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【1章】婚活令嬢ロゼッタ
8.騎士団長トゥバルト・ドーハン
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その日、ロゼッタは大層ご機嫌だった。満面の笑みに頬をうっとりと染め、目の前の男性を熱く見つめる。
(ああ、ついに出会ってしまった……! わたくしの運命の人!)
胸がトクントクンと甘く疼く。このときめきはきっと、他では味わうことができないものだ。
「どうかしたのか、ロゼッタ嬢?」
「それは……トゥヴァルト様があまりにも素敵な方だから、ついつい見惚れてしまったのです」
恥じらいながらそう言うと、トゥヴァルトはハハッと豪快に笑う。
赤茶色の短髪に金色の瞳、少し焼けた肌に、鍛え上げられたたくましい肉体――トゥバルト・ドーハンはこの国の騎士団長だ。
もちろん、それだけではロゼッタが自身のお相手として狙い定めるはずがない――なにしろ王族は自由に使えるお金が少ないと突っぱねるような女だ。騎士団長のお給金程度では当然満足できないだろう。
ここで重要なのは、トゥヴァルトが郊外に領地を持っていること。しかも、その土地から未来の燃料として大いに期待をされている鉱石や油が産出されていることだ。つまり、彼は超がいくつもつくほどの大金持ちだった。
(トゥバルト様はそろそろ騎士団長の仕事を辞めて、領地におこもりになるって噂だったから、このタイミングでお会いできたのは神のお導きと言わざるを得ませんわ)
なんとしてもこの場で縁をつながなければならない。ロゼッタのすべてを賭けてこの男を落とすのだ! ――ロゼッタは並々ならぬ決意を胸に、トゥバルトに向かって微笑んだ。
「いろんな女性に言われませんか? 素敵だって」
「いや……ないな。夜会にはあまり出席しないし、職場にも女性はほとんどいないから」
「まあ、もったいない! トゥバルト様みたいに素晴らしい男性に、わたくし出会ったことがございませんのに」
そっと腕のあたりに触れながら、ロゼッタはトゥバルトの瞳を覗き込む。
「それじゃあ、今夜こちらにいらっしゃったのは特別なのですね?」
「そうだな。ほんの気まぐれだったんだが……おかげでこんなに美しい女性に出会えた」
「まあ!」
嬉しさのあまり、ロゼッタは瞳を輝かせる。
(これは……! 脈アリと思ってもいいんですの!?)
ロゼッタの胸がドキドキと鳴り響く。
……いや、まだだ。なんといっても相手は貴族。社交辞令の可能性は大いにある。油断大敵。隙を見せれば足をすくわれてしまうだろう。
「嬉しいですわ。トゥバルト様って本当に、わたくしの理想の殿方ですの。ハンサムで、たくましくて、そばにいるだけでドキドキしてしまいますわ」
一番理想的な部分――お金持ちであることは口にせず、ロゼッタはうっとりと目を細める。
「こんな素敵な男性が未婚でいらっしゃるなんて信じられません。皆様本気で見る目がありませんわ」
「……いや、いくつか縁談をいただいたことはあるんだ。だが折り合いがつかなかったんだよ。俺には娘が――フローリアが一番大事だからな」
トゥバルトが笑う。ロゼッタは「まあ!」と小さく驚いてみせた。
だが、当然ながら、彼に娘がいることは事前に調査済みだ。
トゥバルト・ドーハンは御年三十一歳。彼には今年四歳になる娘フローリアがいる。フローリアの母親は出産と同時に亡くなってしまったそうで、以後は乳母に養育されているらしい。……がトゥバルトは最近、フローリアの母親となってくれる女性を探しているのだそうだ。
「若いご令嬢にとって、すでに娘のいる男との縁談は好ましくないのだろう。しかも、俺が『一番大事なのは娘』だと公言しているのだからなおさらだ」
「そんなことございませんわ。結婚相手より子供を大事に思うのは当然のことです。わたくし、ますますトゥバルト様を素敵だと感じましたわ」
「ロゼッタ嬢は優しいな。これまで、そんなふうに言ってくれる女性はいなかった。自分を一番に思ってほしいと皆一様に怒っていたからな」
トゥヴァルトはそう言ってどこか遠い目をする。
(それはまあ、価値観の違いですわね)
ロゼッタはトゥバルトをちらりと見上げたあと、静かにそっと目を閉じる。
ロゼッタが愛しているのはお金であり、その持ち主ではない。だから彼女は、男性に自分自身を愛してほしいと思ったことは一度もなかった。彼らはただ、ロゼッタにお金を与えてくれればそれでいい。つまり、トゥバルトにロゼッタ以上に大切な存在――娘がいたとしても、一向に構わないのである。
けれど、普通の女性はそんなふうには思えないのだろう。自分をなにより大切にしてほしい。愛してほしい。そして、幸せにしてほしい――それが一般的な感覚だ。
ロゼッタからすれば、そんな価値観のために金持ちをみすみす逃すなんて愚の骨頂だけれど。
「初婚の女性では上手くいかない――ならばと、連れ子のいる女性との再婚も考えたんだ。けれど、自分がお腹を痛めた子供と他人の子では、どうしたって自分の子を優先するだろう。だから、どうしても踏み切れなくて」
トゥヴァルトの言葉にロゼッタは目を丸くする。彼女はゴクリとつばを飲み、しばらく目を泳がせてから、自身の胸に手を当てた。
「――――子連れ同士の再婚は絶対にやめたほうがいいですわ」
ロゼッタが言う。それまでの明るい口調からは信じられないほどの冷たい声音だ。しまったと思いつつも、ロゼッタは笑顔を取り繕うことができない。彼女は眉間にシワを寄せつつ、トゥバルトから顔をそらした。
「トゥバルト様のご懸念のとおりです。子連れ同士の結婚では、誰も幸せになれませんもの。トゥバルト様も、お相手の女性も、それぞれの子供も。……上手くいきっこありません。絶対にオススメしませんわ」
言いながら、ロゼッタは己の腕に爪を立てる。一瞬でも気を抜いたら感情が溢れ出してしまいそうだった。
「そうか」
と、トゥバルトが返事をする。彼はロゼッタの頭をポンと優しく撫でた。
「ありがとう。君のおかげで自分がどうしたいか……少しだけ気持ちの整理ができたよ」
「いいえ」
ロゼッタが必死に目を伏せる。トゥバルトを口説く絶好の機会だというのに、どうしても気分が上向かない。自分らしくないと思うけれど、どうしてこんなふうになってしまったのか、ロゼッタ自身がわからないのだ。
「ロゼッタ嬢……?」
「…………」
早く明るく振る舞わなくては。彼に気に入られるよう、気の利いたことをいわなければならない。わかっている。けれど、身体が思うように動かない。
(トゥバルト様は諦めなければダメね)
こんな鬱々とした女性を選びたいと思う男性なんて存在しないだろう。すっかり自己嫌悪に陥ってしまったロゼッタは、内心で大きくため息をつく。そろそろ会話を切り上げなければと思ったそのときだった。
「よかったらまた会ってもらえないか? 今度はここではない、別の場所で。一緒に食事でもどうだろう? 君のことをもっと知りたいんだ」
「……え?」
ロゼッタがそろりと顔を上げる。トゥバルトは優しく微笑みながら、ロゼッタのことを見つめていた。
「いいのですか?」
「もちろん。今夜はすごく楽しかった。君がもし、こんなおじさんでもいいと言ってくれるなら、ぜひ」
「もちろんですわ!」
身を乗り出すロゼッタに、トゥバルトが目を細める。
「よろしくな、ロゼッタ嬢」
彼に差し出された手のひらを握り返しつつ、ロゼッタが笑う。
これで彼女が狙っていた金持ちの男性たちの多くとつながることができた。これからは新しく男性と知り合うことより、彼らと親しくなることに重きを置くべきだろう。
「よろしくお願いいたしますね、トゥバルト様」
返事をしながら、ロゼッタは反対の手で、密かに拳を握るのだった。
(ああ、ついに出会ってしまった……! わたくしの運命の人!)
胸がトクントクンと甘く疼く。このときめきはきっと、他では味わうことができないものだ。
「どうかしたのか、ロゼッタ嬢?」
「それは……トゥヴァルト様があまりにも素敵な方だから、ついつい見惚れてしまったのです」
恥じらいながらそう言うと、トゥヴァルトはハハッと豪快に笑う。
赤茶色の短髪に金色の瞳、少し焼けた肌に、鍛え上げられたたくましい肉体――トゥバルト・ドーハンはこの国の騎士団長だ。
もちろん、それだけではロゼッタが自身のお相手として狙い定めるはずがない――なにしろ王族は自由に使えるお金が少ないと突っぱねるような女だ。騎士団長のお給金程度では当然満足できないだろう。
ここで重要なのは、トゥヴァルトが郊外に領地を持っていること。しかも、その土地から未来の燃料として大いに期待をされている鉱石や油が産出されていることだ。つまり、彼は超がいくつもつくほどの大金持ちだった。
(トゥバルト様はそろそろ騎士団長の仕事を辞めて、領地におこもりになるって噂だったから、このタイミングでお会いできたのは神のお導きと言わざるを得ませんわ)
なんとしてもこの場で縁をつながなければならない。ロゼッタのすべてを賭けてこの男を落とすのだ! ――ロゼッタは並々ならぬ決意を胸に、トゥバルトに向かって微笑んだ。
「いろんな女性に言われませんか? 素敵だって」
「いや……ないな。夜会にはあまり出席しないし、職場にも女性はほとんどいないから」
「まあ、もったいない! トゥバルト様みたいに素晴らしい男性に、わたくし出会ったことがございませんのに」
そっと腕のあたりに触れながら、ロゼッタはトゥバルトの瞳を覗き込む。
「それじゃあ、今夜こちらにいらっしゃったのは特別なのですね?」
「そうだな。ほんの気まぐれだったんだが……おかげでこんなに美しい女性に出会えた」
「まあ!」
嬉しさのあまり、ロゼッタは瞳を輝かせる。
(これは……! 脈アリと思ってもいいんですの!?)
ロゼッタの胸がドキドキと鳴り響く。
……いや、まだだ。なんといっても相手は貴族。社交辞令の可能性は大いにある。油断大敵。隙を見せれば足をすくわれてしまうだろう。
「嬉しいですわ。トゥバルト様って本当に、わたくしの理想の殿方ですの。ハンサムで、たくましくて、そばにいるだけでドキドキしてしまいますわ」
一番理想的な部分――お金持ちであることは口にせず、ロゼッタはうっとりと目を細める。
「こんな素敵な男性が未婚でいらっしゃるなんて信じられません。皆様本気で見る目がありませんわ」
「……いや、いくつか縁談をいただいたことはあるんだ。だが折り合いがつかなかったんだよ。俺には娘が――フローリアが一番大事だからな」
トゥバルトが笑う。ロゼッタは「まあ!」と小さく驚いてみせた。
だが、当然ながら、彼に娘がいることは事前に調査済みだ。
トゥバルト・ドーハンは御年三十一歳。彼には今年四歳になる娘フローリアがいる。フローリアの母親は出産と同時に亡くなってしまったそうで、以後は乳母に養育されているらしい。……がトゥバルトは最近、フローリアの母親となってくれる女性を探しているのだそうだ。
「若いご令嬢にとって、すでに娘のいる男との縁談は好ましくないのだろう。しかも、俺が『一番大事なのは娘』だと公言しているのだからなおさらだ」
「そんなことございませんわ。結婚相手より子供を大事に思うのは当然のことです。わたくし、ますますトゥバルト様を素敵だと感じましたわ」
「ロゼッタ嬢は優しいな。これまで、そんなふうに言ってくれる女性はいなかった。自分を一番に思ってほしいと皆一様に怒っていたからな」
トゥヴァルトはそう言ってどこか遠い目をする。
(それはまあ、価値観の違いですわね)
ロゼッタはトゥバルトをちらりと見上げたあと、静かにそっと目を閉じる。
ロゼッタが愛しているのはお金であり、その持ち主ではない。だから彼女は、男性に自分自身を愛してほしいと思ったことは一度もなかった。彼らはただ、ロゼッタにお金を与えてくれればそれでいい。つまり、トゥバルトにロゼッタ以上に大切な存在――娘がいたとしても、一向に構わないのである。
けれど、普通の女性はそんなふうには思えないのだろう。自分をなにより大切にしてほしい。愛してほしい。そして、幸せにしてほしい――それが一般的な感覚だ。
ロゼッタからすれば、そんな価値観のために金持ちをみすみす逃すなんて愚の骨頂だけれど。
「初婚の女性では上手くいかない――ならばと、連れ子のいる女性との再婚も考えたんだ。けれど、自分がお腹を痛めた子供と他人の子では、どうしたって自分の子を優先するだろう。だから、どうしても踏み切れなくて」
トゥヴァルトの言葉にロゼッタは目を丸くする。彼女はゴクリとつばを飲み、しばらく目を泳がせてから、自身の胸に手を当てた。
「――――子連れ同士の再婚は絶対にやめたほうがいいですわ」
ロゼッタが言う。それまでの明るい口調からは信じられないほどの冷たい声音だ。しまったと思いつつも、ロゼッタは笑顔を取り繕うことができない。彼女は眉間にシワを寄せつつ、トゥバルトから顔をそらした。
「トゥバルト様のご懸念のとおりです。子連れ同士の結婚では、誰も幸せになれませんもの。トゥバルト様も、お相手の女性も、それぞれの子供も。……上手くいきっこありません。絶対にオススメしませんわ」
言いながら、ロゼッタは己の腕に爪を立てる。一瞬でも気を抜いたら感情が溢れ出してしまいそうだった。
「そうか」
と、トゥバルトが返事をする。彼はロゼッタの頭をポンと優しく撫でた。
「ありがとう。君のおかげで自分がどうしたいか……少しだけ気持ちの整理ができたよ」
「いいえ」
ロゼッタが必死に目を伏せる。トゥバルトを口説く絶好の機会だというのに、どうしても気分が上向かない。自分らしくないと思うけれど、どうしてこんなふうになってしまったのか、ロゼッタ自身がわからないのだ。
「ロゼッタ嬢……?」
「…………」
早く明るく振る舞わなくては。彼に気に入られるよう、気の利いたことをいわなければならない。わかっている。けれど、身体が思うように動かない。
(トゥバルト様は諦めなければダメね)
こんな鬱々とした女性を選びたいと思う男性なんて存在しないだろう。すっかり自己嫌悪に陥ってしまったロゼッタは、内心で大きくため息をつく。そろそろ会話を切り上げなければと思ったそのときだった。
「よかったらまた会ってもらえないか? 今度はここではない、別の場所で。一緒に食事でもどうだろう? 君のことをもっと知りたいんだ」
「……え?」
ロゼッタがそろりと顔を上げる。トゥバルトは優しく微笑みながら、ロゼッタのことを見つめていた。
「いいのですか?」
「もちろん。今夜はすごく楽しかった。君がもし、こんなおじさんでもいいと言ってくれるなら、ぜひ」
「もちろんですわ!」
身を乗り出すロゼッタに、トゥバルトが目を細める。
「よろしくな、ロゼッタ嬢」
彼に差し出された手のひらを握り返しつつ、ロゼッタが笑う。
これで彼女が狙っていた金持ちの男性たちの多くとつながることができた。これからは新しく男性と知り合うことより、彼らと親しくなることに重きを置くべきだろう。
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