか?」
「わたしは――――恋愛とか、よく分からないし。心を揺さぶられるのも嫌いで、平穏に生きていたいと思うタイプだし。
だから――――好きな人がいるのって素敵なことだなぁって。本当に好きな人がいるなら、その人と結ばれるべきだって思ったの」
前世で、誰かを好きになるための努力はした。
けれど、無理やり恋をしたところで、心はちっともときめかない。
男性が好む可愛げのある女になるのもわたしには無理だった。
だから、素直に恋愛ができる人が羨ましい――――好きな人がいるのなら、その想いを叶えるのが一番だと思った。
「――――だったら、マチルダは僕と結ばれなきゃ、だね」
思いがけない言葉。背中を覆う温もり。
振り返れば、ヴァージル殿下が優しく微笑んでいた。
「なっ……殿下? 一体いつからそこに?」
尋ねたのはカトレアだった。彼女はワナワナと唇を震わせつつ、呆然とこちらを見つめている。
「最初から。あのへんで隠れて話を聞いていたんだ。
マチルダが君に呼び出されたって聞いたからね。危ない目にあったらいけないだろう?」
「……そうでしたか」
呼び出しを受けたことは誰にも伝えていない。おそらく、わたしに対して密かに護衛をつけていたのだろう。
「ところでカトレア。さっきから聞いていたら、随分な言い様だったね。罪悪感がどうとか、優越感がどうとか、楽しくないとか、色々」
「あ……それは、その…………」
「残念だけど、僕は君の優越感を満たすための道具になるつもりはないよ。君にはとても王妃は務まらないしね。
そもそも、僕が好きなのはマチルダであって、君じゃない。これから先も、君を好きになることはないよ」
はっきりと、きっぱりと、ヴァージル殿下がカトレアに向かって言い放つ。彼女は真っ赤に顔を染め、脱兎のごとくその場から逃げ出していった。
***
「あの……すみませんでした」
ふたりきりになった裏庭、花壇の縁に腰掛け、わたしは殿下と隣り合う。
「何が?」
「殿下に嘘を吐かせてしまったことです。わたしを守るために『好き』だなんて嘘を仰ったのでしょう?」
言葉にしながら、申し訳無さが胸を突く。
こんな性格のキツい女、誰からも好かれることはない。可愛げもないし、頭でっかちだし、好かれる要素が皆無なのだから。
「え? 僕はマチルダのことが好きだよ」
本当に、と付け加え、ヴァージル殿下が首を傾げる。わたしは思わず目を瞬いた。
「そんな、馬鹿な……」
「馬鹿と言われたところで、それが事実だ。
はじめはマチルダに興味を持ってもらえないのが悔しくて。単にこちらを振り向かせたいだけだった。
だけど、君は優秀で、自分をしっかりと持っていて、何事にも一生懸命なんだってことに気づいたんだ。リアリストで、ふわふわと夢見がちじゃなく、どこまでも自分の足で歩いていける――――そういう強さが好ましい。僕も君に負けないように頑張らなければと思ったし、マチルダが安心して頼れるような――――甘えられるような存在になりたいと思った。本当だ」
身体中の血液が沸騰したみたいに熱くなる。心臓がバクバクと鳴り響き、上手く息ができなくなる。
(こんなわたしを好きになってくれる人がいるなんて……)
にわかには信じがたい――――けれど、嘘とも思えない。
ヴァージル殿下はわたしの手を握ると、触れるだけのキスをする。ゴクリとつばを飲みながら、わたしは視線をうろつかせた。
「今はまだ恋にならなくても良い。いつかきっと、君を本気にさせるから」
「で、でも……」
「殿下は殿下の心のままに、だろう?」
いつぞやのわたしのセリフを口にして、殿下はニコリといたずらっぽく笑う。
「……そうですね」
恋愛のことは未だによく分からない。
だけど、殿下のことはほんの少し分かった気がするし、これから先も知っていきたい――――そんなことを密かに思う。
わたしたちは顔を見合わせつつ、声を上げて笑うのだった。
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