ダークナイト・ヴァンパイア ~宵闇の王子~

哀楽

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第三章:蘇る過去

第七話:悲しみの…

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「お待ち下さい、殿下!」
 背後でイザークが制止しているが、俺はかまわず城内を駆けた。
 稽古の服装のまま疾走する俺に、使用人たちが驚いて道を空ける。
 何人か人間の子が手を振ってくれたが、いつものように声をかける余裕もなかった。
 王座の間が視界にはいると、俺の足並みもさらに速まる。イザークも追いつけない早さだ。
 一気に走り抜けようとすると、いきなりエルヴィスが目の前に現れ、道を塞いだ。
 両腕を広げてたたずむ従兄に飛びつき、俺は怒鳴った。
「従兄さん、あの子を投獄したってどういう事ですか! 彼が何をしたというのです!?」
「ーー反逆罪だ」
「は・・・・・・?」
 あの心優しいマースが、そんな事をするはずがない。
 だいたい、そんな兆しすらなかったじゃないか。
「でたらめです! 何の証拠があってそんなーー!」
「彼はお前に近づき、その権力を得ようとしていたのだ、息子よ」
 王座の間から、大勢の兵士に囲まれて父が現れた。
 どこか満足げに微笑んでいる。
 俺は従兄を押しのけ、父に詰め寄った。
「そんなはずありません! 彼は幼い頃から私の側にいた、心優しい子です!」
「忘れたわけではないだろう。あの子の村は、反乱を企てたために、やむをえず私の命令で焼き払った。彼の心に、我々を憎む気持ちは当然ある」
「ですが、彼はーー!」
「あの村の件でお前の母が死んだ事とて、忘れたわけではあるまい!」
 父は語気を強め、俺の両肩を掴んだ。
「息子よ、所詮人狼は敵なのだ。お前はあの笑みに騙されていたのだよ」
「信じません。あの子は私の子供同然。マースを侮辱するなら、私への侮辱と受け取ります」
「マース? ・・・・・・よもや戦神の名を人狼に与えるとは」
 父は小さく嘆息すると、いきなり俺の首に食らいついた。
 父の太い牙が動脈を突き破り、一気に大量の血を吸い尽くす。
「な、なにをーー!」
 急激に血が足りなくなり、俺の体が傾ぐ。
 牙を抜いた父は、俺の体をそっと抱き上げ、エルヴィスへ託した。
「こうでもしないと、お前はおとなしくならんだろう。戴冠式まで、おとなしく寝ていろ」
 その場にいたもの全員に、戴冠式まで俺への血の提供を禁止させ、父はきびすを返した。
「父上・・・・・・っ、待って下さい、あの子を殺さないでーー!」
 力ない声でも、聴力の良いヴァンパイアには聞き取れているはず。だが父は、俺の方を振り返らない。
 何度呼びかけても止まらず、玉座の間へ戻っていった。
「父上・・・・・・」
「部屋へ戻ろう、王子。王の命令は絶対だ」
「ーーっ」
 俺はエルヴィスの腕から抜け出すと、渾身の力で拳を振りかぶり、従兄の頬へ叩き込んだ。
 エルヴィスの体は後ろへ吹き飛び、壁に激突する。
 貧血状態の俺もふらりと後ろへ倒れ込んだが、イザークが受け止めてくれた。
 俺の体を気遣ってくれるが、今は自分よりもマースのことが心配でーー父の命令に従った従兄が憎かった。
「従兄さん、あなただって知ってるだろ。あの子がーーマースが私を裏切るはずがない」
「・・・・・・ああ、知っている」
「だったら、なぜあの子をかばってくれなかったんだ!」
 壁にもたれたまま、うなだれている従兄。
 俺は突進するように近づくと、襟を掴み上げた。
「父の言い分はでっち上げだ。あの人は人狼をヴァンパイアへ変えるため、マースで実験するつもりだ」
「それこそ、お前の勝手な妄想にすぎない。人狼が我々と同じになれるはずがーー」
「おじいさまの残した手帳に、王家が行ってきた背徳の実験について書かれていた。父は必ずやる」
 再度強く襟を引き、従兄へ俺の気持ちが伝わるよう強く見据えた。
 だが、
「悪いな。俺は人狼より、お前の安全を優先する」
「従兄さーー!」
「イザーク。王子殿下を部屋に連れて行け」
 俺の手を簡単に引き剥がし、エルヴィスは背を向ける。
 支えを失った俺は、その場に座り込んだ。
 慌てて駆け寄ってきたイザークに助けられても、自分の足で立つこともままならない。
 血が少ないのも理由の一つだが、一番大きな理由は、マースが心配だったから。
 痛い思いをしていないだろうか。苦しんでいないだろうか。彼が悲鳴を上げている姿を想像すると、頭が破裂しそうだった。
「殿下、ひとまずお部屋に戻りましょう。お体が弱っておいでです」
 イザークは俺の体を抱き上げ、王座の間に背を向ける。
 休んでなどいられない。
 今すぐにでもマースを探し出し、城の外へ逃がしてやりたいのに、体は悲しいほど弱り果て、血への欲求がすさまじい。
 すぐ目の前にあるイザークの首筋に、どうしようもなく意識が向かう。
 噛みつきたい。血を吸いたい。
 力がほしい。
 ーーだめだ。俺の目的のために、イザークを傷つけるわけにはいかない。
 自分の指を噛んで、必死に吸血欲を押さえた。
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