【短編集】どうせ捨ててしまうんでしょう?

鈴宮(すずみや)

文字の大きさ
34 / 38
6.生きててよかった!(……いや、死んでよかった?)

2.

しおりを挟む
 それからわたしは、アンセルに自分のことを話して聞かせた。摩耶だったときのこと、この世界の話。漫画がなんなのかも描いて説明してみせた。それから、ブレディン様のことも。


「……なるほど。それでお茶会を早々に退室なさったのですね?」

「信じてくれるの?」

「もちろん。他でもないお嬢様の話ですから」


 アンセルはそう言って穏やかに微笑む。わたしは思わず泣きそうになった。


「ありがとうアンセル。わたし、ブレディン様と結婚するなんて絶対に無理。彼にはアイラがいるし」

「アイラ……もしかしてアイラ・ブバスティス男爵令嬢のことでしょうか?」


 アンセルが尋ねてくる。わたしは勢いよくうなずいた。


「そう! そのアイラ! さすが、アンセルはなんでも知っているわね」

「もちろん。お嬢様のためですから」


 そっと瞳を細められ、わたしはまたもやドキリとする。

 アンセルは情報通だ。貴族たちの名前やプロフィール、領地の状況はもとより、彼らを取り巻く複雑な人間関係にもかなり詳しい。誰と誰が不倫をしているとか、税金絡みの不正をしているとか――そういうこと。それをわたしのために調べているっていうんだから、実に献身的な執事だと思う。


「アイラってね、赤みを帯びた茶色のストレートロングヘアに、この世界でも珍しいピンクの愛らしい瞳をしているの。実家は貧乏だけど、心根の真っ直ぐな素敵な女の子でね、侯爵家の跡取りとして厳格に育てられてきたブレディン様の心を優しく解きほぐしたすごい人なのよ! それで、ブレディン様は……」


 わたしがブレアイへの愛を語ると、アンセルは黙ってそれを聞いてくれる。前世では話し相手なんてほとんどいなかったから、相槌を打ってくれるだけでもとても嬉しいことだ。ひととおり二人のなれそめを話し終えると、アンセルは小さく息をついた。


「しかし、だとするとお嬢様にとっては困ったことになりましたね」

「そうなの! 二人の恋路を邪魔するのがわたしだなんて、悲しすぎるでしょう? ブレディン様とアイラは絶対にハッピーエンドになるって信じてたのにさ。……いや、今も信じてるんだけど! わたし、物語の結末を知らないから、これからどう立ち回ったらいいのかわからないんだもん」


 ――本当に、これが一番の問題で。
 二人がこれからどんな行動をとるのか、どんな結末を迎えるのかをわたしは知らない。知っていたら、寸分違わず再現をしてみせるのに……! と思うけど、摩耶として生き返ることはできないんだもの。物語の結末を確認するすべはない。どうしたらいいかを想像しながら動くしかないのだ。


「ひとつ確認なのですが」

「なに?」

「お嬢様がブレディン様との結婚を望まれることは?」

「ない! 絶対にない! わたしはカプ厨なの。ブレディン様単推しでもなければ夢女でもない。ブレディン様はアイラと一緒にいてこそって思っているし!」


 キャラ推しタイプの人なら『このキャラと……』って思うのかもしれないけど、わたしは少女漫画の民だから。少女漫画は基本カプ固定だし。ヒロインとヒーローは結ばれてこそって思うんだもん。ヒロインに転生したいとも思わないしね。


「そうですか」

「うん。だからね、もしも彼との結婚を回避できないなら、その前に自ら命を絶つ。だって、わたしにとってこれはアディショナルタイムみたいなものだし、ブレアイがわたしのせいで幸せになれないなんてダメだもん」

「物騒なことを……。では、そうならないように尽力いたしましょう」

「協力してくれるの?」


 尋ねると、アンセルはわたしのそばに跪く。それからわたしを見上げつつ「お嬢様の御心のままに」と目を細めた。


 とはいえ、一度決まった婚約を覆すことは難しい。我が家とブレディン様の家、双方に利益があるからこそ縁談が持ち上がったんだろうし、身分的にも同じ侯爵家同士で釣り合いがとれている。
 漫画として読んでいた頃はまったく気にならなかったけど、男爵令嬢と侯爵令息って絶妙に身分差があるし、アイラの実家は貧乏だから、すんなり結婚とはいかないのだろう。


(切ないわぁ……)


 アイラの心情を思うとものすごく切ない。多分……いや絶対、漫画ではそういう描写があるんだろうなあ。読者として読んでいたら、これから先の展開にハラハラドキドキしつつ、二人のハピエンを願っているに違いない。当事者となった今、そんな悠長なことは言ってられないんだけど。


「外堀は私が責任を持って埋めます。お嬢様はブレディン様やアイラ様に直接アプローチをなさってください」

「えっと……わたしから二人にアプローチするのはいいんだけど、外堀ってなに?」

「外堀は外堀です。どうぞ安心してお任せください」


 アンセルがニコリと笑う。一体なにをする気かはわからないけど、頼もしいことこの上ない。


「それじゃ、任せた」



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】貴女にヒロインが務まるかしら?

芹澤紗凪
ファンタジー
※一幕完結済。またご要望などあれば再開するかもしれません 乙女ゲームの悪役令嬢に転生した元・大女優の主人公。 同じく転生者である腹黒ヒロインの策略を知り、破滅を回避するため、そして女優のプライドを懸け、その完璧な演技力で『真のヒロイン』に成り変わる物語。

招かれざる客を拒む店

篠月珪霞
ファンタジー
そこは、寂れた村のある一角。ひっそりとした佇いに気付く人間は少ない。通称「招かれざる客を拒む店」。正式名称が知られていないため、便宜上の店名だったが。 静寂と平穏を壊す騒々しさは、一定間隔でやってくる。今日もまた、一人。

『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾
恋愛
「やりたくないから、やらないだけですわ」 婚約破棄をきっかけに、 貴族としての役割も、評価も、期待も、すべてが“面倒”になった令嬢ファーファ・ノクティス。 彼女が選んだのは、復讐でも、成り上がりでもなく―― 働かないという選択。 爵位と領地、屋敷を手放し、 領民の未来だけは守る形で名領主と契約を結んだのち、 彼女はひっそりと姿を消す。 山の奥で始まるのは、 誰にも評価されず、誰にも感謝せず、 それでも不自由のない、静かな日々。 陰謀も、追手も、劇的な再会もない。 あるのは、契約に基づいて淡々と届く物資と、 「何者にもならなくていい」という確かな安心だけ。 働かない。 争わない。 名を残さない。 それでも―― 自分の人生を、自分のために選び切る。 これは、 頑張らないことを肯定する物語。 静かに失踪した元貴族令嬢が、 誰にも縛られず生きるまでを描いた、 “何もしない”ことを貫いた、静かな完結譚。

婚約破棄されましたがそれどころではありません

メッタン
恋愛
ステファニーは王太子シャルル様に婚約破棄をされるも、まさにそれどころじゃない事態に陥るのであった。どうする?

良くある事でしょう。

r_1373
恋愛
テンプレートの様に良くある悪役令嬢に生まれ変っていた。 若い頃に死んだ記憶があれば早々に次の道を探したのか流行りのざまぁをしたのかもしれない。 けれど酸いも甘いも苦いも経験して産まれ変わっていた私に出来る事は・・。

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

愛に代えて鮮やかな花を

ono
恋愛
公爵令嬢エリシア・グローヴナーは、舞踏会の場で王太子アリステアより婚約破棄を言い渡される。 彼の隣には無垢な平民の娘、エヴァンジェリンがいた。 王太子の真実の愛を前にしてエリシアの苦い復讐が叶うまで。 ※ハッピーエンドですが、スカッとはしません。

殿下、私以外の誰かを愛してください。

ハチワレ
恋愛
公爵令嬢ラブリーは、第一王子クロードを誰よりも愛していました。しかし、自分の愛が重すぎて殿下の負担になっている(と勘違いした)彼女は、愛する殿下を自由にするため、あえて「悪役令嬢」として振る舞い、円満に婚約破棄されるという前代未聞の計画を立てる。協力者として男爵令嬢ミリーを「ヒロイン役」に任命し、準備は整った。

処理中です...