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7.桜華を守るためだよ?
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「へ、陛下……」
魅音様が驚愕に目を見開き、ブルブルと震える。彼女の背後には数人の宦官。他の妃たちもあまりの事態に頭を下げつつ、しきりに目配せを交わしている。
「勘違いをしているのは君のほうだ。妃とは子孫を残すための役職に過ぎない。いくらでも替えの効く存在だ」
「あ……あぁ……」
龍晴様の怒りに呼応するように、風が吹き荒び、木々が揺れる。ビリビリと身体が震えるほどの重い空気圧。恐怖におののく魅音様を見つめつつ、わたくしはゴクリと唾を飲む。
「いいかい、魅音? それから、他の妃たちも知っておくがいい。私にとって桜華は誰よりも愛しく、大事な存在だ。妃なんてつまらない枠には当てはめたくない――――私は桜華だけを愛しているんだよ? それなのに、君たちは私の大切な桜華に対して、一体なにをしているんだい?」
妃たちは誰も顔をあげない。――ううん、上げられるわけがない。
だって、今の龍晴様は視線だけで人を殺せそうなんだもの。シンプルにおそろしいし、言い逃れできるような状況でもない。そもそも、この場で口を開くだけの勇気がある女性は魅音様ぐらいなもの。その魅音様がこの有様だもの。わたくしは静かに息をつく。
「陛下、けれど」
「けれど、なんだ? 内容次第では処罰が重くなる――その覚悟はあるのか?」
龍晴様が魅音様を睨みつける。魅音様はビクリと体を震わせつつ、意を決したように顔を上げた。
「陛下は妃をつまらない枠と仰いますが、本来女の価値とは子を成せるか、成せぬかで決まるものです! その点、桜華様はその土俵にすら乗れていない。なればこそ、妃のほうが彼女よりも価値が高く、尊ばれるべきでしょう? 少なくとも、わたしたちがそう考えるのは当然で……」
「つまらない価値観だ。私には当てはまらない。魅音、いつからお前はそんなに偉くなった? 私の権力をお前自身のものだと勘違いするようになった? 思い上がりも甚だしい。不快だ」
その瞬間、宦官たちが魅音様の両脇を抱え、引きずるようにして立ち上がらせる。魅音様は涙目になりながら、いやいやと首を横に振った。
「けれど……けれど、陛下!」
「おまえとは二度と会うことはないだろう。他の妃たちも、今後の身の振り方をよく考えることだ」
龍晴様はそう言って、わたくしへ目配せをする。ついて来いということらしい。
わたくしは妃たちへ一礼したあと、急いで龍晴様の後ろに続く。
彼はわたくしの頭をくしゃくしゃと撫でたあと、ニコリと満足気に微笑んだ。まるで『これでいいだろう?』とでも言わんばかりに。
だけどわたくしは、
わたくしは――――嬉しいとは思わなかった。
昨日までのわたくしなら、あるいは喜んでいたかもしれない。
たとえ抱かれずとも、自分は特別なんだって。龍晴様に選ばれた存在なんだって。そんなふうに優越感に浸って、浮き足立っていたのかもしれない。
だけど、今はただ、わたくしの事情に巻き込まれた妃たちが気の毒だった。
人は嫉妬をする生き物だ。間違える生き物だ。弱い生き物だ。
自分を大事に思うからこそ、誰かと比べ、羨み、苦しみ、ときにはそれを原動力にして動いている。
わたくしは、魅音様や他の妃たちが羨ましかった。わたくしには決して得られないものを手に入れられることを、本気で妬んでいた。
それを彼女たちにぶつけることはしなかったけれど、気持ちはとてもよくわかる。すごくよくわかる。だから――――
「あの……龍晴様はどうしてこの時分に後宮へ?」
日中に彼が後宮を訪れることは稀だ。本来なら、なにが用事があるときは、事前にわたくしの元へ連絡が来る手はずになっている。
それなのに、今日はそれがなかった。
(これではまるで、まるで――――はじめからこうなることを予想していたみたいじゃない)
どうか違うと言ってほしい。わたくしはブルリと背筋を震わせる。
「もちろん、桜華を守るためだよ?」
けれど、龍晴様が口にしたのは、とても残酷な言葉だった。
つまり、こうなることをわかっていて、龍晴様はわたくしと朝食をとったのだ。妃たちを嫉妬させるために。わたくしに敵意を向ける妃を炙り出すために。
(もしも龍晴様に見つからなければ、今日のことは不問に付すつもりだったのに)
はじめから彼女たちを罰することが目的なら、わたくしにできることはなにもない。もちろん、処罰をわたくしに一任してくださるなら話は別だけれど、おそらくは難しいだろう。魅音様の取り巻きの妃たちなどは特に、巻き込まれただけなのだし、なんとも気の毒な話だ。わたくしは思わず下を向く。
「ねえ、桜華。わかってくれた? 私がどれほど君のことを想っているか。私は君だけを愛しているんだよ?」
とそのとき、龍晴様が立ち止まり、わたくしのほうへと向き直った。
彼の手のひらが、わたくしの頬をそっと撫でる。まるで大切な宝物を愛でるみたいに。優しく、優しく。
だけど、愛しげに細められたはずの瞳には、薄っすらと狂気のようなものが滲んでいて、わたくしの身体を竦ませる。
「だから、ね? 君は妃になんてならなくていい。今のまま、一生私の側にいなさい」
「え……?」
胸がズキンと強く痛む。
一生龍晴様の側にいる――――それはつまり、わたくしはこの後宮を出ることも、他に伴侶を持つことも許されぬまま、心をすり減らし続けるということだ。
「龍晴様、それは……」
「桜華は特別な女性だ。神聖で、決して汚してはならない美しい人だ。皇帝の私ですら君を手折ってはならない――――だから、この後宮で大事に大事に慈しむよ。私の子が成人し、私が皇位から退いたら、離宮でふたりきりで暮らそう」
龍晴様がわたくしを抱きしめる。
龍神の血を引く陛下の言うことは絶対。そんなことは子供ですら知ってる常識だ。わかっている。おかしいと感じるわたくしのほうが変なんだって。
だけど、わたくしの想いは、願いは、希望は――龍晴様にとってはどうでもいいんだろうなぁって。
わたくしを大切だと仰いながら、彼は本当の意味でわたくしを大切にはしてくださらない。龍晴様に必要なのは、彼の思いどおりになる人形。彼の理想を忠実に守った神聖な――偽物のわたくし。
だけどわたくしは、そんな綺麗な人間じゃない。醜い部分をたくさん持って生まれてきた、生身の人間だ。欲もあるし、ときに感情に支配される。龍晴様の望むとおりには生きられない。
龍晴様にとってわたくしってなんなのだろう?
――どうしても疑問に思ってしまう。
「桜華……私の桜華」
龍晴様に抱きしめられながら、わたくしは静かに唇を噛んだ。
魅音様が驚愕に目を見開き、ブルブルと震える。彼女の背後には数人の宦官。他の妃たちもあまりの事態に頭を下げつつ、しきりに目配せを交わしている。
「勘違いをしているのは君のほうだ。妃とは子孫を残すための役職に過ぎない。いくらでも替えの効く存在だ」
「あ……あぁ……」
龍晴様の怒りに呼応するように、風が吹き荒び、木々が揺れる。ビリビリと身体が震えるほどの重い空気圧。恐怖におののく魅音様を見つめつつ、わたくしはゴクリと唾を飲む。
「いいかい、魅音? それから、他の妃たちも知っておくがいい。私にとって桜華は誰よりも愛しく、大事な存在だ。妃なんてつまらない枠には当てはめたくない――――私は桜華だけを愛しているんだよ? それなのに、君たちは私の大切な桜華に対して、一体なにをしているんだい?」
妃たちは誰も顔をあげない。――ううん、上げられるわけがない。
だって、今の龍晴様は視線だけで人を殺せそうなんだもの。シンプルにおそろしいし、言い逃れできるような状況でもない。そもそも、この場で口を開くだけの勇気がある女性は魅音様ぐらいなもの。その魅音様がこの有様だもの。わたくしは静かに息をつく。
「陛下、けれど」
「けれど、なんだ? 内容次第では処罰が重くなる――その覚悟はあるのか?」
龍晴様が魅音様を睨みつける。魅音様はビクリと体を震わせつつ、意を決したように顔を上げた。
「陛下は妃をつまらない枠と仰いますが、本来女の価値とは子を成せるか、成せぬかで決まるものです! その点、桜華様はその土俵にすら乗れていない。なればこそ、妃のほうが彼女よりも価値が高く、尊ばれるべきでしょう? 少なくとも、わたしたちがそう考えるのは当然で……」
「つまらない価値観だ。私には当てはまらない。魅音、いつからお前はそんなに偉くなった? 私の権力をお前自身のものだと勘違いするようになった? 思い上がりも甚だしい。不快だ」
その瞬間、宦官たちが魅音様の両脇を抱え、引きずるようにして立ち上がらせる。魅音様は涙目になりながら、いやいやと首を横に振った。
「けれど……けれど、陛下!」
「おまえとは二度と会うことはないだろう。他の妃たちも、今後の身の振り方をよく考えることだ」
龍晴様はそう言って、わたくしへ目配せをする。ついて来いということらしい。
わたくしは妃たちへ一礼したあと、急いで龍晴様の後ろに続く。
彼はわたくしの頭をくしゃくしゃと撫でたあと、ニコリと満足気に微笑んだ。まるで『これでいいだろう?』とでも言わんばかりに。
だけどわたくしは、
わたくしは――――嬉しいとは思わなかった。
昨日までのわたくしなら、あるいは喜んでいたかもしれない。
たとえ抱かれずとも、自分は特別なんだって。龍晴様に選ばれた存在なんだって。そんなふうに優越感に浸って、浮き足立っていたのかもしれない。
だけど、今はただ、わたくしの事情に巻き込まれた妃たちが気の毒だった。
人は嫉妬をする生き物だ。間違える生き物だ。弱い生き物だ。
自分を大事に思うからこそ、誰かと比べ、羨み、苦しみ、ときにはそれを原動力にして動いている。
わたくしは、魅音様や他の妃たちが羨ましかった。わたくしには決して得られないものを手に入れられることを、本気で妬んでいた。
それを彼女たちにぶつけることはしなかったけれど、気持ちはとてもよくわかる。すごくよくわかる。だから――――
「あの……龍晴様はどうしてこの時分に後宮へ?」
日中に彼が後宮を訪れることは稀だ。本来なら、なにが用事があるときは、事前にわたくしの元へ連絡が来る手はずになっている。
それなのに、今日はそれがなかった。
(これではまるで、まるで――――はじめからこうなることを予想していたみたいじゃない)
どうか違うと言ってほしい。わたくしはブルリと背筋を震わせる。
「もちろん、桜華を守るためだよ?」
けれど、龍晴様が口にしたのは、とても残酷な言葉だった。
つまり、こうなることをわかっていて、龍晴様はわたくしと朝食をとったのだ。妃たちを嫉妬させるために。わたくしに敵意を向ける妃を炙り出すために。
(もしも龍晴様に見つからなければ、今日のことは不問に付すつもりだったのに)
はじめから彼女たちを罰することが目的なら、わたくしにできることはなにもない。もちろん、処罰をわたくしに一任してくださるなら話は別だけれど、おそらくは難しいだろう。魅音様の取り巻きの妃たちなどは特に、巻き込まれただけなのだし、なんとも気の毒な話だ。わたくしは思わず下を向く。
「ねえ、桜華。わかってくれた? 私がどれほど君のことを想っているか。私は君だけを愛しているんだよ?」
とそのとき、龍晴様が立ち止まり、わたくしのほうへと向き直った。
彼の手のひらが、わたくしの頬をそっと撫でる。まるで大切な宝物を愛でるみたいに。優しく、優しく。
だけど、愛しげに細められたはずの瞳には、薄っすらと狂気のようなものが滲んでいて、わたくしの身体を竦ませる。
「だから、ね? 君は妃になんてならなくていい。今のまま、一生私の側にいなさい」
「え……?」
胸がズキンと強く痛む。
一生龍晴様の側にいる――――それはつまり、わたくしはこの後宮を出ることも、他に伴侶を持つことも許されぬまま、心をすり減らし続けるということだ。
「龍晴様、それは……」
「桜華は特別な女性だ。神聖で、決して汚してはならない美しい人だ。皇帝の私ですら君を手折ってはならない――――だから、この後宮で大事に大事に慈しむよ。私の子が成人し、私が皇位から退いたら、離宮でふたりきりで暮らそう」
龍晴様がわたくしを抱きしめる。
龍神の血を引く陛下の言うことは絶対。そんなことは子供ですら知ってる常識だ。わかっている。おかしいと感じるわたくしのほうが変なんだって。
だけど、わたくしの想いは、願いは、希望は――龍晴様にとってはどうでもいいんだろうなぁって。
わたくしを大切だと仰いながら、彼は本当の意味でわたくしを大切にはしてくださらない。龍晴様に必要なのは、彼の思いどおりになる人形。彼の理想を忠実に守った神聖な――偽物のわたくし。
だけどわたくしは、そんな綺麗な人間じゃない。醜い部分をたくさん持って生まれてきた、生身の人間だ。欲もあるし、ときに感情に支配される。龍晴様の望むとおりには生きられない。
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