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3.あなたのおかげで今、わたしは幸せです
6.(END)
「私はすべてを知っていて、フィオナに求婚した。フィオナ以外考えられなかった。フィオナほど愛情深く、魅力的な女性を私は知らない。そんな最愛の妻を君のような女性に侮辱されるなんて許せない。……公爵として、厳重に抗議させていただくつもりだ」
「抗議? だけど……」
「申し訳ございません、公爵。キャサリン、早く謝るんだ!」
ハリーが顔面蒼白になりながら、キャサリンの頭を無理やり下げさせる。「嫌よ!」と喚くキャサリンを冷たく睨みつけ、アシェルが再度口を開いた。
「それから、妻が不妊となったキッカケ――暴行を加えられた事件については、現在しかるべき機関に調査を依頼していてね」
「……調査? 事件?」
もう一度、キャサリンが勢いよく顔を上げる。キャサリンは己を押さえつけるハリーの手を振り払った。
「暴行だなんてそんな……冗談でしょう? フィオナ様はひとりで勝手に階段を落ちてしまわれただけだもの。大体、あれから何カ月も経っているのに、今更調査だなんて……馬鹿馬鹿しい」
「フィオナと彼女の実家が望んでいなかったからね……。だけど、夫となった私は違う。きちんと被害届を提出し、犯人には罰を受けてもらうよ」
アシェルはそう言って、フィオナの肩をそっと抱く。
フィオナが被害届を出さなかったのは、出したところでなにも戻ってこないからだ。そうすることでむしろ、自分の苦しみと向き合うことになるのが嫌だった。
けれど、それではいけないとアシェルから諭されていた。
『私はフィオナが傷つけられたことが絶対に許せないんだ。君がどれほど苦しんだのか、相手の女性は知る必要がある』
あの時フィオナは、そんな必要はないと思った。時間の無駄だ、と。けれど、それは間違いだった。
キャサリンは反省も後悔も、何ひとつしていない。このままでは近い将来、何人もの人間が彼女に傷つけられてしまうだろう。
「――フィオナの証言だけでも十分だけど、最近になって、事件を目撃したという人が見つかったらしい。近々、犯人の取り調べが行われる予定だと聞いているよ」
アシェルが言う。キャサリンはハハ、と乾いた笑い声を上げた。
「取り調べ? そ、そんな大げさな! ちょっと押したぐらいで暴行扱いだなんて」
「『ちょっと押した』ね」
キャサリンがハッと息を呑む。言質を取られた――もう逃げられないと悟ったのだろう。彼女はキッと瞳を吊り上げた。
「なによっ! そのぐらい……!」
「そのぐらい、じゃない! 私は君と、フィオナの元夫を許すつもりはない。絶対に、どんな手を使ってでも、罪を償ってもらう」
アシェルがジロリとハリーを睨む。
「……嘘だろう?」
アシェルの口ぶりからして、法外な慰謝料を請求されることは間違いない。おまけに、社交界でアシェルに目をつけられてしまったらおしまいだ。どこにも居場所なんてありはしない。おそらく、伯爵位を継ぐことすらできないだろう。
ハリーはガクッと膝をつき、その場でうずくまるのだった。
***
あれから二年の月日が経った。
「おかあさま、こっちにきて!」
フィオナの手を引き、ダニエルが笑う。
アシェルとの結婚を機に、ふたりは自然と親子として接するようになった。元々我が子のようにダニエルを慈しんできたフィオナだったが、本当の親子になってからはより一層、溢れんばかりの愛情を注いでいる。それはダニエルの方も同様で、彼はフィオナを誰よりも愛し、心から慕っている。
「おとうさまも、こっち!」
ダニエルがアシェルを呼ぶ。彼は微笑みながらふたりの元に急いだ。
「どうしたの、ダニエル?」
「あのね、さっき、赤ちゃんがぼくのことよんだんだ!」
ダニエルが指差すのは、彼が以前使っていたベビーベッドで眠っている小さな赤ん坊だ。フィオナはダニエルの頭を撫でながら「まあ、本当?」と尋ねる。
「うん! お兄ちゃんって、きこえたんだよ!」
そう言って満面の笑みを浮かべるダニエルに、フィオナとアシェルは目を細めた。
今から一年ほど前のこと、フィオナの妊娠が判明した。
当然、フィオナとアシェルは驚いたし、心の底から喜んだ。
『だけど、どうして?』
『これは私の推測だけど……フィオナに不妊を宣告した医師は、キャサリンに金で雇われた人間で、ハリーとフィオナの離婚を確実に成立させるために嘘の診断をくだしたんだと思う』
『それじゃあ……』
フィオナの瞳に涙が滲む。ぺたんこのお腹を撫でながら、嬉しさが込み上げてきた。
「ねえ、おかあさま! おかあさまはぼくのこと好き?」
「ええ、もちろん」
フィオナがダニエルを抱きしめる。自分の子供が生まれても、ダニエルへの愛情はちっとも変わらない。むしろ、毎日どんどん増え続けている。
「あなたのおかげで今、わたしは幸せです」
アシェルとダニエルを見つめながら、フィオナは満面の笑みを浮かべるのだった。
「抗議? だけど……」
「申し訳ございません、公爵。キャサリン、早く謝るんだ!」
ハリーが顔面蒼白になりながら、キャサリンの頭を無理やり下げさせる。「嫌よ!」と喚くキャサリンを冷たく睨みつけ、アシェルが再度口を開いた。
「それから、妻が不妊となったキッカケ――暴行を加えられた事件については、現在しかるべき機関に調査を依頼していてね」
「……調査? 事件?」
もう一度、キャサリンが勢いよく顔を上げる。キャサリンは己を押さえつけるハリーの手を振り払った。
「暴行だなんてそんな……冗談でしょう? フィオナ様はひとりで勝手に階段を落ちてしまわれただけだもの。大体、あれから何カ月も経っているのに、今更調査だなんて……馬鹿馬鹿しい」
「フィオナと彼女の実家が望んでいなかったからね……。だけど、夫となった私は違う。きちんと被害届を提出し、犯人には罰を受けてもらうよ」
アシェルはそう言って、フィオナの肩をそっと抱く。
フィオナが被害届を出さなかったのは、出したところでなにも戻ってこないからだ。そうすることでむしろ、自分の苦しみと向き合うことになるのが嫌だった。
けれど、それではいけないとアシェルから諭されていた。
『私はフィオナが傷つけられたことが絶対に許せないんだ。君がどれほど苦しんだのか、相手の女性は知る必要がある』
あの時フィオナは、そんな必要はないと思った。時間の無駄だ、と。けれど、それは間違いだった。
キャサリンは反省も後悔も、何ひとつしていない。このままでは近い将来、何人もの人間が彼女に傷つけられてしまうだろう。
「――フィオナの証言だけでも十分だけど、最近になって、事件を目撃したという人が見つかったらしい。近々、犯人の取り調べが行われる予定だと聞いているよ」
アシェルが言う。キャサリンはハハ、と乾いた笑い声を上げた。
「取り調べ? そ、そんな大げさな! ちょっと押したぐらいで暴行扱いだなんて」
「『ちょっと押した』ね」
キャサリンがハッと息を呑む。言質を取られた――もう逃げられないと悟ったのだろう。彼女はキッと瞳を吊り上げた。
「なによっ! そのぐらい……!」
「そのぐらい、じゃない! 私は君と、フィオナの元夫を許すつもりはない。絶対に、どんな手を使ってでも、罪を償ってもらう」
アシェルがジロリとハリーを睨む。
「……嘘だろう?」
アシェルの口ぶりからして、法外な慰謝料を請求されることは間違いない。おまけに、社交界でアシェルに目をつけられてしまったらおしまいだ。どこにも居場所なんてありはしない。おそらく、伯爵位を継ぐことすらできないだろう。
ハリーはガクッと膝をつき、その場でうずくまるのだった。
***
あれから二年の月日が経った。
「おかあさま、こっちにきて!」
フィオナの手を引き、ダニエルが笑う。
アシェルとの結婚を機に、ふたりは自然と親子として接するようになった。元々我が子のようにダニエルを慈しんできたフィオナだったが、本当の親子になってからはより一層、溢れんばかりの愛情を注いでいる。それはダニエルの方も同様で、彼はフィオナを誰よりも愛し、心から慕っている。
「おとうさまも、こっち!」
ダニエルがアシェルを呼ぶ。彼は微笑みながらふたりの元に急いだ。
「どうしたの、ダニエル?」
「あのね、さっき、赤ちゃんがぼくのことよんだんだ!」
ダニエルが指差すのは、彼が以前使っていたベビーベッドで眠っている小さな赤ん坊だ。フィオナはダニエルの頭を撫でながら「まあ、本当?」と尋ねる。
「うん! お兄ちゃんって、きこえたんだよ!」
そう言って満面の笑みを浮かべるダニエルに、フィオナとアシェルは目を細めた。
今から一年ほど前のこと、フィオナの妊娠が判明した。
当然、フィオナとアシェルは驚いたし、心の底から喜んだ。
『だけど、どうして?』
『これは私の推測だけど……フィオナに不妊を宣告した医師は、キャサリンに金で雇われた人間で、ハリーとフィオナの離婚を確実に成立させるために嘘の診断をくだしたんだと思う』
『それじゃあ……』
フィオナの瞳に涙が滲む。ぺたんこのお腹を撫でながら、嬉しさが込み上げてきた。
「ねえ、おかあさま! おかあさまはぼくのこと好き?」
「ええ、もちろん」
フィオナがダニエルを抱きしめる。自分の子供が生まれても、ダニエルへの愛情はちっとも変わらない。むしろ、毎日どんどん増え続けている。
「あなたのおかげで今、わたしは幸せです」
アシェルとダニエルを見つめながら、フィオナは満面の笑みを浮かべるのだった。
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