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【4章】大一番とロゼッタの真実
37.無駄じゃありません
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『どうして私が? どうしてあなたにまで与えなければならないの?』
ロゼッタの頭のなかで冷たい声が鳴り響く。忘れたくてたまらなかったアバルディアの甲高い声だ。
『勘違いしないで。あなたにはそんな権利はないのよ』
クスクスと嘲るような笑い声。
ズキン、ズキンとロゼッタの胸が痛む。
アバルディアはロゼッタの父親であるクロフォード伯爵を金で買った。ロゼッタの母親の病気により借金まみれだった伯爵家は、アバルディアのおかげで一瞬で立ち直った。
けれど、それはあくまで伯爵家や領地に限った話で、ロゼッタには適用されなかった。
『すまない、ロゼッタ。本当にすまない』
ロゼッタの父親のすすり泣きが聞こえる。父親はロゼッタを抱きしめ、嗚咽を漏らして震えていた。
『私が本当に大事なのはおまえなんだ。けれど……すまない』
『わたくしもあのドレスが着たい。皆と同じ食事がしたい。もっといいベッドで眠って、もっといい家庭教師に学んで、それから、それから……』
アバルディアはロゼッタの父親には自分たちと同じ生活をさせながら、ロゼッタだけを冷遇していた。使用人以下の粗末で少ない食事に、ドレスを買い与えることもない。使用人たちにもロゼッタをないがしろにするよう指示したし、まるで空気のように扱ってきた。
時々、ロゼッタを気の毒に思った使用人たちが食事や雑貨を融通してくれたが、それらの行動はすぐにバレ、彼らは解雇されてしまった。
ロゼッタにとって何より辛かったのは、自分よりも年下の連れ子が、何不自由のないお嬢様としての生活を満喫している様子を間近で見ることだった。
アバルディアはロゼッタの父親に自分の娘を可愛がるように強要したし、ロゼッタにはとことん冷たくするよう仕向けてきた。父親は時折アバルディアに見つからないようロゼッタに謝罪をしてきたが、結局は彼女の言いなりで、なんの意味もなさなかった。
(この世はお金が全てなんだわ)
幼いロゼッタがそう思ってしまうのも仕方がない。
数年経ってロゼッタは、事態を知った母方の祖父母に引き取られることになった。
そこでようやく人並みの――貴族らしい生活を送れるようになったものの、実家で受けた屈辱的な対応とお金に対する劣等感は決して消えることはなかった。
(わたくしは絶対、お金持ちと結婚する)
こんな辛い思いはたくさんだ。絶対、二度としたくない。
もしも父親がお金持ちだったら、ロゼッタはこんな目に遭わなかっただろう。口先では『ロゼッタのことを大切に思っている』と言いながらアバルディアから守れず、虐めを放置してきた父親のような人間なんてごめんだった。
愛情なんて必要ない。あったところで意味がない。
必要なのはお金だけ。
お金さえあればすべてが可能になる。すべてが叶う。そう思ってロゼッタは今日まで生きてきた。
現に、ウィルバートはロゼッタを追ってきてすらくれない。
(本当に、信じていいのはお金だけなのだわ)
夜会会場から抜け出したロゼッタは、夜の庭園でひとり膝を抱えていた。心のどこかでウィルバートが来てくれるのではないかと願っていたが、すぐに「ありえない」と諦めてしまった。
辛くて悲しくて、なんだかむしろ笑えてくる。
(馬鹿らしい)
結局世の中はお金がすべてなのだ。ロゼッタはお金に負けて、幸せになれることはない。どれだけ頑張っても、たとえ資産家と結婚できたとしても、一生満たされることはないだろう。もしかしたら、アバルディアに妨害されて、結婚すら叶わないかもしれない。そう思うと、これまでしてきたことがすべて無駄だったように思えてきて、涙がちっとも止まらなかった。
「――なにをしているんですか? こんなところにいたら風邪を引きますよ」
と、ぶっきらぼうな言葉とともに、頭の上に布の感触が降ってくる。質のいい絹の肌触り。どうやら上着をかけてくれたらしい。
「ライノア様」
顔をあげなくても声でわかる。ロゼッタはライノアが自分の隣に腰掛けるのを感じつつ、腕でグジグジと目を拭った。
「なんであなたが来るんですか」
「僕ですみませんね。だけど、一人にしとくのも心配だったので」
ロゼッタの非難するような口調をサラリとかわし、ライノアは淡々とそう返事をする。
「――見ていたの」
「見ていた、というか見えてしまったんです」
「わたくしのことを笑いに来たの?」
「そう思いたいならご自由にどうぞ」
ライノアの言葉にロゼッタはガバリと顔を上げる。同時に勢いよく手を振り上げたものの、ポロポロと涙がこぼれてきて、先程よりも激しく泣き崩れてしまった。
「なんなのよ、もう! いっそのこと笑ってよ! わたくしのことを愚かだって! 結局お金に振り回されるのかって! これまでしてきたことは全部無駄だって、そうわからせてくれたらいいのに」
「笑いませんよ。そんなこと、するはずがないでしょう?」
嗚咽を漏らすロゼッタの背を、ライノアがポンポンと撫でてくれる。すると、これまで必死になってこらえていた感情や言葉が溢れ出て、いよいよ収集がつかなくなってしまった。
「わたくしはただ、幸せになりたかったの! もう二度とお金に振り回されることがないぐらいお金持ちな人と結婚して、幸せになりたかっただけなの!」
「――そうでしょうね」
「嫌なの。あんな思い、絶対にしたくないの」
ライノアに縋りつきながら、ロゼッタは泣き叫んでいた。それは今夜だけの想いじゃない――幼い頃から蓄積してきた怒りと悲しみだった。
「わたくしも義妹みたいに可愛いドレスを着たい! 美味しい食事をお腹いっぱい食べたい!」
「そうでしょうね。そう思うのが当たり前です」
ライノアがロゼッタの言葉を肯定してくれる。ロゼッタはライノアの胸に顔を埋めた。
「それからわたくしは、以前みたいにお父様に頭を撫でてもらいたい! 抱きしめてもらいたいの! どうしてあの子だけ? どうして? わたくしがお父様の本当の子供なのに、どうして?」
(……え?)
叫びながら、ロゼッタは自分の言葉に驚いた。
(わたくしはいったいなにを言っているの?)
父親に撫でてほしいだなんて、そんなことは考えたこともなかった。
けれど、きっとそれは、ロゼッタが抱えてきた本音なのだろう。
もしも父親がアバルディアに金で買われなかったら――それはそれで幸せな人生を送れていたのかもしれない。貧乏ながらも、愛情に満ちた日々を送り、笑って過ごせていたのかもしれない。
だとしたら、ロゼッタが本当に欲しかったのは、お金そのものではなかったのだろうか? ロゼッタが本当に欲しかったものとは――。
「あなたがしてきたことは無駄じゃありませんよ」
と、ライノアが言う。相変わらずぶっきらぼうな言い方だが、今のロゼッタには優しく感じられる。
「無駄じゃありません」
ライノアがもう一度、これまでのロゼッタを力強く肯定してくれる。彼はロゼッタの頭を撫でながら、ふわりと抱きしめてくれた。
(これまでのことは無駄じゃなかった)
荒れ果てていたロゼッタの心が段々と温かくなっていく。――そうだったらいい。そう思えるようになりたいとロゼッタは微笑む。
「ありがとう、ライノア様」
ロゼッタがつぶやくと、ライノアはそっと目を細めるのだった。
ロゼッタの頭のなかで冷たい声が鳴り響く。忘れたくてたまらなかったアバルディアの甲高い声だ。
『勘違いしないで。あなたにはそんな権利はないのよ』
クスクスと嘲るような笑い声。
ズキン、ズキンとロゼッタの胸が痛む。
アバルディアはロゼッタの父親であるクロフォード伯爵を金で買った。ロゼッタの母親の病気により借金まみれだった伯爵家は、アバルディアのおかげで一瞬で立ち直った。
けれど、それはあくまで伯爵家や領地に限った話で、ロゼッタには適用されなかった。
『すまない、ロゼッタ。本当にすまない』
ロゼッタの父親のすすり泣きが聞こえる。父親はロゼッタを抱きしめ、嗚咽を漏らして震えていた。
『私が本当に大事なのはおまえなんだ。けれど……すまない』
『わたくしもあのドレスが着たい。皆と同じ食事がしたい。もっといいベッドで眠って、もっといい家庭教師に学んで、それから、それから……』
アバルディアはロゼッタの父親には自分たちと同じ生活をさせながら、ロゼッタだけを冷遇していた。使用人以下の粗末で少ない食事に、ドレスを買い与えることもない。使用人たちにもロゼッタをないがしろにするよう指示したし、まるで空気のように扱ってきた。
時々、ロゼッタを気の毒に思った使用人たちが食事や雑貨を融通してくれたが、それらの行動はすぐにバレ、彼らは解雇されてしまった。
ロゼッタにとって何より辛かったのは、自分よりも年下の連れ子が、何不自由のないお嬢様としての生活を満喫している様子を間近で見ることだった。
アバルディアはロゼッタの父親に自分の娘を可愛がるように強要したし、ロゼッタにはとことん冷たくするよう仕向けてきた。父親は時折アバルディアに見つからないようロゼッタに謝罪をしてきたが、結局は彼女の言いなりで、なんの意味もなさなかった。
(この世はお金が全てなんだわ)
幼いロゼッタがそう思ってしまうのも仕方がない。
数年経ってロゼッタは、事態を知った母方の祖父母に引き取られることになった。
そこでようやく人並みの――貴族らしい生活を送れるようになったものの、実家で受けた屈辱的な対応とお金に対する劣等感は決して消えることはなかった。
(わたくしは絶対、お金持ちと結婚する)
こんな辛い思いはたくさんだ。絶対、二度としたくない。
もしも父親がお金持ちだったら、ロゼッタはこんな目に遭わなかっただろう。口先では『ロゼッタのことを大切に思っている』と言いながらアバルディアから守れず、虐めを放置してきた父親のような人間なんてごめんだった。
愛情なんて必要ない。あったところで意味がない。
必要なのはお金だけ。
お金さえあればすべてが可能になる。すべてが叶う。そう思ってロゼッタは今日まで生きてきた。
現に、ウィルバートはロゼッタを追ってきてすらくれない。
(本当に、信じていいのはお金だけなのだわ)
夜会会場から抜け出したロゼッタは、夜の庭園でひとり膝を抱えていた。心のどこかでウィルバートが来てくれるのではないかと願っていたが、すぐに「ありえない」と諦めてしまった。
辛くて悲しくて、なんだかむしろ笑えてくる。
(馬鹿らしい)
結局世の中はお金がすべてなのだ。ロゼッタはお金に負けて、幸せになれることはない。どれだけ頑張っても、たとえ資産家と結婚できたとしても、一生満たされることはないだろう。もしかしたら、アバルディアに妨害されて、結婚すら叶わないかもしれない。そう思うと、これまでしてきたことがすべて無駄だったように思えてきて、涙がちっとも止まらなかった。
「――なにをしているんですか? こんなところにいたら風邪を引きますよ」
と、ぶっきらぼうな言葉とともに、頭の上に布の感触が降ってくる。質のいい絹の肌触り。どうやら上着をかけてくれたらしい。
「ライノア様」
顔をあげなくても声でわかる。ロゼッタはライノアが自分の隣に腰掛けるのを感じつつ、腕でグジグジと目を拭った。
「なんであなたが来るんですか」
「僕ですみませんね。だけど、一人にしとくのも心配だったので」
ロゼッタの非難するような口調をサラリとかわし、ライノアは淡々とそう返事をする。
「――見ていたの」
「見ていた、というか見えてしまったんです」
「わたくしのことを笑いに来たの?」
「そう思いたいならご自由にどうぞ」
ライノアの言葉にロゼッタはガバリと顔を上げる。同時に勢いよく手を振り上げたものの、ポロポロと涙がこぼれてきて、先程よりも激しく泣き崩れてしまった。
「なんなのよ、もう! いっそのこと笑ってよ! わたくしのことを愚かだって! 結局お金に振り回されるのかって! これまでしてきたことは全部無駄だって、そうわからせてくれたらいいのに」
「笑いませんよ。そんなこと、するはずがないでしょう?」
嗚咽を漏らすロゼッタの背を、ライノアがポンポンと撫でてくれる。すると、これまで必死になってこらえていた感情や言葉が溢れ出て、いよいよ収集がつかなくなってしまった。
「わたくしはただ、幸せになりたかったの! もう二度とお金に振り回されることがないぐらいお金持ちな人と結婚して、幸せになりたかっただけなの!」
「――そうでしょうね」
「嫌なの。あんな思い、絶対にしたくないの」
ライノアに縋りつきながら、ロゼッタは泣き叫んでいた。それは今夜だけの想いじゃない――幼い頃から蓄積してきた怒りと悲しみだった。
「わたくしも義妹みたいに可愛いドレスを着たい! 美味しい食事をお腹いっぱい食べたい!」
「そうでしょうね。そう思うのが当たり前です」
ライノアがロゼッタの言葉を肯定してくれる。ロゼッタはライノアの胸に顔を埋めた。
「それからわたくしは、以前みたいにお父様に頭を撫でてもらいたい! 抱きしめてもらいたいの! どうしてあの子だけ? どうして? わたくしがお父様の本当の子供なのに、どうして?」
(……え?)
叫びながら、ロゼッタは自分の言葉に驚いた。
(わたくしはいったいなにを言っているの?)
父親に撫でてほしいだなんて、そんなことは考えたこともなかった。
けれど、きっとそれは、ロゼッタが抱えてきた本音なのだろう。
もしも父親がアバルディアに金で買われなかったら――それはそれで幸せな人生を送れていたのかもしれない。貧乏ながらも、愛情に満ちた日々を送り、笑って過ごせていたのかもしれない。
だとしたら、ロゼッタが本当に欲しかったのは、お金そのものではなかったのだろうか? ロゼッタが本当に欲しかったものとは――。
「あなたがしてきたことは無駄じゃありませんよ」
と、ライノアが言う。相変わらずぶっきらぼうな言い方だが、今のロゼッタには優しく感じられる。
「無駄じゃありません」
ライノアがもう一度、これまでのロゼッタを力強く肯定してくれる。彼はロゼッタの頭を撫でながら、ふわりと抱きしめてくれた。
(これまでのことは無駄じゃなかった)
荒れ果てていたロゼッタの心が段々と温かくなっていく。――そうだったらいい。そう思えるようになりたいとロゼッタは微笑む。
「ありがとう、ライノア様」
ロゼッタがつぶやくと、ライノアはそっと目を細めるのだった。
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