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第三章:蘇る過去
第六話:勅命
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幼い頃から抱き抱えていた体は、とうに俺の体格を追い越し、屈強な戦士の体へと変わっていた。
「俺はあなたと永遠に一緒にいたいんです! あなたと人生をともにできないなら、死んだ方がましです!」
「今のままだって側にいられるだろう。お前は私の大事な子ーー」
「子供は嫌だ!」
涙の浮かぶ目が、ひたと俺を見つめる。
見えない力が彼の言葉に宿っているかのように、俺の体の動きが一瞬封じられた。
「こ、子供が嫌って・・・・・・」
「確かに、大切にして下さっているのは嬉しいです。でも俺は、あなたに親として見てもらいたい訳じゃない」
「え・・・・・・?」
「殿下、俺はずっとあなたのことをーー」
「何を騒いでいるのだ」
マースの言葉をかき消し、低く落ち着いた声が割り込んできた。
驚いて扉の方を振り返ると、現国王であるアレクシス陛下ーー俺の父が立っていた。
齢千九百歳とは思えない、若い青年の姿をした父は、一見すれば俺と同世代にすら見える。
長寿と権力の象徴である長髪をなびかせて入室した彼の背後から、エルヴィスも現れた。
いつからいたのか、どこから話を聞かれていたのか分からない。
もし、マースが銀狼であるという話を聞かれてしまっていたら、父はどうするだろう。
マースを捕らえ、実験に使うかもしれない。
それだけはだめだ。なんとしても、マースを守らなければ。
「これは、父上。従兄様もご一緒ですか」
俺は静かに低頭し、マースも慌ててその場に平伏(ひれふ)した。
「お騒がせして申し訳ありません、父上」
「息子よ、廊下の端まで響いていたぞ。何事だ」
頬に冷たい汗が流れ落ちる。
俺は微笑を浮かべ、できるかぎりそれを維持しようと努めた。
「いえ、大したことではございません。父上に無用なご心配をおかけしたこと、重ねてお詫び申し上げます」
「そうかしこまるな、愛し子よ。子を案ずるのは親のつとめだ」
ひんやりとした父の手が、俺の頬に触れる。
指先が探るように頬を滑り、流れていた一滴の汗をぬぐい取った。
俺の心臓はうるさく早鐘を打ち、それはきっと、父王の耳にも聞こえているに違いない。
今、父は何を考えている? この笑みの裏にあるものは何だ?
俺が必死に平静を装っていると、父の視線が机へ移った。そこにあったのは、祖父の手記だ。
「ん、これは父上の手帳ではないか。なぜここにある」
「い、いえ・・・・・・何かおもしろい読み物がないか書庫を漁りましたら、偶然見つけまして」
「ほう。もう中は見たのか?」
父は手記を手に取ると、ページをめくりながら訊ねた。
俺が黙って首を横に振ると、少し表情を緩め、手帳を自分の懐へしまった。
それだけで、父があの手記を他者に見せたくないのが分かった。
「文学を慈しむのも大切だが、次期国王は武道も嗜まねば。ーー人狼よ、教えてやってくれないか?」
不意に話を振られ、マースがビクリと大きく体を振るわせた。
床に額を付けたまま、マースはくぐもった声で返答した。
「恐れながら、武道において王子殿下の右にでるものはおりません。わたくしなど足元にも及びません」
「誠か? エルヴィス、お前はどう思う」
陰のように父の背後に控えていたエルヴィスは、ぎこちなく微笑んだ。
「はい、陛下。ご子息は文武ともに優秀でいらっしゃいます。呪術も剣技も、他を寄せ付けはしないでしょう」
「はっ、我が国最強の戦士が言うのだから間違いなさそうだ」
父は豪快に笑うと、再び俺を瞳に映した。
「もうすぐお前とも永久の別れがくる。心残りがないよう、精進しなさい。良いな?」
「・・・・・・はい、父上」
頬に添えられた父の手に、そっと自分の手を重ねる。
その手はとても冷たく、優しかった。
エルヴィスを伴って出て行った父の背中を見つめ、俺は静かに息を吐き出す。
扉が閉まると、一気に緊張が解かれた。
マースの横に座り込み、何度も深呼吸を繰り返した。
「ああ、びっくりした。ーーマース、大丈夫か?」
「は、はい」
ずっと平伏していたマースは、赤くなった額を撫でながら微笑んだ。
俺も笑みが漏れ、互いに笑い合った。
このままがいい。
穏やかで、皆が笑っていられる世界。
誰も泣かない世界を作るんだ。
俺の、この手で。
「マース、さっきの話だけど・・・・・・」
「今は、いいです。とりあえず、殿下がご立派な王になれるよう、私がお手伝い致します」
「ありがとう」
そっとマースの頭を抱き寄せ、心から礼を言った。
彼らのように心許せる存在がいること、それが何よりも幸せだった。
エルヴィス、マース、イザーク、護衛兵ーー。
彼らがいれば、他に何も望まない。
殺伐とした世界を、ともに変えていこう。
・・・・・・だが、その数時間後。
「殿下、殿下!」
中庭で剣の稽古をしていた俺の元へ、イザークが駆け寄ってきた。
「どうした、イザーク」
イザークは俺の前へ滑り込むように、片膝を付いた。
「殿下・・・・・・王の勅命により、エルヴィス様のお手によってマースが投獄されました!」
「ーーえ?」
俺の手から剣が滑り落ち、甲高い音を立てて地面に落ちた。
「俺はあなたと永遠に一緒にいたいんです! あなたと人生をともにできないなら、死んだ方がましです!」
「今のままだって側にいられるだろう。お前は私の大事な子ーー」
「子供は嫌だ!」
涙の浮かぶ目が、ひたと俺を見つめる。
見えない力が彼の言葉に宿っているかのように、俺の体の動きが一瞬封じられた。
「こ、子供が嫌って・・・・・・」
「確かに、大切にして下さっているのは嬉しいです。でも俺は、あなたに親として見てもらいたい訳じゃない」
「え・・・・・・?」
「殿下、俺はずっとあなたのことをーー」
「何を騒いでいるのだ」
マースの言葉をかき消し、低く落ち着いた声が割り込んできた。
驚いて扉の方を振り返ると、現国王であるアレクシス陛下ーー俺の父が立っていた。
齢千九百歳とは思えない、若い青年の姿をした父は、一見すれば俺と同世代にすら見える。
長寿と権力の象徴である長髪をなびかせて入室した彼の背後から、エルヴィスも現れた。
いつからいたのか、どこから話を聞かれていたのか分からない。
もし、マースが銀狼であるという話を聞かれてしまっていたら、父はどうするだろう。
マースを捕らえ、実験に使うかもしれない。
それだけはだめだ。なんとしても、マースを守らなければ。
「これは、父上。従兄様もご一緒ですか」
俺は静かに低頭し、マースも慌ててその場に平伏(ひれふ)した。
「お騒がせして申し訳ありません、父上」
「息子よ、廊下の端まで響いていたぞ。何事だ」
頬に冷たい汗が流れ落ちる。
俺は微笑を浮かべ、できるかぎりそれを維持しようと努めた。
「いえ、大したことではございません。父上に無用なご心配をおかけしたこと、重ねてお詫び申し上げます」
「そうかしこまるな、愛し子よ。子を案ずるのは親のつとめだ」
ひんやりとした父の手が、俺の頬に触れる。
指先が探るように頬を滑り、流れていた一滴の汗をぬぐい取った。
俺の心臓はうるさく早鐘を打ち、それはきっと、父王の耳にも聞こえているに違いない。
今、父は何を考えている? この笑みの裏にあるものは何だ?
俺が必死に平静を装っていると、父の視線が机へ移った。そこにあったのは、祖父の手記だ。
「ん、これは父上の手帳ではないか。なぜここにある」
「い、いえ・・・・・・何かおもしろい読み物がないか書庫を漁りましたら、偶然見つけまして」
「ほう。もう中は見たのか?」
父は手記を手に取ると、ページをめくりながら訊ねた。
俺が黙って首を横に振ると、少し表情を緩め、手帳を自分の懐へしまった。
それだけで、父があの手記を他者に見せたくないのが分かった。
「文学を慈しむのも大切だが、次期国王は武道も嗜まねば。ーー人狼よ、教えてやってくれないか?」
不意に話を振られ、マースがビクリと大きく体を振るわせた。
床に額を付けたまま、マースはくぐもった声で返答した。
「恐れながら、武道において王子殿下の右にでるものはおりません。わたくしなど足元にも及びません」
「誠か? エルヴィス、お前はどう思う」
陰のように父の背後に控えていたエルヴィスは、ぎこちなく微笑んだ。
「はい、陛下。ご子息は文武ともに優秀でいらっしゃいます。呪術も剣技も、他を寄せ付けはしないでしょう」
「はっ、我が国最強の戦士が言うのだから間違いなさそうだ」
父は豪快に笑うと、再び俺を瞳に映した。
「もうすぐお前とも永久の別れがくる。心残りがないよう、精進しなさい。良いな?」
「・・・・・・はい、父上」
頬に添えられた父の手に、そっと自分の手を重ねる。
その手はとても冷たく、優しかった。
エルヴィスを伴って出て行った父の背中を見つめ、俺は静かに息を吐き出す。
扉が閉まると、一気に緊張が解かれた。
マースの横に座り込み、何度も深呼吸を繰り返した。
「ああ、びっくりした。ーーマース、大丈夫か?」
「は、はい」
ずっと平伏していたマースは、赤くなった額を撫でながら微笑んだ。
俺も笑みが漏れ、互いに笑い合った。
このままがいい。
穏やかで、皆が笑っていられる世界。
誰も泣かない世界を作るんだ。
俺の、この手で。
「マース、さっきの話だけど・・・・・・」
「今は、いいです。とりあえず、殿下がご立派な王になれるよう、私がお手伝い致します」
「ありがとう」
そっとマースの頭を抱き寄せ、心から礼を言った。
彼らのように心許せる存在がいること、それが何よりも幸せだった。
エルヴィス、マース、イザーク、護衛兵ーー。
彼らがいれば、他に何も望まない。
殺伐とした世界を、ともに変えていこう。
・・・・・・だが、その数時間後。
「殿下、殿下!」
中庭で剣の稽古をしていた俺の元へ、イザークが駆け寄ってきた。
「どうした、イザーク」
イザークは俺の前へ滑り込むように、片膝を付いた。
「殿下・・・・・・王の勅命により、エルヴィス様のお手によってマースが投獄されました!」
「ーーえ?」
俺の手から剣が滑り落ち、甲高い音を立てて地面に落ちた。
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