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【終章】本当に大事なもの
40.ライノアの変化
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あの夜会から数日が経った。
あの日から、ロゼッタのもとにウィルバートからひっきりなしに手紙が来ている。けれど、ロゼッタはちっとも開封する気になれなかった。謝罪やウィルバートが取った行動の理由を聞かされることも、同情されることも嫌だったし、読んだところで意味がないからだ。
「ねえ、ウィルバート様となにがあったの? あんなに夢中になっていたのに、最近全然話を聞かないし。なんなら話題に出すことすら避けてるでしょう?」
昼食を食べながら、クロエがそう尋ねてきた。だが、アバルディアのことを話すわけにはいかない。聞かせても嫌な思いをさせるだけだし、ロゼッタ自身が恥ずかしいからだ。
「かいつまんで申しますと、夜会で別の女を優先された、というところですわ」
別の女、というかアバルディアの背後にある『お金』を優先されたわけだが、決して嘘はいっていない。『お金』に負けたとは絶対に言いたくないので、こういう表現をしてしまうのはいわば仕方なかった。
「なにそれ、ひっどーい! 嘘でしょう? ロゼッタがいるのに別の女を優先しただなんてありえない! ウィルバート様、ちゃんと目ん玉ついてます? 失礼しちゃうわ」
事情を話すと、クロエはまるで自分のことのようにプンプンと怒ってくれる。ロゼッタはそっと目を細めた。
「でしょう? 今からそんな様子では、将来わたくしにお金をかけてくれなくなりそうじゃない? だから、ウィルバート様と連絡を取るのはもうやめようと思って」
「そうね。そんな気がする。ロゼッタが見限って当然っていうか、本当に失礼しちゃう」
どうやらクロエは納得してくれたらしい。ウィルバートに対する申し訳なさを少しだけ感じつつ、ロゼッタは大きく伸びをした。
「でも、それなら結婚はどうする気なの?」
「え? えっと……」
クローヴィスから求婚されたことはクロエには伝えていない。正式に引き受けたわけではない以上、口外すべきではないし、ロゼッタ自身未だに迷っているからだ。クローヴィスから事情を聞いたらしいセリーナは、時折ロゼッタの様子をうかがっているようだが。
「ロゼッタ、あなたにお客様よ」
と、同僚侍女からそう声をかけられる。一瞬「助かった」と思ったロゼッタだったが、訪問客の名前を聞いて目を丸くする。
「ライノア様!? いったいどういう風の吹き回しですの?」
ロゼッタは急いでライノアの元に向かった。すると彼は平然とした様子で「あなたに会いに来ただけですが」と口にする。
「あなたがわたくしに会いに来たことなんて、これまでなかったでしょう?」
「いけませんか?」
そう言ってまっすぐに見つめられ、ロゼッタは思わずたじろいでしまう。
「第一、僕はまだ、あなたからお土産をいただくという約束を守っていただいていませんし」
「そ、れは……そうなのだけど」
夜会の夜に『わかった』と返事をしたものの、ロゼッタは未だに迷っていた。
これまでならなんとも思わなかった。友人の一人に贈り物をするのは普通のことだからだ。けれど、ライノアが自分を見る眼差しがこれまでと変わっている。そうとわかっていながら、彼の望むようにしてもいいのだろうか? クロエを――大事な友人を傷つけてしまうのではないだろうか、と。
「ええっ!? ロゼッタったら、ライノア様へのお土産をまだ渡してなかったの?」
と、いつのまにかクロエが二人のもとにやってきていて、そんなことを口にした。
「せっかく準備したのに、渡さないなんてもったいないじゃない? ロゼッタの主義に反するでしょう?」
「ええ、まあそうなのだけど……」
時に人は、自分の主義主張よりも優先すべきものがあるはずだ。ロゼッタにとってそれは、クロエとの友情だったのだが。
「ごきげんよう、ライノア様! 先日はどうもありがとうございました」
「……いえ」
先日というのはロゼッタがライノアにお土産を渡そうとした日――クロエがライノアからやんわりと振られた日をいうのだろう。なんだかいたたまれなくなって、ロゼッタはそっと視線を逸らした。
「セリーナ殿下から聞きましたよ。最近、人が変わったみたいに仕事の鬼になっていらっしゃるって。以前とは雰囲気が全然違うって話だったんですけど」
「今は勤務時間外ですから」
どうやら仕事におけるスタンスが変わったことは間違いないらしい。ロゼッタが感心していると、クロエがさらに身を乗り出した。
「なんでも、宰相を目指すことにしたんだそうで」
「そうです」
ライノアはサラリと返事をしたが、ロゼッタは「ええ!?」と声を上げた。
「そうなの? 本当に? ……どういった心境の変化ですの?」
「欲しいものを手に入れるために必要なことなので」
じっと瞳を見つめられ、ロゼッタは思わず「なにを?」と尋ねそうになる。けれど、返事を聞くのが怖くて、言葉をぐっと飲み込んだ。
「それで? 僕への贈り物は今この場に持ってきていらっしゃらないんですか?」
「あるわけないでしょう? あれはまあまあ高価なものですし、理由もなく王太子殿下の執務室に行くのも難しいから持ち歩きませんわ」
「別に、いつでも来ればいいじゃありませんか。最初の頃は、遠慮なく僕に会いに来ていたでしょう?」
「あれはマルクル様の反応を知るためであって、あなたに会いに行ったわけでは……」
そこまで会話を続けてから、ロゼッタはハッとしてクロエを見る。クロエは困ったように笑っていて、なんだか申し訳なくなってしまった。
「わたくし、部屋まで取りに行ってきますわ。まだ休憩時間はございますし、それまで二人でお話していてくださいな」
ロゼッタはそう言うと、脱兎のごとくその場を後にする。
「あの、ライノア様……」
声をかけかけたクロエだったが、ライノアの瞳がロゼッタをまっすぐに追いかけているのを見て、ぐっと手を引っ込める。
「ライノア様は――ロゼッタが好きなんですよね?」
「はい」
一切の躊躇なく紡がれた返事に、クロエの瞳が静かに震える。
(やっぱり)
薄々わかっていた。クロエの想いは叶う見込みはないのだと。
けれど、もう少し……もう少しだけこの恋にしがみついていたい。
「ライノア様、私とデートしてくれませんか?」
ライノアがゆっくりと顔を上げる。予想外の言葉だったらしい。きょとんとしたライノアの表情を笑いながら、クロエは身を乗り出した。
「してくれたら、ちゃんと諦めます。最後に思い出がほしいんです。そのぐらい、いいでしょう?」
ライノアはしばらくの間考え込んでいたが、ややして「わかりました」と返事をする。クロエは「ありがとうございます」と微笑むのだった。
あの日から、ロゼッタのもとにウィルバートからひっきりなしに手紙が来ている。けれど、ロゼッタはちっとも開封する気になれなかった。謝罪やウィルバートが取った行動の理由を聞かされることも、同情されることも嫌だったし、読んだところで意味がないからだ。
「ねえ、ウィルバート様となにがあったの? あんなに夢中になっていたのに、最近全然話を聞かないし。なんなら話題に出すことすら避けてるでしょう?」
昼食を食べながら、クロエがそう尋ねてきた。だが、アバルディアのことを話すわけにはいかない。聞かせても嫌な思いをさせるだけだし、ロゼッタ自身が恥ずかしいからだ。
「かいつまんで申しますと、夜会で別の女を優先された、というところですわ」
別の女、というかアバルディアの背後にある『お金』を優先されたわけだが、決して嘘はいっていない。『お金』に負けたとは絶対に言いたくないので、こういう表現をしてしまうのはいわば仕方なかった。
「なにそれ、ひっどーい! 嘘でしょう? ロゼッタがいるのに別の女を優先しただなんてありえない! ウィルバート様、ちゃんと目ん玉ついてます? 失礼しちゃうわ」
事情を話すと、クロエはまるで自分のことのようにプンプンと怒ってくれる。ロゼッタはそっと目を細めた。
「でしょう? 今からそんな様子では、将来わたくしにお金をかけてくれなくなりそうじゃない? だから、ウィルバート様と連絡を取るのはもうやめようと思って」
「そうね。そんな気がする。ロゼッタが見限って当然っていうか、本当に失礼しちゃう」
どうやらクロエは納得してくれたらしい。ウィルバートに対する申し訳なさを少しだけ感じつつ、ロゼッタは大きく伸びをした。
「でも、それなら結婚はどうする気なの?」
「え? えっと……」
クローヴィスから求婚されたことはクロエには伝えていない。正式に引き受けたわけではない以上、口外すべきではないし、ロゼッタ自身未だに迷っているからだ。クローヴィスから事情を聞いたらしいセリーナは、時折ロゼッタの様子をうかがっているようだが。
「ロゼッタ、あなたにお客様よ」
と、同僚侍女からそう声をかけられる。一瞬「助かった」と思ったロゼッタだったが、訪問客の名前を聞いて目を丸くする。
「ライノア様!? いったいどういう風の吹き回しですの?」
ロゼッタは急いでライノアの元に向かった。すると彼は平然とした様子で「あなたに会いに来ただけですが」と口にする。
「あなたがわたくしに会いに来たことなんて、これまでなかったでしょう?」
「いけませんか?」
そう言ってまっすぐに見つめられ、ロゼッタは思わずたじろいでしまう。
「第一、僕はまだ、あなたからお土産をいただくという約束を守っていただいていませんし」
「そ、れは……そうなのだけど」
夜会の夜に『わかった』と返事をしたものの、ロゼッタは未だに迷っていた。
これまでならなんとも思わなかった。友人の一人に贈り物をするのは普通のことだからだ。けれど、ライノアが自分を見る眼差しがこれまでと変わっている。そうとわかっていながら、彼の望むようにしてもいいのだろうか? クロエを――大事な友人を傷つけてしまうのではないだろうか、と。
「ええっ!? ロゼッタったら、ライノア様へのお土産をまだ渡してなかったの?」
と、いつのまにかクロエが二人のもとにやってきていて、そんなことを口にした。
「せっかく準備したのに、渡さないなんてもったいないじゃない? ロゼッタの主義に反するでしょう?」
「ええ、まあそうなのだけど……」
時に人は、自分の主義主張よりも優先すべきものがあるはずだ。ロゼッタにとってそれは、クロエとの友情だったのだが。
「ごきげんよう、ライノア様! 先日はどうもありがとうございました」
「……いえ」
先日というのはロゼッタがライノアにお土産を渡そうとした日――クロエがライノアからやんわりと振られた日をいうのだろう。なんだかいたたまれなくなって、ロゼッタはそっと視線を逸らした。
「セリーナ殿下から聞きましたよ。最近、人が変わったみたいに仕事の鬼になっていらっしゃるって。以前とは雰囲気が全然違うって話だったんですけど」
「今は勤務時間外ですから」
どうやら仕事におけるスタンスが変わったことは間違いないらしい。ロゼッタが感心していると、クロエがさらに身を乗り出した。
「なんでも、宰相を目指すことにしたんだそうで」
「そうです」
ライノアはサラリと返事をしたが、ロゼッタは「ええ!?」と声を上げた。
「そうなの? 本当に? ……どういった心境の変化ですの?」
「欲しいものを手に入れるために必要なことなので」
じっと瞳を見つめられ、ロゼッタは思わず「なにを?」と尋ねそうになる。けれど、返事を聞くのが怖くて、言葉をぐっと飲み込んだ。
「それで? 僕への贈り物は今この場に持ってきていらっしゃらないんですか?」
「あるわけないでしょう? あれはまあまあ高価なものですし、理由もなく王太子殿下の執務室に行くのも難しいから持ち歩きませんわ」
「別に、いつでも来ればいいじゃありませんか。最初の頃は、遠慮なく僕に会いに来ていたでしょう?」
「あれはマルクル様の反応を知るためであって、あなたに会いに行ったわけでは……」
そこまで会話を続けてから、ロゼッタはハッとしてクロエを見る。クロエは困ったように笑っていて、なんだか申し訳なくなってしまった。
「わたくし、部屋まで取りに行ってきますわ。まだ休憩時間はございますし、それまで二人でお話していてくださいな」
ロゼッタはそう言うと、脱兎のごとくその場を後にする。
「あの、ライノア様……」
声をかけかけたクロエだったが、ライノアの瞳がロゼッタをまっすぐに追いかけているのを見て、ぐっと手を引っ込める。
「ライノア様は――ロゼッタが好きなんですよね?」
「はい」
一切の躊躇なく紡がれた返事に、クロエの瞳が静かに震える。
(やっぱり)
薄々わかっていた。クロエの想いは叶う見込みはないのだと。
けれど、もう少し……もう少しだけこの恋にしがみついていたい。
「ライノア様、私とデートしてくれませんか?」
ライノアがゆっくりと顔を上げる。予想外の言葉だったらしい。きょとんとしたライノアの表情を笑いながら、クロエは身を乗り出した。
「してくれたら、ちゃんと諦めます。最後に思い出がほしいんです。そのぐらい、いいでしょう?」
ライノアはしばらくの間考え込んでいたが、ややして「わかりました」と返事をする。クロエは「ありがとうございます」と微笑むのだった。
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