婚活令嬢ロゼッタは、なによりお金を愛している!

鈴宮(すずみや)

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【3章】攻略対象、混戦中

28.価値観の変化

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「助けてくださってありがとうございます」

「どういたしまして」


 ロゼッタはすぐに男性へお礼を言った。男性は謙遜するでもなく、すんなりとロゼッタのお礼を受け入れる。


「うちのお姫様が『どうしても気になる』ってうるさいものだから、ずっと様子をうかがっていたんだ」

「お姫様って……」

「自己紹介が遅れたね。僕の名前はランハート。王太女ライラ殿下の婚約者だよ」

「あなたが……! はじめまして。わたくしはセリーナ殿下の侍女、ロゼッタと申します」


 ロゼッタが深々と頭を下げると、ランハートはクスクスと笑い声を上げた。


「さっきは大変だったね。あんなふうに絡まれて、面倒だっただろう?」

「え? えぇ……と」


 面倒、とはっきり口にするのは憚られる。相手が隣国の人間ならなおさらだ。


「気を使わなくていいよ。僕も君と同じタイプだから、わかるんだ」


 ランハートがそっと目を細める。ロゼッタは小さくうなずいた。


「傍から聞いていて中々に面白かったよ。『目に見えないものになんの価値がある』ってはっきり言い放つんだもん。……だけどそれって、真理だよね。ああいうタイプには一番効く言葉だと思う。あの女性も、さっきは君に向かって手を振り上げていたけど、多少は自分を見直すんじゃないかな?」

「そうだといいのですが」


 クローヴィスの侍女は今後も目に見えないものを必死に磨き、誰かに気づいてもらうことを願い続ける気がしないでもない。ロゼッタは苦笑を漏らした。


「お手を煩わせてしまって本当に申し訳ございません。本来ならば、身内で解決すべきことですのに」

「構わないよ。本当に面白かったし。セリーナ殿下やクローヴィス殿下が君を庇うと、嫌がらせがひどくなっただろうし、あの女性の気持ちも落ち着かなかったと思う。だから、今回の件は僕が適役だったんだよ」

「そう言っていただけるとありがたいです」


 セリーナやクローヴィスが侍女の動きを把握していなかったとは思えない。おそらくは知っていて、静観していたのだとロゼッタにもわかっていた。
 だからといって、二人が薄情だとも思わない。ランハートの言うとおり、王族が口を挟むことで、かえって事態が悪化していた可能性が高いからだ。おそらく、トゥバルトも同じ理由で、二人の間に入ろうとはしなかったのだろう。


「それで? さっきの女性はクローヴィス殿下が好きなのかな? で、クローヴィス殿下は君のことが好き、と」

「……まあ、そのようなものです」

「その様子だと、ロゼッタ嬢はクローヴィス殿下と結婚することに乗り気じゃないんだね? なにか理由があるの?」

「ええ、まぁ……端的に申し上げれば価値観の相違がございまして」


 ロゼッタが返事をしたあとも、ランハートは興味津々といった様子でこちらを見つめ続けている。己がまったく絡まない恋愛事情というのは、聞いていて面白いものなのだろう。ロゼッタは少しだけ肩をすくめた。


「あの、ランハート様はどうして王配になることを選んだのですか?」

「え? 僕? どうしてそんなことを尋ねるの?」


 急に話題を振られたランハートは驚きつつ、そっと首をひねる。


「だって、王族には様々な義務が伴いますし、一介の貴族より自由が効かないでしょう?」


 特にお金が、とはさすがのロゼッタにも言えない。ロゼッタがじっとランハートを見つめると、彼はそっと目を細めた。


「なるほど……あなたの考えはなんとなくわかりました。ただ、僕の場合は元々王族なので、義務や自由が制限されるという感覚はありません」

「まあ、そうでしたか……」


 前提条件が違うのでは、参考にならないだろうか? ロゼッタはしゅんと肩を落とす。


「加えて、ライラ様が逃げ出して王太女にならなかった場合、僕自身が王太子に選ばれていた可能性もあったんです。自分が王太子になるのは面倒くさいし、だったら王配になったほうがマシだ、というのが婿候補に選ばれた当初の僕の考えでした。ですから、正直言ってライラ様のお相手に選ばれなかったとしても構わなかったんです」

「え……」


 ロゼッタほどではないかもしれないが、なかなかにあけすけな本音だ。彼の言わんとしたいこと、価値観が理解できるからこそ、ロゼッタは少しだけ戸惑ってしまう。


(もしかして、わたくしがお金と男性の話をしているとき、他の方もこんな気持ちになっているのかしら?)


 ロゼッタが少しだけドキドキしていると、ランハートがクスリと小さく笑った。


「だけど、ライラ様と出会って――自分の運命に戸惑いながらも前を向くライラ様を見て、少しずつ気持ちが変わっていきました」


 彼の視線の先には、セリーナと談笑しているライラがいる。ロゼッタも一緒になってライラを見つめた。


「十六年間もただの平民として過ごしてきた女の子が、いきなり未来の王様になれと城に連れて行かれて、傷ついたり戸惑ったりしている様子を見て最初は気の毒だと思いました。けれど、僕のそんな気持ちを綺麗さっぱり吹き飛ばすほど、ライラ様は強かった。平民として生きてきた自分だからこそ、王になってできることがあるんじゃないかと笑うライラ様は美しかった。そんなライラ様に、僕は惹かれていったんです」


 ランハートが言う。こちらの視線に気づいたのか、ふとライラがこちらを向いた。すると、それまで王族として凛とした美しい表情を浮かべていたライラが、拗ねたような、困ったような笑みを浮かべる。ランハートがふわりと目元を和らげた。


「ですから僕は、ライラ様の隣を歩くと決めました。王太女として、普通の女の子として、ライラ様には幸せになってほしいんです――僕が幸せにする。絶対、誰にも譲れないと思いました」

「そう……ですか」


 人の価値観は変わる。ロゼッタにもそれはわかっている。
 けれど、たとえばロゼッタが恋に落ち、お金よりも愛を取る――なんてことがあるのだろうか?


「さて、そろそろライラ様のもとに戻らないと。僕からライラ様の愛情を奪い取ろうとしている男が多くて、油断も隙もないんです」


 ふと見れば、初日にロゼッタを案内してくれたバルデマーという男性が、ライラの手を握っている。どうやらダンスに誘っているようだ。


「ロゼッタ嬢、どうか自分の気持に正直に。後悔のない選択をしてください」

「ええ。ありがとうございます」


 ランハートがまっすぐにライラのもとへと戻っていく。その表情はとても温かく、優しくて、ロゼッタの胸が小さく疼いた。


(恋愛感情を――愛されることを羨ましいと思うなんて……)


 違う、そんなことは思わない。あってはならないことだ。
 ロゼッタは小さく首を横に振り、夜会会場へと戻るのだった。
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