エリーゼのために

ふぁーぷる

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エリーゼの調べ

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何も目標がない生き甲斐が無い自由が無い無い無いとほざく輩とは一線を引いて兎に角、悲観しかない未来の予感。

でも少年はそこは見ていない。
少年が見据えるのはお母さんの笑顔、ばーちゃんの笑顔、女性セブンを読んでほーあの人がね~と話す岡さんの声が聞きたいそれだけ。
女性セブンを自身で稼いだお金で買うと邪念なく市立病院に向けてペダルを漕ぐ。

市立病院はお金のない人が入院する病院で古びてお化けが出てもおかしくないカビ臭い建物だった。
お母さんの病室は六人部屋で壁のクロスもシミだらけで不衛生な感じが満々の悲しい病室だった。

明日は土曜日なので中学校が休み。
お母さんが気を利かして簡易ベッドを頼んでいてくれた。
実は正太郎はベッドは始めてで少しワクワクした。

お母さんの首のリンパ腫は難しい手術となるそうで未だに処置方針が決まらずにどんどん大きくなっていた。
この市立病院には腕の良い医者もいないのでよくある先送り状態だった。

同室のおばちゃんたちもお金のない気の良い人ばかりで似たような悲観的状況なのに凄く明るかった。

夜の消灯は22時で小さな豆球を部屋に灯す夜。
満月の夜で窓の外の方が明るかった。
自分にもどうする事も出来ないお母さんの首の腫瘍。
悲しい程に無力。
生命の尊き息遣いはまだお母さんにはあるけど、消えてしまうのではないかと思う心が痛くて痛くて眠れない。
お母さんやおばちゃん達の寝息が聞こえ始めた頃、正太郎は廊下を引きずり歩く様な音に気がついた。

ざわざわと掠れ声が幾つも聴こえる。
だんだんと耳が慣れて内容が聞き取れてくる。
今夜はどの生命を連れて行くかね~
出来るだけ希望を持った生命がエエわ。

ギクッと会話の中身に驚くとバーンと病室の扉が開け放たれズカズカと婦長が入って来た。
寝入りに入っているおばちゃん達の首を掴み上げ、値踏みする様に撫で回す。
ドンと首を放り、次のおばちゃんの首を掴み撫でくりまわす。
おばちゃん達は目覚めない。

どんどん窓際のお母さんの所まで近づいて来る。
月明かりが射した婦長の顔はギロギロの白眼に真っ赤な唇。
とうとう、隣のおばちゃんのベッドに来た。
いきなりベッドに飛び乗り、バンバンと飛び跳ねる。

飛び跳ねながら歌う様に言葉を吐く。

坊主お前は慈悲なく地獄に連れ行くから心配せんでもいいぞ。
アハハハハハ~

身体が硬直して動かない。

お母さんの首があらぬ方向に捻じ曲がる。
他のおばさん達も首が捻じ曲がっている。

お母さんお母さん!声が出ない。叫びをあげる。

婦長は病室中を天井に届くほどに飛び跳ねる。

婦長の耳が裂けてジュルジュルと液が垂れ飛び散る。

それを舐め回すザンバラ髪の女どもがいつのまにかお大勢一緒に飛び跳ねている。

もうここ迄の世界を目撃したら助かる事は無いだろう。
と、少年は悟る。
心の中は理不尽な自分の境遇よりもお母さんやば~あちゃんの行く末ばかりに頭が巡る。

その時、廊下からオルゴールの音色が聴こえて来た。

物哀しいその旋律は知っている曲だ。

エリーゼのために。

月明かりに照らされた病室の入り口に人影がふーっ現れる。

「今宵は新月、亡者どもが騒がしい」
「霧の都の舞を舞いましょうか」

タンと足を鳴らすとその人影はすーっと病室に入って来た。

シュパシュパシュパと切り裂く音が断続的に聞こえる。

黄泉醜女よみしこめを呼び込む看護婦さんが今宵の獲物でしたか」
と婦長の生首を左手にそして右手には床屋のカミソリを月の明かりにキラキラと反射させながら、僕の真横に黒い影が立っている。

「君!良い加護を貰っているね」
「理不尽な世だけれども君の心は心地良いね好ましい限りだ」
「僕は幽界の狩人  切り裂きジャックさ」
「善き人に仇する魔物を狩るものさ」

「ゆっくりお休み」

僕の意識はそして遠のいた。

朝。

警察のサイレンの音で目が覚めた。

婦長が玄関先で首を切断した状態で発見されたそうだ。
婦長の胸ポケットには紫の薔薇が挿さっていた。

数日後、お母さんは退院した。
首のリンパ腫が忽然と切り取られた様に消えていた。

病院を後にする時、「ジャックとちるなからのご褒美さ」と喧騒な待合室の中で確かに聴こえた。
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