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【終章】本当に大事なもの
39.俺がそうしたかったんだ
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「――思ったよりも元気そうだね」
翌日のこと、ロゼッタはクローヴィスの執務室に呼び出されていた。
表向きはセリーナのお遣いなのだが、クローヴィスの目的がロゼッタと話をすることだというのは明白で。
「元気そう……ということは、昨夜のことをご存知なのですね」
「もちろん」
クローヴィスはロゼッタが夜会に参加するたびに、自分の息がかかった誰かを会場に寄越していたのだろう。まったく悪びれる様子もないし、本気で当然だと思っているに違いない。「さすがですわね」とつぶやきながら、ロゼッタは微笑んだ。
「あの女――アバルディアが王都に来ていることは把握していたんだが、警告が遅くなってすまなかった」
「まあ! 殿下のせいではございませんわ」
勢いよく頭を下げるクローヴィスに、ロゼッタは慌ててしまう。
ロゼッタの父親が王都に来たときのことといい、クローヴィスはこれまでもロゼッタが傷つかないよう配慮をしてくれていたのだろうか? だとしたら、もっと感謝をしなければならない。ロゼッタは深々と頭を下げた。
「わたくしのことを気にしてくださってありがとうございます。本当に、感謝しております」
「いや、今回のことは絶対的に俺が悪い。本来なら防げたはずの事故だったのに」
「隣国から帰国したばかりですもの。お仕事がたくさん山積みになっておりますでしょう? わたくしのことなど気に掛ける余裕はなくて当然ですし」
「俺がそうしたかったんだ!」
クローヴィスはそう言って、悔しそうに顔を歪める。
そういえば、隣国で告白を受けてから顔を合わせるのははじめてのことだ。昨夜の一件がなかったら、呼び出された時点でもっと身構えていただろうし、自然に話せはしなかっただろう。そう思うと、かえってよかったのかもしれないとロゼッタは思う。
「殿下、顔を上げてください」
ロゼッタはそう言ってクローヴィスに微笑みかける。クローヴィスは今にも泣きそうな表情でロゼッタを見上げながら、コクリと小さくうなずいた。
「遅かれ早かれ、アバルディアとは遭遇する運命だったのですわ。……いえ、あの方ならわたくしの結婚が決まったタイミングで、邪魔をするために自ら乗り込んで来たに違いありません。セリーナ殿下の侍女に採用されたときもそうでしたから」
クロフォード伯爵家の家名と祖父母の尽力により、セリーナの侍女として働きはじめることが決まったロゼッタのもとに、アバルディアがやってきた。「ロゼッタに侍女など務まらない」「今すぐ辞めさせるように」と主張して。
あのときは、すでに決まったことを撤回すれば伯爵家の名に傷がつくと色んな人が説得をして、渋々ではあったがアバルディアを領地に帰すことができた。
アバルディアは簡単に入城ができない。だから、ここ数年は平和に過ごせていたのだが。
「殿下がわたくしを守っていてくださったのですね」
アバルディアが王都にやってきた際には、ロゼッタが会わずに済むように裏から手を回してくれていたのだろう。だからこそ、ロゼッタはここまで平穏に婚活を楽しむことができた。昨夜の一件を通してロゼッタはそのことに気づいたのだ。
「――違う、守れていない」
クローヴィスがロゼッタを見つめる。
「君を傷つけたくなかった」
ロゼッタの胸がトクンと跳ねる。と同時に、とてつもない罪悪感に襲われ、ロゼッタはそっと視線を逸らした。
「わたくしは殿下にそこまで想っていただいていい女ではありません。昨夜だって、別の男性と夜会に出席しておりましたし」
「知っている。それでも、俺はロゼッタ嬢が好きなんだ」
クローヴィスが言う。ロゼッタの胸が熱くなった。
「なあ、昨夜の一件でわかっただろう? お金だけではロゼッタ嬢は幸せになれないってことを」
「……そうかもしれません」
金さえあればすべてが手に入る――ロゼッタはずっと、そう思いたかった。けれど、アバルディアに負けずとも劣らない金持ちのウィルバートは、ロゼッタではなくアバルディアを優先した。
けれどそれは、当然のことだとロゼッタは思う。アバルディアを怒らせれば、資金や資材の調達が困難になる可能性が高いからだ。ウィルバートとアバルディアが直接取り引きをしていないにせよ、裏から手を回して事業の継続を困難にすることはいくらでもできる。ロゼッタの父親と結婚をしたことで、爵位や家名まで手に入れたアバルディアは、相当厄介な存在だった。
「わたくしはアバルディアという『お金』に負けたのです。もちろん、そうならずに済む相手をわたくしなりに見繕ってきたわけですけれども、それでも足りなかった。勝てなかったんです」
「俺ならロゼッタ嬢を幸せにできる」
クローヴィスはそう言って、ロゼッタの手をぎゅっと握る。真剣な眼差しにたじろぎつつ、ロゼッタは静かに息を呑んだ。
「君を守るだけの権力が俺にはある。お金も――ロゼッタ嬢が望むような形ではないかもしれないが、最大限贅沢な生活を約束しよう」
「そ、れは……」
「ロゼッタ・クロフォード伯爵令嬢」
戸惑うロゼッタの前にクローヴィスがひざまずく。
「どうか俺と結婚してほしい」
「クローヴィス殿下……」
これ以上ないほどにまっすぐ求婚され、ロゼッタの心が大きく揺れる。
「もしも俺を選んでくれたら、俺のすべてでロゼッタ嬢を幸せにすると誓おう。だから……」
(このまま『はい』と返事をしたら――)
ロゼッタはクローヴィスの言うとおりに幸せになれるのかもしれない。アバルディアの脅威から守られ、王族として優雅な生活を送ることができる。けれど――
「もう少しだけ、お時間をいただけませんか?」
ロゼッタが返事をすると、クローヴィスが困ったように微笑む。
「ロゼッタ嬢ならそう言うと思っていた。……待つよ」
「ありがとうございます、クローヴィス殿下」
そっと目を細めるロゼッタを、クローヴィスは縋るように見つめたのだった。
翌日のこと、ロゼッタはクローヴィスの執務室に呼び出されていた。
表向きはセリーナのお遣いなのだが、クローヴィスの目的がロゼッタと話をすることだというのは明白で。
「元気そう……ということは、昨夜のことをご存知なのですね」
「もちろん」
クローヴィスはロゼッタが夜会に参加するたびに、自分の息がかかった誰かを会場に寄越していたのだろう。まったく悪びれる様子もないし、本気で当然だと思っているに違いない。「さすがですわね」とつぶやきながら、ロゼッタは微笑んだ。
「あの女――アバルディアが王都に来ていることは把握していたんだが、警告が遅くなってすまなかった」
「まあ! 殿下のせいではございませんわ」
勢いよく頭を下げるクローヴィスに、ロゼッタは慌ててしまう。
ロゼッタの父親が王都に来たときのことといい、クローヴィスはこれまでもロゼッタが傷つかないよう配慮をしてくれていたのだろうか? だとしたら、もっと感謝をしなければならない。ロゼッタは深々と頭を下げた。
「わたくしのことを気にしてくださってありがとうございます。本当に、感謝しております」
「いや、今回のことは絶対的に俺が悪い。本来なら防げたはずの事故だったのに」
「隣国から帰国したばかりですもの。お仕事がたくさん山積みになっておりますでしょう? わたくしのことなど気に掛ける余裕はなくて当然ですし」
「俺がそうしたかったんだ!」
クローヴィスはそう言って、悔しそうに顔を歪める。
そういえば、隣国で告白を受けてから顔を合わせるのははじめてのことだ。昨夜の一件がなかったら、呼び出された時点でもっと身構えていただろうし、自然に話せはしなかっただろう。そう思うと、かえってよかったのかもしれないとロゼッタは思う。
「殿下、顔を上げてください」
ロゼッタはそう言ってクローヴィスに微笑みかける。クローヴィスは今にも泣きそうな表情でロゼッタを見上げながら、コクリと小さくうなずいた。
「遅かれ早かれ、アバルディアとは遭遇する運命だったのですわ。……いえ、あの方ならわたくしの結婚が決まったタイミングで、邪魔をするために自ら乗り込んで来たに違いありません。セリーナ殿下の侍女に採用されたときもそうでしたから」
クロフォード伯爵家の家名と祖父母の尽力により、セリーナの侍女として働きはじめることが決まったロゼッタのもとに、アバルディアがやってきた。「ロゼッタに侍女など務まらない」「今すぐ辞めさせるように」と主張して。
あのときは、すでに決まったことを撤回すれば伯爵家の名に傷がつくと色んな人が説得をして、渋々ではあったがアバルディアを領地に帰すことができた。
アバルディアは簡単に入城ができない。だから、ここ数年は平和に過ごせていたのだが。
「殿下がわたくしを守っていてくださったのですね」
アバルディアが王都にやってきた際には、ロゼッタが会わずに済むように裏から手を回してくれていたのだろう。だからこそ、ロゼッタはここまで平穏に婚活を楽しむことができた。昨夜の一件を通してロゼッタはそのことに気づいたのだ。
「――違う、守れていない」
クローヴィスがロゼッタを見つめる。
「君を傷つけたくなかった」
ロゼッタの胸がトクンと跳ねる。と同時に、とてつもない罪悪感に襲われ、ロゼッタはそっと視線を逸らした。
「わたくしは殿下にそこまで想っていただいていい女ではありません。昨夜だって、別の男性と夜会に出席しておりましたし」
「知っている。それでも、俺はロゼッタ嬢が好きなんだ」
クローヴィスが言う。ロゼッタの胸が熱くなった。
「なあ、昨夜の一件でわかっただろう? お金だけではロゼッタ嬢は幸せになれないってことを」
「……そうかもしれません」
金さえあればすべてが手に入る――ロゼッタはずっと、そう思いたかった。けれど、アバルディアに負けずとも劣らない金持ちのウィルバートは、ロゼッタではなくアバルディアを優先した。
けれどそれは、当然のことだとロゼッタは思う。アバルディアを怒らせれば、資金や資材の調達が困難になる可能性が高いからだ。ウィルバートとアバルディアが直接取り引きをしていないにせよ、裏から手を回して事業の継続を困難にすることはいくらでもできる。ロゼッタの父親と結婚をしたことで、爵位や家名まで手に入れたアバルディアは、相当厄介な存在だった。
「わたくしはアバルディアという『お金』に負けたのです。もちろん、そうならずに済む相手をわたくしなりに見繕ってきたわけですけれども、それでも足りなかった。勝てなかったんです」
「俺ならロゼッタ嬢を幸せにできる」
クローヴィスはそう言って、ロゼッタの手をぎゅっと握る。真剣な眼差しにたじろぎつつ、ロゼッタは静かに息を呑んだ。
「君を守るだけの権力が俺にはある。お金も――ロゼッタ嬢が望むような形ではないかもしれないが、最大限贅沢な生活を約束しよう」
「そ、れは……」
「ロゼッタ・クロフォード伯爵令嬢」
戸惑うロゼッタの前にクローヴィスがひざまずく。
「どうか俺と結婚してほしい」
「クローヴィス殿下……」
これ以上ないほどにまっすぐ求婚され、ロゼッタの心が大きく揺れる。
「もしも俺を選んでくれたら、俺のすべてでロゼッタ嬢を幸せにすると誓おう。だから……」
(このまま『はい』と返事をしたら――)
ロゼッタはクローヴィスの言うとおりに幸せになれるのかもしれない。アバルディアの脅威から守られ、王族として優雅な生活を送ることができる。けれど――
「もう少しだけ、お時間をいただけませんか?」
ロゼッタが返事をすると、クローヴィスが困ったように微笑む。
「ロゼッタ嬢ならそう言うと思っていた。……待つよ」
「ありがとうございます、クローヴィス殿下」
そっと目を細めるロゼッタを、クローヴィスは縋るように見つめたのだった。
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