【短編集】勘違い、しちゃ駄目ですよ

鈴宮(すずみや)

文字の大きさ
12 / 17
3.あなたのおかげで今、わたしは幸せです

6.(END)

「私はすべてを知っていて、フィオナに求婚した。フィオナ以外考えられなかった。フィオナほど愛情深く、魅力的な女性を私は知らない。そんな最愛の妻を君のような女性に侮辱されるなんて許せない。……公爵として、厳重に抗議させていただくつもりだ」

「抗議? だけど……」

「申し訳ございません、公爵。キャサリン、早く謝るんだ!」


 ハリーが顔面蒼白になりながら、キャサリンの頭を無理やり下げさせる。「嫌よ!」と喚くキャサリンを冷たく睨みつけ、アシェルが再度口を開いた。


「それから、妻が不妊となったキッカケ――暴行を加えられた事件については、現在しかるべき機関に調査を依頼していてね」

「……調査? 事件?」


 もう一度、キャサリンが勢いよく顔を上げる。キャサリンは己を押さえつけるハリーの手を振り払った。


「暴行だなんてそんな……冗談でしょう? フィオナ様はひとりで勝手に階段を落ちてしまわれただけだもの。大体、あれから何カ月も経っているのに、今更調査だなんて……馬鹿馬鹿しい」

「フィオナと彼女の実家が望んでいなかったからね……。だけど、夫となった私は違う。きちんと被害届を提出し、犯人には罰を受けてもらうよ」


 アシェルはそう言って、フィオナの肩をそっと抱く。

 フィオナが被害届を出さなかったのは、出したところでなにも戻ってこないからだ。そうすることでむしろ、自分の苦しみと向き合うことになるのが嫌だった。

 けれど、それではいけないとアシェルから諭されていた。


『私はフィオナが傷つけられたことが絶対に許せないんだ。君がどれほど苦しんだのか、相手の女性は知る必要がある』


 あの時フィオナは、そんな必要はないと思った。時間の無駄だ、と。けれど、それは間違いだった。
 キャサリンは反省も後悔も、何ひとつしていない。このままでは近い将来、何人もの人間が彼女に傷つけられてしまうだろう。


「――フィオナの証言だけでも十分だけど、最近になって、事件を目撃したという人が見つかったらしい。近々、犯人の取り調べが行われる予定だと聞いているよ」


 アシェルが言う。キャサリンはハハ、と乾いた笑い声を上げた。


「取り調べ? そ、そんな大げさな! ちょっと押したぐらいで暴行扱いだなんて」

「『ちょっと押した』ね」


 キャサリンがハッと息を呑む。言質を取られた――もう逃げられないと悟ったのだろう。彼女はキッと瞳を吊り上げた。


「なによっ! そのぐらい……!」

「そのぐらい、じゃない! 私は君と、フィオナの元夫を許すつもりはない。絶対に、どんな手を使ってでも、罪を償ってもらう」


 アシェルがジロリとハリーを睨む。


「……嘘だろう?」


 アシェルの口ぶりからして、法外な慰謝料を請求されることは間違いない。おまけに、社交界でアシェルに目をつけられてしまったらおしまいだ。どこにも居場所なんてありはしない。おそらく、伯爵位を継ぐことすらできないだろう。

 ハリーはガクッと膝をつき、その場でうずくまるのだった。


***


 あれから二年の月日が経った。


「おかあさま、こっちにきて!」


 フィオナの手を引き、ダニエルが笑う。

 アシェルとの結婚を機に、ふたりは自然と親子として接するようになった。元々我が子のようにダニエルを慈しんできたフィオナだったが、本当の親子になってからはより一層、溢れんばかりの愛情を注いでいる。それはダニエルの方も同様で、彼はフィオナを誰よりも愛し、心から慕っている。


「おとうさまも、こっち!」


 ダニエルがアシェルを呼ぶ。彼は微笑みながらふたりの元に急いだ。


「どうしたの、ダニエル?」

「あのね、さっき、赤ちゃんがぼくのことよんだんだ!」


 ダニエルが指差すのは、彼が以前使っていたベビーベッドで眠っている小さな赤ん坊だ。フィオナはダニエルの頭を撫でながら「まあ、本当?」と尋ねる。


「うん! お兄ちゃんって、きこえたんだよ!」


 そう言って満面の笑みを浮かべるダニエルに、フィオナとアシェルは目を細めた。


 今から一年ほど前のこと、フィオナの妊娠が判明した。
 当然、フィオナとアシェルは驚いたし、心の底から喜んだ。


『だけど、どうして?』

『これは私の推測だけど……フィオナに不妊を宣告した医師は、キャサリンに金で雇われた人間で、ハリーとフィオナの離婚を確実に成立させるために嘘の診断をくだしたんだと思う』

『それじゃあ……』


 フィオナの瞳に涙が滲む。ぺたんこのお腹を撫でながら、嬉しさが込み上げてきた。



「ねえ、おかあさま! おかあさまはぼくのこと好き?」

「ええ、もちろん」


 フィオナがダニエルを抱きしめる。自分の子供が生まれても、ダニエルへの愛情はちっとも変わらない。むしろ、毎日どんどん増え続けている。


「あなたのおかげで今、わたしは幸せです」


 アシェルとダニエルを見つめながら、フィオナは満面の笑みを浮かべるのだった。
感想 4

あなたにおすすめの小説

【結婚式当日に捨てられました】身代わりの役目は不要だと姉を選んだ王子は、隣国皇帝が私を国ごと奪いに来てから後悔しても手遅れです。

唯崎りいち
恋愛
結婚式当日、私は“替え玉”として捨てられた。 本物の姉が戻ってきたから、もう必要ないのだと。 けれど—— 私こそが、誰も知らなかった“本物の価値”を持っていた。 世界でただ一人、すべてを癒す力。 そして、その価値を知るただ一人の人が、皇帝となって私を迎えに来る。 これは、すべてを失った少女が、本当に必要とされる場所へ辿り着く物語。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気だと疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う幸せな未来を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

妹に婚約者を奪われて婚約破棄された上に、竜の生贄として捧げられることになりました。でも何故か守護竜に大切にされているようです

アトハ
恋愛
ダメーナ子爵家の姉妹であるイリスとティアナ。 何でも要領よくこなし、愛想の良い妹のティアナ。 物覚えも悪く、愛想がないと蔑まれてきた姉である私――イリス。 私は屋敷中から冷遇されて、いつからか召使いのように扱われていました。 ある日、唯一の婚約者すら妹のティアナに奪われてしまいます。 失意の私に追い打ちをかけるように、両親からこんな言葉をかけられます。 『妹の身代わりになれ』と。 「聖女」であるティアナには、国を守護してもらえるよう「竜」に祈りを捧げる役目があります。 この国は聖女が竜に祈りを捧げ、竜が聖女の祈りに応えて国を守護することで栄えてきたのです。 もっとも面倒くさがりな妹は、祈りを欠かすことも多く竜の怒りを買ってしまったのでしょう。 そんな時に生贄となり竜の怒りを鎮めるのも聖女の役割なのですが――妹を溺愛する両親は、私を身代わりにすることを思いたようです。 そうして「竜神」のもとに向かう私ですが―― これは妹の身代わりに生贄にされたイリスが、何故か竜神に大切に扱われ新天地で幸せをつかみ取るお話です。 ※ 他の小説投稿サイトにも投稿しています

〖完結〗役立たずの聖女なので、あなた達を救うつもりはありません。

藍川みいな
恋愛
ある日私は、銀貨一枚でスコフィールド伯爵に買われた。母は私を、喜んで売り飛ばした。 伯爵は私を養子にし、仕えている公爵のご子息の治療をするように命じた。私には不思議な力があり、それは聖女の力だった。 セイバン公爵家のご子息であるオルガ様は、魔物に負わされた傷がもとでずっと寝たきり。 そんなオルガ様の傷の治療をしたことで、セイバン公爵に息子と結婚して欲しいと言われ、私は婚約者となったのだが……オルガ様は、他の令嬢に心を奪われ、婚約破棄をされてしまった。彼の傷は、完治していないのに…… 婚約破棄をされた私は、役立たずだと言われ、スコフィールド伯爵に邸を追い出される。 そんな私を、必要だと言ってくれる方に出会い、聖女の力がどんどん強くなって行く。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜

まりー
恋愛
   ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。  でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。    

完結 女性に興味が無い侯爵様、私は自由に生きます

ヴァンドール
恋愛
私は絵を描いて暮らせるならそれだけで幸せ! そんな私に好都合な相手が。 女性に興味が無く仕事一筋で冷徹と噂の侯爵様との縁談が。 ただ面倒くさい従妹という令嬢がもれなく付いてきました。

妹に初恋を奪われ追放された王女、私を捨てた騎士がなぜか二度恋してきます〜迷宮の通信機で再会したら執着が重すぎる〜

唯崎りいち
恋愛
妹を刺した――。 身に覚えのない罪で、迷宮へ捨てられた王女の私。 絶望の中で拾ったのは、スマホに似た『未知の魔導具』だった。 繋がった相手は、見知らぬ「名もなき騎士」。 孤独を癒やしてくれる彼に、私は正体を知らないまま惹かれていく。 「君のためなら、国にだって逆らう」 けれど、再会した彼の正体は……? 「国だって滅ぼす。それくらいの覚悟でここに来たんだ」 通信機から始まる、二度目の初恋と逆転ざまぁ。