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エピソード1 -勘違いに気づかず、何もかもがうまくいかない1日になるでしょう。-
scene6 〔 坂本 〕
しおりを挟む僕がいったい何をしたというのだろう...
今日までの人生、僅か16年の短い間だったけれど、両親やクラスメイト、そして軽音部のみんなに仲良くして貰えてホントに嬉しかった。
もちろん喧嘩をしたこともあったけど、今考えてみればいい思い出だよ。でも、そんな僕の人生も、あと10分いや、5分だろうか。終わってしまうんだ。いや、終わらされてしまうんだ。今、目の前にいる、この男に。
旅立つ前に、1つだけ言いたいことがあるんだけど良いかな。『冷蔵庫に残しておいた僕のプリンは部長に譲って欲しい。』これだけさ。
部長、本当にお世話になりました。もともと女子が多い我が校で、特に軽音楽部の部員は僕と部長の二人(たびたび我々の部室にやって来ては部活を荒らしていく腹筋男をいれれば三人ですが)以外全員女子だったので入部当初は部長だけが頼りでしたが、最近では他の部員とも仲良くやっていました。ありがとうございました。
一足先に向こう側へ行ってきますが、みんなのことを見守ってます。それではみんな、さようなら。
「...で、僕になんの用でしょうか...?」
坂本竜麻は、頭の中で長い自己紹介と遺言を残したあと、目の前に立つ男───剛力鉄男を見上げた。
『さかもとりゅうま』という江戸幕府でも倒しそうな名前とは対象的に高校1年生にして156㎝.42㎏という小柄な体型。最近は髪も伸び始め、一見すると女の子のように間違われることもあるほどだ。軽音楽部を始めたのも、現部長に強引に勧められ、見るだけだけでもいいから!と見学に行かされたのがきっかけである。しかしその部長とも本日をもってお別れである。ああ、本当に本当に今まで───
次の瞬間、ハンドボールほどの大きさの拳が一瞬彼の視界に写り込み、割れるような痛みが彼の顔面を突き抜けた───
などということはなく、どういうわけか、彼の視界を占拠していた鉄男は頭を下げていた。
な、なんだ?この図は。いったいなにがどうなってしまっただろうか。最期の挨拶がすっかり長くなってしまったせいで、鉄男の話はあまり聞いていなかったが、彼に頭を下げられるようなことをした覚えはない。
「聞いてるのか?さっきからボソボソと。もしやってもいいってんならさっそく───」
や、殺る⁉
坂本はあまりにも早く訪れた死への恐怖に気が動転し、無意識のうちに、
「できることなら何でもしますから、どうか命だけは───‼」
と頭を下げてしまった。
「ほ、本当に‼ひきうけてくれるのか!?」
いや、今のはあくまで...坂本はあわてて訂正しようとしたが、鉄男はキラキラとした眼差しはそれを許さなかった。
「まぁ...はい...」
「じゃあ、さっそくこのサイトに登録してくれ。名前は...松本だっけ?」
「....坂本です。」
軽く訂正したあと、目を潤ませた鉄男が掲げるスマホを確認する。
『バンドメンバー募集サイト ★無料会員登録で最高の仲間と巡り会おう‼★』という文字のとなりに、擬人化された楽器たちが踊っている。
筋肉男には史上最高級に似つかわしくないイラストだが、少なくとも怪しいサイトに強制登録させられるわけではないらしい。その場で鉄男から送られてきたURLをコピーしてリンクに飛ぶとプロフィール設定画面が現れた。
ハンドルネームは──坂本竜麻と打ち込もうとして思い止まった。所詮はメンバーの募集サイト、わざわざ本名を名乗る必要はないだろう。
『坂本龍馬』そう打ち込んで年齢やプロフィールを設定し、決定をタップした。内容を変更することはできませんがこれでよろしいですか?という確認のメッセージもいつもの癖で特に迷うことなくスキップする。
軽い気持ちで設定したハンドルネームが、今後の活動に少ーしばかり関わってくることなどこの時、彼は知るよしもなかった。
というかこの時点では彼は何の活動をするのかすらも知らなかった。
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