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【3章】攻略対象、混戦中
21.出発の朝に
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そうして、あっという間に出立の日がやってきた。
王城にはセリーナやクローヴィスが乗るのに加え、荷物を運ぶためにたくさんの馬車が用意されており、ロゼッタは驚きに目を瞠る。
「やっぱり、海外での公務というのは大掛かりですのねぇ」
地方公務の場合は人の乗る馬車があればほぼ事足りるため、どうしても差を感じずにはいられない。いつもは見送る側なのに、今回は見送られる側だから、なおさらそう思うのだろう。
「いいなぁ、ロゼッタは。セリーナ殿下と一緒に隣国に行けるなんて、羨ましい」
クロエがそう言ってロゼッタの肩にのしかかる。ロゼッタはクスクス笑いながら「遊びに行くんじゃありませんわ」と首を横に振った。
「わかってるけど。でも、国外旅行なんてそうそう行けるもんじゃないでしょう?」
「クロエったら! お金持ちの男性と結婚すれば、何度でも気兼ねなく行けるようになりますわ。だからこそ、お相手選びに妥協してはいけないと何度も言ってますでしょう?」
「それもわかってるけど。私はロゼッタみたいには頑張れないっていうか、お金より愛を取るのも悪くないと思いはじめているわけで……」
クロエは視線をそっと城の上階の方へ移す。王太子の執務室がある方角だ。
「まさか、本当にライノア様を?」
「だって、ライノア様のことが気になってたまらないんだもの。今なにしてるのかとか、どんなことを考えているのかとか。……ねえロゼッタ、これって恋なのかな?」
「わたくしに聞かれましても……」
ロゼッタが恋しているのはお金だ。男性に対して恋心を抱いたことなど一度もない。そのことはクロエにもわかっているはずなのだが。
「あの……ロゼッタ様でしょうか?」
「ええ、そうです。どうかなさいましたか?」
と、門番の騎士のひとりがロゼッタの元へとやってくる。彼はロゼッタに一枚の封筒を差し出しながら「こちらを渡すように頼まれまして」と微笑んだ。
「まあ、誰かしら?」
ロゼッタはそうつぶやきつつ、封筒をくるりとひっくり返す。と、ふわりと馴染みのある香りがして、思わず目を見開いた。
「ねえ! 封筒をあなたに預けた男性はまだ城の外にいるのかしら?」
声が上ずっているのを感じつつロゼッタは騎士にそう尋ねる。
「ええ。『待っている』とおっしゃってましたよ」
騎士が返事をするやいなや、ロゼッタは城門へ向かって走り出した。ハイヒールがかかとに食い込み痛んだが、そんなことを気にしている余裕はない。
城外に飛び出し、お目当ての人物を探すために視線を彷徨わせる。するとその瞬間、背後からふわりと抱きしめられた。
「こういう連絡はもう少し早くしてほしいな……間に合ってよかったよ」
落ち着いたテノールボイスにロゼッタの胸が高鳴る。封筒と同じ香水の香りを強く感じ、ロゼッタは男性の腕を軽く抱き返した。
「まさか会いに来てくださるとは思いませんでしたわ」
「本当に? 俺はずっとロゼッタ嬢に会いたかったのに」
「嘘ばっかり」
男性の言葉を噛みしめるようにして、ロゼッタはゆっくりと後ろを振り向く。そこには余裕たっぷりに微笑む実業家のウィルバートがいた。
「本当だよ。あれから手紙の回数も減ってしまったし、嫌われたのかと思ってた」
「まあ、だとしたら、わたくしの作戦も少しは功を奏したのかしら?」
クスクスと笑ってみせたものの、ロゼッタは内心ドキドキしていた。できる限り大人っぽく振る舞おうと努力をしているが、実際のところウィルバートの瞳に自分がどう写っているかはわからない。子供扱いされるのはゴメンだし、かといって相手にされないのはもっと嫌だ。経験の乏しい中で恋愛の駆け引きを行うことは、緊張の連続だった。
「隣国に行くってことは、セリーナ殿下の公務に同行するんだろう? ロゼッタ嬢は優秀だね」
「仕事の内容は守秘義務があるからお伝えできませんの。でも、ウィルバート様にそう思っていただけるのは嬉しいですわね」
自分にはウィルバートが追いかけるだけの価値がある――なんとかそう思われたくて、ロゼッタは精一杯背伸びをする。すると、ウィルバートはクスリと笑い、ロゼッタの頭をそっと撫でた。
「本当にロゼッタ嬢は可愛いね」
「なっ……」
ムッと唇を尖らせつつ、ロゼッタの頬が紅く染まる。
大人っぽく振る舞ってるつもりが、ウィルバート相手だと上手くいかない。また馬鹿にされた――そう思う反面、可愛いと言われたことを嬉しくも思う。
「気をつけてね」
「……わかってます」
「俺にもなにかお土産を買ってきてね」
「……気が向いたらそういたしますわ」
拗ねたように呟くロゼッタをウィルバートは笑いながら抱きしめる。それから「それじゃあ」と手を振り、颯爽といなくなってしまった。
(本当にどこまでもムカつく人)
ウィルバートの後ろ姿を見つめつつ、ロゼッタはなかなか動き出せない。未だに胸がドキドキと騒ぎ、しばらく落ち着きそうな気がしなかった。
「……楽しそうだね」
とその時、背後から話しかけられ、ロゼッタはビクリと体を震わせる。
「ク、クローヴィス殿下」
「ウィルバート相手にあの距離を許しているんだ。俺が同じことをしても構わないよね?」
後ろからギュッと抱きしめられ、ロゼッタの背中から変な汗が噴き出した。
「これは、その……」
「俺の本気を伝えたつもりだったのにな」
クローヴィスの息が首筋にかかり、ロゼッタの肩がゾクリと震える。ロゼッタの反応に満足したのか、クローヴィスはロゼッタの頭をポンポンと撫で、ようやく解放してくれた。
「あれから、殿下のこともきちんと考えております」
「まあ、そうだろうね。でも、他の男のことも見ている。俺に対する以上に……だろう?」
クローヴィスはそう言ってロゼッタを真っ直ぐに見つめてくる。その瞳のあまりの熱量に、ロゼッタは思わず視線をそらした。
「それはそうと、そろそろ出発の時間だよ」
クローヴィスがロゼッタの手を取り、城内へと連れて戻る。彼が向かったのは一際豪華で作りのしっかりした一台の馬車――クローヴィスとセリーナが乗る馬車だ。
「それでは殿下、道中どうぞお気をつけて」
ロゼッタは使用人たちの乗る馬車へ向かおうとしたが、クローヴィスはなおもロゼッタの手を離そうとしない。戸惑うロゼッタを見つめながら、クローヴィスはそっと目を細めた。
「ロゼッタ嬢が乗るのは俺たちと同じ馬車だよ」
「……え?」
その瞬間、ロゼッタの口の端がピクリと引きつった。
王城にはセリーナやクローヴィスが乗るのに加え、荷物を運ぶためにたくさんの馬車が用意されており、ロゼッタは驚きに目を瞠る。
「やっぱり、海外での公務というのは大掛かりですのねぇ」
地方公務の場合は人の乗る馬車があればほぼ事足りるため、どうしても差を感じずにはいられない。いつもは見送る側なのに、今回は見送られる側だから、なおさらそう思うのだろう。
「いいなぁ、ロゼッタは。セリーナ殿下と一緒に隣国に行けるなんて、羨ましい」
クロエがそう言ってロゼッタの肩にのしかかる。ロゼッタはクスクス笑いながら「遊びに行くんじゃありませんわ」と首を横に振った。
「わかってるけど。でも、国外旅行なんてそうそう行けるもんじゃないでしょう?」
「クロエったら! お金持ちの男性と結婚すれば、何度でも気兼ねなく行けるようになりますわ。だからこそ、お相手選びに妥協してはいけないと何度も言ってますでしょう?」
「それもわかってるけど。私はロゼッタみたいには頑張れないっていうか、お金より愛を取るのも悪くないと思いはじめているわけで……」
クロエは視線をそっと城の上階の方へ移す。王太子の執務室がある方角だ。
「まさか、本当にライノア様を?」
「だって、ライノア様のことが気になってたまらないんだもの。今なにしてるのかとか、どんなことを考えているのかとか。……ねえロゼッタ、これって恋なのかな?」
「わたくしに聞かれましても……」
ロゼッタが恋しているのはお金だ。男性に対して恋心を抱いたことなど一度もない。そのことはクロエにもわかっているはずなのだが。
「あの……ロゼッタ様でしょうか?」
「ええ、そうです。どうかなさいましたか?」
と、門番の騎士のひとりがロゼッタの元へとやってくる。彼はロゼッタに一枚の封筒を差し出しながら「こちらを渡すように頼まれまして」と微笑んだ。
「まあ、誰かしら?」
ロゼッタはそうつぶやきつつ、封筒をくるりとひっくり返す。と、ふわりと馴染みのある香りがして、思わず目を見開いた。
「ねえ! 封筒をあなたに預けた男性はまだ城の外にいるのかしら?」
声が上ずっているのを感じつつロゼッタは騎士にそう尋ねる。
「ええ。『待っている』とおっしゃってましたよ」
騎士が返事をするやいなや、ロゼッタは城門へ向かって走り出した。ハイヒールがかかとに食い込み痛んだが、そんなことを気にしている余裕はない。
城外に飛び出し、お目当ての人物を探すために視線を彷徨わせる。するとその瞬間、背後からふわりと抱きしめられた。
「こういう連絡はもう少し早くしてほしいな……間に合ってよかったよ」
落ち着いたテノールボイスにロゼッタの胸が高鳴る。封筒と同じ香水の香りを強く感じ、ロゼッタは男性の腕を軽く抱き返した。
「まさか会いに来てくださるとは思いませんでしたわ」
「本当に? 俺はずっとロゼッタ嬢に会いたかったのに」
「嘘ばっかり」
男性の言葉を噛みしめるようにして、ロゼッタはゆっくりと後ろを振り向く。そこには余裕たっぷりに微笑む実業家のウィルバートがいた。
「本当だよ。あれから手紙の回数も減ってしまったし、嫌われたのかと思ってた」
「まあ、だとしたら、わたくしの作戦も少しは功を奏したのかしら?」
クスクスと笑ってみせたものの、ロゼッタは内心ドキドキしていた。できる限り大人っぽく振る舞おうと努力をしているが、実際のところウィルバートの瞳に自分がどう写っているかはわからない。子供扱いされるのはゴメンだし、かといって相手にされないのはもっと嫌だ。経験の乏しい中で恋愛の駆け引きを行うことは、緊張の連続だった。
「隣国に行くってことは、セリーナ殿下の公務に同行するんだろう? ロゼッタ嬢は優秀だね」
「仕事の内容は守秘義務があるからお伝えできませんの。でも、ウィルバート様にそう思っていただけるのは嬉しいですわね」
自分にはウィルバートが追いかけるだけの価値がある――なんとかそう思われたくて、ロゼッタは精一杯背伸びをする。すると、ウィルバートはクスリと笑い、ロゼッタの頭をそっと撫でた。
「本当にロゼッタ嬢は可愛いね」
「なっ……」
ムッと唇を尖らせつつ、ロゼッタの頬が紅く染まる。
大人っぽく振る舞ってるつもりが、ウィルバート相手だと上手くいかない。また馬鹿にされた――そう思う反面、可愛いと言われたことを嬉しくも思う。
「気をつけてね」
「……わかってます」
「俺にもなにかお土産を買ってきてね」
「……気が向いたらそういたしますわ」
拗ねたように呟くロゼッタをウィルバートは笑いながら抱きしめる。それから「それじゃあ」と手を振り、颯爽といなくなってしまった。
(本当にどこまでもムカつく人)
ウィルバートの後ろ姿を見つめつつ、ロゼッタはなかなか動き出せない。未だに胸がドキドキと騒ぎ、しばらく落ち着きそうな気がしなかった。
「……楽しそうだね」
とその時、背後から話しかけられ、ロゼッタはビクリと体を震わせる。
「ク、クローヴィス殿下」
「ウィルバート相手にあの距離を許しているんだ。俺が同じことをしても構わないよね?」
後ろからギュッと抱きしめられ、ロゼッタの背中から変な汗が噴き出した。
「これは、その……」
「俺の本気を伝えたつもりだったのにな」
クローヴィスの息が首筋にかかり、ロゼッタの肩がゾクリと震える。ロゼッタの反応に満足したのか、クローヴィスはロゼッタの頭をポンポンと撫で、ようやく解放してくれた。
「あれから、殿下のこともきちんと考えております」
「まあ、そうだろうね。でも、他の男のことも見ている。俺に対する以上に……だろう?」
クローヴィスはそう言ってロゼッタを真っ直ぐに見つめてくる。その瞳のあまりの熱量に、ロゼッタは思わず視線をそらした。
「それはそうと、そろそろ出発の時間だよ」
クローヴィスがロゼッタの手を取り、城内へと連れて戻る。彼が向かったのは一際豪華で作りのしっかりした一台の馬車――クローヴィスとセリーナが乗る馬車だ。
「それでは殿下、道中どうぞお気をつけて」
ロゼッタは使用人たちの乗る馬車へ向かおうとしたが、クローヴィスはなおもロゼッタの手を離そうとしない。戸惑うロゼッタを見つめながら、クローヴィスはそっと目を細めた。
「ロゼッタ嬢が乗るのは俺たちと同じ馬車だよ」
「……え?」
その瞬間、ロゼッタの口の端がピクリと引きつった。
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