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【1章】婚活令嬢ロゼッタ
5.第三王子クローヴィス
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執務室に入ってすぐ、ロゼッタは「げ……」と声を漏らしかけた。すぐに気を引き締めなおして事なきを得たが、非常に危なかったと言わざるを得ない。
「おはよう、ロゼッタ嬢」
「おはようございます、クローヴィス殿下……」
挨拶と同時にギュッと手を握られて、ロゼッタは必死に笑顔を取り繕う。
クローヴィスはこの国の第三王子だ。御年二十一歳。太陽のように明るい金髪にエメラルドのような緑の瞳が特徴的で、この国でも有数の美貌を誇る。社交界での人気も高く、ひとたび夜会に出れば女性陣が黄色い声を上げて駆け寄るほどのモテ男だ。
「あの、殿下がどうしてこちらに?」
「それは当然、ロゼッタ嬢に会いに来たんだ」
手の甲にふわりとキスをされ、ロゼッタはビクリと反応する。
ロゼッタは以前からクローヴィスのことが苦手だった。
第一の理由は彼が王族であること。王族というのは金持ちの最たるもののように思えるが、実際のところ、自由に使えるお金が極端に少ない。つまり、クローヴィスはロゼッタのお相手にはなりえないのだ。
第二に、クローヴィスの距離感があまりにも近すぎることがあげられる。彼はやたらめったらロゼッタに触れてくるし、しょっちゅう口説こうとしてくる。ロゼッタは自身がガツガツしているせいか、相手から迫られることにめっぽう弱いのだ。
しかも、相手が王族であるからたちが悪い。はっきりと拒絶することもできず、かといって受け入れるわけにもいかず、曖昧な対応をせざるを得ないのである。
「ロゼッタ嬢は今日も可愛いね」
「ありがとうございます」
そりゃあ、金持ちに気に入ってもらうために毎日気合を入れて準備をしているのだ。可愛くないはずがない。美容法の研究だって余念がないし、褒められて当然だとロゼッタは内心で思う。
「もっとゆっくり話してみたいな。今夜一緒に食事でもどう?」
「ありがとうございます。けれど……今夜はクロエと約束(夜会通い)があって……」
また誘ってください、と続けようとしたものの、ロゼッタはクローヴィスにガシッと手を握られる。
「だったら、クロエ嬢も一緒に食事をしよう」
「え? えぇと……」
どうしてそんな結論に至るのよ、とロゼッタはうろたえながらクロエを見る。普通は用事があると言われたら引くだろう。けれど、ここで引かないのがクローヴィスという男なのだ。
「(私は構わないわよ)」
と、クロエは口パクでそう返事をしてきた。
「(王族――というか、イケメンと食事ができるなんて、いい機会だもの。きっととびきり美味しいものを準備してくださると思うし)」
「(相手が王族じゃなくとも、美味しい食事はできますわ! わたくしにとっては美醜はどうでもいいことですし)」
目だけで会話を交わしながら、ロゼッタは頭が痛くなる。
「(というか、今日の夜会には財界のドンが顔を出すって噂ですのよ。この機会を逃すなんて愚かすぎますわ)」
「(だけど相手はクローヴィス殿下なのよ! 殿下の機嫌を損ねたら、王命で結婚をしなきゃいけなくなる可能性だってあるでしょう?)」
「(そんなの絶対嫌ですわ! だけど、だけど……)」
「お兄様、先約があると言っているのですから、今夜については諦めてください」
と、凛とした声音が背後から聞こえる。
「セリーナ殿下」
ふぅ、と小さくため息をつき、ロゼッタたちの主――セリーナが二人の間に割って入った。
クローヴィスとよく似た金色の髪に緑色の瞳、整った顔立ちをしており、十五歳の割には小柄で、愛らしい見た目の姫君だ。
「まったく。わたくしがちょっと目を離している隙に侍女を口説くのはやめてください。何度もそう申し上げておりますでしょう?」
セリーナはそう言ってクローヴィスとロゼッタを引き剥がす。クローヴィスはムッと首を傾げた。
「そうは言っても、おまえがいたらロゼッタ嬢とまともに会話をさせてもらえないだろう?」
「当たり前です。本人が嫌がっているのですから」
「嫌がってる?」
キョトンと目を丸くして、クローヴィスがロゼッタをじっと見る。
「ロゼッタ嬢が、俺を?」
「えぇと……あまりにもおそれおおいのですわ。わたくしでは殿下のお相手を満足にできませんもの。受けこたえすらまともにできませんし」
「そんなことはない。ロゼッタ嬢はもっと自分に自信を持つべきだ」
と、再びクローヴィスがロゼッタに詰め寄る。
「兄様」
「なぜ止める? ロゼッタは謙遜をしているだけだ」
「謙遜……わたくし、兄様が後継ぎに生まれなくてよかったと心から思いますわ」
「え?」
頭を抱えるセリーナに、クローヴィスはキョトンと首を傾げる。
「とにかく、食事をするならせめてわたくしも同席しているときにしてください。お兄様一人では暴走してしまうでしょう? それから、今夜は先約があるそうですから、日程は別日で調整を。いいですね?」
「む……仕方がない」
クローヴィスはそう言って肩をすくめると、その場にスッとひざまずいた。
「ではまた。……我が愛しのロゼッタ嬢」
手の甲に柔らかな唇の感触。ロゼッタの顔が真っ赤に染まる。
「兄様……」
それから、呆れ顔のセリーナの頭をなでてからクローヴィスは部屋をあとにした。
(あ、朝からどっと疲れましたわ……)
ロゼッタはドキドキとうるさい心臓を押さえつつ、ふぅと小さく息をつく。
クローヴィスとかかわるといつもこうだ。強引で大胆で、ロゼッタは振り回されてばかりになってしまう。
「さて、ロゼッタ。少し、おしゃべりをしましょうか?」
セリーナはそう言って、ソファをポンポンと軽く叩く。ロゼッタがそれに応じると、クロエ以外の人間に部屋から出るよう命じた。
「本当にお兄様の妃になる気はないの?」
「ありませんわ」
ロゼッタが即答する。セリーナは思わず眉間にシワを寄せた。
「どうして? 普通の貴族に嫁ぐより、王族に嫁いだほうがよほどいい生活をできるわよ?」
「もとより普通の貴族に嫁ぐ気がございませんから」
「なるほど……そうきたか」
セリーナは頭を抱えつつ、うーんと小さく唸った。
「でも、うちのお兄様って、性格はあんなだけど、顔はすこぶるいいじゃない?」
「殿下、わたくしは金持ちの不細工と貧乏なイケメンなら、迷わず金持ちの不細工を選ぶ女ですわ。たしかに、クローヴィス殿下は本当に美しいと思いますが、美しさではお腹は膨れませんのよ」
ロゼッタが真顔で力説する。その真剣な眼差しにセリーナは思わず気圧されてしまった。
「そ、そうかもしれないけど! お金を持っていて、顔もよくて、社会的なステイタスも得られる相手って貴重でしょう? お兄様と結婚したらあなたは王子妃よ、王子妃! 全女性が憧れる地位を得られるのに……」
「わたくしには地位も名誉も必要ありませんわ。ほしいものは『お金』と、そこから得られるいい生活だけなのです。お金さえ持っていらっしゃるなら、お相手は平民でも、不細工でも、とびきりご年輩の方でも一向に構いませんわ」
ロゼッタはそう言ってグッと大きく胸を張る。
ロゼッタは別に誰かに憧れられたいからいい生活を送りたいと思うわけではない。着心地の良い可愛いドレスを着て自分自身が満足したい。美味しいものを食べて自分自身を喜ばせたい。素敵な場所を思う存分訪れて心の底から感動したい。悠々自適の生活を送って、自分自身が幸せを感じたいだけなのだ。
クローヴィスと一緒になっても、ロゼッタの思い描く生活は実現しない。誰かに縛られる生活はごめんだった。
「第一、こんな金の亡者に王子妃は務まりませんわよ。リアル傾国の美女になってしまいますわ」
「それはそう。あなたが本気で望み通りの生活をしたら、国が滅んでしまいそうだわ……」
セリーナが真剣な表情で肯定する。ロゼッタはほんの少しだけ傷ついてしまった。
「でも、わたくしはお兄様に幸せになってほしいのだもの」
「セリーナ殿下……」
クローヴィスに幸せになってほしい――そう願いながらも、セリーナはロゼッタの気持ちを優先して彼女を助けてくれている。ロゼッタの胸がほんのりと温かくなった。
「だからね、あなたのその偏りまくった価値観をちょーーーーっと見直してくれたらいいなぁってわたくし思うのだけど」
「それは無理なご相談です。いつかクローヴィス殿下に素敵な人が現れるといいですね」
「――さすが、ぶれないわね」
小さく舌打ちをするセリーナを前に、ロゼッタたちは顔を見合わせて笑うのだった。
「おはよう、ロゼッタ嬢」
「おはようございます、クローヴィス殿下……」
挨拶と同時にギュッと手を握られて、ロゼッタは必死に笑顔を取り繕う。
クローヴィスはこの国の第三王子だ。御年二十一歳。太陽のように明るい金髪にエメラルドのような緑の瞳が特徴的で、この国でも有数の美貌を誇る。社交界での人気も高く、ひとたび夜会に出れば女性陣が黄色い声を上げて駆け寄るほどのモテ男だ。
「あの、殿下がどうしてこちらに?」
「それは当然、ロゼッタ嬢に会いに来たんだ」
手の甲にふわりとキスをされ、ロゼッタはビクリと反応する。
ロゼッタは以前からクローヴィスのことが苦手だった。
第一の理由は彼が王族であること。王族というのは金持ちの最たるもののように思えるが、実際のところ、自由に使えるお金が極端に少ない。つまり、クローヴィスはロゼッタのお相手にはなりえないのだ。
第二に、クローヴィスの距離感があまりにも近すぎることがあげられる。彼はやたらめったらロゼッタに触れてくるし、しょっちゅう口説こうとしてくる。ロゼッタは自身がガツガツしているせいか、相手から迫られることにめっぽう弱いのだ。
しかも、相手が王族であるからたちが悪い。はっきりと拒絶することもできず、かといって受け入れるわけにもいかず、曖昧な対応をせざるを得ないのである。
「ロゼッタ嬢は今日も可愛いね」
「ありがとうございます」
そりゃあ、金持ちに気に入ってもらうために毎日気合を入れて準備をしているのだ。可愛くないはずがない。美容法の研究だって余念がないし、褒められて当然だとロゼッタは内心で思う。
「もっとゆっくり話してみたいな。今夜一緒に食事でもどう?」
「ありがとうございます。けれど……今夜はクロエと約束(夜会通い)があって……」
また誘ってください、と続けようとしたものの、ロゼッタはクローヴィスにガシッと手を握られる。
「だったら、クロエ嬢も一緒に食事をしよう」
「え? えぇと……」
どうしてそんな結論に至るのよ、とロゼッタはうろたえながらクロエを見る。普通は用事があると言われたら引くだろう。けれど、ここで引かないのがクローヴィスという男なのだ。
「(私は構わないわよ)」
と、クロエは口パクでそう返事をしてきた。
「(王族――というか、イケメンと食事ができるなんて、いい機会だもの。きっととびきり美味しいものを準備してくださると思うし)」
「(相手が王族じゃなくとも、美味しい食事はできますわ! わたくしにとっては美醜はどうでもいいことですし)」
目だけで会話を交わしながら、ロゼッタは頭が痛くなる。
「(というか、今日の夜会には財界のドンが顔を出すって噂ですのよ。この機会を逃すなんて愚かすぎますわ)」
「(だけど相手はクローヴィス殿下なのよ! 殿下の機嫌を損ねたら、王命で結婚をしなきゃいけなくなる可能性だってあるでしょう?)」
「(そんなの絶対嫌ですわ! だけど、だけど……)」
「お兄様、先約があると言っているのですから、今夜については諦めてください」
と、凛とした声音が背後から聞こえる。
「セリーナ殿下」
ふぅ、と小さくため息をつき、ロゼッタたちの主――セリーナが二人の間に割って入った。
クローヴィスとよく似た金色の髪に緑色の瞳、整った顔立ちをしており、十五歳の割には小柄で、愛らしい見た目の姫君だ。
「まったく。わたくしがちょっと目を離している隙に侍女を口説くのはやめてください。何度もそう申し上げておりますでしょう?」
セリーナはそう言ってクローヴィスとロゼッタを引き剥がす。クローヴィスはムッと首を傾げた。
「そうは言っても、おまえがいたらロゼッタ嬢とまともに会話をさせてもらえないだろう?」
「当たり前です。本人が嫌がっているのですから」
「嫌がってる?」
キョトンと目を丸くして、クローヴィスがロゼッタをじっと見る。
「ロゼッタ嬢が、俺を?」
「えぇと……あまりにもおそれおおいのですわ。わたくしでは殿下のお相手を満足にできませんもの。受けこたえすらまともにできませんし」
「そんなことはない。ロゼッタ嬢はもっと自分に自信を持つべきだ」
と、再びクローヴィスがロゼッタに詰め寄る。
「兄様」
「なぜ止める? ロゼッタは謙遜をしているだけだ」
「謙遜……わたくし、兄様が後継ぎに生まれなくてよかったと心から思いますわ」
「え?」
頭を抱えるセリーナに、クローヴィスはキョトンと首を傾げる。
「とにかく、食事をするならせめてわたくしも同席しているときにしてください。お兄様一人では暴走してしまうでしょう? それから、今夜は先約があるそうですから、日程は別日で調整を。いいですね?」
「む……仕方がない」
クローヴィスはそう言って肩をすくめると、その場にスッとひざまずいた。
「ではまた。……我が愛しのロゼッタ嬢」
手の甲に柔らかな唇の感触。ロゼッタの顔が真っ赤に染まる。
「兄様……」
それから、呆れ顔のセリーナの頭をなでてからクローヴィスは部屋をあとにした。
(あ、朝からどっと疲れましたわ……)
ロゼッタはドキドキとうるさい心臓を押さえつつ、ふぅと小さく息をつく。
クローヴィスとかかわるといつもこうだ。強引で大胆で、ロゼッタは振り回されてばかりになってしまう。
「さて、ロゼッタ。少し、おしゃべりをしましょうか?」
セリーナはそう言って、ソファをポンポンと軽く叩く。ロゼッタがそれに応じると、クロエ以外の人間に部屋から出るよう命じた。
「本当にお兄様の妃になる気はないの?」
「ありませんわ」
ロゼッタが即答する。セリーナは思わず眉間にシワを寄せた。
「どうして? 普通の貴族に嫁ぐより、王族に嫁いだほうがよほどいい生活をできるわよ?」
「もとより普通の貴族に嫁ぐ気がございませんから」
「なるほど……そうきたか」
セリーナは頭を抱えつつ、うーんと小さく唸った。
「でも、うちのお兄様って、性格はあんなだけど、顔はすこぶるいいじゃない?」
「殿下、わたくしは金持ちの不細工と貧乏なイケメンなら、迷わず金持ちの不細工を選ぶ女ですわ。たしかに、クローヴィス殿下は本当に美しいと思いますが、美しさではお腹は膨れませんのよ」
ロゼッタが真顔で力説する。その真剣な眼差しにセリーナは思わず気圧されてしまった。
「そ、そうかもしれないけど! お金を持っていて、顔もよくて、社会的なステイタスも得られる相手って貴重でしょう? お兄様と結婚したらあなたは王子妃よ、王子妃! 全女性が憧れる地位を得られるのに……」
「わたくしには地位も名誉も必要ありませんわ。ほしいものは『お金』と、そこから得られるいい生活だけなのです。お金さえ持っていらっしゃるなら、お相手は平民でも、不細工でも、とびきりご年輩の方でも一向に構いませんわ」
ロゼッタはそう言ってグッと大きく胸を張る。
ロゼッタは別に誰かに憧れられたいからいい生活を送りたいと思うわけではない。着心地の良い可愛いドレスを着て自分自身が満足したい。美味しいものを食べて自分自身を喜ばせたい。素敵な場所を思う存分訪れて心の底から感動したい。悠々自適の生活を送って、自分自身が幸せを感じたいだけなのだ。
クローヴィスと一緒になっても、ロゼッタの思い描く生活は実現しない。誰かに縛られる生活はごめんだった。
「第一、こんな金の亡者に王子妃は務まりませんわよ。リアル傾国の美女になってしまいますわ」
「それはそう。あなたが本気で望み通りの生活をしたら、国が滅んでしまいそうだわ……」
セリーナが真剣な表情で肯定する。ロゼッタはほんの少しだけ傷ついてしまった。
「でも、わたくしはお兄様に幸せになってほしいのだもの」
「セリーナ殿下……」
クローヴィスに幸せになってほしい――そう願いながらも、セリーナはロゼッタの気持ちを優先して彼女を助けてくれている。ロゼッタの胸がほんのりと温かくなった。
「だからね、あなたのその偏りまくった価値観をちょーーーーっと見直してくれたらいいなぁってわたくし思うのだけど」
「それは無理なご相談です。いつかクローヴィス殿下に素敵な人が現れるといいですね」
「――さすが、ぶれないわね」
小さく舌打ちをするセリーナを前に、ロゼッタたちは顔を見合わせて笑うのだった。
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